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第九十五話

 やるせない思いもある。が、気持ちを切り替えないといけないんだ、俺は。

 自分に言い聞かせるように、この惨劇から目を背けるように、クレーターから目を離す。


「そうだ、他の皆さんは?」

「あっち」


 リヴァーナさんが指さす方向に目を向ければ、他の皆さんがこの岩のドームの端で、何かを守るように固まっていた。

 魔物の死体が消えたのを確認したのだろう、固まったまま他の面々もこちらへとやって来た。




「クリムゾンベア、でしたね。班長、お怪我は?」

「ない。負担が少なかった」

「それは良かった。この個体、どう見ます?」

「低層の割に、強い」

「……やはりそうですか。シズマ君、君の感想は?」

「今回ダンジョン初挑戦なんでなんとも……」


 正直に俺が答えると、周囲の人間が驚きの声を上げる。

 いや本当なんです、いつもの状態を知らないんです。


「ああ、このダンジョンは初めてってことか。いや……それでもその歳で班長と肩を並べて戦えるのは驚異的だ」

「照れます。ただ……この魔物、なんか随分と残虐と言うか、執拗でしたね。らしくないような感じがしました」


 俺はここに突入した直後の魔物の様子を思い出していた。

 あの地団駄、あれは間違いなく……被害者の死体を痛めつけていたように見えた。

 だが、その疑問に答えたのは、意外な人物だった。


「それは……たぶん、彼が魔物に歯向かって傷を負わせたからだと……思います」


 その声の主は、ガークさんの背後から恐る恐ると現れた、学園のローブを纏った女の子だった。

 覚えている。一緒に講習会を受けていた、小さな炎を連射していた子だ。

 まさかこの子が……こんなに早くこの階層まで辿り着いていたなんて。


「実は、彼女達は昨日の講習会の後、すぐにダンジョンに挑んだそうだ。それで夜通し進んでここまで辿り着いたそうだが……」

「あー、たぶん俺達が昨日の分の五層クリアして、一〇層突破した後じゃないっすかね。で、〇時過ぎてダンジョンの構造がリセット、倒したはずの一〇層の階層主が復活したタイミングで、君達が下りて行ったと」

「そう……なんだと思います」


 それは……なんとも奇跡的に間が悪いと言うほかない。

 しかし、なんだってそんな無茶な行軍をしたのだろうか?

 いや、俺も人のこと言えないけども。


「ふむ……詳しい話は一度ダンジョンを脱出してからだな。シズマ君、俺達は今日はここで一度引き上げるが、君はどうする?」

「ああ、俺もキリが良いので引き上げますよ。でも、大丈夫なんですか? またこういう事故が起きるかもしれません。今、このダンジョンは危険なんですよね?」

「ああ、だからうちのクランの別動隊も後発でダンジョンに挑んでいる。他の人間に注意を促しているんだ」

「なるほど」


 恐らく、今回の事故は大々的にダンジョン探索者に知らされるだろう。

 もしかすれば、立ち入り禁止になってしまうかもしれない。

 いや、本来ダンジョンなんて命の危険があって然るべきではあると思うが、ここ人工ダンジョンはどういう扱いなのだろうか?


「君、名前と所属は言えるかい?」

「ヴェルジュって言います。術法研究学園の生徒です」


 恐らく今回の生き残りである、彼女の名が告げられる。

 ローブから分かっていたが、やはり生徒か。


「そうか……学園の。キュベック、被害者の身体と武器を回収してくれ。ダンジョンに取り込まれる前に」

「既に回収済みっす。……二人、だったんすね被害者。俺とまだ同じくらいの……」

「……遺留品のローブからして、同じ学園の生徒、だったんだろう? 辛かったな。詳しい話は戻ってから聞こう。いいかな?」

「あ、はい。……そうですね、同じ学園の生徒ですね」


 今、一瞬この子から不思議な気配を感じた。なんだ?

