第九十一話
「……レベルって概念はないのは分かるけれど、確かにステータスだと数字が増えてるな……」
【美食家】の効果が切れ、再発動したにも関わらず再び効果が切れる。
つまりかれこれ一〇時間弱も俺はこのグリーンゲルを狩り続けていたことになる。
効率が良すぎる。召喚した瞬間に、ハイキック一発で倒せるように角度を工夫し、ほぼリスキルのような状態にして倒し続けているのだから。
なのに、俺には疲労がない。ずっと続けていられるのだ。
「今日はここで切り上げるかねえ。もう夜の……一〇時過ぎてるじゃないか……」
こんなにのめり込むのは、熱中するのはいつぶりだろうか?
ネトゲで新しい職業、フィールドが実装された時以来だろうか?
楽しすぎるのだ。楽しすぎるのだよ! 数字が、ステータスが、どんどん増えていくのが!
もしこれでレベルが存在し、ゲームよろしくファンファーレなんてものでもあったら、もう俺は止まらなかったかもしれない。
今から残りの日数、篭り続けてもおかしくなかったかもしれない!
「いやー……成長した成長した……でも伸びが悪くなってきたな……雑魚相手じゃ限界でもあるのか、それとも……俺の肉体的な限度があるのか」
現在のステータスを表示させ、その結果に満足しつつも、疑問が残る。
体力 872
筋力 397
魔力 81
精神力 221
俊敏力 287
【成長率 最高 完全反映】
【銀狐の加護】
【観察眼】
【初級付与魔法】
【生存本能】
【高速移動】
【投擲】
【美食家】
【リズムステップ】
【演奏Lv3】
【料理Lv4】
【細工Lv1】
【裁縫Lv1】
【剣術Lv4】
【弓術Lv1】
【狩人の心得Lv1】
【学者の心得Lv1】
【盗賊の心得Lv1】
【剣士の心得Lv3】 ←ランクUp
【戦士の心得Lv6】 ←ランクUp
【傭兵の心得Lv2】
【舞踏の心得Lv3】 ←ランクUp
一日でここまで育つとは思わなかった。
それにどうやら『ジョブに関係する攻撃を繰り返す』ことで、心得も成長するのが分かった。
蹴りは戦士と踊り手の攻撃手段だし、剣も使っていたからそれに付随するものも成長している。
蹴りの方が高頻度で使っていた為、上がり方にばらつきがあるけれど。
だがそれでも、今の段階でゴルダの兵士なら余裕で倒せるだろう。
しかし気になったのが、途中から数字の伸びが渋くなり、もしかしたらこれが『成長の器が育っていない』ということなのかもしれない。
なら、その器はどうすればいいのか。
メルトは他の存在を倒して成長させる、みたいなことを言っていたが、それは同じモンスター、それも弱い魔物を繰り返す倒すだけではいけないのだろうか?
そもそも、俺の肉体は一般的な高校生の身体でしかないという問題もある。
疲労がない超人的な能力はあっても、筋肉が増えているわけではない。
ステータスの効果を発揮するにしても、この身体では限界があるのかもしれない。
色々検証したいことがまだまだあるのだし、やはりここで一度引き上げた方が賢明だろう。
「ふぅ……一〇時間近くぶっ通しはさすがに気疲れするな」
肉体的疲労はなくても、精神的疲労はあるんだな。
それに、若干の眠気も。疲れなくても睡眠欲はあるんだな、多少は。
そうして出口の紋章に向かおうとした時だった、俺しか存在しないこのフロアに突然、誰かがやって来たことを知らせる転送紋章の光が差し込んできた。
「……誰?」
光が止むと、そこにはローブで姿を隠した小柄な人物が立っていた。
俺に先んじて『誰?』と聞かれても……いや、もしかして夜遅くに人が残っていないか見回りをしている人かもしれない。
「あ、すみません。本日の講習を受けていた人間です。ずっと自主練してました。今帰るところなんです、すみません」
「そう。お疲れ様」
とくに追及されることもなく、ローブの人物、顔を隠すようにフードを被っていた人物が、俺と入れ替わりでグリーンゲルの現れる紋章に向かう。
そうか! 俺以外にもこうやって自主練する人がいるのか!
