第八十九話
自宅に戻る脇道と、王宮へ続く道。
その丁度中間あたりに、大きな別れ道が存在する。
その先にあるのが人工ダンジョンであり、場所的には王宮から更に南西に位置しているようだ。
「たまに林道で人を見かけるけど、やっぱりみんな人工ダンジョンに向かっていたんだね」
「そうみたいね? それに思っていたよりもダンジョン周辺に人が多いみたい。もしかして別な道があるのかしら?」
「そうかもね。方向的に……西の街道、沼地方面から来られるのかも」
「そっか、そうかもしれないわ。沼地の周りにいくつか道があったのを見かけたもの」
まぁ、リンドブルムまで移動しなくても行けるなら、リンドブルム以外の街から来た人間は直接ダンジョンに向かうのだろう。
「さ、じゃあ行ってみようか」
「うん! 楽しみね、人が作ったダンジョンなんて」
ダンジョンの入り口は、どうやら石造りの建物の中にあるようだった。
神殿……と呼べるほど豪華な作りではないが、それなりに大きな、そして歴史を感じさせる石造りの建物。
それほど人が殺到している訳ではないが、今も中に人が入っていくのが見える。
内部に入ると、建物の外見とはうって変わり、どこかギルドのような受付カウンターが並ぶ、そしてさらに奥へ続く通路が無数に存在する、現代の手が入った施設だった。
早速、受付と思われる窓口に向かう。
「すみません、初めて人工ダンジョンに来た者なのですが、ここについて教えて貰えませんか?」
「はーん? 子供が来るって、あんた生活に困ってんの? やめときなー、人工とはいえダンジョン、普通に魔物も沢山出るし、殺されることだってあるんだぞ?」
受付にいた若い女性は、どうやら珍しく『ヤンキー風』の人物だった。
が、たぶん親切心なんだろうな。
「一応、許可証ならあります」
「あん? …………お上の認定証……だと!? 坊主! なんだよすげぇバックついてんのかよ! なら話は別だ。一緒にいる姉ちゃんも一緒か?」
「あ、私? 私お姉ちゃんに見えるかしら?」
「んー……今そう見えなくなったな。まぁ連れってことでいいんだな? じゃあちょっと向こうのテーブルに移動してくれ。ここ『探索者ギルド』について説明すっから」
どうやら、俺が受け取った通行許可証は特別な物だったらしく、受付の態度が露骨に変化した。
あと……そうだよね、メルトは口を開くと一気に幼い印象に変わるもんね……。
「まず、ここが探索者ギルドの本部だ。一応、街の中にも総合ギルドがあるだろ? あっちで通行証の発行申請なんかが出来るんだが、その場合は『講習会で推薦を貰う』か『傭兵か冒険者で黄玉ランクに到達』する必要があるな。まぁ推薦貰う方が楽っちゃ楽だ。講習会にしっかり出て良い成績修めりゃそれでいいんだからな」
「ねぇねぇ、私、許可証っていうの持ってないよ? 入れないの?」
「え、そうなのか? なら冒険者ギルドのランクは?」
「翠玉、もうすぐ紅玉になるのよ!」
「お、なら今日はここで申請しておくか。たぶん明日には入れるぜ?」
む、メルトは今日は入れないのか……。
「えー……入れないのー?」
「講習なら受けられるぞ。どうする? 受けるか? まだちっと早いが、正午から有名な探索クランが講習会を開くんだよ。まぁ基礎的なダンジョンのルールや進み方を教えてくれる。毎日持ち回りでいろんなクランがやってくれてんだよ」
「あ、じゃあ今日のところは俺もそれ受けます」
「じゃあ私も! 講習会……凄く、良い試みだと思うわ。ダンジョン、本当は凄く恐くて危ない場所だもの。人工でも危ないんだって、しっかり教えてくれるのはいい考えよね」
メルトが、どこか感心したようにこの制度の感想を述べる。
きっと、ダンジョン生活が長かった彼女にとっては、無関係の話だとは思えないのだろう。
もしかしたら、ダンジョンで犠牲になった人を見た経験もあるのかもしれないな……。
「んじゃこの用紙に姉ちゃんは必要事項を書いてくれ。あと冒険者タグもいったん預かるぜ」
「分かった、お願いするね」
手続きが終わり、講習会が開かれるまで時間が余った俺達は、引き続き受付の女性にこの探索者ギルドについて尋ねてみた。
「人工ダンジョンはある程度土地の力、魔力の流れに干渉して、簡易的にだがダンジョンに干渉出来るんだよ。ダンジョンってのは本来意思を持っている。それがダンジョンマスターの意思なのか、大地の意思なのかは知らんけどな。だから挑んだ人間のことをダンジョンは覚えている。正規の手続きで帰還した人間には、しっかりと帰還した場所まで次回送り届けてもらうことも出来るって訳だ。ほれ、あっちに幾つか通路があるだろ? あれが転送してくれる紋章がある部屋に繋がってる。一つは帰還用の部屋、もう一つは途中から再度攻略を始める為の部屋。最後が、最初の階層から順番に挑む、お前達が明日挑むべき部屋だ」
なるほど、さすが人工ダンジョン……色々と便利だ。
いや、便利で済ませられる問題じゃない。ダンジョンが生きている……? 転送?
