第九話
「お待たせしました。ダンジョンの中で古い知人と出くわしたので、同行を許可してもらえませんか? 追加の護衛料金は必要ありませんので」
「い、一緒に行っても良いですか?」
「おお、勿論ですとも。こちらは治安が良いとはいえ、それでも護衛は多いにこしたことはありませんからな。それにしても、意外と早くお戻りになりましたな?」
「ええ、割とすぐに見つかったので」
ダンジョンから出た俺達は、正式に『レンディア』の領土に入ることが出来た。
つまりもう、メルトはフードを脱ぎ、自慢の耳を嬉しそうにピコピコと動かしている訳だ。
やっぱり獣人に対する偏見はないっぽいな。キャラバンの皆さんも特におかしな表情はしていないし。
「そ、それで……何か良き品は見つかったのですかな?」
「ええ、ちょっとしたお宝と言いましょうか……」
「ほほう! もしよろしければ私が査定してみますが、いかがですかな?」
とりあえずフェイクとして差し出す為に用意していた、以前渡したのと同じ宝石の原石を二つ取り出す。
個体差があるのか、以前よりも少し大きいな、この原石。
しかしこれ……やばいよな。これ一つで結構な値段がつくけど、俺のメニュー画面の中にこれ……一〇〇〇個近くあるんだよな。相場崩壊とか起こしそうだからこれ以上はやめておこう。
相変わらずの笑顔で原石を手に取る会長さんに、これは一先ず売らないで取っておくと言い、改めて行軍に加わることを伝え、メルトも加えレンディアの主都『リンドブルム』へと出発したのであった。
「セイムすごいお宝見つけたの? それでお家買うの?」
「そうなるかなぁ……でもその前に、例のコアを国の偉い人に見せてみようと思うんだ。もしかしたら家とか仕事とか貰えるかもしれないからね」
「へー! 私、お台所が大きな家がいいなー! 頑張って私もお仕事見つけてお金払うから、良いお家見つけようね」
「はは、そうだね。それと……コアのことはまだ秘密で」
「……内緒ね? シーよシー……」
く……良い子や! この溢れ出る純真さが俺のすさんだ心を浄化してくれるようだ!
「メルトは元々どんな家に住んでいたんだい?」
「うーんと山の奥で、私達一族が隠れ住んでいた盆地があってね、そこの集落でお婆ちゃんと二人で暮していたんだ。もう他の住人もいないから、好きな家を使っていたんだぁ。でも、お婆ちゃんが最後に『ここに残ってはいけない。生きる為に、いつか人間の世界まで辿り着くんだ』って言われたんだ。少しは人間のことも聞いていたんだけど……思ったよりも仲が悪かったみたいねー、私達と」
「ふーむ……こんなに可愛いのになんで嫌ってるんだろうなぁ」
「可愛い? 私可愛い?」
「正直凄く可愛い。耳触りたい」
「やーだよ♪」
そう言いながら、メルトは耳を高速でピコピコ動かした。
く……触れようとしても避けられる!
