第9話 ヘイロン商会。
大きな深紅のバラの花束を抱えて、ヘイロンが現れたのは、私たちが席についてしばらくしてから。
「マダーム!!!」
デレデレの顔で花束をマダムに渡す。
手を取って、その手にキスを降ろす。キザだな。
しかし…驚いたのは、その花束!
「あら、シルクで出来た薔薇ですのね?香は香水?」
「マダームのために作らせました!気に入っていただけましたか?」
花びらの一つ一つが、精巧に作りこまれている。葉も微妙に色の違う緑色のシルクで本物そっくりに作ってある。これは…いいな。
髪飾りやドレスの装飾にも使えそうだ。本物の花を買うよりかなり高価になるが…。
いいな。うん。使われている香水も、朝早くのバラ園の香りの様だ。いい。
ヘイロンが席に着いたところで、マダムが立っていた私を紹介してくれた。
「こちら、ユテイニ国大公家令嬢のリーサ様。この春にエクルーズ商会のフラル支社長に就任されました。」
「リーサと申します。」
「リーサ?女の子かい?俺はまたマダムの若いツバメかと思ったよ。お人形みたいな男の子だなと思っていたんだが…ふーーん。」
ヘイロンと握手を交わして席に着くと、女の子たちが、つまみとシャンパンを運んでくる。今日はさすがに、スーは私の後ろに立っている。
「早速ですが、マダムは粗悪品の対処方法をお持ちで?うちも困っているんですよ。」
ヘイロンというのがその男の名前。家名なのかもしれない。そう呼ぶように言われたから。世間話が終わると、いきなり本題に入った。
「そうですねえ…。リーサ様はどう思われますか?」
「製品へのタグ付け。品質保証書。なんなら精巧な刺繍を入れる。あたりでしょうか?」
「・・・ありきたりだね。もうやってみたよ。通し番号もつけてみたりした。うちの商品は自信があるからね。大量に、とはいかないが。あんな粗悪品をうちの名前で売ることが許せないんだ。」
「ええ。間違いなく良い品ですね。」
「正直に…君ならどうする?」
「潰しますね。騙っている商会ごと。」
「気が合いそうだなあ。そうだよね?我慢していることもないよね?」
マダムが指の動き一つで女の子たちを下げた。
ドアの前にいる、いつもの用心棒だけ残して。
「問題は…あなたが潰したい商会の後ろ盾が、王太子妃とそのご実家のアルマン公爵家だということです。下手に動くと、王家に反逆罪で捕らえられますわね。」
「チンロン商店が、ここ2年の間に力を付けたのは、王太子妃の力添えでしょうね。元々、アルマン公爵家と繋がりがあったようですが。」
「そうなんだ。やりたい放題だよ。元々うちの商品のパクリが得意だったんだけどね。ここのところ遠慮がない。」
「王太子が許しているらしいですね?現王に似ずに、生真面目な質素堅実な方でしたが、その妃が余程お気に入りなようで。そんなに急に変わるものでしょうか?不思議ですわよね?うふふっ。」
マダムは…不思議でもないと思っているんだ。根拠はなんだろう?
綺麗に足を組んでいたマダムが、足を降ろしてほんの少し前にかがむと、綺麗に爪が塗られた人差し指を立てた。
「さて、ここで条件を一つ。この件がうまく行ったら、お力添えを頂いたエクルーズ商会にフラル国内とユテイニ国での独占販売契約、あたりでいかがかしら?」
マダム?え?それは嬉しいけど、そんだけリスクがあるってことだよね?
相手は王室だよ?
「私、切り札を一枚持っておりますの。どう使うかは、あなた方にお任せしますわ。」
マダムが振り返って、ドアの前に立つ男を見る。頷いて下がった男は、程なくしてカミーユを連れて戻ってきた。
「マダム!」
部屋に入ったカミーユはなんの遠慮もなくマダムに抱きつく。
あ…礼儀作法の勉強、やり直しだな。
「まあ、カミーユ。いい子になったんでしょう?」
柔らかくマダムが引き離す。さすがだ。
「この女の子が?マダムの切り札?」
「そうよ。」
マダムをはさんで、左右にヘイロンとカミーユ。
「カミーユに聞きたいことがあるのよ。」
「なあに?マダム?」
給仕係の格好の用心棒が、カミーユにシャンパンを持ってきた。
「あなたのお兄様、お父様に似ずに真面目な、無駄遣いしない方だったでしょう?」
「そうだね。出来の良い、真面目な方だ。」
「どうして変わってしまわれたのかしら?」
「そうだね…あの嫁が来てから?金で買った政略結婚だったでしょ?父上の小遣い欲しさだよね。兄上は浪費癖の有る嫁を心底嫌がっていた。ケチだから。予算内で暮らすように結構厳しく指導してたみたいだよ?嫁の実家が裕福だから、援助は貰ってたみたいだけどね。嫁が連れてきた侍女に聞いた。」
「・・・・・」
シャンパンを、水のように飲んでカミーユが続ける。
「何か月かしたら、急に兄上が嫁にデレデレになって…。デレデレというより、なんて言うか…へこへこ?いや、なんて言えばいいかな?すがるみたいな?
みんな、童貞だった兄上が女に溺れたんだろうって言ってた。嫁の言うことは何でも聞いてたし、嫁が気に入らない側使えは首にしてたし。」
すんごいこと言ってるけど…。
「そんな、溺れるほどの女でもなかったけどねえ。」
イチゴをつまみながら、なんてことないように言った。
「惚れ薬を使ったらしいよ?そんなの本当にあるんだね。侍女に聞いた。」
・・・《《どこで》》聞いたんだ?




