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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第六章 モラトリアムの終わり

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第八十一話

(´・ω・`)第六章スタートです!

 翌朝、いつもより少しだけ早く目が覚めた。

 恐らくハッシュとしての生活習慣なのだろう。


「ん……良い朝ですね、空気も良く乾燥している」


 もう、思考と言葉の乖離に違和感を覚えなくなったというか、諦めた。

 大体言いたいことは一致しているんだ、これ以上の抵抗は……余計に疲れるので。


「朝食の用意の前に……今日という日に祝福を」


 昨日の感覚を忘れないよう、指を動かしたい。

 そして【リズムステップ】習得の為、演奏した回数を増やしておきたい。

 それに演奏した楽器の種類も稼いでおかないとな。

 メニュー画面から、ハッシュの所持品である楽器を取り出す。

 今回はバイオリン、正確には……いや、このサイズはバイオリンでいいのか。


 この家で一番音響の良い部屋、即ち談話室に向かい、ピアノが置いてあるサンルームに向かう。

 今日も家の周囲に人の反応はなし。

 ではでは……初めて弾くバイオリン、果たして上手く弾けるのだろうか。


「……問題ありませんね」


 意外と複雑なセットポジションも、身体がなんなく対応してくれる。

 あごの開き具合に肘と脇の角度、そして視線までもが導かれるように身体が動く。

 演奏するのは――パッヘルベルのカノンだ。


 定番だよね定番、さすがにハッシュじゃなくても知っている。

 卒業式とかで流れるヤツだ。合唱コンクールでもなかったっけ?


「遠い日の歌……でしたか。詩的なタイトルがつけられたものです」


 そうして、朝の陽ざしを浴びながら、一人楽曲を演奏し始めるのだった。




 弾いている間、頭に浮かぶのは楽曲がどうやって生まれたのか、どうして今のように式典でよく演奏されているのか。

 もしかしたら、それは作者の気持ちに寄り添った結果なのか、そんなことを考える。

 同時に、この素晴らしい旋律を後世に残してくれた、偉大なるパッヘルベルに畏敬の念を捧げる。

 そろそろこの曲の見せ場、一番盛り上がるパートが始まる。

 懐かしいと感じた。確か合唱コンクールの時は『らんらららんらららん』と歌詞が振られていたパートだ。

 当時は少し気恥ずかしく思いながら歌った記憶があるけれど。

 するとその時、気が付けばすぐ傍にメルトが座っていることに気が付いた。

 ピアノの椅子を動かして、すぐ近くで聴いてくれているのに、全く気が付かなかった。

 楽しそうに『らんらんらんらららん』のメロディに合わせて首を振っている姿が可愛く、ついつい笑みを向けてしまった。

 やがて――演奏が終わる。


(聴いてくれてありがとうメルト。気付くのがおくれてごめん、おはよう)

「ご清聴、ありがとうございました。おはようございますメルトさん。妖精の羽根音に気が付くのが遅れてしまい申し訳ありません」


 うん、やっぱり今日も絶好調だなオートポエマー。


「初めて聞く音だったわ! 小さいのにしっかり音が出るのねー?」

「ええ、これはバイオリンという楽器です。少々音を出すのが難しい楽器なのですが、使いこなすととても深い、美しい音色を見せてくれるのです」

「へー! 私でも弾けるかしら?」


 バイオリンは始めが難しいことは俺でも知っている。

 一先ず構え方を教える。

 メルトの小さい身体を背後から抱きしめるように、正しい位置に導いていく。


「あごで挟むの?」

「ええ、最初は優しく。そう、そうです。肘を優しくの曲げて……この弓を軽く、でも指先でしっかり固定するように持って……」

「む、むずかしい……」

「弦、この糸のような部分に優しく乗せて……ゆっくり同じ速度で、震えないように引いて擦って下さい」


 案の定、不快音一歩手前のような音が鳴り響く。

 仕方ない! これは仕方ない!


「ひゃあ! ひどい音!」

「ふふ、初めての人でバイオリンが驚いてしまったのかもしれませんね」

「そっかー、ごめんね?」


 言い回しの所為でメルトが信じてしまった……!


