第八十四話
「お疲れ様です、ハッシュ殿。いやはや……素晴らし演奏、そして初めて聞く奏法ですな。来客の皆様も驚かれておりましたぞ」
「大丈夫でしたか? 不興を買っていなければ良いのですが……」
「とんでもない! 『是非私にも紹介して欲しい』という貴族のお客様までおりましたよ。どうです、話を通しましょうか?」
商会長と話し、その提案を聞き思案する。
貴族……か。逃げたクラスメイトの背後には誰かしら貴族が控えている可能性が高い。
ここで貴族社会と顔を繋いでおくのはあり、だな。
「分かりました。演奏は予定ではもう三曲、その後は私も立食会に加わりたいと考えています。その際、是非お話させて頂ければ、と」
そう商会長さんに伝え、引き続き補助効果のある地球の楽曲、そしてこの世界の楽曲と交互に演奏し、ようやく俺も立食会に参加するのであった。
「いやはや、見事な腕前です。よろしければお名前を窺っても?」
「初めましてミスター。私の名前は『ハッシュ』と申します。失礼でなければ、是非貴方のお名前もお教えいただければ、と」
「これは失礼! 私の名前は『トーラー・ハカートニー』爵位は伯爵の位を頂いているよ」
「これはこれはハカートニー伯爵。なにやら、私にお話しがあるとお伺いしましたが」
「ふむ、では早速本題に入ろうか。実はだね、我々貴族にはつきものなのだが、派閥による昼餐会、所謂『ご機嫌伺い』のような催しが度々開かれるのだよ。参加する派閥の家は、盟主である家に気に入られようと、趣向を凝らした出し物、貢物をするのが通例でね」
「なるほど、お察しします、伯爵閣下」
どうやら俺に、派閥のトップの屋敷で開かれる昼餐会で演奏して欲しい、という話だった。
これはチャンスか? 盟主であるのなら、その催しの規模も大きくなる。
もしかすれば、その催しに潜伏中のクラスメイトも、何かの気晴らしに来るかもしれない。
既に、補助効果の規定人数は条件を達成しているし、もうハッシュでいる必要性はない。
だがもう少しだけ、クラスメイトを見つけるのに役立たないか粘っておきたいのだ。
「そのお話、是非お受けしたいと思います。詳しい日取りを教えて頂けたら、お伺い致します」
「では、当日私の屋敷に来てくれたまえ。残念ながら事前に会場となる『オールヘウス侯爵』のホールを使うことは許されないだろうが、過去に楽団を連れて演奏した者もいる、しっかりとした会場だ。ここよりも張り合いのある演奏になると保証しよう。昼餐会が開かれるのは二日後になるね」
「なるほど、了解致しました。では、当日はピアノの演奏だけでよろしいでしょうか?」
「そうだね、私は君のピアノの腕にほれ込んだ。聞いたことのない、激しくも技巧を感じる演奏。あれを是非、侯爵閣下にも堪能してもらいたいと思ったのだよ」
結果的に、また商会長に助けられた形になってしまったかな?
これで、貴族社会に一歩踏み入ることが出来そうだ。
その後は、楽曲に興味を示す他の来場者や、やはりというか、ハッシュの外見故に女性客からも頻繁に『様々なお誘い』を受けながらも、小腹を満たし楽しい時間を過ごしていた。
「ハッシュ! ごはん美味しいね! これ見て! ダージーパイよ!」
「おや? もう料理人ギルドで提供し始めていたのですか。私も一つ頂いてきましょうか」
「ううん、これあげる。もう人気で全部なくなっちゃったわ!」
「おやおや、そうでしたか。本当に良いんですか?」
「もう二枚食べたから大丈夫よ!」
やって来たメルトが、嬉しそうにダージーパイを差し入れてくれた。
良い子や……メルトは本当に良い子や……!
