第九十七話
「よし……今日はここまでだな」
人工ダンジョン『リンドブルムの巣窟』。
その四〇階層を守護する魔物『ハウリングリザード』と呼ばれる、二足歩行の巨大なトカゲの魔物を下した俺は、現れた帰還用の転送紋章に足を踏み入れた。
そう、俺はメルトが家にいないのをいいことに、一日の大半をダンジョンで過ごしていた。
彼女が護衛任務に出発したのが今朝。そして現在の時刻は……もう日を跨いでいる。
疲労が存在しないような状態である以上、このまま戦い続けることも可能なのだが、やはり無自覚の症状、疲労とはまた違った気疲れが存在するようだ。
なによりも、しっかり自分の家で眠るという習慣を忘れたくはない。
それに眠ると微妙にステータスが増えてることもあるし。これはあれか、肉体の急成長的なものなのか。
「ふぅー……」
紋章を使い、探索者ギルドに帰還を果たす。
まだ数日しか通っていないはずの場所なのに、なんだか妙に安心感を覚えてしまうのは何故なのだろうか?
やはりゲームで言うところの『セーフティーゾーン』的な安心感なのだろうか?
俺は帰る前に、ギルドの待合スペースのベンチに座り、今日の戦いを振り返る。
「……そろそろ装備構成を見直して……戦い方も変えるか……?」
基本、轢き殺し戦法で道中の雑魚を狩ってきたが、三五層を突破したあたりから、それが通じなくなってきている。
明らかに雑魚の耐久力が上がってきているのだ。ただ、しっかりと向き合い戦えば楽に勝てる相手ではあるのだが、これでは若干効率が悪い。
「……結構強くなっては来ているんだけどな」
先日、外部から遠征に来たクラン『マンティスシュリンプ』が遭遇したという三五層の階層主。
恐ろしく強い相手だという話だったが、実はもう自力で倒している。
どうやら特殊な種族らしく、ダンジョンマスターに近い性質という話だったのだが……俺、セイムとして使っていた『ダンジョンマスターに特効だった剣技』を使えるようになってるんですよ。
さらに【観察眼】で弱点部位と弱点属性まで分かるんですよ。
さらにさらに……【初級付与魔法】まで使えるんですよ。
種族特攻+弱点属性+弱点部位ですよ。もうあっという間に倒せてしまったんですよ。
間違いない、様々な職業の技やスキルを組み合わせることが出来れば、今の段階でも他のキャラクターに迫る火力が出せるのだ。
……が、油断は出来ない。俺は右腕の袖をまくり、本日唯一受けた攻撃の痕を確認する。
「……まだ薄っすら痕が残ってるな」
【美食家】の自然治癒で治りかけてはいるが、右の前腕部分に、三五層の主の攻撃を受けている。
一撃で重度の捻挫、骨折一歩手前まで持っていかれたと本能的に感じたが、なんとか戦闘を続行することが出来ていた。
これは恐らく、ステータスが強化されたことの恩恵……なんだろうな。
「……明日で完全制覇してしまいたいな。残り二日……か」
いや、もう日付をまたいでいるから……明日か。
もう一日猶予がありそうだが、早ければ騎士団の準備が完了している可能性もあるな。
「今から寝て……昼前には攻略再開だな」
そうして、俺はメルトのいない我が家へ帰る。
今頃、メルトは何をしているんだろうな……そんなことばかり考えてしまう。
彼女が一人で生きていく力を身に着けていくことは喜ばしいことなのに、それを少しだけ寂しいと感じてしまうのは、俺のエゴなんだろうな――
いつ眠ったのか分からないくらい一瞬で眠りに落ちたのだろう。
不規則な小鳥の声に目を覚ますと、すっかり日が昇り、窓から日の光が差し込んでいた。
なんだかそれが『もう昼だぞ』と俺を責めているように感じたのは、徹夜でダンジョンに籠っていたことに対して、罪悪感を抱いているからなのだろうか。
「うっし……飯の前に装備の構成見直すか」
そろそろ性能の低い初期装備や稼ぎ用装備は卒業するべきだろう。
元々、自分のような若造が高そうな装備を身に着けて、因縁をつけられないようにするという側面もあっての現在の装備なのだが、すでに俺は『キルクロウラーと合同で戦えるとんでもない人物』として、リンドブルムの巣窟で活動している探索者達の間で噂になっているそうな。
いつの間に……。
「ん-……いろんな職業のスキルが使えるとなると……これまで使ってきたビルドより効率が良いビルドがあるよなぁきっと……ふむ……」
