第八十八話
王宮に向かうと、昨夜と同じ門番さんが笑顔でメルトを出迎えてくれた。
「お嬢さん、凄い出世だな。今日は君が来たら連れの客人と一緒にそのまま通すように言われているよ」
「そうなのね! ちょっと感動しちゃうわ、私」
「じゃあ剣はここで預からせてもらうよ。後ろの君も良いかい?」
俺は、今日の為に用意した剣を門番さんに預ける。
『訓練兵のバスタードソード』
『取り扱いの幅が効く片手半剣』
『装備者の成長を促す効果を持つ』
【取得経験値+20%】
強くはないが、育成用に使うことが多かった剣だ。
無論、性能は高くないし、現実世界で実際に手に持ってみると、若干の重さを感じた。
恐らく、鍛錬用に重くしてある……という設定なのだろう。
大人しく剣を門番さんに渡すと――
「ぬお!? 随分重い剣だな……! では預からせてもらうよ」
「私のダガーもはい、どうぞ」
「よしよし。じゃあ入って大丈夫だよ」
さて、では本日はどこに通されるのか――
「闘技場だったでござる」
「シズマ頑張ってー!」
案内の兵士に連れられ、俺達が向かった先は闘技場でした。
薄々分かってたよ! セイムの時に通った道だなぁって思ってたよ!
まずは女王様と謁見するのだとばかり思っていたよ! いや観覧席にいるけどさ!
「む……まだ子供ではないか……」
「はい、今年で一七になります」
「そうか、すまん。もう少し幼いと思ってしまった」
闘技場、その試合場に立たされ、既に相対するようにクレスさんも装備を整え目の前にいる。
どうやら本当に手合わせのつもりらしく、今日は木製と思われる、普通の槍だけを装備していた。
鎧は恐らく、本来鎧の下に着るクロースアーマーのような布のものを身に着けている。
それでも、ただの服の俺よりも見た目はしっかりしている。
対する俺は、一見するとただの服と、何故か許可された自前の剣。
先程、門番さんに預けた剣が運ばれてきました……。
「唐突ですまないとは思うが、今は急を要する。君がかつての同胞の元へ向かいたいと言うのなら、ある程度は資質を見極める必要があるのだ。分かってくれ」
「了解しました。こちらの勝利条件、戦闘終了条件はなんでしょう?」
「私に一撃与えるか、武器を破壊するか、だ。見たところ、その剣はかなりの重量のようだ。まともに受けたら私の木槍は破壊されるだろう。全力で打ち込んで来い」
「分かりました」
そうだよな、今は急いでいるんだもんな。
四の五の言わず、挑むしかないんだよな。
「行きます!」
始まりの合図なんてものはなく、すぐに戦場を駆る。
地下道を走った時と同じく、発動可能なスキルは全て使い、全力で接近。
若干靴がフィールドの土でスリップするも、それでもセイム以上の速度で接敵、その勢いのまま、若干重みを感じる剣を、腰だめから慣性を乗せるようにクレスさんへ向けて振り上げる。
重々しい、風を切る音と共に放たれた一撃は、やはりクレスさんの槍で絶妙な角度で方向を逸らされる。
が、こちらの体勢が崩れることはなく、まるで重さや勢いを無視するかのように、すぐにステップで回り込むように、攻撃のモーションをキャンセルするかのように、槍を持つ彼女の反対の手へと移動する。
「甘い」
「っ!?」
が、いつの間に持ち替えたのか、空いていたはずの手に握られていた槍が、移動したこちらに突き出され、俺もそれをギリギリ身体捻り回避する。
回避の動きのまま、腰を落とし足払い。
【舞踏の心得】の効果で、体術の速度は剣よりもはるかに速い。
だが、その足払いは槍の石突きが素早く突き出され、防がれてしまった。
……違う、防いでしまったんだ。
「ズア……飛べ!!」
「んな!?」
足払いの強さを見誤ったのだろう。
クレスさんの木製の槍は、足払いを受け止め切ることが出来ずに、石突き付近からへし折れてしまった。
剣が重いから、それで壊すと思っただろう。
が、正直今の俺は剣よりも足の方が威力も速度も出る。
重い剣に気を取られた形だ。
「武器破壊、完了しました」
「ああ……驚いたぞ。あの体勢からの蹴りでまさかここまでの威力があろうとは……こちらを崩す目的の攻撃だと勘違いした」
「剣を警戒してくれたおかげです。見た目以上に重い剣……きっと、非力な人間が一撃の威力を上げる為の工夫だと思いましたよね」