「……相変わらず美味しい」
「ねー」
メルトと話していると、再びレティと、今度はシュリスさんが一緒にやって来た。
なんだか……最近セイム以外の姿でシュリスさんとよく会うなぁ……。
「初めまして。ハッシュさん、だったかな?」
「これはこれは! 初めまして、お噂はかねがね。十三騎士のシュリス・ヴェール様ですね?」
「おや、セイムさんに聞いていたかな?」
「ええ、彼から聞いています。とてもお世話になった人だから、くれぐれも失礼のないように、と。もし、その言葉がなければ、些か強引にでもお誘いをしていたかもしれません」
「ふふふ、十三騎士と知っていてなお、とはね。酔狂でも君みたいに清々しいと嫌な気はしないよ」
「ええ、ですが命を賭す価値は十分にあるかと」
「……まぁ、君はその手の口上に手慣れていそうだ。精々気を付けるとするよ」
「これは手厳しい」
今の、俺じゃないです。完全にハッシュが勝手に喋ってます。
お前……お前この野郎……! いや確かにシュリスさんとんでもなく美人だけど!!
「そうだ、少し聞きたいことがあったんだ。ハッシュさん、セイムさんはいつ頃街に戻るか聞いていないかな?」
「セイムですか。そうですね……」
昼餐会は、どうやら二日後に開かれるそうだ。
そこで演奏を終えたら、一度セイムに戻って近況を報告、女王にもある程度ダンジョンコアについて答えを伝える必要があるな。
以降、ハッシュへの依頼も、セイム経由でして欲しいと商会長さんに頼んでおけば良いか?
貴族社会で元クラスメイト連中を炙りだすのに、この活動は断続して行う必要があるだろうし。
「そうですね……セイムがこの地に再び舞い戻るのは、早くて三日、いえ四日後でしょうか? しかし、あれでセイムは中々厳しい状況。またすぐに街を離れる可能性もありますね」
「ふむ……了解した。もし、セイムさんに伝言を頼めるなら、私が『例の地下倉庫の件で話がある』とだけ伝えてくれないかな?」
「なるほど、地下倉庫、ですね。了解致しました」
地下倉庫……ムラキの件、だろうか。
そうだな、そろそろセイムに戻っておく必要があるだろうな。
女王に、こちらの選択を伝える為にも。
そうして祝勝会は無事に終了、お開きとなり、来客の皆さんも満足げな表情で会場を後にした。
「それではハッシュ君。明後日の朝九時、私の屋敷まで来て欲しい。場所は先程知らせたように、貴族街の奥、美術館のある通りにある。大きなバイオリンの形をした植木があるからね、すぐに分かるだろう」
「了解致しました。とても素敵なご趣味をしていらっしゃる。今から伺うのが楽しみです」
ハカートニー伯爵も見送り、いよいよ会場から人の姿が消える。
ああ……料理人ギルドの皆さんが死んだような顔で食器を片付けている……。
お疲れ様です……本当に長々とお疲れ様でした。
気が付けば、空には星が煌めき始めていた。
少し遠くの空は夕暮れ、夕焼けと星空の交じり合う、不思議な空だ。
こういうの『マジックアワー』って言うんだったかな。
「綺麗ねー、空。雲がないから綺麗にお星さまが見えるわ」
「ええ、そうですね。夕日と星空が交じり合う……一時の奇跡のような空。私はこの空が大好きなんですよ」
これは、俺の感想。
なんだか『交じり合うことのない二つが混在する』感じが好きなんだ。
「それじゃあ、一緒に帰りましょ! 帰ったら私、もう少しだけコレ練習するわ!」
「ええ、頑張ってください、メルトさん」
バイオリンを代わりに持つメルトがそう意気込む。
きっと、レティに触発されたのだろうな。
そうして二人、オレンジが消え行く空の下、ゆっくりと我が家への帰路に着く――
家に帰り、念の為一度シズマの姿、本来の自分に戻ると、予想通りハッシュのスキルが俺に継承されていた。
