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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ【書籍化決定】  作者: 藍敦
第六章 モラトリアムの終わり
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第八十七話

 家に戻った俺は、少しだけメルトにお願いをする。


「メルト、今から一緒に東門から外に出て、どこか……そうだな、岩の隠し扉近くまで行ってから、俺はシズマに戻る。そうしたら一緒に街に戻ってくれるかな? 帰りは普通に歩いて帰る感じで」

「うん、そうね。状況的に……たぶん私達も警戒、監視されてるかもしれないもんね?」

「そういうこと。流石に山の中まで追いかけてくるとは思えないというか、山の中ならメルトが気配で気が付けるかなって思って」

「正解よ、私の自然魔法なら、山の中とか植物の多い場所なら問題なく索敵出来るもの」


 いよいよ、ここまでの下準備の集大成を試す時が来た。

 俺はシズマとして、恐らく試練に挑み、そしてダンジョンに入る許可証を手に入れる。

 そこで……オールヘウス侯爵を捕縛する時までに、可能な限り自分を鍛えるのだ。

 既に、多くのスキルを受け継いでいるシズマとしての俺。

『リズムステップ』で回避性能と戦闘中の動きを機敏にし『美食家』によりスタミナ切れを起こさずに、かつ長時間の体力自動回復を得る。

 様々の職業の『心得』の力で、それぞれの職業の基本的な技を使うこともできる。

 ……この状態でダンジョンに挑み、己を鍛えるのだ。


「行こうか、メルト」

「夜のお出かけって新鮮ねー?」


 こちらの緊張を知ってか知らずか、メルトのいつもの調子に少しだけ肩の力が抜ける。

 そうだな、もう今更緊張なんてする必要、ないよな。






 東門を抜ける時、珍しくシーレの姿ではないのに、門番に声を掛けられた。


「夜にリンドブルムから離れるのは珍しいな。確か……冒険者、その若さで紅玉だったか」

「よく覚えていましたね門番さん。ええ、火急の要件で外に向かわなくてはいけないんです。人を……迎えに行くんですよ」

「あ、私はあとで帰ってくるからね! セイムは向こうでお仕事なの」

「お、確かお嬢ちゃん、シーレさんの友達だったよな? シーレさん、また街を離れたのか?」


 む、もう一人の門番さんがシーレについて聞いて来た。


「えっと、シーレはー……」

「シーレは確か、港町方面に調査に出かけたはずですね。しばらくは戻らないかと」

「む……なんでお前が答えるんだ? シーレさんの知り合いなのか?」

「ですね、同じ旅団に所属しています」

「そ、そうか……同じ旅団ってだけ……なんだよな」


 前々から思っていたのだが……この門番さん、明らかにシーレに惚れてるよな?


「では、俺達はこれで」

「門番さんまた後でね!」

「ああ、気を付けて行けよ。お前さん方なら心配はいらないが、夜には野盗の出没や、広域活動型の魔物も出るからな」

「そうだぞ、野犬が狂暴化したヤツだって出るって話だ。秋が終われば実りも減る。そろそろ飢えた魔物が出没する季節だからな」


 マジか。そういうのもあるのか。


「大丈夫! 私も強いのよ! なんと言ったって、あと依頼一つで私も紅玉になるんだから!」

「おお! お嬢さんも凄腕だったんだな」

「マジかよ……こんなに若いのに……まさかシーレさんも……」

「おいおい……あの人はエルフだぞ」

「あ、そうだった」


 なんだかんだ、すっかり顔なじみだな、東門の門番さんも。

 そうして、メルトと二人夜の街道を駆けていく。

 目指すは岩の隠し扉。あの中に入ってからキャラクターチェンジをする予定だ。


 面倒な手間ではあるけれど……今回ばかりはな。絶対、俺の動きが注目されている状況だし。

 普段は問題なく家でチェンジしてるんだけどなぁ。




「到着。メルト、周囲の気配はどう?」

「んーとね……山には入ってきてないかな? リンドブルムを出るまでは誰かに見られていたと思う。街道でもう追跡は諦めていたと思うから、たぶん後で街道を調べるつもりなんじゃないかなぁ」

「最低限、どっち方面に向かったかは探られていた、か」

「ねぇねぇ。変身したらいっそのこと、そのまま地下通路を使って帰らない? 経路を悟らせない、謎を沢山残すって意味でも。ここからなら『山を越えて直接南の森に向かったのか』とか『もしかして山に拠点があるのか』とか、色々考えさせられて逆に調査は無駄だって思わせられるかもしれないわ」