……効率悪いって話だけど、何か旨味を増やす方法でもあるのだろうか?
あ、ジャージのままだった。悪目立ちするしとりあえず……見られていないうちに着替えよう。
そして帰るふりをして、今現れた人物がどんな風に魔物を倒すのか観察することにした。
やっぱりね、先駆者の動きを観察するのはゲーマー必須作業ですから。
すると、その人物はローブを脱ぎ捨て、腰に差していた一本のダガーを顔の前で構え、姿勢を低くした。
なんというか、アサシンチックなスタイルだと感じた。
シルエットからも察していたが、女の子だ。こちらからは顔が良く見えないが、もしかしたら体格的に、俺やメルトとそう変わらないのかもしれない。
髪は短く、どこか海や空を思わせる、藍色。
獣耳やエルフ耳が見当たらないし、恐らくただの人なのだろう。
「っ!?」
次の瞬間、紋章から現れたグリーンゲルが、一瞬で細切れになった。
それも、コアだけを残して。
なんだ……今の倒し方。コア以外が一瞬で全て細切れになり、残されたコアが地面に転がる。
そしてそのコアを拾い上げると、破壊せずにフロアの端の方へ転がしてしまった。
再生しないのか。あそこまで分割されたら、もうコアを破壊しなくても戦闘不能になるのか……?
その後も、彼女は同じ方法で、リスポーンキルよろしく現れた魔物を一瞬で細切れにしていく。
体内を動き回るコアだけを避け、確実に身体をバラバラにする剣の冴えは、正直人間業じゃない。
たぶん、相当な実力者なのだろう。
そうして、フロアの端に転がされていくコアがそろそろ数えきれなくなりそうになったところで、その女の子がコアの確認の為こちらを振り返った。
やはり、若い。メルトや俺と同年代に見える。
「まだいたの?」
「すみません、見学してました」
「そう。ここからは、危ない。帰った方が良い」
「え?」
「帰った方が良いと言った。責任は取らない」
必要なことだけを口にし、彼女はコアを拾い集めに行く。
脱いだローブでコアを包み、それを魔物が現れる紋章の上に並べ始める。
まさか、何か特殊な使い道があるのだろうか?
すると、彼女が再び紋章から魔物を召喚させると、置いてあったコアが全てグリーンゲルに吸い込まれ、見る見るうちにその姿を変貌させていった。
ただの不定形の緑の魔物が、体内に無数のコアを吸収し、それが体内で渦巻く。
だが次の瞬間、グリーンゲルはその姿をまったくの別物……巨大な人型の緑の魔物、まるで巨人のような姿に進化したのだ。
体表にはコアの名残だろうか、無数の目玉が埋め込まれ、見る人間に嫌悪感と恐怖を与える。
その異様な風貌からは、明らかに『強者』の風格のようなものすら感じる。
【観察眼】を発動させ、その魔物の詳細を調べてみると――
『アルゴス』
『無数の目玉を体表に持つ異形のオーガ種』
『通常のオーガ種とは違い非常に高い物理耐性を持つ』
『目玉が弱点と思われがちだがそこは攻撃機関である為危険』
『純粋に生物として強力な存在である為正面から挑むしか手段が無い』
『しかし一部の魔術には弱く炎と雷の耐性が何故か低い』
『生息環境も誕生条件も不明の非常に希少な魔物である』
かなり詳細なデータが表示された。
これ、どこから出てきた情報なのだろうか?
ダンジョンから? それともこの世界そのものから?
