第九十二話
翌日。朝早く、朝食を済ませたタイミングで来客を知らせるノッカーの音が響いた。
玄関を開けると、訊ねて来たのは商会長さん、もとい最近知った本名『ポポーさん』だった。
どうやら、セイムが戻ってきていないか、そしてハッシュがまだここにいないか、その両方を確かめに来たそうだ。
「えっとねー、セイムは一度帰って来たんだけど、それは女王様に用事があったからなんだって。また忙しそうに戻ってしまったの」
「なるほど、そうでしたか……あの、ハッシュ殿は?」
「ハッシュもなんだか大慌てで旅団に戻っちゃった。きっと何か緊急事態だと思う!」
「むむ……それは残念です」
どうやら二人に何かお願いでもあった様子。これ、俺が聞いてもいいものだろうか?
「初めまして、噂に聞くピジョン商会の会長さん、ですね?」
「おや、また新しいお方ですな? 察するに、旅団のメンバーでしょうか?」
「そうですね、似たようなものです。今は訳合ってこちらの家に住まわせてもらい、人工ダンジョンの攻略に勤しんでいます」
「なるほど、人工ダンジョンの」
「ええ。それで、あの二人に何か御用だったのでしょうか? もしかすれば二人が戻ってくるかもしれませんし、伝言を承りますよ」
「そうですね、まずハッシュさんなのですが、こちらは正直伝えられたら……で構いません。実は、彼宛に仕事の依頼が幾つか来ていまして、彼は芸術家ギルドにも登録していない様子ですし、知り合いである私に連絡が来ていたのです。ですが、旅団に戻ったならば、また放浪の旅に出た……と、依頼者の方々に伝えておきますので」
「なるほど、そうだったんですね。ハッシュは確かに旅団の中でも時折一人でどこかに行く人間なので、出来れば依頼者にはそのようにお伝えください」
すんません……たぶんもうそんな依頼は受けないと思います……。
「それで、本題はセイムさんなのですが……いないとなると、メルトさんでも構わないのです」
「え? 私? 商会長さんが私にお願い? なになに! なにかしら!」
お? セイムじゃなくてメルトでも問題ないとは?
それにしても……メルトが嬉しそうだ! 割と俺への依頼で同行だったり、俺経由での依頼が多かった影響か、メルト自身でも問題ないと言われたことが嬉しいのだろう。
「実は、当商会で取り扱う品に、新たに貴金属類を追加しまして。これまでは単価の高い品の取り扱いは慎重に行っていたのですが、セイムさんに初めて宝石を持ち込まれて以来、なにかとご縁があるらしく、そこに今回の『深海の瞳』です。すっかり宝石を扱う商会と印象づき、そういった新規の仕事が舞い込むようになったのです。それに加え、以前セイムさんから買い取ったサファイア以外の宝石もまだ手元に残っている為、思い切ってこうして商売の手を広げた次第なのです」
なるほど、商材として手元に置くのではなく、取引対象として扱うことにしたのか。
「それで、実は今回初めて当商会で確保した宝石や貴金属を、直接工芸都市『イズベル』に売りに行き、同時に工芸品を仕入れてこようという話になったのです。あの都市への商人の出入りはそのまま『高額品の売買』と見なされます。故に、襲撃のリスクが他の街道より高いのです。無論、それ故に東の街道には大きな野営地もあり、出張冒険者ギルド受付も設置されていますが、それでも被害は出ます。なので、商人は皆、腕利きの冒険者や傭兵を雇うのですよ」
ふむ、つまり今回は――
「メルトさんを、護衛として雇いたいのです。つまり指名依頼という形になります」
「わ! 指名依頼でさらに護衛依頼!? 凄いわ、もしかして報酬も期待出来ちゃうのかしら!?」
「それはもちろん、戦闘が予想されますし、相手は人間ですからね。ただ……セイムさんがいないとなると、メルトさんお一人になってしまいますね」
「うーん……シズマ、シズマはこの依頼どう思う?」
む、俺の意見か。
過保護過ぎるのは良くないと思いつつも、危険な任務だよなぁ。
でも少し前でシレントになってついて行って、結局それが杞憂だったこともあったし、そろそろメルトが一人でも高難易度の依頼を達成出来るって確信しておきたいってのはある。
そもそも、メルトのランクアップには護衛任務が必要なのだし、どうせ受けさせるなら信頼できる相手の護衛任務の方がいいよなぁ。