それから、俺は朝食を食べるのも忘れ没頭していたのだろう。
自分の腹が出す悲痛な音に、ようやく現実に引き戻されたのであった。
『アサシンマスターの闇衣(上下)』
『一見するとどこにでもある服に見えるが暗闇で闇に溶けるように黒く染まる』
『発動中は毎秒MPを消費するが光源のある場所では発動不可』
『装備者の全攻撃回避率が+15%される』
『効果発動中はさらに+15%される』
『静寂のスケルトンカフス』
『目には見えない耳に付ける装飾具』
『集中すると周囲の音を細かく拾うことが出来る』
『索敵範囲+50%全攻撃回避率+10%』
『瞬光の具足』
『移動速度+10%』
『物理攻撃回避率+20%』
『また回避行動時に一瞬姿が消えるようになる』
『リング・オブ・ミラージュ』
『回避行動時に敵の身体をすり抜けるようになる』
『通り抜ける際に自身が装備している武器攻撃力に応じてダメージを与える』
『ダメージを与えた際に自身のHPが減少するが敵撃破時にHPを10%回復する』
『殺意の直剣・失意の左腕』
『特殊な性能を持つ直剣』
『剣士・戦士・傭兵・???・狩人・??・盗賊・踊り子・踊り手・??が装備可能』
『納刀中は素手による近接格闘の性能が向上し抜刀中は技の発動速度が向上する』
『武器の性能自体は極めて低いがステータスへの補正値が高い』
現状、俺が重宝しているスキルは【美食家】と【リズムステップ】だ。
その両方を前衛職とも呼べる今の俺が使うのだ。
無論、装備にだって装備可能な職と不可能な職が決められている。
俺は、それを無視してなんでも装備出来る。この強みも生かさない手はない。
ただ一部職業の名前が伏せられているな……これは俺がまだこの世界で戦っいない職か。
ともあれ、思案した結果結果生まれたのがこの装備構成だ。
「累計なら物理攻撃回避率は100%を超える……この世界じゃ無論、俺が動かなければ回避なんて出来ないけれど……どうなるんだろうな、これ」
それに加え、回避行動、つまりステップや身を反らす、捻るような行動の性能も上げている。
回避にスタミナを使わないうえに、回避後に体が硬直しないことも既に実証済み。
そして回避行動でダメージを与えられるようになるが、これは『体術』扱いだ。
その体術の性能を上げる武器を装備することで――轢き殺しが捗るのではないか?
つまり俺の今のビルドコンセプトは『クソ高回避率と優秀な回避行動で敵に一方的に火力を押し付ける上に普通に戦っても強いチートビルド』だ。
それに加え俺の装備している剣は『性能が低い』と説明されているが、よく考えてみてほしい。
現実に刃のついた鉄の剣でぶった斬られたら死ぬだろ常識的に考えて。
つまり副次効果で武器を選んでも問題ないのだ。それこそ今までの武器だって、性能が低いけど経験値の稼ぎが良いって扱いの武器だけれども、現実ではクソ重くて破壊力抜群の剣だったんだし。
ゲーム時代の効果と、現実的な問題がうまく嚙み合った結果、そして俺が様々な職業の力を宿したからこそ可能な、まさしくゲーム時代ならチートでも使わないと実現できなかった構成……これで、残りのダンジョン四一層から五〇層まで一気に駆け抜けてみせる。
早ければ明日にはオールへウス侯爵の元へ向かうかもしれないのだ。もう、俺に自重している余裕なんてないのだから。
予定通りの時刻、つまり正午ほぼぴったりに探索者ギルドの本部に到着した俺は、途中で買ったメルトがハマっている料理『マルメターノ』にかぶりつく。
うん、やっぱりこれ美味しい。地球で食べていたソーセージに負けず劣らず、しっかりと肉の味を引き立てるように塩味も甘味も加えられ、スパイスとハーブもよく考えられて配合されている。
少しあらびきなのも、肉汁が脂と一緒にあふれ出してくる感じも、非常に食欲を満足させてくれる。まさしく『肉食った!』って感覚が得られるのだ。
「……なんか食に関する語彙が増えた気がする」
あれか、セイラで過ごした影響か。
「シズマ、それ美味しい?」
「どわ!?」
その時、ベンチに腰かけマルメターノを食べていた俺のすぐ隣から声がかかる。
振り向くと、いつの間にか隣にリヴァーナさんが座っていた。
まじで気配感じなかったんだけど……え? もしかして先に座ってた……?