「なるほど……一理あるか」


 本当、たまに鋭くなるんだよなぁメルトは……。

 恐らく、身の危険や防衛、緊急時に近い程、彼女の勘は冴えるんだろうな。


「分かった。このまま地下通路で戻ろう。じゃあ、元の姿に戻るよ」

「うん、分かった。岩扉、開くね」


 中に入り込み、扉を閉める。

 真っ暗闇の中でも、何故か表示され目視出来るメニューを操作し、ログアウトを選ぶことで、シズマの姿に戻るのであった。


「……頭痛はなし。うん、大丈夫だ」

「見えない! 階段降りましょ? 向こうの方が明かりがあるから」

「ランタン持ってきたらよかった……」

「あるよー」


 すると、メルトがランタンの明かりで自分の顔を下から照らし出した。


「バァ!」

「可愛い」

「驚かないのね……」


 そりゃね! 可愛いだけです。

 しかし準備良いな……。


「メルト、この地下通路、全力疾走で家に帰ろう」

「いいけど、シズマ大丈夫? 身体、そんなに強くないんじゃなかったの?」

「病弱、って訳じゃないんだけど、正直他の姿よりは明らかに劣るし、体力も少ない。ただ、色々自分の力を底上げして来たからさ、試したいんだ」


 俺はメニュー画面からクッキーを取り出し、一つ食べる。

 これで【美食家】の効果が発動される。


「あ、何か食べた! 私にも頂戴!」

「はい、アーモンドクッキー」

「わーい。お菓子好きよ、私。……サクサクで香ばしいわ」


 もうさっきからずっと『可愛い』って感想ばっかり頭に浮かぶ。

 なんかこう、餌付けしてる感が凄い。これが狐耳補正なのか。


「よし、じゃあ競争しようか、メルト」

「いいわよ! じゃあ……よーい……はじめ! って言ったら走るのよ?」

「どわっ! メルト……そういうのどこで覚えてくるんだよ一体……」

「? なんのこと?」


 生粋の悪戯キッズでしたか。君もう十七歳でしょうに。

 精神年齢がマイナス一〇くらいされていそうだ。いや……そうだよな。

 一人、だったんだもんな。


「よし、じゃあ今度こそ頼むよ。家まで競争だ」

「行くわよー……よーい、はじめ!」


 その瞬間、隣にいたメルトがもう、はるか先を独走していた。

 初速が早過ぎる……!

 俺も、すぐに駆け出す。

 地面を踏みしめる足の裏が、大地の存在を強く感じているような感覚。

 走り出した瞬間、それが今まで自分の身体で行ってきた行為とはまったくの別の行為だと強く分からせるような、一蹴りで大きく進む自分の身体。

 送り出した足に連動するように、もう片方の足が強く地面に着地し、そのまま再び蹴り出す。

 自分の身体だと、こんなにも感じ方が変わる者なのか。

 ……そうだ、今までの戦いでは、どこか戦う自分を後ろで眺めているような、そんな『意識と身体の距離』を感じていた。

 でも、今はそれがない。俺が俺として、今まさに超人的な速度で、超人的な精度で身体を動かしているのだ。

 先を走るメルトの姿の大きさは変わらない。

 ほぼ同じ速度なのだろう。

 スキルの効果で早く動けるようにはなったが、直線を移動するだけとなると――


「【高速移動】プラス【リズムステップ】プラス『ラピッドステップ』発動」


 パッシブスキルに加えて、剣士+盗賊のアクティブスキルを発動させる。

 攻撃の回数だけじゃない、移動速度も上げてくれる。

【高速移動】は一部の職が非戦闘時に移動速度が上がるパッシブスキル。

【リズムステップ】は戦闘時に全体的な動作速度を上げつつ、回避率を上げる。

 だが、この世界において、この現実世界において、『戦闘中と非戦闘中』をどう分ける?

