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第九十三話

 最短コースで下層への道を突き進む。

 道中、他の人間が戦闘中の場合、苦戦しているようなら蹴りを入れて通り過ぎる。

 誰も戦ってない、ぽつんと突っ立ってる魔物は蹴り飛ばし消滅させる。

 凄いな、成長しているおかげか、ゲル以外の魔物も飛び蹴りで即死していくぞ。


「んー……倒す前に【観察眼】で調べたらよかったな」


 ここまで、ゲルに犬のような魔物、それに恐らく人型、所謂“ゴブリン”的な魔物を倒してきた。

 メルトが言うには、倒した魔物の種類を増やさないとあまり成長は見込めないという話だが、これで少しは育ったのだろうか?


「流石に一層目は魔物が弱いのかねぇ」


 そこそこの距離を走ったが、体感的にはリンドブルムの南門から総合ギルドまでくらいの距離だろうか?

 正直、閉鎖的なダンジョンのはずなのに、サイズ感の所為でむしろ開放的な印象で、足場もフラットに整備されてる影響か、外で戦うよりもやり易いくらいだった。


「んー……とっとと降りちまうか」


 そうして、最短で一層を突破し、二層目へ続く階段を下っていく。








「なんだったんだ……さっきの坊主」

「なんかすげぇ勢いで走りさってったな……」

「ああ……向こうにいたゴブリン蹴り殺して行っちまったな」


 一層、ベテラン組にとっては、のんびり準備運動がてら、下層へ続く階段が出現する可能性のある場所を一カ所ずつ潰していくだけの、ルーティンワークのような階層だ。

 そこを、恐らく初心者であろう年若そうな青年が、爆速で駆け抜け、魔物を蹴散らして進んで行く様は、インパクトが大き過ぎたのだった。


「ありゃただの初心者じゃねぇな……あの速度、何らかの祝福持ちか、余程成長の器を魔物の力で満たしてるに違いねぇ……見た感じソロみたいだしな、次に見かけたら声かけてみようぜ」