「さぁ、朝食にしましょう。私が用意してきます、メルトさんはここで楽器に触れていても良いですよ」

「あ、ありがとう! じゃあちょっとだけ練習してるね」


 さぁ、一応料理Lv1だけは継承しているハッシュ、果たして無事に作れるのか――




「出来ましたよ。チキン……かどうかはさておき『チキンブリトー』とオムレツ、それとトマトスープです」


 なんか知らない料理作り出したよこの身体。いやレシピが真っ先に浮かんで作り出したのは俺なんだけど。

 なんかこう……おしゃれ! なに、そういう補正でもあるの!?


「なんだか可愛いお料理ねー? くるんって丸まってて、学園祭で食べたのに少し似てるね」

「ええ、そうですね。似たようなものですよ」

「いただきまーす!」


 例の手羽元肉とトマトを香辛料で炒めて、刻んだ赤サニーレタスと削ったチーズと一緒に、小麦粉の生地を薄く焼いて作った生地で巻いたもの。

 オムレツはそのままオムレツ、トマトスープは料理で余った野菜を刻んで炒めて煮込みつつ、ベーコンを少し加えたもの。

 手際よく、食材を消費しつくすような料理でした。


「これいいねー! 食べやすくて朝にぴったりねー」

「お口に合ったようで何よりです」

「合ったわ! ぴったり!」


 口にすっぽりブリト―を咥えて見せるメルト。

 はしたないですぞ!


「ごちそうさま。ハッシュは今日どうするのかしら? 私は冒険者ギルドで何か依頼を探そうと思うのだけど」

「ふむ……そうですね、私はひとまず、今日のところは『作曲』を試してみようかと思います」

「サッキョク……?」

「ええ、音楽を作るのです。ですが、私の場合は『既に知っている音楽を紙に記す』だけになってしまうと思いますけれど」

「ふむふむ……じゃあ、帰ってきたら聴かせてね!」

「ええ、お約束しますよ」


 まず、作曲数を規定数までこなしてみよう。

 ついでに『知っているだけの曲』も楽譜に出来るのか、それも検証しないと。

 ……とりあえずネットで流行った曲とか試してみますね。

『うるさかったり』『風が強かったり』『良い匂いがする化粧品』だったり。




 メルトが家を出発してから、洗い物を済ませてそのままピアノの前まで移動した俺は、楽譜台に五線譜だけが記された楽譜をセットし、そこに直接ペンで音程を書き込んでいく。

 まずは有名なクラシックの楽曲、ゲーム時代にも実装されていたものからだ。


「……一度記したことのある旋律、やはり容易にこなせてしまいますね」


 一時間程で、知っている曲の楽譜が完成してしまう。

 せっかくなので、演奏回数を稼ぐ為にもピアノで弾てみることにした。

 楽曲名『悲愴』第二楽章。名曲中の名曲ですな……これはゲームで聴く前から知っていた。

 うーん……まるで手が別な生き物のように動く。

 そして……本当に、この曲がタイトルのように悲しい曲なのか、つい考え込んでしまう。

 物悲しい曲だとは思う……ただ、なんとなく『嘆きの後のモラトリアム』のようにも感じる。

 これはたぶん、俺じゃなくてハッシュの感想なんだろうな。

 だからだろうか、時折音のアクセントを変え、ところどころで嘆きを打ち消すような演奏をしていると俺は感じた。


「ふぅ……とりあえずこれで三曲……ですか」


 演奏を終え手を止めたその時、家のノッカーを鳴らす音が聞こえて来た。

 急ぎサンルームで周囲の反応を確認すると、どうやら来客は一人の様子。

 ……ピアノ、聞こえていただろうな。居留守は出来ないか。

 少々心配ではあるが、この姿のまま玄関に向かう。


「はい、今開けます」


 扉を開けると、そこにいたのは――


「おや、どちら様ですかな? いえ、訪ねた側が言う言葉ではないと思うのですが」


 ピジョン商会の会長さんだった。

 ……なんか、やばい気がする。


「お初お目にかかります。私、この家の主であるセイムの所属する旅団でお世話になっている楽師である『ハッシュ』と申します。そちらはどうやらセイムのご友人とお見受けしましたが?」

