第八十五話
昼餐会の始まりを告げる、今回の主催者であるオールヘウス侯爵。
壮年の、どことなく『野心』を秘めていそうだと感じる人物だった。
声の抑揚、身振り手振り、話し方。そのどれもが、どこか人を導くというよりも『抑えつける』という印象を受けた。
派閥の長というのは、やはり自然とこういった振る舞いが身に着くものなのだろうか。
「ハッシュ君、そろそろ君の出番だよ」
どうやらこの昼餐会で楽曲を披露しようと考えていたのは、ハカートニー伯爵だけではなかったようだ。
フルートのような金管楽器による二重奏や、バイオリンやチェロを含む四重奏も披露され、ちょっとした音楽会の様相を呈していた。
「しかし、意外でした。ハカートニー伯爵は『政治戦争』に加担するお人には見えませんでした」
「ふふ、そう野暮なものでもないさ。これはつまり『国としての在り方』に対する問題提訴になるのだよ。君も知っての通り『神公国は力しか持っていない』国だ。学力、武力、そして求心力。いずれも国には必要なものではあるし、実際私は女王に忠誠を誓う身さ」
音楽会が始まる前の演説で、派閥の長たるオールヘウス侯爵は、この集まった貴族に対し『女王への不満と国への改革の必要性』を力強く述べていたのだ。
「我々には他国と渡り合う財、資源がない。今は人工ダンジョンに頼った人工ダンジョンコアによる力で、リンドブルム周辺の実りは豊ではある。が、農村は今や寒村と呼ばれつつあり、それなのに他国への輸出に回す人工コアの数が増加、結果として徐々にリンドブルム周辺の実りも低下しつつある。ならばこそ、このダンジョンに頼った国の運営を変革しなければならないと考えているのがこの派閥なのだよ」
「なるほど。察するに、ハカートニー伯爵はそこに『音楽を含む芸術』つまり文化的資産で他国と渡り合うべきだと主張したい……と言ったところでしょうか?」
「おお! 流石だハッシュ君。私はこの派閥でそれを訴え続けているのだがね、中々賛同を得られないのだ。しかし、私は君の奏でる音に可能性を感じたんだ!」
申し訳ない、とは思う。
俺は完全に貴方を利用している人間なのだから。
だが、この派閥の長であるオールヘウス卿は、何を以って他国と渡り合うと、この国の窮地を救うつもりでいるのだろうか。
「しかし、今の私には関係のない話、なのでしょうね。ただこの場で最高の演奏を披露するのみ、です」
「そうだね、君の演奏には余計な雑念、要素を入れたくはないからね。すまなかった」
そうして、ついに俺がピアノを演奏する番がやって来た。
「ご紹介に与りました、ハカートニーです。ふふ、いや私のことは皆さんご存じだとは思いますとも。『またあの音楽狂が新しい楽師を連れて来た』とお思いでしょう?」
その紹介に一部の貴族が笑みを漏らす。
和やかな雰囲気だ。
「しかし、今日連れてきたのは流浪の楽師。型にとらわれず、万人に笑顔を届けるような、そんな演奏をする、私と同じくある種の狂人。私は彼を、我が同士として迎えたいとすら思っているのだ」
なら、弾こう。
あの路地裏の楽器店で弾いたような、この国の少々格式高い音楽を、もっと多くの人間に楽しんでもらえるよう、骨子を崩し、破片を皆に届けるような演奏法で。
「あ、今度の曲はなんか少しジャズっぽくない? なんていうかさ、弾き方がカッコいい?」
「うん、確かにそうだね。曲そのものは何度か聞いた曲だけれど、明らかに崩した感じだ」
「なんだかいいね、こういうの。本当に良い気分転換になるね」
ホールの隣に位置する部屋にて、クラスメイト達は様々な音楽を耳に寛いでいた。
確かに現代の高校生が、コンサートホールのような場所で演奏される、格式高い生演奏など聴く機会は少ないだろう。
だが、今度は自分達にもどことなく親しみのあるテンポにアレンジされた演奏だ。
やはり、耳に心地良いのか、壁を挟んだ先から聞こえてくる音ではあるものの、その演奏に聴き惚れていた。
やがて、次の楽曲が演奏される。
その曲に、一同が立ち上がり、扉に向かう。
「すみません! 出してくれませんか! この演奏……直接見たい!」
メイドと兵士による厳重な守り。
生徒達の願いも虚しく、部屋の外に出ることは許されない。
だが、聞こえ続ける馴染み深い地球のメロディに、彼らの感情は大きく揺さぶられていた。
「トルコ行進曲だよな、これ」
「間違いない……モーツァルトだよ、これは」
「地球の音楽がどうして……」
「流石にアタシも知ってる、聞いたことあるもん」
「……もしかして、シズマ君ってピアノ弾けた?」
「いや、そんな特技があったら学園祭の合唱でピアノ役に指名されたはずだよ」
誰が、どうして弾いているのか。生徒達はもう、リラックス、気分転換どころではなくなっていたのだった。
終わった。
正直、上流階級に名前を売るだけなら、安定行動として流行りの楽曲だけを丁寧に演奏するだけでもよかった。