「お、うちのパーティーもついに新人獲得に動くんすか?」

「正直、ああいう『ズレたヤツ』は欲しい。俺達も急いで下層に向かうぞ」








 その頃、シズマは引き続き二層目も爆速で移動していた。

 代り映えのしない風景、だが先程とは構造の違うマップを確認しながら、正解のルートを選び続ける。

 だが――


「階層毎に出る魔物が違うのか……こりゃ良いな」


 天井が高いことから予想されていたが、室内だというのに飛行型の魔物が存在していた。

 それは、以前シーレが倒した『ダイブコンドル』と酷似した、若干小型化したような姿の魔物。

 空中でまるで獲物を狙うように旋回する魔物達を、シズマは遠目から観察していた。


「ふむ……【観察眼】はやっぱり便利だな」


『フォーリングピジョン』

『空中で旋回し一定の場所に留まる鳥型の魔物』

『小型だが群れで行動し範囲内の相手を集団で急襲する』


 性質もシーレの倒したダイブコンドルに似ている魔物。

 だが、そちらよりは『トラップに似た性質だ』とシズマは判断したようだった。

 その理由は、空中を群れで旋回する魔物達から、あからさまに距離を取って移動する探索者が多かったからだ。

 道幅が広い関係で、魔物の索敵範囲外の道を急いで通り抜ける探査者達。

 つまり『見えているトラップ』程度の扱いで避けるのは容易ということ。

 だが、シズマをそれを『やったぜ経験値の塊だ』程度の意識で、平然とその下へ向かっていく。


「よし、おら降りてこい!!」


 その言葉に応えるように、無数のフォーリングピジョンが一斉にシズマへと急降下する。

 それは、いくら小型でも、確実に身体にめり込み、当たり所が悪ければ肉がえぐり取られるような、そんな勢いだった。

 だが――


「……『レイジングブレイド』」


 今朝、庭先の落ち葉で実演した攻撃を、魔物相手に試す。

 落下速度も、到達予測時間も、全て初見だというのに、シズマの目算は正確だった。

 本人は自覚がない。自分は『ただのネトゲ廃人』という意識しかない。

 だが、そうではないのだ。

『ネトゲ廃人』と呼ばれるプレイヤーは、全てを投げうちそのゲームを極限までやり込む人間だ。

『少しやり込む』『プレイ時間が長い』『最難関コンテンツをクリアした』その程度は廃人とは呼ばないのだ。

 文字通り『廃人のように同じ行動、同じゲームを繰り返しプレイし極めるような人間』に与えられる、名誉とは程遠い、さもすれば対極に位置する称号が『ネトゲ廃人』なのだ。

 では、ここで一つ疑問が残る。


『果たして、学校に通い問題なくゲームが許される成績を維持しながら、課金代をバイトで自分で賄い、それでも廃人と呼ばれる程やり込み実際にネトゲ上で廃人グループに所属している人間が、本当に凡人なのか?』