「おお、これは楽師様でしたか。ええ、セイムさんには御贔屓にして頂いております。私ピジョン商会という小さな商会を営んでおります『ポポー』という者です」

「なるほど、商会長さんでしたか。貴方のお話はセイムからよく聞いていますよ。大変、お世話になった方だとか」


 あの!!!!!!! 今更なんですけど!!!!! 俺、初めて商会長さんの名前聞きました!!!!! ポポーさん! すみません! 今まで名前とか聞いたことなくて!!!


「玄関先で話すのもなんでしょう、どうぞお入りください。我が友の恩人ならば私の恩人でもあります。どうぞお入りください」

「はは、ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 よ、よかった……そこまで変な言葉に変換されてない……。


 ダイニングではなく談話室のソファを勧め、なんの用事なのか訊ねてみる。


「実は、セイムさんにこの家の権利書と売買契約書をお渡ししようと思いまして。本来、書類を受け渡してから売買するのですが、今回は少々変則的といいますか、急いでいたようなので」

「なるほど、そういうことでしたか。既に先方……この場合は国に書類は提出したのですか?」

「ええ、勿論。ですのでセイムさんにも、と思っていたのですが」

「ふむ、私は臨時の留守番でしかありませんからね。メルトさんがいれば代わりに預けることも出来たでしょうに」

「そうですなぁ……ハッシュさんでしたか? もし、セイムさんが全幅の信頼を寄せているようでしたら貴方に渡すのもやぶさかではないのですが……」

「いえ、既に国に提出しているのでしたら、こちらは遅れても問題ないでしょう。商人は信用第一と聞きます。今日会ったばかりの人間に渡すのはやめておいた方が良いでしょう」


 うん、極めてまともな受け答えだ。ほぼ俺が思ってることそのままだ。

 ……女性と音楽が絡まなければ問題ないのか……?


「ふふ、本当にセイムさんは良い出会いに恵まれているようですな。その所属するという旅団、私も興味が湧いてきました。ええ、了解しました。契約書はもうしばらく私の方でお預かりしておきます」

「そうして下さると助かります」

「ところで……ハッシュさん、実は失礼かと存じますが、先程家の前でピアノの旋律を拝聴させて頂きました。もしよろしければ、もう一曲お願いすることは出来ないでしょうか……?」

「おや、商会長もどうやら音楽に魅せられた側の人間のようですね? 構いません、友の恩人との出会いを祝して、私から一曲贈らせて頂きます」


 ほーら油断したらこれだ! オートポエマー発動しちゃったよ!

 が、演奏曲数を稼ぐ意味でも、また聞かせた人数を稼ぐ為にも、心を込めて弾かせて頂きます。

 じゃあピアノなら……先程の『悲愴第二楽章』の続きにあたる『悲愴第三楽章』だ。

 こちらはゲームに実装されていなかった部分ではあるが、厳密には違う曲ではない。

 が、一般的に分けて演奏されることも多く、同時に第二楽章程は知名度が高くない。

 もし、これで一曲としてカウントされるのなら、ちょっとした発見だ。

 何事も検証。まずはこの第三楽章、悲愴を締めくくるこの曲を披露させて頂きます。


「では……」


 激しくもどこか物悲しい、テンポの速さは何かを振り払うかのよう。

 第二楽章がモラトリアムならば、第三楽章は『先に進むためのあがき』のようだと感じた。

 俺にはよく分からないけれど、ハッシュはそう受け止めたようだ。

 ……指の動き恐! こんな速く滑らかに動くのか!