ダメだ仕組みが分からない。けど……人を、覚えている……か。
人工ダンジョンにはダンジョンマスターがいないのだし、これはもしかしてダンジョンコアの機能を簡易的に誰でも使えるようにしているのか……?
なら、人工ダンジョンにもダンジョンコアが使われているということなのだろうか?
「へー、便利なのね! じゃあ講習っていうのはどこでやるのかしら?」
「ああ、途中から挑む為の転送装置から向かうフロアだ。一応、その為のフロアがあるんだよ」
「なるほど。じゃあお昼までに何か食べておこうかしら?」
確かにそうだな、講習会が正午からなら、何か食べておきたい。
それに【美食家】も発動させておきたいし。
「腹ごしらえか。一応外に簡易野営用の広場がある。食材やら料理を売ってる行商人もいるから覗いてみると良い。なんなら、ポーション類やちょっとした道具を売ってる連中や、ダンジョン内で見つけたものを売買してる探索者もいるぞ」
「へぇ、結構賑わってるんですね」
「まぁ、ほとんどがリンドブルム外からきた連中だけどな。ちょっとした腕試し、天然のダンジョンに挑む前の試験に使ってるする連中が多いんだよ。今探索者の殆どが港町に移動してるしな」
ああ、そういえば女王が言っていた、もう一つの天然の大ダンジョンがあったな。
その関係だろう。
「色々ありがとうございました。ちょっと何か食べたら時間になると思うので、これで失礼します」
「あいよ。どういう事情かは知らんが国のお偉いさんからの紹介だ。期待してるぞ坊主」
「ええ、そのうち最下層まで行って人工ダンジョンコアの欠片を取ってきますよ」
きっと、過去に提供された天然のダンジョンコアの一部を使い、それを呼び水として管理しやすいダンジョンを発生、その力で、大地の奥深くに存在する魔力、豊穣の力を具現化、ダンジョン攻略によりそれを回収、そういった産業でリンドブルムは成り立っているのだろうな。
「へー、そういう仕組みなのね?」
「半分は俺とシーレの予想だけどさ。たぶんそうやって、断続的にダンジョンコアの力を手に入れて、少しずつ国を豊かにしてるんじゃないかなって」
「なるほどねー? じゃあもしかしたら、この街から離れると、ちょっと寒かったり、お野菜とか森の食べ物が取れ難いのかもしれないね」
たぶん、そうなのだろう。
リンドブルム内で大勢の人が暮らしているのも、そういった理由なのかもしれないな。
野営広場に向かうと、既に幾つかのパーティが自分達のテントを設営していた。
どうやらしっかりと場所を管理している監視員がいるらしく、一度設置したら、特に誰かが残って見張りをする必要はないのだとか。
こういう業務も探索者ギルドの管轄なのだろう。
「なんだかおもしろいね! こっちの方が家から近いし、たまにこっちでお買い物したり何か食べるのも良いかも!」
「確かにそうだね。結構近いのにこんな場所があったなんてね」
どうやら誰でも使える仮設屋台のようなものがあるらしく、そこでダンジョン産の品や、ポーションのような探索前の準備品、それに近くにある調理台で作った料理なども売られていた。
話を聞くと、どうやら普段は屋台街で出店しているらしく、曰く今日から講習会を開くクランが有名なクランらしく、人が増えることを見越して出店しているのだとか。
「あ! マルメターノ! シズマがマルメターノって呼んでる腸詰の屋台だよ!」
「あ、ほんとだ。俺はあれ食べようかな」
「私も! あれ美味しいよねー! 形も可愛いし、大きいし、一番のお気に入りなの」
確かに見た目のインパクトはある。日本にいた頃ですら、初めて見た時はそのインパクトについ『食べてみたい』って思ったくらいだ。
「おじさん、二本頂けますか?」
「違うよシズマ、三本だよ」
「……一本にしておいた方が良いと思うよ」
「ははは、この兄さんの言う通りだぞ嬢ちゃん。最近、よく屋台街に買いに来てくれるから顔覚えてるよ。食べすぎ注意、この腸詰には脂身もかなり練り込んでいるからね。ハーブとスパイスで気にならないけど、一本でかなりのエネルギー補給になるんだ」
「うー……分かったわ」
メルトが最近食いしん坊になってきた気がします。
恐らく、これまで食べてこなかった彼女が、いきなりいろんな美味しいものに囲まれてちょっと暴走気味なんだと思います。
しっかり動こう……!