「ああ、そうだ。ふむ……素晴らしいぞ、その若さで本当に才能に溢れている。能力の高さではなく、その戦いの組み立て方が」
「ありがとうございます、そう言ってもらえて嬉しいです」
これで、一先ず力をしめすことが出来た、のだろうか。
闘技場を後にした俺は、今度はクレスさんに連れられ、謁見の間へと向かう。
「しかし一七歳か……異世界の人間は皆、若く見えるものなのか?」
「いえ、恐らくこの世界にもいるとは思いますが、人種による差だと思います。俺達の民族は若く見られがちなんです。身長や顔つきの関係で」
「そうだな、お前もあどけない顔をしている。だから『少し背の高い一二歳』くらいだと思った」
「な……そこまで子供に見えるんですか……」
「ああ。背は私とそう変わらないのにな? このブーツは踵が高い、脱いだら同じくらいかもしれない」
「なるほど……俺、一七四センチあります」
「センチ……なるほど単位のことだな? ふむ……どうやら同じ長さくらいか……? こちらでは『サイス』と『メイル』を使う。私は一メイルと七二サイス。もしかしたらお前の言うところの一七二センチなのかもしれないな」
道すがら、クレスさんが上機嫌で話しかけてくれる。
なんだか先程の試合がお気に召したのか、しきりに色々尋ねてくるのだ。
「シズマだったか。今回の騒動……お前としてはかつての知人と相対することになる。私には理解出来ない感情、思いもあるだろうが、それを乗り越えた先でお前は何を望むんだ?」
「そうですね……特に何も。とりあえず今、自分で考えもせずにゴルダに利用されてる連中が、自分で考えて、罪を清算したら、後は自由にどこかに行って好きにやれ……っていうのが望みですね」
「ふむ、案外あっさりとしたものなのだな」
「ですね、あまり思い入れはないです。何せ召喚されてすぐに別行動を取ったくらいですし」
「ふむ……そういうものか。ならシズマ自身はどうするのだ?」
「俺はセイムの旅団に戻ります。セイムは旅団を抜けてこの国に残りつつ、自由に冒険者をするみたいですけど、俺も旅団で自由に世界を見て回りますよ」
今は、こう答えておく。いずれはセイムではなく、シズマとして生活するのが当たり前になるように、今の内に『シズマはどこに現れても不思議じゃない』と印象付けておく。
そもそも、俺は『姿を変える為ではなく、力を手に入れる為』に『ネトゲの自キャラにして』と頼んだのだから。
「シズマ、強かったねー? 団長さんとちゃんと戦えていたわ」
「たぶん、武器の打ち合いになっていたら一発で負けていたけどね」
「私もそう思うわ。団長さんってやっぱり強いのねー?」
「ふふ、そう褒められるとこそばゆいな。メルトだったか、シズマは旅団でどういう稽古をしていたんだ?」
「あ、私旅団には普段関わっていないから分からないの。リンドブルムで暮らしているんだ」
「ほう、そうか。ではお前も我々が守るべき国民なのだな」
「へへ、そうね、国民よ。なんだか嬉しいわね、そう言ってもらえるのって」
この人は、騎士であることに、国民を守ることに誇りを持っているのだろう。
話している間に、謁見の間の大扉前に到着する。
相変わらず色合いの所為で『魔王の城』っぽいと感じてしまうデザインだ。
「わー……本当に綺麗な赤い石で出来ているのね。マーブルストーンの赤かしら?」
「そうだな、かつて我が国レンディアは多くの火山跡地が残されていた関係で、こういった石材の産出が多かった時代もあったそうだ。今は引き換えに、リンドブルム周辺の実りが良くなっているという訳だ」
「……クレスさん、俺からもセイムにはダンジョンコアをこの国の為に使うよう、お願いしておきます。たぶん、もうセイムの中ではこの国に尽くす方向で固まってると思うんです。むろん、旅団でも」
「シズマ……そうだといいな。だが、無理はするな。お前は旅団に身を寄せているのだろう? あまり、自分の立場を不安定にするようなことはするんじゃないぞ? だが、もし旅団に居づらくなったのなら、この国にお前も来ると良い。騎士団への入団を目指すのでも良いぞ」
「ははは……」
……俺、こんなにクレスさんからの好感度が上がるようなことをしただろうか?
やっぱり試合で満足させたのが大きいのだろうか……?
セイムの時はこうじゃなかったのに。
あれか、やっぱり『クリムゾンハウル』がよろしくなかったのか!