いまいちこの世界を信用出来ないんだよな……なんか地脈的なものとかダンジョンの性質とか。
まるで世界を支配しているのはダンジョンを含む世界そのもののようで。
「まだいたの? 流石に危ないから帰って」
一瞬こちらを覗いた女の子が、最後にそう発すると、すぐさまアルゴスへと向かい疾走した。
どこに回り込もうと反応するこの巨人は、その体表の目が全て機能しているのだろう。
いくら速くても、どこに回り込んでも、常に視界に入ってしまっているのだろう。
が、どうやらこの女の子は視界から逃れる為に走っているのではなかったようだ。
見えていても、捉えられるとは限らない。足の間も、振り回される腕の僅かな隙も、彼女にとっては『助走の為のコース』でしかないようだった。
速度が上がる。次第に彼女の影を捉えることも出来なくなる。
あまりの速さに、もはや身体が透き通っているのではないかと思うくらい、何も見えなくなる。
「!? なんだ!?」
次の瞬間、アルコスの全身から血が噴き出した。
緑の体表が、目玉だらけの不気味な体表が、瞬く間に不気味な色の血で染め上げられる。
「……よし」
いつの間にか立ち止まっていた女の子が、小さくそう呟くのが聞こえた。
それを合図のように、血まみれの巨人が地面に沈んでいく。
俺は、その光景を『豆腐でも細かく切ったようだ』と思った。
自重を支えきれず崩れるその姿は、とてもグロテスクな豆腐のようだった。
「すっご……」
「……好奇心は身を亡ぼす。運が悪ければ光線で焼かれていた」
再び振り返った彼女にそう言われ、恐らくそれは、あの全身の目玉から照射されるものなのだろうと予想した。
「俺を敵として認識してなかったみたいですね。いや、本当に良いもの見させてもらいました。まさかゲルのコアからあんな魔物を生み出せるなんて……」
「誰にも言わないで」
「了解」
もしかすれば、これは効率の良い育成に利用出来るのかもしれない。
この人の強さは、その結果なのだろうか?
「真似するのもダメですかね?」
「おすすめはしない。倒すメリットがない。これは訓練の為」
「そうなんですか? ゲルを倒し続けての鍛錬に限界を感じていたんですけど」
「あれは本質的にゲルと変わらない。新たな魔物じゃないから成長には繋がらない」
ふむ、魔物を倒した種類も成長に関係しているのか。
そして今の強そうなアルコスもゲルとしてカウントされていると。
「分かりました。大人しくダンジョンに挑みます」
「頑張れ」
そう最後に言い残し、彼女は再びゲルの召喚を始めていた。
同じ工程をやり直すってことか……ガチの訓練なんだろうな、育成の為じゃなくて。
相当に強い。少なくとも俺が見た中で、一番強いのはこの人だ。
シレントで太刀打ち出来るか……? あの巨体を刻むほどの攻撃力と速度だ、相当強いと見た。
いかん、つい好奇心が。俺は最後に、失礼とは思ったが彼女のことを【観察眼】で確認する。
『リヴァーナ』
『純粋な人間としては破格の強さを持つ突然変異個体』
『魔物を討伐した過程で様々な能力が伸びている』
『聴覚と嗅覚が並の獣人以上に発達している為気配察知能力が極めて高い』
……確信した。この能力は『人ならざる者の価値観と視点で判断された情報を読み取る力』だ。
人のことを『突然変異個体』などと形容するなんて、普通は考えられないし。
この世界についてもいつか調べてみたいな。
「じゃあ俺はこれで失礼します」
「うん」
最後に呼びかけると、こちらを見ずに返事だけが返って来た。
悪い人ではないんだろうな、たぶん。
「やば……すっかり遅くなってしまった!」
転送紋章で探索者ギルドの本部に戻ると、既に照明も最低限、ギルドの職員も一人を残し皆いなくなってしまっていた。
こんな遅くに利用する人間など殆どいないのだろう。
「お疲れ様です」
唯一残っていた職員さんに軽く挨拶をし、帰路に着く。
野営広場も帰り際に少し覗いてみたが、一部の屋台を除いて、殆ど全て明かりを落とし、テントもすっかり月光を受けるだけのオブジェのようになっていた。