「メルトが凄く強いのは知っているけれど、実際に悪い人間が出て来た時、最悪殺害も視野にしれ戦うことになると思うんだ。メルトはそれが出来る?」
対人相手で、模擬戦でなく命のやり取りが出来るのか否か。それが、重要になってくる。
「出来ると思うわ。私、うん……そういう経験、あるもの」
「っ! そっか。うん、分かった。メルトが受けたいなら受けていいと思う。俺のことは気にしないで、セイムさんもそこまで過度に俺に気を回さなくて良いって言ってたしさ」
これは、他者に向けての方便だ。
確かにメルトと一緒に行動したいという気持ちもあるが、それは半分、保護者目線でのこと。
そしてもう半分は、昨日心配をかけてしまったことへの罪悪感だ。
まぁ、そもそも大前提で一緒にいて楽しいからっていう気持ちもあるんだけども。
「商会長さん、その護衛依頼はいつから始まるものなんでしょう?」
「実は、急な話なのですが、明日……ですので今日、今からメルトさんに商会まで来ていただいて、当日のルート確認や危険が予測される地点、それと行軍の日程を取り決めようと考えていまして。いやはや申し訳ない……じつは今日になって急に依頼を受けてもらう予定だった冒険者が入院してしまい……」
「急ですね……メルト、今から打合せ、行ける?」
「う、うん……私は行けるけど、今日はシズマとダンジョンに行く予定だよ?」
「そうだったね。でも……俺は一人でも大丈夫。メルトが早く成長して、セイムさんと肩を並べてくれる方が、きっとセイムさんも嬉しいと思うよ。それに俺だって、メルトの昇級の邪魔はしたくないしさ」
偽りざる気持ちだ。メルトは、俺と同じランクに拘っていた。
俺が余計な心配をかけたばっかりに、その昇級の邪魔はしたくないのだ。
「メルト、俺は結構強くなったよ。ほら、ちょっと見ててよ」
論より証拠だと、俺は剣を片手に構え、敷地内に生えている一本の木を目掛けて疾走。
発動できる全てのスキルを使い、全力で木に向かい、さらに昨日一日で鍛え上げた蹴りと斬撃のコンビネーションを放つ。
速度を乗せたハイキックは、たった一撃で太い樹木を大きく揺らし、根っこの一部が地面から見えてくる程。
そして舞い落ちる大量の落ち葉を――
「“レイジングブレイド”」
小さく呟き、技を発動させる。
これは、今日まで俺が使ってきたキャラが習得している技ではない。
だが、俺はキャラクター達の『サブジョブ』の心得まで習得している。
つまり『その職業をメインに据えた時ではないと習得出来ない技』すら使えるのだ。
今回使ったのは【戦士の心得】による、戦士をメインに据えた時の剣技。
戦士のジョブコンセプトは『物理火力特化』つまり、どの技も破壊力に秀でている。
範囲は狭いが、範囲内の敵を一掃しかねない程の高威力の技を持つ。
半面、接近戦を常に強いられる為、操作難易度は高め、かつ攻撃のバリエーションも少なく、戦闘に貢献出来ない場面もちょいちょい出てくる職業だ。
『レイジングブレイド』
『荒れ狂う剣戟の乱舞』
『至近距離にいる敵に七回高威力の斬撃を放つ』
『連続使用可能だが技の発動中にダメージを受けると武器装備が解除される』
『再装備までのリキャストは連続発動回数×1s』
そこそこリスキーではるが、この乱撃で乱れ落ちる木の葉を全て切り裂き、細切れにして見せる。
これが一日中スライムを蹴り、切り、倒し続けて習得した技の中でも、最も強い技だ。
「結構やるでしょ。昨日一日頑張って技をものにしたんだ」
「わー……驚いたわ……木って蹴るだけで傾くものなのね……」
「これは驚きました……見たところまだかなりお若い様子。それでこれほどの剣技を修めているとは……まさか、貴方も高ランクの冒険者なのですかな?」
「いえ、残念ながら冒険者登録は行っていません。今は探索者ギルドで通行許可証を貰っているだけの状態です。無所属、ですね」
今回、元クラスメイトを捕縛したら、一度探索者ギルドと冒険者ギルドに登録しようと思う。
今後セイムをメインに活動するにしても、同じくらい融通の利く立場を用意しておきたい。
「うーん……確かに強いのは分かったわ……いつのまにこんなに強く……」
「それがさ、今日起きたら妙に力が漲るんだよね……同時に全身筋肉痛ではあるんだけど」
まさかあれか、寝ると余剰に稼いで魔物の力が、ゆっくりと身体に浸透して成長してくれるのか?