……シズマでは使わないようにしよう。
「では、この先で女王陛下がお待ちだ。くれぐれも失礼のないようにな」
「はい」
「私も中に入った方が良いのかしら?」
「ふむ……そうだな、その方が良いだろうな」
そうして、二人で謁見の間に入る。
俺は一度セイムとして経験している為、どういう作法が必要なのか分かっているのだが、メルトは平気だろうか。
後ろを振り返る訳にもいかず、俺は視線を下げたまま謁見の間を進み、そして跪く。
「!」
背後から衣擦れの音がした。どうやら、メルトも真似したようだ。
「顔を上げよ」
「はい」
「はい!」
顔を上げると、予想通りの佇まいの女王がこちらを見下ろしていた。
「先ほどの戦い、見事だった。勝利条件を満たす為、工夫を凝らしたのだろう。さすがは異世界からの来訪者と言うべきか、それともセイム達の薫陶によるものだろうか」
「先人達の薫陶、教えによるものかと存じます」
「そうか。して……お前が異世界からの召喚者であることは誠か?」
「はい。そして、恐らくこの国に潜む者達と同郷かと思います」
「……そんな相手と戦えるのか?」
「戦いが決定事項だとは言いません。ですが……その時が来ても、躊躇はしません。俺はもう、連中とは道を違えているのですから」
「しかし、それでも説得を試みると?」
「はい。これは貴族街という、この国にとって影響力の大きいであろう場所で、魔物の出現と言う事態を避ける為の措置だと考えています。セイムが言っていましたが、俺も同意します。さもすれば国の痴態とも取られかねませんから」
「ああ、そうだな。ふむ……想像以上に大人びた考え持つ。セイムが其方を信じるのも分かるというもの。今、お前は我が国の人工ダンジョンに挑む為の通行書を欲しているのだったな?」
「はい。正直、先程クレス団長に認められたのは、不意打ちや思考誘導によるところが大きいと思っています。自分に足りない純粋な強さ、能力を短期間で高める為には、人工ダンジョンに挑むのが一番効率が良いとセイムと相談して決めました」
「そうだな。今、貴族街での作戦に向けて根回しを行っている。まだ、猶予はある。異世界の人間が通常の人間よりも早く成長すると言うのなら、今はそれを信じ、許可証を託そうと思う。今回の件、異世界の人間同士の諍いではもはやなくなっている。いわば国同士の争いの前哨戦にもあたるのだ。そのことを努々忘れぬよう、励むと良い」
「は。感謝します、女王陛下」
「だが一つ気を付けよ。昨今、我が国の人工ダンジョンで異常な力を持つ魔物が時折確認されている。無論、こちらも手を打ってはいるが……いや、異世界からの召喚者の力を信じよう」
「……心に留めておきます」
これで、最後の準備に取り掛かることが出来る……。
「現在、我が国が誇るダンジョン探索の熟練者が集まるクランが戻ってきている。恐らく、人工ダンジョンで連日初心者向けの講習を行っているはずだ。一度、参加してみると良いだろう」
「なるほど、貴重な情報、感謝致します」
「うむ。では、セイムによろしく伝えてくれ」
そうして謁見が終わると、謁見の間を俺とメルトだけが退室した。
クレスさんは残り、そして今日は一言も話さなかったコクリさんも残っているようだった。
やはり、既に貴族街での作戦展開の為に動いているのだろう。
「じゃあ一緒に人工ダンジョン、行ってみようかメルト」
「そうね、どんな場所か気になるわね!」
謁見の間に残された三人。女王とクレス団長、そしてコクリ。
三人は今しがた去って行った人間、異世界から召喚されたというシズマについて言葉を交わす。
「コクリ。シズマの言葉に不審な点は?」
「そうですね……全体的に真実が半分、嘘が半分。ですがこの嘘は自分の進退に関する話に限り、ですね。彼がこの国に牙剥く可能性は低いかと。どうやら、元同胞を手にかけることになるかもしれないという点については、既に覚悟が決まっている様子でしたね」
「む、進退に関する嘘とはどういうことだ、コクリ」
「旅団に戻るか否か、そこに多少の嘘が含まれていると感じました。我が国に身を寄せることも考えているのか、それとも……同胞を亡き者にした後、再びゴルダに戻るつもりなのか。あくまで考えられる可能性ですけれどね」
「な……シズマはそんなヤツではないぞ、真っすぐな良い戦士になるはずだ」
「随分気に入ったみたいですね?」
「うむ、まだ子供だというのに――いや、子供ではないんだったな。しかし磨けば光るものを持っていた。頭も良い。あれは良い戦士になる」
「ふふ、確かに才覚は感じた。私も話していて、どこかセイムを思わせるな、と」
やはり、同一人物が故に似てしまう受け答え、言葉選び。
「それなのですが、確かに彼からもセイムさん同様、得体のしれない空気、魔力を感じました。複雑に絡み合った、多数の性質を持つ魔力を」
「ふむ……旅団、と言ったな。もしかすれば、何かそういう『特殊な事情』を持つ者だけで構成されているのやもしれんな」
疑問は抱かれる。だが幸い、それは疑念とまではいかない。
信頼なのか、それとも『機嫌を損ねてはダンジョンコアを逃す』という考え故なのか。
「コクリ、貴族街の一時封鎖の根回しはどうなっている?」
「はい。作戦開始予定の四日後、そのタイミングで開かれる晩餐会、および郊外への外出を控えさせるよう、連絡をしておきました。今回は女王の名を使いましたが」
「構わん。ではクレス、街門の閉鎖については?」
「こちらも抜かりなく。元々、夜間の出入りは厳しく審査しています。一日だけ一時閉鎖をしても、そこまで影響は出ないかと」
「そうか。最後に……アンダーサイド、地下街の根回しはどうなっている?」
「それが、残念ながらこの短期間で話をつけるのは難しいと判断。当日は出入口の警戒に留まることになるかと」
「やはりそうか。あの場所は国の裏の権力者の縄張り。間接的に関わる貴族も多いだろう。ある意味では貴族街以上に慎重にならねばならぬ土地。今回は制圧を諦めるか」
着々と進む、国の裏切り者を封じ込める策。
残るタイムリミットは四日、それまでシズマはどこまで成長することが出来るのだろうか――