 俺は今、メルトと速度で『競い戦っている』のだ。

 この認識の影響か、少なくとも全て効果が今は発動している。故に――


「追いついた!」

「うわ!? 負けないわよー!」

「まだ早くなるの!?」


 ようやくメルトの尻尾に手が触れそうな距離まで近づいたのに、さらに彼女は加速した。

 そしてそのまま、家に通じる階段の前まで到着してしまったのだった。


「ふー……私の勝ち!」

「す、凄い……最後まで追いつけなかった……!」

「へへへー! でも……びっくりしちゃった。シズマすっごく速い! 本当に強くなってるのね?」

「少なくとも速さだけはね。でも……今はこれが限界。やっぱりメルトは凄いよ」


 パッシブスキル×パッシブスキル×アクティブスキル。

 恐らく乗算ではなく加算なのだろう。それでも十分にすさまじい倍率で速くなったはずなのに、この差である。

 恐らくメルトは……未だ発展途上ではあるものの、確実に将来はシュリスさんのような人間、十三騎士にも匹敵するに違いない。


「はぁ……ふぅ……久しぶりに本気で……走りやすいところで走ったから……疲れちゃったわ」

「でも、本当来た時の半分以下の時間で家に帰ってこられたね。本当便利だなぁこの地下通路」

「そうねー! ふむふむ……シズマ、やっぱり強いわね? 私気が付いたわ! シズマ、全然息が乱れてない!」

「あ、そういえば……」


 マジか。かなり全力疾走、それもスキルフル活用したのにこれなのか。

【美食家】やっぱりこれは、この現実世界においては一番の反則かもしれないな……。

 階段を上り暖炉からリビングに出る。


「ふぅ……さすがに今から王宮に行くのはなし、だね」

「そうねー、私も疲れちゃった。明日行くのよね?」

「そうだね。それに……俺の装備も整えないと」


 修学旅行の時の服装、即ち学ランなのですよ。

 元クラスメイト達ですらこの世界の衣服に着替えているというのに。


「真っ黒だよねシズマの服。闇夜に隠れる為の服なの?」

「いやいやいや、これは通っていた学校の制服だよ」

「学校! 学園の仲間よね! へー! シズマも通っていたのね!」

「そうだね、通っていたよ」


 正直、世間体と就職の為に通っていた人間なので、そこまで思い入れはない。

 それに学校生活よりもネットゲームに心血を注いでいたので……。


「どんなことを学んでいたのかしら?」

「そうだね……俺の世界の歴史や、地理。それに錬金術ではないけど、それに近いことを学んでいたよ。他にも他言語を学んだり、数計算を学んだり……色々、だね」

「へー……たっくさん勉強してたのねー……」

「そうだなぁ……」


 好きではなかったけれど、一定の成績を修めないと大好きなネトゲを禁止されてしまうので。

 ネトゲ廃人を続けるには、それなりに対価を支払わないといけないのですよ。


「とりあえず着替え、用意しないとなぁ。さすがにこの格好じゃ悪目立ちするし」

「そうねー? セイムの服だと少し大きいかな?」

「だね。ふむ……」


 まだ装備したことのない、拾ったままの状態の装備品ならどうだ?

 メニュー画面の中、共有倉庫には一応、そういういらない装備もいくつか入っているし。


「初期装備……それに近い服ならこれか」


 俺は序盤に拾える装備である『旅人の服シリーズ』を取り出す。

 すると、やはりこの世界に来てから初めて取り出したのが俺だった為か、サイズが俺のものになっていた。


「ちょっと着替えてくるよ」


 すっげぇピッタリ。これ、便利な機能だけど、未使用の装備に限るんだよな……。


「お待たせ。これなら普通の冒険者……ダンジョン探索に来た人間に見えるかな?」

「見える見える。ただ……シズマ少し若く見えるから、それだけ気を付けた方が良いかもね」

「あー……髪だけでも染めるかなぁそのうち……」

「黒い髪って珍しいもんねー? でも、私この間の学園祭で、黒い髪の生徒さん見かけたよ。私を温室に案内してくれた女の子が黒い髪だったわ」

「へー! この世界にもいるんだね」


 なら、無理に染める必要もないか。

 そうして、明日登城する為の準備を済ませ、やや緊張で寝つきが悪かったが、明日に備え早めに眠りにつくのであった。

 ……クレスさんと戦う羽目になるんだろうなぁ……。






 翌朝、どうやらしっかりと睡眠はとれたようだ。

 どのタイミングかは分からないが、すっかり意識を落としていた俺は、家の中から聞こえるバイオリンの音に起こされた。


「メルトが練習してるんだな……」


 新しい趣味が出来たのは嬉しい誤算だ。

 それに……上達早くない!? 今聞こえてるの『きらきら星』なんですけど!?

 早速談話室に向かうと、やはりメルトがバイオリンの練習をしていた。


「おはよう、メルト」

「あ、シズマおはよー」

「凄いなぁ、もうきらきら星を演奏出来るようになったんだ」

「うん、でもまだ音が繋がってくれないわ。一つ一つ、途切れさせて弾くことしか出来ないの」

「それでも凄いよ。レティさんとか、驚くんじゃないかな」

「そうかな? でも、グローリーナイツが今忙しくなってきたから、暫く練習はお休みなのよねー」


 ふむ、そうなのか。

 いや、恐らく今後さらに忙しくなるだろう。オールヘウス侯爵捕縛の為に秘密裏に動いているのは、なにも国の騎士団だけではないだろうから。


「ご飯食べたら、お城に行こうか、メルト」

「分かった! 今日のごはんは何かしら?」

「んー、ギルドに貰った鶏肉、そろそろ使い切っちゃおうか。また作るよ、ピカタサンド」

「ピカタサンド……なんだっけ?」

「メルトが初めて食べた俺の料理だよ。セイムの姿でゴルダから移動中にさ」

「あ! パンとお肉のあれね! 思い出の味よ!」


 そっかそっか。

 きっと、今なら前より上手に作れるから、期待してくれたまえ。


 そうして、若干緊張で食事が喉を通らない……とまではいかないが、いつもより遅いペースで朝食を食べ終えた俺は、メルトに連れられる形で王宮へ向かうのだった――

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