体力 120
筋力 120
魔力 70
精神力 90
俊敏力 70
【成長率 最高 完全反映】
【銀狐の加護】
【観察眼】
【初級付与魔法】
【生存本能】
【高速移動】
【投擲】
【美食家】
【リズムステップ】 ←New
【演奏Lv3】 ←New
【料理Lv4】
【細工Lv1】
【裁縫Lv1】
【剣術Lv3】
【弓術Lv1】
【狩人の心得Lv1】
【学者の心得Lv1】
【盗賊の心得Lv1】
【剣士の心得Lv1】
【戦士の心得Lv1】
【傭兵の心得Lv2】
【舞踏の心得Lv1】 ←New
無事にハッシュのサブ職業である踊り手の心得も手に入った。
基本、この心得って習得すると、その職業の技を使えるようになるんだよな。
まぁLv1だと大した技はないけれど、それでも踊り手は武器なしの攻撃速度が速い、これもこれで非常に便利そうだ。
「シズマシズマ、このバイオリンってハッシュに返さなくても良かったのかしら?」
「ん、メルトが持っていても大丈夫だよ。沢山練習するといいよ。今度、教本とかないか探してみようか」
「そうね、今度探してみるね? 私もハッシュと一緒に弾いてみたいなー」
趣味を持つことは良いことだ。
さて……またすぐにハッシュの出番だからな、もう二日はハッシュで過ごそうか。
「じゃ、確認も終わったしまたハッシュになるよ。ただし、あまりハッシュに変なお願いしないように。意思は俺のものだけれど、言動が勝手に芝居がかっちゃうんだから」
「えー? でも面白いよ?」
「俺が恥ずかしいの」
まぁ、それでもハッシュの強すぎる自我を俺に殆ど譲ってくれているようだし、大目に見るけれど……やっぱり能力の強さだけじゃないんだな、人格の強さって。
そうして俺はハッシュの姿に戻り、昼餐会に向けてこの世界の楽曲の練習をして過ごす。
どうやらメルトは、グローリーナイツのクランホームに赴き、レティにバイオリンを習っているらしい。
元々実家で習っていたとう話だが、趣味で今も続けているレティは、当然教本なども持っており、割と快くメルトに貸したり教えてくれたりしているそうだ。
「ついに明日、ですか」
明日の昼餐会。正直、クラスメイトが参加しているとは思えないが、捜索する上で大きな足掛かりにはなると踏んでいる。
侯爵というのは、貴族の中でも上位階級であることは俺も知っている。つまり、その派閥に連なる多くの下級貴族もその昼餐会に出席する。
これをきっかけに貴族に重用されるようになれば、そのうちクラスメイトの耳に音楽が届くこともあるかもしれない。
なら、出来るだけ知名度の高い地球のピアノ曲、用意しておかないとな。
昼餐会……貴族が圧倒的に多い格式ばった場所なら……クラシックの中でも有名かつ、どことなく上品でかつ、人の耳にも残りやすい、そして何よりも圧倒的な知名度を誇る――
「ふむ……ピアノといえばモーツァルトでしょうかね。『トルコ行進曲』で行きましょうか」
この世界の楽曲+トルコ行進曲。これで、なんとかクラスメイトを炙りだせないだろうか。
翌日、昼餐会当日。
さすがにこの催しにメルトを連れてくるわけにはいかず、ハッシュとして一人、貴族街を進む。
幸い、音楽家の装備は基本、貴族っぽい衣装しかないので、問題なく貴族街を歩くことが出来る。
セイム用に一着持っておこうかとも思ったが、残念ながら一度でも装備したものはそのキャラクターのサイズで固定されてしまうらしい。
ゲームとこの世界での数少ない相違点だ。
「ここですか。なんとも優美な……素晴らしい」
到着したのは、他の屋敷に比べて明らかに庭が広く、そして植木によるアートをあちこちに配した、とても芸術的な庭を持つ屋敷だった。