レンディアの領地、特に国境付近は聞いていた通り軍が展開されており、一触即発……とまではいかないのだろうが、ダンジョンを挟んでゴルダ国を警戒しているようだった。
このまま直接ダンジョンコアを持っていくのは……ナシだろうか? しかるべき場所があるのかもしれない。
そうして、俺達は主都リンドブルムへと順調に旅を続けていった。
勿論、道中の食事係は俺が勤めました。凄いなぁ……料理出来るのってこんなに楽しいのか……。
シズマことセイムがレンディアへと渡ったその頃、ゴルダ王国首都へ戻る馬車に乗り込んだ元クラスメイトの一行は、先程別れたセイムの言葉について話し込んでいた。
自分達が手も足も出ない相手を単独で倒す程の猛者。そんな相手が仮にも自分達が属している国を出るという事実と、自分達が集めるべきダンジョンコアを持ち去ってしまったという事実。
それらに直面した彼らは、少なくない焦りと共に深刻な表情浮かべ、顔を突き合わせていた。
「どうするんだよ、俺達があのダンジョンのコアを手に入れるのがそもそもの目的だったんだろ!? 結局シレントだって見つからなかったのに、コアまで他のヤツに取られちまったぞ」
「分かっているよ、騒がないで。……僕達だって、本当はあれくらい倒せたはずなんだ。訓練さえ積めば……シレントを追えっていきなり僕達を差し向けた王にこそ責任がある」
「まぁ……俺もそう思うよ。けど、見つからない段階でダンジョンの奥に勝手に挑むのは間違いだっただろ、さすがに」
「奥にシレントが居る可能性だってあった。アイツ、ダンジョンコアをもう持ってるんだ。なら、さらに集める可能性だってあるだろ? 既に手に入れられる実力はあるんだから」
「だが、結局他のヤツに奪われた……ダンジョンマスターって簡単に倒せる相手じゃないはずだろ?」
「一介の冒険者が倒せるとは思えない……何か仕掛けがあるのかもしれない。もしかして僕達との戦いで既にダンジョンマスターが弱っていた……?」
「あ、じゃあ漁夫の利っていうのだね? じゃあ、本当はあれだって私達の物だってことなのかな?」
子供達は、自分達に都合の良いように話を進めていく。
どこか、自分こそが特別だと、他を見下すような言動を取るイサカと、それに追従するように話をあわせるイナミ。そして、どこか釈然としない風に授かった武器を握るムラキと、それをなだめるカズヌマ。そんな面々を他所に、我関せずといった様子で化粧を直すサミエ。
そして……そんな彼等を見渡しながら、心の底からうんざりした様子で一人の女子生徒が溜め息をついていた。
「……はぁ。もう私ドロップアウトしようかな。私もシズマ君みたいに屋敷に引きこもっていた方がよかったかもね」
「え、ちょ、なに言ってんのーシュウ。あいつみたいに引きこもりとか冗談でしょー」
「その方がマシというか、賢いと思うわ。ここ、私達がお気楽に今までみたいに過ごせる世界じゃないってことなのよ。いつまでも楽観的で……これ以上一緒にいたらそのうち酷い目に遭いそう」
「……シュウは、どうしたらいいと思う?」
「私? 私はそうね……お城の人間もイマイチ信用出来ないし、一度森の屋敷に戻ろうかしら。戻れないって言われていたけど、あのシレントって人があの屋敷の主? 倒したんでしょ。ならシズマ君も無事のはず。合流してどこか平和な場所に潜むわ。それに……直接『裏切られた』ってシレントの発言についても色々聞いてみたいし」
「あの館のダンジョンマスターを倒したんだよな。なら、確かにシズマはどこかにいるって訳か。だが裏切りうんぬんはシレントのでまかせだって結論が出ただろ」
「……屋敷で平和に過ごすのも選択としてはアリだと思って置いて来たけど、もし一人で森にいるなら迎えに行った方がいいかもな。念の為、話も聞いておきたいし」
一行は、かつて置いて来たもう一人のクラスメイトのことを思い出す。
だが――
「だ、大丈夫だと思うよ私は! だって、シレントさんが倒したなら……シズマ君だってその場にいたはずだよね? もしかしてこっそり一緒に出てきて、そのまま私達や国の人に見つからないようにどこかに行ったんじゃないかな?」
「なんでそんなことをするんだよ」
「さ、さぁ……」
「ふむ……確かにいかにも強そうなあの男に同行していた可能性はあるね。けど、シレントは一人で森から出てきたという話だよ……途中ではぐれたか、それとも別な出口から出たか……はたまた魔物に襲われたか」
「じゃ、じゃあ魔物に襲われちゃったのかも……?」
イナミは、皆がシズマを探そうとすることに焦りを覚えていた。
そう、彼女は自分の意志でシズマを自分達の仲間から外れるように仕組んだのだ。
それをいまさらシズマに暴露されてはかなわないと、必死に皆を引き留める。
それはもしかしたら『私達の素敵な修学旅行に紛れ込んだ邪魔者』と、最初からずっと嫌っていたからの行動なのか、それとも単に気にくわないからなのか。
なんにせよ……その心には醜さがありありと浮かんでいた。
「少なくとも彼も成長したら僕達みたいに強くなるかもしれないんだ。ダメ元で一度探しに行ってみるのも良いかもしれない。戦力が欲しい……あの女の子を仲間に出来なかったのはちょっと惜しかったかな、中々頼りになったし」
今はまだ広がっていないが、確かに彼等の中に少しだけ『不和』が芽吹きつつあった。
あっちの国にいた頃は『少し肌寒いかな』って程度の気温だったんだけど、こっちに来てから明らかに気温が下がった気がする。普通に寒いんだが。
というか南下してきたのになんで寒いんですか!