ちょいとステータスを確認……。
体力 1031
筋力 587
魔力 82
精神力 247
俊敏力 333
【成長率 最高 完全反映】
【銀狐の加護】
【観察眼】
【初級付与魔法】
【生存本能】
【高速移動】
【投擲】
【美食家】
【リズムステップ】
【演奏Lv3】
【料理Lv4】
【細工Lv1】
【裁縫Lv1】
【剣術Lv4】
【弓術Lv1】
【狩人の心得Lv1】
【学者の心得Lv1】
【盗賊の心得Lv1】
【剣士の心得Lv3】
【戦士の心得Lv6】
【傭兵の心得Lv2】
【舞踏の心得Lv3】
あ、やっぱり微妙に上がってる。
いや、微妙じゃない、結構上がってるって言えるんじゃないか? 特に筋力とか。
まさか……寝てる間に既に筋肉痛になっていて、それが癒えて超回復、筋肉量が増えたとか?
この世界なら考えられる……特に俺は【美食家】でオートリジェネ付きだし。
睡眠中に効果が切れたから筋肉痛が残ってるのか?
「よし、分かった! シズマを信用する! なんていったって、シズマは『みんなの教えを受けて強くなった』んだもんね! 強くなるって、信じるわ!」
「! 確かにそうだね、俺は『みんなに強くしてもらった』からね。慢心なんてしない、本気で戦って、ダンジョンを攻略してくるよ」
「うん、そうね! 分かった、じゃあ今日は私、商会長さんのところに行ってくるね! お土産、また『マルメターノ』買っておくから、しっかり夕飯時には帰ってくるのよ?」
「はは、勿論。あれ、気に入ったんだね?」
「うん! あれはね、食べるのを我慢してお家に持って帰ってから、パンとスカーレットフリルに挟んで食べるのがとっても美味しいのよ!」
「あー確かに美味しそうだなぁ」
マルメターノバーガーとか美味しいに決まってる。
よし来た、じゃあ今日は俺が先に帰って、そのメルトのアレンジ料理をもっと美味しくカスタマイズしちゃおう。なんていったって俺、セイム達と違って【料理Lv4】ですから!
しっかりセイラの経験が反映されているのですよ!
「商会長さん、じゃあその指名依頼、私が引き受けるね? お金、一杯期待してるからねー?」
「ははは、勿論です! 危険の伴う任務ですからな、しっかり前金と討伐報酬、完了した際の報酬に、指名料も上乗せしますとも! 期待して構いませんぞ!」
なるほど……指名依頼、しかも危険な街道での護衛ともなると、相当美味しい任務なのだろう。
野盗……必ず現れるとは思わないが、メルトが出来ると言った以上、俺も信じよう。
何よりも……あの時メルトは俺の問いかけに対し『私、うん……そういう経験、あるもの』そう、言い難そうに答えてくれた。
あれは恐らく……ダンジョンに住んでいた頃、ダンジョンマスターに自由意思の一部を奪われていた頃に……何か『そういう経験』をしているのだろう。
ダンジョンに囚われていたのならば、当然……ダンジョンを探索する者と戦うこともあったのだろうから。
「よーし! しっかり打ち合せして、無事に依頼を終わらせるわよー! そしたらいよいよ紅玉にランクアップなんだから!」
「そうなのですね? では、途中で総合ギルドに寄り、指名依頼の手続きを行いましょう」
「了解よー!」
「じゃあいってらっしゃい、メルト。商会長さん、メルトを宜しくお願いします。って、俺がメルトに面倒見てもらってる立場なんですけどね」
「ふふ、お任せください。しかしお若いのに貴方もセイムさんに負けず劣らず優秀な様子……もし、無所属のままなのでしたら、冒険者兼商会直属の用心棒などいかがですかな?」
「いやー、俺って旅団預かりの身なんで、どこかに直属って難しいんです、ごめんなさい」
「ははは、了解ですぞ。では、行きましょうかメルトさん」
二人を見送り、俺も家に戻って装備を整える。
今日はもう、あのジャージ一式じゃなくていいな!