 やがて、この少々激しい楽曲も終わりを迎え、指がゆっくりと息を引き取るように動きを止める。


「ご清聴、ありがとうございました」


 すると、静かに商会長が手を打ち鳴らし始めた。

 拍手……! これ、嬉しいな! なるほど……嬉しいって感じてるぞハッシュが。


「初めて……聞く曲でした。いやこれは……凄まじい完成度だと理解出来てしまいますぞ……初めて聞くのに、まるで名曲の中の名曲を聴いたかのような……!」

「……ええ、そうでしょうとも。これは名曲です。しかし……この世界では無名の曲。かつて、いずこかのダンジョンにて発見された、異世界の曲だと言われているのです」

「なんと! そんな貴重な曲だったのですか!」


 間違っても、自分が作曲者だとは言わない。これは異世界の偉人が紡いだ名曲なのだ。


「私は旅団に所属し、世界中に眠る異世界の曲を紐解くことを史上の喜びとしています。少々変わった人間と言われることも多いのですが」

「なるほど……そうだったのですか。あの……この曲とは言いません、何か楽曲の演奏をご依頼することは出来ないのでしょうか……?」

「ふむ……と言いますと?」

「実は、近々我が商会の本部を移設した記念、そして少し前にセイムさんのお陰で大きな利益を上げることが出来ました。今後の躍進を願い、そして共に働いてきた従業員や関係者を招き、ささやかですが祝勝会を開こうという話が出ているのです。どうかその席で演奏して頂くことは出来ないでしょうか?」


 む、これはまたとない機会だ。一気に聞いてくれた人間の数を増やすことが出来る。


「出来ればセイムさんにも是非ご出席頂きたいのですが……」


 あ、それは無理です。


「ふむ……演奏の依頼を受けるのは問題ありません。ですがセイムも出席となると……祝勝会はいつ頃になるのでしょう?」

「そうですね、少々急ではありますが、四日後を予定しております。場所は我が商会で借り受けている倉庫、なかなか広い空間を式典用に飾り付ける予定です。ピアノの演奏の為の空間ではありませんが、当日は最低限、音の反響を考えて飾り付けをするとお約束します」

「なるほど……依頼は引き受けます、ですがセイムはそれまで戻ってくることはないでしょうね……現在、セイムは中々危うい立場に立たされています。旅団を脱退する形でこの国に属することを決めましたからね。少々やらねばならないことが彼には多い」

「なんと……それは残念ですが……今後もセイムさんがこの国に居続ける為には必要なのでしょうな……セイムさんには後日、別な形で改めてお礼をさせて頂きます」

「了解しました。その旨、しかとセイムに伝えておきましょう。ピアノの演奏は四日後ですね? 出来れば前日にその場所で実際に演奏してみたいと思うのですが、それは可能ですか?」

「もちろんです! いやはや……味気ない催しにならないよう、楽師を手配しようとしていたのです。ですが、今の時期は新年祭のコンテストに向けて練習に勤しむ方が多く、話を受けてくれる楽師が少なくなっているのです。感謝します、ハッシュ殿」

「いえいえ、こちらこそ演奏の機会を与えて下さり感謝致します」

「それで、依頼料の方なのですが……大体五曲、出来れば気取らないような立食会の音楽と考えてくだされば……これくらいでどうでしょうか」


 すると、商会長ことポポーさんは、大金貨四枚を提示して来た。

 ……マジか。あ、でもプロの演奏家に頼むなら二〇万くらい飛ぶんだろうなぁ……。


「分かりました、その金額でお引き受けしましょう。今回はサービスです、五曲と言わず何かリクエストを頂ければ、それに応じた曲も披露しましょう」

「本当ですか! いやはや! なんという幸運でしょう! セイムさんに書類を届けにきただけだというのに……! それではハッシュさん、三日後に会場のセッティングの際にお越しください。いえ、迎えの馬車をご用意しますのでこちらでお待ちください」

「わかりました。もし都合が付けば、祝勝会にはメルトさんも連れて行って良いでしょうか?」

「もちろんです! 今回護衛の依頼を引き受けてくれた方達には既に招待状を送っております。メルトさんにも今日の夕刻にはギルド宛で届く手はずになっていますから」

「なるほど、そうでしたか。では商会長、当日は宜しくお願い致します」


 よし……想定外ではあるが、一気に曲を聞いた人数を増やすことが出来そうだ!

 そうして、商会長を見送った俺は、引き続き作曲という名の譜面起こしをして過ごすのだった。

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