「答えて。美味しい?」
「えと……美味しいですよ」
「分かった」
そう言い残し、リヴァーナさんは外へ向かっていってしまった。
……一応、顔見知り程度にはなれたってことでいいんだよな……?
「見ろよ見ろよ……あの子供、キルクロウラーのお嬢と話してたぞ」
「はえー……すっごい……やっぱ活躍してるヤツは違うってはっきり分かんだね」
「夜中腹減んないっすか? この辺に美味い腸詰の屋台あるらしいっすよ」
あ! 出たな謎の三人組! 最近あまり見ないと思っていたのに久しぶりだな!
……そういえば、すっかり冒険者の巣窟にも足を運んでいなかったな……もしも早くダンジョンを突破したら、久々に行こうかな、冒険者の巣窟。
「さて……最悪、再開と同時に階層主と戦う覚悟だったけど、問題ないな」
ダンジョンを途中から再開した時、必然的の五の倍数の階層から始まるのだが、当然そこで誰かが階層主と戦闘中の場合は転送されないし、もし転送されても、運が悪ければそのまま階層主と再戦スタート……なんてこともあるのだそうな。
が、今回は階層主が復活していなかったので、このまま四一階層へと向かう階段を下るのだった。
「……雰囲気出てきたな」
階層主を倒す毎に、次のフロアの内装やロケーションが変わっていたのが、ここにきてダンジョンの様相が『明らかにクライマックスを予感させるもの』となっていた。
まるでどこかの城の中のような、赤い絨毯が敷かれた広大な通路がどこまでも続く。
壁は美しい装飾や細工が随所になされ、まるで一流の職人が手がけたようで、思わずため息を吐いてしまうほど。
……一言で表現してしまうと、まるでここは『魔王城』だった。
広い、広すぎる、巨人の魔王の居城と呼んでも差し支えのない、そんな空間。
「……丁度良いな。ビルドを試したかった」
そんな、いよいよ終わりが近づいてきた空間に現れる魔物は、まさかの――
『デモンドラグ』
『リザードマンの上位種にあたる“ドラゴニュート”の変異種』
『ダンジョンマスターに相当する強大な力を吸収し、半ば魔人種と変貌した姿』
『人間種で打ち勝つには弱点である逆鱗を見極め、弱点属性の氷を当て続ける必要がある』
『また半分は魔人種である為悪魔特効の祈祷や魔法にも多少弱い』
三五層の階層主として、キルクロウラーを撤退に追い込んだ極めて強力な個体。
それがもう、ただの雑魚モンスター扱いなのか、道中に現れる。
……考えてみたらこれは異常だよな。もしかして、この異常事態になってから、まだ誰もこのダンジョンを踏破していないのではないだろうか?
恐らくマンティスシュリンプ、彼らが現状で最も深く潜った人間なのではないか?
キルクロウラーは、あくまで低階層に不釣り合いな個体を間引いていただけのようだし。
「実質前人未到のダンジョンってことかね……しっかり記録しておかないと」
マッピングはまぁ必要ないか。全部、表示されているのだし。
「魔物の種類と強さ、もしかしたら外観も特別なものなのかもしれないな……スケッチしとくか」
絵心はなくてもデッサンは出来るんですよ。
文字の練習の為に購入していたノートに、俺は周囲の風景を描き残す。
そうして、再びこの『いかにも最終盤』といった様相の階層を進んでいくのだった。
「……こいつもゲルの変種だったのか。明らかに異常個体しか出てこないな、ここ」
『レオニクスゲル』
『ゲルが強力な魔物を取り込み情報を学習した姿』
『四足獣の中でも最高峰の強さに加え強大な物理体制を持つ』
『ゲル本来の役目を全うした一種の最終形態』
少し、不穏な説明だと俺は感じた。
ゲル……ただの雑魚モンスターではないのか……?
「っ! っぶね」
今まさに迫りくる、半透明の獣の襲撃を回避する。
広大な、魔王城とも呼べそうな意匠の通路。
その通路を埋め尽くすような、半透明の獣の群れに、それを率いているかのような悪魔に似た特徴を見え隠れさせる、二足歩行の龍人。
デモンドラグとレオニクスゲルの混成部隊を前に、俺は気合を入れなおす。
「……この戦術、どこまで通じるかいい試金石になるな」