 悪いとは思ったが、俺は彼女に対して――【観察眼】を発動する。


『ヴェルジュ・アビス・レドクラス』

『異常個体が繁殖した結果生まれた一族』

『中でもこの個体は異常性が高く後天的に封印処理を施されている』

『魔力の回復を阻害する呪いを受けて大幅に弱体化』

『またアビスの一族の特徴が特に色濃く瞳に出ている』


 っ!? なんだ、これまでよりも明らかに出てくる情報が多いぞ!?

 異常個体……リヴァーナさんもそういう結果が出ていたが、この子も?

 異常個体の一族……? 後天的封印処理? なんだ……この子は。


「シズマ。取り調べ、立ち会う?」

「そうですね、その方が良いなら。ただ夕方前には帰りますよ」

「ん」


 すこし、リヴァーナさんの口数が増えた気がする。

 二語から三語くらいに増えたかも。

 そうして、二人分の遺体……遺留品と共に、俺とキルクロウラー、そして唯一の生き残りであるヴェルジュが帰還する。

 犠牲者が出ている。でも、俺はどういう訳か、それを割り切っているような気がする。

『仕方ない』と。これはこの世界に順応した……ってことなんだろうな――






「ふぅ……三時ちょっとか。思ったよりまだ早いかな」


 帰還すると、専用の紋章部屋に現れることになっている。

 紋章から出ると、すぐに他の階層からの帰還者と思われる人間が、必死な形相で帰還して来た。


「た……助かった……なんだったんだ……」

「どうかしたんですか?」

「ん? あ、キルクロウラーの攻略班! なぁ、アンタら何か知らないか!? 俺達今、三五層から帰還して来たんだよ! 逃げて逃げて逃げて、帰還紋章が発動するまで逃げて、急いで帰って来たんだよ! なんか見た事ねぇバケモンがいたぞ!? 人工ダンジョンにあんな化け物が出るなんて聞いてねェ……!」


 必死の形相で帰還して来た一団が、傍にいたガークさんに詰め寄る。

 三五層……かなり先の階層だ。今の一〇層ですらクリムゾンベアが出現したんだ、さぞや恐ろしい魔物が現れたのだろう。


「そちらの話も詳しく聞きたいな。よければ同行して欲しい、構わないか?」

「ああ、勿論だ。俺達はまぁ……なんとか全員無事だが、ありゃダメだ、他の連中が挑んだら犠牲が出る。俺達、普段は『島』を拠点に『大地蝕む死海』をターゲットにアタックを繰り返してるんだ……一応、それなりに経験は積んできている。その俺達が逃げ帰ってきたんだ……」

「そうか……あの島で活動しているクランだったのか……悪いな、まだ息も整っていないだろうが、ミーティングルームに集まってくれ」



 探索者ギルドの本部にも二階が存在し、そこの一室に俺達が集められる。

 少々神殿チック、つまり古めかしくはあるのだが、しっかりと大人数を収容できる部屋だった。

 そこに集められた、今回の犠牲者の生き残りであるヴェルジュさんと、先程三五層から逃げ帰って来た外部クランのパーティ、そしてキルクロウラーの面々と、恐らくこの探索者ギルドの職員であろう、制服を着た妙齢の女性。


「ギルド長、多忙の中足を運んでいただき感謝します」

「構いません。このダンジョンの治安維持の為、貴方達に巡回を依頼したのは私ですから。ついに、恐れていた事態……外部参加者の死亡事故が起きてしまいましたか」

「我々がついていながら、申し訳ありません」

「いえ、この異常事態の最中にも人工ダンジョンの閉鎖に踏み出せなかった女王にも責任があります。今回の被害者……二名ともこの国の貴族の子弟ですからね、少々面倒なことになるでしょう。ヴェルジュさん……と言いましたね? ことの経緯を出来るだけ詳細に説明できますか?」


