第15話 カミーユ殿下の婚約者。
アンジェリーヌを誘っての昼食は、思いのほか静かだった。
なんと言うか…完璧なお嬢様。その上、殿下の家庭教師が出来るぐらいの知識と教養。その上、綺麗だ。胸も大きい。
なぜこの子をカミーユが押し倒さないのか、不思議。
何度目かの昼食の後、見送りのために玄関まで並んで歩く。
「リュカ様は女性でしたのね?」
「え?ああ。カミーユとは何にもないから安心してくれ。これからもない。」
「あら、うふふっ。この国では髪が短いのもファッションですから。男装されているのには何か理由がおありなんですか?あ、立ち入ったことをお聞きしてしまって…。」
「いや。かまわない。そうだな、このほうが動きやすいし、変にトラブルに巻き込まれにくいから、かな?」
「まあ。そうですわね。リュカ様ほどお美しければ、周りが騒ぎそうですわよね。」
「・・・私は結婚しないと決めているから。」
「え?」
「まあ、そういうことだ。」
「・・・・・」
なんだか、重苦しい雰囲気になってしまった。少し反省。
驚いた顔で私を見ていたアンジェリーヌが、目線を落として話し始めた。
「私は小さい頃からのカミーユ殿下の婚約者です。ご本人には嫌われておりますが。婚約を破棄したいそうです。」
「・・・・・」
そう言えば、本人はもっとお気楽なところに婿に行きたいと言っていたな。エメ公爵家って、あのめんどくさそうな大臣でしょう?あ…それで一時期大臣のとこにいたのか?なるほどね。婚約者ねえ。
「小さい頃は仲が良かったんですの。一緒に勉強もしておりましたし。真面目な方でしたの。何というか、王太子殿下の紹介で家庭教師が代わってから、あの方、変わってしまわれて。」
「・・・・・」
いろいろ、余計なことを教えられたみたいだしね。その家庭教師に。しかも、王太子の紹介となると、あの妃が噛んでるっぽいな。
「アンジェリーヌさんはどうなんですか?婚約破棄したい、ですよね?あんなに女にだらしない男。ね?」
「・・・・・」
あら?
ああそうか。家の事情?王命?そんなとこ?こちら側からは言いだしにくいけど、殿下本人から言われているなら問題なくない?
「・・・そんな方ではございません。なにか事情がおありなのかと。本当に嫌われているのでしたら…」
「・・・・・」
そんな奴みたいだよ?本人も楽しんでるし。最近はおとなしいけど。
・・・でも、王太子妃が絡んでいるとしたら、何かあるのかもね。
アンジェリーヌを見送って、カミーユの部屋に戻ると、ソファーに長々と伸びていた。午前中、今日もかなり詰め込まれていた。あの娘、容赦ないし。できないと鼻で笑うので、カミーユが悔しがってついて行くし。予習もしちゃうし。
・・・なかなかいいコンビなんじゃない?
こいつが触れないということは、婚約の話はしない方がいいんだろうな、と思っていた。勉強机を片づけて、午後からは経営学をやる予定。それからダンスの練習…。
「あいつさ…俺の婚約者。」
あら?
「・・・・・」
「小さい頃から生意気でさ、負けず嫌いで、剣術でも馬でも、俺と一緒にやりたがった。」
寝転がったまま、カミーユが言う。背もたれ側に寝返ったので、顔は見えない。
「親がうるさいのかな。あの大臣、俺のこと嫌いだし。早いとこ婚約解消すればいいのにな。」
ん?
「俺はさあ、あんな血筋のいい、歴史あるエメ公爵家とか、無理。どっか金持ちの気楽な家の婿に入りてえな。」
ん?なんだろう?何か引っかかる気がするけど…。
その次の日、いつものように、何時もの時間にアンジェリーヌが来た。
「あら、まあ!」
エンマの驚いた声に、思わず振り返る。
「おはようございます。」
ドアを開けて入ってきたアンジェリーヌは…。
「おま…え?何やってんの?」
「あら、カミーユ殿下。おはようございます。ようやく私のことを見てくださいましたね。うふふっ。」
流れるような銀色の綺麗な髪は、肩口でぷっつり切られていた。
それだけでなく、いつもはこれでもか、という感じのドレスを着てきたが、今日は今フラルで流行しているローウエストのシンプルなワンピース。
カミーユが口を開けたまま、アンジェリーヌを見つめている。
「さあ、授業を始めましょう。今日から午後の経営学とダンスや社交のお勉強もご一緒いたします。父に許可を取り付けてまいりました。よろしくお願いいたしますね、殿下。」
いままでずっと伏し目がちだったアンジェリーヌが、真っすぐ前を見ている。というか、カミーユから目をそらさない。
・・・これは、あれだな。ほら、猫とねずみ?