食事を終え、探索者ギルドの本部に戻る。
よかった、メルトがマルメターノ食べてお腹マルマターノにならなくて。
メルトと二人、講習会に出席する旨を伝えると、すぐさま人だかりの方に案内してもらった。
すると――
「そろそろ時間でーす! 今日の講習会に出席するのはここにいる皆さんで全てでしょうかー?」
本日の講習会を開くクランの人間であろう男性の声が、人だかりの向こうから聞こえて来た。
「なんだよ……知らないヤツじゃねぇか。せっかくキルクロウラーの人間が講習会開くって聞いて来たのに」
「俺やっぱパス。別に今更講習会出なくても普通に結果出せてるし」
だが、俺とメルトの目の前にいた探索者二人が、担当者に不満があるのか立ち去ってしまった。
そのお陰で担当者の姿を見ることが出来たのだが、なんとそれは……ええと、誰だっけ……。
ば……バ……バル? バス? 名前を忘れてしまった……!
「あ、バスカーだ! バスカーが探索者の講習会をするの!?」
「あ、メルトさん! どうも、お久しぶりです。メルトさんは初めてダンジョンに挑むんですか?」
「ううん、天然のダンジョンになら挑んだことがあるよ。でも人工ダンジョンは初めてなの」
「なるほど、そうだったんですね! ということはまさか、隊長も……?」
あ、まだ隊長呼びしてくれてるのか。
残念、シレントさんは一回お休みなんです。
「ううん、今は訳合ってこの人、シズマと一緒に行動しているんだー。初めてのダンジョンだから、一緒に挑むことにしたのよ」
するとメルトが、俺をバスカーに紹介してくれた。
「初めまして、シズマです。今はメルトが相方兼、監督役として同行してくれています」
「初めまして、バスカーです。今回、講習会を担当する人間で、所属はキルクロウラーです。探索者クランの中では有名な方ですが、先程の方が言うように、僕自身は有名でもなんでもありませんからね。それでもよろしければお付き合いください」
残った面々は、普通に拍手でバスカーを迎えてくれた。
察するに、さっき帰ったのはただの野次馬、有名人目的の冷やかしだったのだろう。
「では、これより講習会用のフロアに移動します。皆さん、装備は所持していますか?」
皆、その問いかけに頷き、それぞれの装備に手をかけていた。
ふむ……? 集まった面々の中には、見覚えのあるローブ……確か学園の制服と同じものを着ている人間も混じっていた。
疑問に思いつつも、俺達はバスカーに連れられ、転送の紋章に案内される。
「ここに乗ってください。一人ずつでお願いします」
「私から!」
すると、我さきにメルトが飛び出し、光る紋章にぴょんと飛び込んだ。
飛び込んだ矢先、紋章から光が溢れ出て、メルトを飲み込んでしまった。
それが収まる頃には、もう彼女の姿はどこにもなく、恐らくこれが転送なのだろうと、俺も少しわくわくしながら一歩前に出る。
が――
「次は俺だ。どけ、平民」
「あん?」
押しのけられ、割り込むように紋章に入る学生ローブの青年。
つい反射的に反応してしまったが、それが気に入らなかったのか、光に包まれながらこちらを睨みつけてきていた。
「……残念ながらセイムほど温厚じゃねぇぞ俺は」
面倒見のいいお兄さんなんかじゃないんですよ。
早速、俺も紋章に踏み入る。
すると、光が下から伸びてきて、一瞬視界が白く染まり、次の瞬間には広い空間に移動していた。
「んで、これなに?」
そして目の前に突きつけられている杖。
先に転送していた学生が、杖の先をこちらに向けていた。
「なんださっきの態度は、平民」
無言で杖を掴み、奪う。
「何をする!」
「お前が何してんだよ。武器向けたな?」
剣を抜き突きつける。
「ダンジョン内での死亡は事故として処理されるらしいぞ」
嘘だけど。
「は、杖が無いと魔法が使えないとでも思ってるのか、馬鹿が!」
「あっそ」
剣の腹で殴っておきますね。
何かされる前に、剣で軽く頭を横殴りにしてやると、綺麗にその場で真横に倒れる生徒。
大丈夫、目撃者はメルトしかいない。
「よーしじゃあ次の人来る前に端に寄せておこうか」
「え? え? なになに? なんなの今の?」
「気にしないで大丈夫」
すーりずーり……この広い部屋の端の方に引きずって移動しておきますね……?
そうしてしばらくすると、全ての受講者が揃い、最後にバスカーがやって来た。
「おや? あちらで倒れているのは……?」
「転送で気分が悪くなったそうです。少し横になるそうなのでそっとしておいてください」
「なるほど……たまに転送酔いする人もいますからね。他にも気分がすぐれない人がいれば、部屋の隅で休憩して下さっても構いませんのでー!」
……やり過ぎか? いや……それは向こうも同じか。
またちょっかいかけてくるようなら、なんとかしないとな、一応貴族っぽい口ぶりだったし。