が、恐らくハカートニー伯爵の言葉に、俺も、ハッシュも共感してしまったんだと思う。
種類は違えど、この人は『娯楽で国を元気にしたい』と思っているんだから。
だから、少しだけ安定行動から外れた演奏をさせて貰った。
地球産の音楽を混ぜるだけでいいのに、軽いノリ、親しみやすさを重視したアレンジで演奏するという、ちょっとした冒険を。
「一風変わっているが、技術は確かなのだろうな」
「私は普段、コンサートや独奏会に足を運んだりはしないが、こういった音楽ならば足を運んでも良い思ったな」
「私はそうね……もう少し落ち着いて演奏してくれた方が好みね?」
「ハカートニー卿の目指すものを考えれば、なるほどある種の理想形ではあるのでしょうな。私は好きですよ、今の演奏」
聞こえて来た反応は半々。やはりまだ上流階級の人間には受け入れられない部分もあるのだろう。
が、少なくとも興味は持ってくれたようだった。
そうして檀上から降りた俺を待っていてくれたハカートニー伯爵に迎えられ、感想を伝えられる。
「結果は上々、君そのものに興味を持つ人間はかなり多かったよ。私も、なにも今日いきなり拍手大喝采となるとは思っていなかった。しかし、興味を持ってくれることが大事だと思ってね。少々、居心地が悪い思いをさせてしまったなら、申し訳なく思うよ」
この人は貴族であるにも関わらず、申し訳なさそうにこちらに頭を下げる程、音楽に対して真摯に向き合っている人なのだろう。
俺としてはなんの問題もない、むしろこんな機会を与えてくれて感謝しているというのに。
「頭をお上げくださいハカートニー伯爵。いつの世も、大衆に立ち向かう最初の一歩は困難に塗れているもの。しかし、私にはその困難に共に立ち向かう心強い味方がこうしているのです。それに……どうやら、その困難は我々ならば容易に突破できるものだと、今日確信を持てました」
「おお……おお! そう言ってくれるかハッシュ君! 良かった……君を今日ここに連れてきて本当によかった! ……今はまだ、この国の未来を憂い、娯楽を享受するには少しだけ心に余裕のない人間も多いのだと思う。だが、私は諦めはしないよ。この国は他国に誇れる文化的財産を手に入れ、いつの日か……不安定なダンジョン頼りによる国政を脱却させて見せる」
「そうですね、きっと……今よりもう少しだけ国に余裕が生まれれば、音楽や娯楽、そういった分野が爆発的に進歩すると思いますよ」
これは本心だ。俺は空いている時間、冒険者の巣窟にも顔を出していた。
酒場の中には楽器を置いてある店もある。だが、それを演奏しようとする人間も吟遊詩人も、店を訪れることは非常に稀だという話を聞いていた。
もうすでに、ゴルダとの関係悪化により、この大陸で旅をする人間は減ってきているという話も聞いたし、芸術家ギルドに所属する音楽家も、今は大衆の為ではなく、貴族の慰めとして演奏することの方が遥かに多いとも聞いている。
だが、俺が、ハッシュが酒場で楽器を演奏すれば、客は皆喜び笑ってくれたのだ。
たぶん、ああいう光景がハカートニーさんが目指す国の形なのだろう。
機会に恵まれれば、音楽や娯楽は人々に浸透する。その手ごたえを確かに感じた。
……やはり、ダンジョンコアは国を豊かにする為に使うべきだな。
誰しもが娯楽を、音楽を享受出来るくらい、余裕を持てるようにする為にも。
そうして昼餐会は、夕暮れ前には解散となり、この日は特に大きな決断の発表もなく、一種の壮行会のようなものでもなかった。
本当に慰安目的の集まりだったのだろう。
嬉しいことに、具体的な日取りこそ提示されていないが、そのうち俺を招きたいという声もちらほら頂いたこともあり、社交辞令だとしても大きな一歩だと言える。
そうして、こちらもそろそろお暇しようとしていた時のことだった。
ハカートニー伯爵の馬車で送ってもらうのを辞退し、直接歩いて家に帰ろうとしていた俺の元に、今回の昼餐会のホストであるオールヘウス侯爵の使いの人間が声をかけて来た。
「私を、ですか?」
「はい。実は貴方の演奏を聞いた、侯爵の個人的な客人が、是非貴方とお話がしたいとおっしゃられていまして。侯爵様には既に許可を取っております。どうかご同行頂けないでしょうか?」
ふむ、昼餐会では話しかけてこなかったということは、あまり人目にはつきたくない人間?
いやいやまさか……さすがに本命に一発で当たる訳ないか。
侯爵ともなれば、内密の来客の一人や二人、いてもおかしくないのだろうな。
「単刀直入に聞きます。貴方は地球人なのですか?」
一発ツモった!!!!! いや麻雀したことないけどね? でもこういう状況のこと言うんだよね!? ゴルダで召喚された勇者、つまり元クラスメイト連中を匿っているのがこの国でもかなりの権力を持つ貴族って、普通に考えてかなり問題なのでは?