バイオリンの形に刈り込まれた植木に、トランペット型、音符の形や、中にはピアノだろうか、かなり大掛かりな作品も植えられており、この家の主であるハカートニー伯爵がいかに音楽を愛しているのかが伝わってくる。
門番に話を通し、屋敷に案内される。
「よく来てくれたね! 既にオールヘウス侯爵には今日の催しでピアノの演奏家を手配したと伝えてあるからね、問題なくピアノがホールに設置されているはずだ。ふふ、目に浮かぶよ、皆が驚く顔が……名立たる宮廷楽師や芸術家ギルド所属の音楽家、彼らのことは我々貴族の中でも知る者は多い。だが、君のように独創的かつ、超絶技巧を修めている者など誰も知らないだろう! 少々興奮してしまった。今日というこの日に、ハッシュという名を貴族社会に知らしめようではないか!」
「恐縮です、閣下。ですが、本来私は万人に音楽を届けることを自分の役目と考えておりますからね。たとえ、貴族社会に私が認められたとしても、私はどこかの路地で風の赴くままに調べを奏でるでしょうね」
「ふふふ、素晴らしい考え方だ。良いな、君は本当に」
どうやら、この人はハッシュと似た考えを持つ人だったようだ。
そうして二人、馬車に揺られながら、貴族街の中でも一際上段にある、リンドブルムを一望出来る屋敷に向かうのだった。
大きい、と言うよりも、荘厳という言葉が当てはまる屋敷。
王宮程の規模ではないが、それでも負けていないと感じる屋敷の前に下ろされる。
ここがオールヘウス侯爵の屋敷、か。
派閥の長であるのなら、ここでの演奏は一気に周囲に広まるだろうな。
いつも以上に気合を入れて臨まなければ――
その頃、ハッシュの到着した屋敷の内部では、この屋敷の主と匿われている人間の密談が交わされていた。
「直接君達を表に出すのは難しくても、空気だけでも味わって欲しくてね。今回の昼餐会は確かに現王家の体制に対して意見を言い合うという側面もあるが、息苦しい屋敷の中であることを一時でも君達に忘れてもらう為に開いたものでもあるのだよ」
「お心遣い、感謝しますオールヘウス卿。そうですね、人の気配をこんなに近くで沢山感じるのは久しぶりです」
「うちはこのケーキ類が本気で嬉しいって言うか、凄い心遣いされてるって感じで感動してるんだけど。おいしいくない?」
「ユウコ、まだ食べないでよ。オールヘウス卿、本当にありがとうございます。この状況で大勢の人間を招くのはそちらにもリスクがあると承知しています」
「構わないよ。実際、これは必要なことでもある。内外に向けてのアピールでもあるんだ。最近、貴族街でも巡回の騎士の姿が目立つからね。やましいことなどないとポーズを取る必要があった」
オールヘウス邸の深部ではなく、昼餐会が執り行われるホールのすぐ隣の部屋。
そこに数々の料理が並べられ、強く人の気配を感じられる場所に生徒が集められていた。
気分転換の重要性を説かれたという訳ではないが、先日ヒシダが外の情報を持ち込み、そして自分が料理を持ち帰った影響か、少しだけ生徒が元気を取り戻したことを受け、執り行われることが急遽決まったこの昼餐会。
だが、それは彼が生徒を大切に思っているからではなく『謎の多い紳士』による『くれぐれもあの子供達を丁重に扱うように』という言葉に従った結果だった。
「今日は楽師を連れて来た人間もいるようだ。この部屋ならば、問題なくその音色も届くだろう。どうか、今日はここで日頃の疲れを癒して欲しい。必要なものがあれば外のメイドに頼むよう」
そうしてオールヘウス卿が去り、生徒達は久しぶりに大きな窓のある部屋で、様々なデザートや飲み物に囲まれ、どこか人の賑わいを感じる部屋で羽を伸ばすのであった。