 どうやら、このギルドの責任者だったらしい。まだ若く見えるが、やり手なのだろう。


「は、はい……元々、私と犠牲になった二人は、パーティを組んでいる訳ではありませんでした。ですが同じ学園の人間だということで、その……私は貴族ではないので、二人の誘いを拒否することが出来ず、荷物持ちで参加することを強制されました」


 一瞬、彼女から後ろ暗い感情を、言葉の節々から感じ取れた気がした。

 いや、これは俺が彼女の情報、不穏な経歴を知っているから、その先入観の所為なのだろうか。


「初めは五層で帰還する予定でした。ですが、五層に階層主が現れなかった為、そのまま先に進むという話になり、私も同行することになりました」

「ふむ……続けてください」

「はい。五層を越えたあたりから、魔物の強さが上がり、魔術師主体の私達では苦戦するようになり、私が不慣れではありますが、杖や体術で足止めをして、その隙に魔法で倒す……という戦法で、少しずつ、時間を掛けて攻略をしていたんです。ですが次の帰還紋章は一〇層、私達は魔力も殆ど尽き、リーダーである『ルカ』さんの持ち込んだ回復薬でなんとか耐え凌ぎ、それでようやく一〇層に辿り着きました」


 その後、彼女は思い出すのを辛そうに、恐怖するように、続きを語る。


「一〇層にいた魔物が、完全に手に負えない相手だと、私は感じました。でも、ルカさんは撤退を拒否し、戦闘を開始してしまいました。私は、情けない話ですが……逃げようと隅に隠れていたんです。ただ……少しして、悲鳴が上がりました。でも、たぶん一矢報いることは出来たんだと思います。私と違って、ルカさんは優秀でしたから。片目を、炎で焼き潰していました」

「なるほど……俺達が突入した時に、クリムゾンベアが執拗に死体を攻撃していたのは報復だった訳か……よく話してくれたね」


 ヴェルジュさんが語り終えると、ギルドの長である女性は、ただ淡々と述べた。


「嘘はついていないようですね。亡くなった二人の武器と、貴女の武器の反応から、ダンジョン内での戦闘記録を参照しましたが、証言と一致しています」

「もちろんです! 私、嘘なんてついてません!」

「失礼、人工ダンジョンを利用した殺人はこれまでも起きているのです。犠牲者が出た場合、かならず疑ってかからなければいけないんですよ」

「そ、そうなんですか……」


 なるほど、ちょっと世知辛いけど、必要なことなんだろうな。


「では、次はそちらの皆さん、お願い出来ますか?」

「あ、ああ。俺達は港町から船で移動したところにある『ヤシヤ島』を拠点に『大地蝕む死海』を主に攻略しているクラン『マンティスシュリンプ』だ。そこそこ歴史あるクランだと自負している」

「なるほど、あちらのクランでしたか。中堅どころとして評価も高かったと記憶しています」

「恐縮です。今回、俺達のパーティーはベテラン三人に新人二人を組み合わせて、リンドブルムで経験を積ませようと遠征に来ていました。そちらのキルクロウラーの面々のおかげで、これまであまり危機的な状況、異常個体ともあまり遭遇せずに進めてきましたが――」


 やはりベテランなだけはあり、この人達は何度か自分達の力だけで異常個体も撃破して階層を進めて来たそうだ。

 だが三五層で、どうあがいても勝てそうにない魔物と遭遇したそうだ。


「あんなの見たことねぇ。一見すると人なんだ。だが近づいてよく見るとドラゴンなんだ。二足歩行のドラゴン……ドラゴニュートとも違う、もっと本物に近い人型のドラゴンだった。知能はそこまで高くなかったが……強すぎた。一人が時間を稼いで、転送紋章が使えるようになるまで耐えることしか出来なかった。見てくれ、これが俺の盾だ。『ギガントスタートルの甲羅と混合の鋼鉄』で作った俺の自慢の品だが、もう完全に壊れちまってる。たぶんもう一瞬でも遅れたら全滅していてもおかしくねぇ」