……あ、そうか。地球じゃないんだから暖かいとは限らないのか。
「メルトさんや……尻尾こっちに寄せて、寒い」
「えーまたー? はい、あんまりぐしゃぐしゃにしないでよ」
荷馬車に揺られ移動中、俺はメルトの暖かそうな尻尾を抱きながら暖を取る。
もふもふであったかくて幸せでござる。
「大丈夫ですかな、お二人とも。魔物の出る気配はないようですが、さすがにこちらの気温だけは防げませんからな」
「正直少し舐めてました……ここまで明確に気温が変わるんですね」
「そうですな、それこそ、それがこの国とゴルダ国の争いの原因なのですから。こちら側は大陸の力、魔力が極端に少ない影響で土地も枯れやすく、気温も低いのですよ。だからこそ実りも少なく、生活の殆どを外大陸との交易で賄っているんです。幸い、魔法技術は発達していますので、そういった研究の産物で利益を出せているのですが、研究で民の腹は満たされませんからな」
「なるほど。魔力的に厳しい環境だからこそ研究も盛んなんですね」
「ええ。逆に、肥沃な土地にあぐらをかき続けていたゴルダは……徐々に外の世界に置いて行かれつつありました。悪く言うと停滞していたのです。遅かれ早かれ、我々のような商人はあの国を出る必要があったのですよ」
「それで、戦争の具体的な理由は……?」
「レンディア側が、共同でダンジョンを攻略し、実りの力をレンディアにも渡るようにとゴルダ国に協力を持ちかけたのです。実りの力を開放すればレンディアも今より豊かになるはずだから、と。なのでレンディアは魔法技術で攻略の助けになる兵器や術師を提供すると持ち掛けたのですよ」
「で、それをゴルダが突っぱねたと。……いやゴルダ国王ってバカなんですかね?」
「強欲なのでしょうなぁ。商人として欲は否定しませんが、王ともなると欲よりも優先すべきことがあるでしょうに。故に、我々のような愛国心の無い者は国を出ているという訳です」
なるほどなぁ……。じゃあ俺が今持っている国境のダンジョンコアを渡せば、少しはこっちの国の事情も好転するのだろうか? 結構報奨金もらえたりするかも? 正直お金はどうとでも出来るけど……平和な土地と家、あと身元の保証とかしてもらえないだろうか。
「よくわかんない! おじさんの話分かった?」
「分かった。つまり、さっきまでいた国と今いる国は少し仲が悪いってだけ」
「寒いから? なら火を焚けば皆仲良しね?」
「そうだなぁ、そうだといいけどなぁ」
メルトさんや、君は本当に純粋で可愛い子ですな。商人さんもほっこり顔しております。
「あー、じゃあ仮にダンジョンを攻略して手に入れたコアを国に渡したらどういうことになるんですかね?」
「そうですなぁ、強力なダンジョンコアですと、それこそ土地に魔力が行き渡る為の新たな道も生まれる、という研究結果がありますので、今よりももう少しだけ良い気候になるでしょう。ですが、それほどまでに強力なダンジョンコアなど、それこそ先程の国境にあったような『天然の大ダンジョン』を生み出す強力なダンジョンマスターを倒すことでしか入手は出来ないでしょうなぁ。こちらの国では人工ダンジョンによる小型のダンジョンコアを精製、採取することが主な産業ですが、その成果は微々たるものですし」
「へー! 人工ダンジョンなんてあるんですか」
何それ面白い。ちょっと行ってみたいな。
しかし天然のダンジョンコアってそこまで大仰な物だったのか……これは献上するのが楽しみになってきたな。
寒さに耐えながら、俺達はこの国の主都であるリンドブルムを目指す。
じゃあもう少しこの尻尾モフモフしてるんで……着いたら起こしてください。