太陽のようなあなた
婚約者がいる。
綺麗で強い、太陽みたいな人。私はその人に一目惚れして、ずっとずっと、愛してきた。
あの人が笑うたびに私も笑った。あの人が悲しむたびに私も悲しんだ。あの人のそばにいたかった。
そんな思いをするのも、もう今日でおしまい。
***
「シャーロット、これ」
「ありがとうエディ!お茶でも飲んでいきますか?」
「いや、いい」
「そうですか、えっと……お仕事、頑張ってくださいね!」
「ああ」
必要最低限の会話を終えると、彼は当たり前のように私の部屋の扉を開け、振り返ることなく去っていった。
彼は私の婚約者。そしてこの国の勇者。
いつもなら彼から目をそらして、ただ渡されたものを見つめる。でも今日ばかりは、その後ろ姿をしっかり目に焼き付けていた。
今日で、全てが終わる。
私は新しい日常に耐えられるのだろうか。太陽がいない日常に。
明日、私は彼と結婚する予定だった。
「やっぱりよくない、ですよね」
結婚すると聞いて、確かに最初は嬉しいと思った。でもそのあとに来たのは、申し訳ないという感情。
領主様の奥さんと使用人である私の母がとても仲が良くて、産まれた時から決まっていた婚約者。それが彼だった。なんで勝手に決められてるんだろう、と不満に思ったこともあった。でも、彼と会って一瞬でそれは吹き飛んだ。
一方的に一目惚れした私に付き合ってくれて、不愛想ながらも話を聞いてくれた。それだけ、たったそれだけのことなのに、私は彼を愛すことになった。正直、まだ彼のことを愛していると思う。
でも彼は別に、私のことを愛していない。彼が婚約を解消したいことなど誰でもわかる。私といるときは、いつもまったく動かさない表情筋をうごかして、めいいっぱい顔をしかめるのだ。目は当然のように合わないし、距離は少し遠い。
きっと彼は、誰かほかの人のことを愛してるんだと思う。きっとその人のことを考えて、そばに入れないことが悔しくてそうしてるんだ、きっと私に時間を取られたくないだけなんだ。そう思うのも苦しいけど、そうしないとやってられなかった。
何の理由もなく嫌われているなんて、信じたくなかった。
でも、そんな話を聞いた庭師は言った。そこにあなたの幸せはあるのか、と。
自分の幸せなんて考えたことなかった。ただ私を愛していない婚約者のもとに嫁いで、そばにいれることだけをうれしく思うべきだと思っていた。それが幸せなんじゃないかと思っていた。でもその日私は、初めて彼におやすみを言いに行かなかった。
耐えようと思えば耐えられる、それくらいの話なのに。私は庭師の言葉を、どうしても忘れられなかった。
幸せになっても……いいのだろうか。
「いいんだよ、ロッティ」
「……アル」
私の部屋の窓まで届く、大きな木を植えた張本人が、窓からそっと手を差し伸べる。
鐘の音がなる。今は22時。言った通りの時間に当たり前のように来た彼は、婚約者とよりも先に仲が良かった、庭師のアルだった。
彼は、遠い国から来たと言っていた。そこに住んでいる友人が、こちらで働かないかと手紙を飛ばしてくれたので、一緒に行かないかと提案された。私はエディの婚約者である前に、ただの侍女でしかないので、きっと向こうでも一緒に働けるはずだと、笑ってくれた。
頭の中ではまだ悩んでる。でも、体は、外に行きたいと言っている。足が勝手に動く。ああ、私ってこんな大胆な人間だったんだ。
「大好きでした、エディ」
そう言ってから、目の前の渡されたものに視線を落とす。かたくついた封を開いて、中身を取り出す。この紙切れ一枚の力で、私は自由になる。
私なんかの身分で王様に許可をもらいに行くのは厳しいかと思っていたけど、私の存在を厄介に思ってくれていたことが後押しとなって、割と簡単にこの文章を手に入れることができた。
『シャーロット・リア・バルディがこの国を出ることを許可する』
さすが、勇者を伝書鳩のように使う王様。どこか歪んだ字で筆圧強く書かれたそれは、酷く端的で、逆に傷つきそうになった。
そっとその文書を鞄に入れて、振り返って、その手を取る。
「シャーロット!!」
なぜか、愛しいあなたの声がする。でも、振り返らないと、全身が言っていた。
「私、幸せになるよ」
そして、きっともう愛せてる、アルの腕に飛び込んだ。
***
大好きなあの子には婚約者がいる。
綺麗で強い、太陽みたいな人。私はその人に一目惚れして、ずっとずっと、愛してきた。
あの人が笑うたびに私も笑った。あの人が悲しむたびに私も悲しんだ。あの人のそばにいたかった。
そんな思いをするのも、もう今日でおしまい。
私の国に来たら、もう二度と、ロッティを返すことはない。