 という疑問だ。


 マルチタスク能力。

 記憶力。

 操作精度。

 体内時計の正確さ。

 動体視力。

 バイタリティ。

 思考速度。

 反射速度。


 それらゲームをする上で必要な能力も、それ以外の生活で必要な能力も、シズマはそもそも『常人離れ』しているのだ。

 無論、本人はそんな自覚は無いのだが。

 だが『受験勉強に集中させる為に特殊なカリキュラムを組む進学校』で問題ない成績を修め続けられる人間なのだ。無論、勉強に時間を割くことなくだ。

 それも全てゲームの為。ゲームの為にそこまで出来る人間を、凡人とは呼ばないのだ。


「っ! 結構数多いな」


 木の葉のようにはいかない。仲間の行動を察知し、周囲から追加の魔物も襲ってくる。

 それら全てを『連続使用出来る』という特性を利用し、倒し続けるシズマ。

 まるで嵐のように、不可視のバリアでも張っているかのように、だんだんと速度を増していくシズマの剣技。

 身体の周囲を切り裂き続ける刃の嵐が、文字通り降りかかる魔物を次々と切り裂き消滅させる。

 ダンジョンの魔物は、死後その躯を残さない。


「っしゃあ!!! これで全部だろ!」


 降り注ぐ魔物の急襲をしのぎ切る。

 が、まるで狙い澄ましていたかのように、最後の一羽が剣を下したシズマへと急降下する。

 まるで、同胞の仇だとでも言うように、武器を下し気を抜いた瞬間を待っていたかのように。

 だが――


「っと。へぇ、マジで小さいな」


 身体を少しだけ捻り、回避するだけでなく、ノールックで片手で魔物を捕まえて見せたのだ。


「これで本当に終わりだな?」


 魔物を、力強く地面に叩きつけ、処分する。

 その一連の流れは、もはや新人探索者とは誰も呼べない、洗練され『過ぎた』戦いであった。


「うひょ! なんだよ小さい雑魚でも結構色々落とすじゃないかよ!」


 床に叩きつけたまま、シズマの視線はそこに散らばる、魔物のドロップアイテムに釘付けになる。

 年相応の笑みを浮かべ、ホクホク顔でアイテムを拾い集め擬装用の袋にしまい込んでいく。


「へぇ……これって何かの宝石なのかな」


『小粒のルビー原石』

『ピジョンブラッドと呼ばれることもある色の濃いルビー』

『あまりにも小粒である為単品では価値が低いがその評価は高い』


【観察眼】で詳細を調べたシズマは、小さくても宝石は宝石だと、嬉しそうにダンジョン攻略を再開するのだった。








「ねぇ今の子やばくない……?」

「あれぜーったい素人じゃないよ、初めてここで見かけた子だけどさ」

「たぶん、どこかの剣術道場とか傭兵団、そういうとこで戦ってきた子でしょ。あーたまにいるんだよねああいう子……ほら『キルクロウラー』のあの子みたいな」

「あーそっか。やっぱり大手クランに所属するのかなぁ? それとももう所属してたりして」


 シズマの戦いを遠目に見ていた、フォーリングピジョンを避けて通っていた探索者の一団。

 その異常性と強さにそれぞれ憶測を語るのだが――


「いや、あの坊主はうちの所属じゃないな」


 そこに声をかける、先程一層でシズマを目撃していたパーティ。


「あ、噂をすれば。キルクロウラーじゃん」

「ま、第三攻略班、いわゆる補欠だけどな。あの坊主はうちのクランの人間じゃねぇよ。だから、戦力増強に誘えないかと思ってな。うちの規則で、誘った人間のパーティに優先して配属されるんだ。ありゃつええぞ、さすがに第一の班長程じゃないが、磨けばそこに至る可能性がある」

「あー……やっぱ大手も目付けちゃうか。フリーなら私のパーティーに誘おうかなって思ったのに」

「くく、案外そっちに靡くかもよ? 年頃の男だ、年上の姉ちゃんパーティーに誘われたら喜んで付いて行くかもな」

「えー? まぁ今度見かけたらダメ元で誘おうかな?」


 密かに目撃者が、その異常さを知る人間が、増えていく。

 はたして本日の目標である五層に辿り着くまで、シズマはどれくらい注目を集めてしまうのか。

 夢中になると周囲が見えなくなる。その悪癖が、ここダンジョン攻略でも如何なく発揮されていたのだった――







 正直、かなり順調だ。

 まぁ人工ダンジョンで人工のダンジョンコアの欠片を入手することが、一種の財源として国を支えている以上、そこまで高難易度だとは始めから思っていなかったのだけど。

 それにしたって順調だ。


「これはラッキーなのかね?」


 無事に五層まで到着した俺は、四層から五層に下りる際になんの抵抗もなかったことから、恐らく先駆者のいない、本日一番乗りなのだろうと、所謂中ボスが出現するのを期待していたのだが、そこはただのだだっ広い、広大過ぎるフロア。

 そしてポツンと帰還用の紋章と階段が中央にあるのみだった。


「うーん……帰還するにはまだ早いよなぁ」


 ここまで掛かった時間は二時間弱。【美食家】の効果もまだ二時間以上残されている。

 このまま、次の帰還用紋章がある一〇層を目指しても良いのではないだろうか。


「うっし! まだ正午前だし、夕方までギリギリ攻めるか!」


 幸い、【美食家】再発動の為の食材も料理も、メニュー画面に大量に収納してある。

 メルトを心配させないように夕方には帰るように気を付ければ……もう六時間は猶予があるな!

 そうして、フロアを守護する魔物がいない五層を無視して六層に降りることを決めた。




「む……景色が変わった……」


 意外なことに、六層からは周囲の景色が、先程までの『何故か明るい閉鎖された石造りの神殿』といった風合いから一変し『何故か明るい広大な洞窟の中』という、人工物の見当たらない、広さ以外なんの変哲もない洞窟になった。