普通に旅人の服シリーズを着込み、その上から革のガントレットや胸当てを装着。
どこからどう見ても新米冒険者だ。
まぁ見た目がどうあがいても高校生のガキですからね……派手な装備は悪目立ちするんですよ。
【美食家】再発動の為のクッキーを一口齧り、俺も探索者ギルド本部へと向かうのだった。
「お、昨日の坊主じゃないか! お前講習会の後戻ってこなかったろ? 一応気にしてたんだぞ私」
「いや申し訳ない。実技の自主訓練に熱が入り過ぎちゃって」
「ハーッ真面目だな坊主! んじゃ無理すんなよ? 昨日の姉ちゃんは一緒じゃないのか? 許可証なら発行されてるぞ?」
「あ、今日は冒険者の任務が急に入ったらしくて。じつはあの子、売り出し中の冒険者なんですよ」
「マジか。あんなにこう……らしくないのにか?」
「ええ、そうなんですよ」
言わんとしていることは分かる……!
「よし分かった。じゃあ第一階層から挑むんだな? 無理しないで、出来れば第五階層まで辿り着いたら帰還することを勧めるぜー?」
「分かりましたー」
受付を後にし、早速ダンジョンの始まりに続く転送の紋章へ向かうのだった――
昨日の転送紋章の部屋と同じような部屋に入ると、既にダンジョンへ向かう人間で行列が出来ていた。
かなりの大人数なのだし、ダンジョン内は混雑するのではないか――とも思ったが、そういえば一フロアにつき、リンドブルムの下層区並の広さがあるって言っていたな。
たぶん、普通にフロアをすべて見て回ろうとすると、一日掛かりになってしまうだろう。
「おい坊主、お前の番が来たぞ」
「あ、すんません」
考えているうちに俺の番がやって来たので、早速紋章の中へ。
足元から伸びる光に包まれ、一瞬視界が全て白に染まったところで――
「ここがダンジョン……昨日のフロアとは全然違うな」
到着したのは、空もない、照明もない、それなのに一定の明るさが確保されている、とても広い通路が伸びている場所だった。
曲がり角や横道が遠目に見えることから、単純にここは巨大な迷路の中……といった具合の場所なのだろう。
それで街の下層区並の広さとか、普通に探索するだけでも高難易度なのでは……。
「見た感じ……探索者ギルドの本部に似てるな……」
どこか古代神殿を思わせる、風化した壁と天井。
高さは恐らく二〇メートルは優にあるだろう。道幅も、同じく二〇メートルはありそうだ。
本当印象としては『巨人の為の迷路』という印象だ。
「んじゃ……とりあえず試すか」
俺は、焦土の渓谷でも試した『マップを表示させる魔法』を使う。
どうやらこういった『基礎魔法』は、何かの心得さえ習得していれば使えるようだ。
ちなみに、よく走ったり高速で移動するのは魔法ではなく『基礎スキル』だったりします。
『ダンジョン解析』と『暗視』は基礎魔法として全職業が使えるのですよ。
「うお……! 地図がマジで表示されてる……それに下層への出口まで」
マップには、しっかりと入り組んだ迷路のような構造が表示され、そして……階下への道を示すマークまでもが表示されていた。
つまりこの通りに進めば、最短でゴールを目指せるって訳だ。
「今の俺がどこまで通用するか分からない。が、効率を求めるなら下層の方が良いよな」
道中の雑魚を轢き殺せるなら殺す、そうじゃないなら一発殴ってさよならだ。
きっとどこか他のパーティが倒してくれるだろう。
と、言う訳でいつもの最速構成のスキルを発動する。
【高速移動】+【リズムステップ】+『ラピッドステップ』この三点セット。
早速、全速力で次の階層を目指し疾走する。
「……発見」
早速、この広大なダンジョンの通路にポツンと存在していたグリーンゲルを見つける、
走る勢いのまま、飛び蹴りでコアを打ち砕き、そのまま速度を落とさずにゴールを目指す。
気分はRTAだが、実際には敵がいる度にわざわざ蛇行してまで倒しに行くんです。
「んじゃ……今日一日でどこまで行けるか試してみますか」
【美食家】の効果が切れるまで、残り四時間。
とりあえず五階層まで潜って帰還を目指すか!