「……人型のドラゴン……竜人とも違う魔物、ですか。キルクロウラーでそういった魔物は把握していますか?」

「一応、過去の文献では。この国ではなく『ダンジョン国家ライズグレイ』にて確認されています。同一の種かは定かではありませんが、今の報告と特徴が一致しているのは『デモンドラグ』かと。種別的には魔人種です、少なくとも国内では報告されていません。ダンジョンマスターにも匹敵する人型の魔物です」

「……やはりそうなりますか。本来、人工ダンジョンは力をそこまで持ちません。ダンジョンコアとして使っているのは、古の時代にもたらされたダンジョンコアの破片でしかありません。故に大地の力を集める力も弱く、人工のコアを生成する力も乏しい。それなのに、ここまで強力な魔物が現れるのはありえないのです」

「あの、発言良いでしょうか?」


 俺はここまでの会話の流れで、疑問に思ったことを問おうと手を上げた。


「彼は?」

「彼はどうやら、国の支援を受けている探索者のようです。女王陛下の署名と印が記された許可証を所持していました」

「こんなに若くして、ですか。発言を許可します、何か気になることがありましたか?」

「はい。シンプルにダンジョンコアの欠片、人工ダンジョンの大元になんらかの異常があるとは考えられませんか?」

「そうですね、普通はそう考えます。ですが――誰も、そのコアの欠片が安置されている場所を知らないのです。恐らく女王陛下くらいしか知る者はいないでしょう」

「そうなんですか……情報の出どころは言えないのですが、ここ数カ月で『魔物や生物を狂暴化させる』という、変質や強化に関係する事案が幾つも確認されています。もし、そういった実験や研究の最終目的が、ダンジョンコア強化暴走、人工ダンジョンの攻略を困難にすることにより、国益を担う人工コアの欠片の産出量を減らす……という、回りくどくも国を弱体化させるのが目的かもしれない、なんて愚考しました」


 もし、全てが繋がっているのだとしたら。

 無理なく繋げようとした時に浮かぶシナリオはこうなると俺は思った。


「……確かに上層部ではその情報を把握しています。この場で口にしたことを咎めたい気持ちもありますが、確かに貴方の説は一考に値します。しかしそうなると、敵対する何者かは、ダンジョンコアの欠片、その場所に心当たりがあり、秘密裏に細工をしたことになる。少々、無理があるように感じます。が、確かに可能性はゼロではありませんね」


 もう一つ疑問。もし、繋がっていたとしたら、全てはゴルダ王国の暗躍ということになる。

 これは俺の肌感覚、ほぼ勘と言ってもいいのだが……『あの国がそこまで知略に富むのか?』という疑問が残る。なんだか……あの短絡的に勇者召喚を行ったり、シレントの力に目を輝かせたり、情報統制を行ったりする国が、ここまで出来るとは思えないのだ。

 ……背後に、さらに何者かが潜んでいる?


「今回の件は女王の耳にも入れておきます。貴方の名前は? 女王陛下と関係があるのなら、今回の説を唱えた貴方のことも一緒に報告しておきます」

「シズマです。正直半ばあてずっぽうなんですけどね」

「いえ、建設的な意見でした」




 そうして、その日は解散となり、マンティスシュリンプの皆さんは自分達のテントに戻り、そしてヴェルジュさんも、詳しい状況と実際に起きたことを学園に後日ギルドから報告が行くからと、自分の契約している宿に戻ることになった。

 だが――


「あの、シズマさん……ちょっと良いですか?」

「はい? どうしたんですかヴェルジュさん」


 学園の生徒である生き残り、ヴェルジュさんが帰ろうとしていた俺を呼び止めた。


「少しお話があります。出来れば、人の少ない場所に行きませんか?」

「何か事情があるんですね、分かりました」


 俺は、彼女に連れられてギルド本部の外、裏手に回り込む。

 人通りのない場所。多少の警戒と共に、彼女の要件を問うのだった――

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