 だからなぜ明るいのか……。


「出現する魔物は……なるほど、上で見かけたヤツの上位種かな」


『ソルジャーゴブ』

『モノファングとタッグを組み行動するゴブリン上位種』

『筋力が上がり成人男性並だが技術はない』

『しかしこん棒や拾った武器を使う為油断は出来ない』

『またモノファングとの簡単な連携行動も取る』


『モノファング』

『一つ目の狼型の魔物で“ウルファング”の劣化亜種』

『嗅覚も視覚も通常種より劣っているが知能が低い為引くことを知らない』

『狂暴性という面では唯一原種以上と言えるだろう』

『また知能が低い為同じく知能が低い相手にも簡単に手懐けられる』




 なるほど、ここからはこういった連携を魔物も使ってくるのか。

 それに魔物の力そのものも、四層までとは比較にならない。


「連携もくそもないだろ、こうすれば」


 こちらの速度に対応出来るほどの技量も動体視力もない相手なら、一瞬で終わる。

 今回は足を止めて観察したが、この程度なら走り抜けざまに一撃加えるだけで倒せるだろう。

 いつもの速度特化の組み合わせでスキルを使い、一瞬で視界から消える。

 今回は、そこに三次元的な移動も加え、上空から剣を思い切り振り下ろす。

 技でもなんでもない、今の俺が本気で剣を振るった時、手がどうなるのか知りたい。


「らぁ!!!」


 消えた俺を探そうと辺りを見回すゴブリンを眼下に捉え、上空から思い切り剣を振り下ろす。

 結果、身体が頭のてっぺんから股まで切り裂かれ、一撃で絶命する。

 着地と同時に突き出した剣が、更に隣にいた犬の魔物を貫き続けざまに撃破。


「よし……剣もすっぽ抜けそうにならないな」


 実は、初日にゲルを大量に狩っていた頃はまだ、腕力の強化に伴う剣を振る速度の上昇に、握力が追い付いていなかったのだ。

 すっぽ抜けそうになるのをギリギリ防ぎ、それからは『技』を使うことで、自動的に今の俺のバランスに合う剣速と正しい振り方をしてくれるので、それで戦っていた。

 が、もうこれなら自由に剣を振って戦えるだろう。腕も疲れないし、腕力も握力もバランスが取れている。

 そのうち、自分だけの力で剣を振る練習をしてもいいかもしれない。


「よし……んじゃ引き続き最短距離で下を目指しますか」


 恐らく、この人工ダンジョンは『探査者を育てる施設』という意味合いもある、ゲームで言うところの『チュートリアルダンジョン』のようなポジションなんだろうな。

 いつか天然のダンジョンを踏破する人間を育てる為、昔の王が先行投資もかねて生み出した場所。

 なら、俺のような『既に天然ダンジョンを攻略出来る存在の力を多数受け継いでいる』人間には簡単過ぎるのかもしれないな。


 引き続き、半ば轢き殺すように道中の魔物を狩りながら、ひたすら下層へと向かう。

 たぶん一番の反則は『ダンジョン解析』だ。この恩恵が大きすぎる。

 少なくともこのダンジョンではマップの構造と出口が分かる以上、これを利用すれば、爆速で最下層を目指せるかもしれないのだ。






 その後も最短距離で洞窟を駆け抜け、道中の魔物も通り過ぎざまに蹴りを入れ、怯んだところに剣を突き刺し撃破するというルーティンで、次々にこの洞窟階層を突破していく。

 もう以前のグリーンゲル狩りで使った経験値稼ぎ特化の装備ではないが、この剣も一応、多少は稼ぎが良くなる装備なのだし、効果があると信じておきたい。

 いや、そもそもこの世界の『魔物の力』が経験値としてカウントされているのか分からないけど。

 それでも、この洞窟のようなフィールドで、新たに何種類か倒した魔物もいる。

 今日は楽しみを後に取っておく為にまだステータスの確認はしていないが、ダンジョンから出たらどうなっているか確認しないとな!


「あー……こんなに楽しいことは他にないだろ……実際に戦って成長して……」


 今だから言える。あの時、あのダンジョンマスター……名前は忘れたが、あいつに『ネトゲの自キャラにして』と頼んで本当に良かった。

 が、今にして思えば『何故一〇文字に限定したのだろう』という疑問が残る。

 そもそも……ダンジョンに生贄を捧げて実行するのが『勇者召喚』のようなことを、ゴルダの連中は言っていた。

 となると、他のダンジョンでも召喚の儀式が行われているかもしれないんだよな。


「……暗躍してる元クラスメイトを止めて、ゴルダとの争いが止まったら、俺は次に何をするべきなんだろうな……自由に生きるにしても目的、したいことくらい定めないとな」


 なんて、少しだけ未来のことを考えているうちに、目的の下層に続く階段が見えて来た。

 現在の階層は九、つまり次で中ボス的な存在が待ち構える、広大なフロアに出るということだ。

 だが、その階段の前で、なにやら集団が待機している様子が覗える。

 はて……何かあったのだろうか? いや、そもそも俺は朝の八時頃にはもうダンジョン潜ったのに、もうここまで来ていた他の人間がいることに驚いているのだが。

 俺は、その階段の前で固まっている集団の元へと向かうことを決めた。

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