今、目の前で俺に唐突に質問を突きつけているイサカ達元クラスメイト。
その様子から察するに、昨日今日ここに連れてこられた風には見えない。かなり、この場所に慣れている様子だ。
……いやいや……マジで目的がもう達成されちゃったよ……。
「チキュウ人、ですか? 察するにどこかの国の名前だとは思うのですが、私はそのような国の出身ではありませんよ」
「では、先程演奏していた曲についてお教え願えないでしょうか?」
「というと、どの曲のことでしょう?」
恐らくボロを出させたいのか、遠回しな質問を繰り返すイサカ。
残念、ネトゲで何百人も癖の強い人間と絡んできてるんだ、お前の考えなんてお見通しだ。
『なぜ僕達がその曲のことを訊ねていると思ったんですか?』とでも言いたかったのだろう。
「く……あの二曲目の楽曲です、他とは少し毛色の違う」
「ああ、あの曲ですか! いやはやお目が高い……いや、この場合はお耳が高いとでも言いましょうか? あの曲は私の趣味の一環で手に入れた楽曲なのです。実は、この広い世界には、ダンジョンと呼ばれる不可思議な場所があるのです。ご存じかもしれませんが、時折そこには、いつの年代なのか、それどころか本当にこの世界のものなのか、由来来歴、それどころか使用目的すら分からない物品が時折紛れ込むことがあるのです。先程の楽曲は、もしかしたらそういったどこからか流れて来た、異なる流れを汲む楽曲の一つかもしれません。実は私、そういった楽曲を求め、今は旅団に属し、世界中を巡っているのですよ」
最初から一貫してこの作り話をしているので、問題ない。
「そう……なんですか」
「ふむ……察するに、貴方方はどこか遠い異国『チキュウ』という国からやって来たのでしょうか。先程私が演奏した曲が、その国のものなのだとしたら……せめてもの慰みに、もう一度演奏したいと思います。如何でしょう?」
……同情ではない。たとえ今こいつらの表情が暗く沈み、何か期待が外れていたのだとしても、俺はそれを可哀そうだとは決して思わない。
だが、求めているのかもしれないのなら、それを演奏しないという選択肢は、どうやらハッシュにはないようだった。
……良いさ。それくらい。それに……多少心を開いて貰った方が得られる情報も増えるだろうし。
「……お願いします。可能なら……他にも不思議な楽曲があれば、聞いてみたいです」
「俺からもお願いします! さっきは壁越しに聴いていただけなので、直接聞いてみたいです」
カズヌマも同意する。なら、弾こうか。
昼餐会が開かれていたホール、そのすぐ隣に潜んでいた元クラスメイト。
既に、ホールに来客の姿はないということなので、俺は少々奇妙な感覚だが、元クラスメイトを引き連れてホールに戻るのであった。
「では、私が知る来歴不明の楽曲、それらを演奏させて頂きます」
それから、俺は有名なクラシックだけでなく、少し古い、もしかしたら異世界に流れ着いていても不思議じゃないようなJ-POPやアニソンをピアノで演奏した。
……効果は、どうやらあったようだ。
ハッシュとしては、音楽を聴いた人間の表情が曇る……なんてのはあまり嬉しいことではないのだろうが、それでも、元クラスメイト全員が、ホームシックなのか、はたまた望郷の念に囚われたのか、そんな憂いを秘めた表情を浮かべているのであった。
「……以上です。皆さん、もしかすれば私は残酷なことをしてしまったのではないかと、謝罪をするべきなのかもしれません。ですが……どうか、その罪は私にだけ被せてください。この楽曲達は、きっと人々を喜ばせる為にこの世に生まれたものなのですから」
「……いえ、素晴らしい演奏をありがとうございました。訳あって故郷には今すぐ戻れませんが、それでも懐かしくて、そして素晴らしい技巧で直接目の前で演奏してくださり、本当に感謝しています」
「はい、本当に感動しました。凄いですね……人間の手でこんなに綺麗に演奏出来るなんて」
「ね! ピアノの生演奏でこんなの聴けるなんてめっちゃビビった!」
元クラスメイトの面々が、どんな目的でこの国にやって来たのかは知らない。
だが、少なくともこいつらの意思ではないのだろうな、とは想像に難くない。
ムラキの惨状のこともある。たぶん、こいつらは面倒なことに巻き込まれつつあるのだろう。
「それでは、今度こそ私はこれでお暇致します。皆さんの一時の慰みになることが出来たのなら幸いです。では、くれぐれもオールヘウス侯爵によろしくお伝えください」
使者の男性、執事かなにかだろうか? その人物に伝言を伝え、俺はこのオールヘウス侯爵の屋敷を、リンドブルムを一望出来る場所に建てられた、この広大な屋敷を後にするのであった。
「……帰ったら報告の為にセイムに戻る必要があるな」
まぁ、残念ながら容赦はしない。
(´・ω・`)もう逃がさねぇからなぁ???