皆、寝静まっているのだろう。
「夜の森は若干恐いかも」
森を抜け家を目指す。
この林道は騎士の見回りも多く、治安も安定しているという話だが、それでも夜の森のすぐ傍を通り抜けるのは、若干の恐怖を感じる。
シレントやシーレ、セイムの時はそんな感情、微塵も湧いてこなかったのだが、やはりこういう部分は自分の姿だとまだ若干の不慣れさ、恐怖心が残っているのだろうな。
結局そういった恐怖心は全て杞憂に終わり、無事に愛しの我が家が見えて来た。
が、庭に入ったところで、唐突に家の扉が勢いよく開き、メルトが飛び出してきた。
「シズマ!」
「お、メルトまだ起きてたんだ!」
「シズマ遅い! なんでこんなに遅かったの!! 私、ずっと大きな窓で帰ってくるの見張っていたのよ!」
「あ……ごめん。そっか……想像以上に遅くて心配かけちゃったね……本当にごめん、メルト」
「もしかしたら一人でダンジョンに挑んで、戻ってこれなくなったのかなとか、いろいろ考えたのよ、私」
「実は……ずっとあの緑のぶるんぶるんしてるの倒してました……」
正直に話そう。ずっとあそこで戦い続けていたと。
そうだよな……いくら疲れないと言っても、待っている人間がいるのなら、それを考慮するべきだったのだ。ネットゲームみたいに家の中でずっと篭っているのとは訳が違うのだから。
「ええ……もう一日中……?」
「うん、自分を鍛えたくて……」
「シズマ……同じ種類の魔物を倒しても、どんどん手に入る力は減っていくのよ……?」
「……途中からおかしいなって思ってました」
最初はね、だんだん蹴りが鋭くなって、体幹がぶれなくなったなーとか思ってたんですよ。
剣を振る時も安定しているし、純粋に腕力も上がってるって。
けど、三時間程でそういう自分で感じ取れる成長が無くなって、ステータスで確認すると、たまに能力が+1される程度の伸びになったんですよ……。
でも! たった1でも能力が伸びるなら、それでも満足だったんです……! 塵も積もればの精神でずっと戦ってました……!
あんだけ手に入る経験値を盛っていたのに、それでもこの程度の成長しか出来なかったってことは……普通の人間はもう、絶対こんな非効率なことはしないんだろうな……。
「たぶん、シズマの成長の器が広がっていないのに、そこに沢山魔物の力が流れ込んだんだと思う。普通はもうそれ以上強くはなれないのに、シズマはたぶん特別だから、少しだけ上がっていたんだと思うの。でも、危ないし効率も悪いし、もしかしたら悪影響もあるかもしれないし、今度からちゃんと時間を決めて欲しいわ、私」
「そうだね……メルトを心配させたのが何よりも申し訳なかった。うん、今度からは夕飯の時間には戻るようにするよ」
「うん、約束よ? シズマはまだ私に腕相撲で負けちゃうくらいなんだから!」
ぐぬぬ……確かにそうかも。
そっか、俺がまだ弱いこともメルトの心配に拍車をかけていたのかもしれないな。
「色んな魔物と戦う為にも、明日はダンジョンに挑みましょ! 私の許可証もきっと出来てるはずよね!」
「あ、そうだね。じゃあ……もう遅いし早く寝ようか」
これは反省しないとな、しっかり自戒しないと。
悪い癖だ、熱中すると時間を忘れるのは。
「じゃあお風呂入ってから寝ましょう? さっき私が入ったから、すぐ準備出来るわ」
「お、そっか。やっぱり家にお風呂あるって良いなぁ……」
「ねー! 洗い場も広いし、尻尾のお手入れも楽ちんよ!」
「ほんとだ、今日も綺麗に光ってる」
森の奥、街の光も届かない庭先。
キラキラと月と同じ色に輝くメルトの尻尾。
無論、その髪も。流れるような二つの銀。
それがなんだか、とても神秘的に見えた。
「今日は月が綺麗ねー!」
「っ! そうだね、凄く綺麗だね」
一瞬、地球の『有名な訳し方』のことが頭をチラつき、少しだけびっくりした。
そんな突飛な思考を振り払い、家の中に入る。
さぁ……明日は一緒に行こう。心配させないためにも、君と二人で。