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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第五章 日常と非日常と

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第七十九話

「セイラ! 追加で六枚揚げてくれ!」

「はいよ!」

「セイラ! こっち用に一枚刻んだのまわしてくれ!」

「了解!」


 大好評。いや、もはやこれは熱狂と呼べる。

 ……始まりは静かだったんだ。

 ある貴族の親子が、ダージーパイを皿で提供して欲しいと注文してきたので、他の料理人達が考案した『レギュムルレ』と名付けられた、トルティーヤ風の料理に使われる野菜を添えて提供した。

 それを見た他の客も同じように提供して欲しいと、食堂の席が少しずつ埋まっていったんだ。

 だが……最初に注文した人間が料理を口にした瞬間、それは始まった。

『ぬぅぅぅわんだぁぁ!! コレはぁぁぁぁぁ!!!!』という、大げさすぎる叫び。

 それに続き『知らん!!! 私はコレを知らんぞおぉぉぉ!!! 美味いではないか!!!』という喜びの声と共に、周囲の客からも声が漏れて来た。

 どうやら、騒ぎ出した人間はかなりの食通らしく、これまで幾度も料理人ギルドに料理人を派遣させ、使い潰すような美食家であるそうな。

 その人物が有名だったのか、他の客も料理を口に運び、絶賛。

 初めて体験する五香粉、香ばしく揚げられたダージーパイに魅了されていったのだった。

 もうすでに学食の席は埋まり、貴族ですらストリートスタイルでダージーパイを頼み、片手で齧り付きながら、もう片方の手でクラフトコーラを飲むというスタイルになっていた。

 無論、生徒もどんどん注文してくれる為、肉が飛ぶように売れていくのだ。

 なお、このレギュムルレの中に、細かく切ったダージーパイを一緒に巻き込むというメニューも考案されているため、そっちも飛ぶように売れていた。

 曰く、お互いの良いとこ取りが出来るようにメニューを考えていたのだとか。


「まさに戦場だ。ここまで飛ぶように売れるとは」

「だな! しかしやっぱすげぇよアンタ。揚げむらも焦げ付きも一切ねぇ。このペースでこの数揚げて、よく全部管理出来るな」

「慣れだね。よし、三つ揚がった! 一つは刻むから二つ持ってって!」

「あいよ!」


 頭の中で、闘志が燃えているのを感じる。

 セイラだ、間違いなくセイラがこの状況に燃えているのが分かる。

 ……さすが、生粋の料理人。ゲーム時代に大量の料理をマーケットで売り捌いて、一日で総資産を十億まで増やしただけはある。

 ……おかげでサブキャラ育成が捗りましたとも。


「あと二時間もすれば客足も弱まるはず、頑張るよみんな!」








 セイラが食堂で奮闘していた頃、校舎にいた人間が殆ど食堂に移動していたことも重なり、静まり返っていた学園裏手。

 元々あまり近づく人間のいない温室に、メルトは一人の生徒と共に訪れていた。


「凄い……花弁の色だけじゃない、中心部の雌蕊と雄蕊、その色まで変化毎に分けられてる……ここまで細かく変種を生み出して種として確立しているなんて……」

「凄いですよね。これ、ほとんど魔法は使っていないらしいんですよ。誕生した種を何度も分別、検証、近縁種との掛け合わせや土壌による変化、全て試して少しずつ種類を増やしたそうです」

「わー……凄いわ。私だと花弁の色の方向性しか分けられなかったのに……やっぱり閉鎖された空間、受粉のタイミングも全て管理出来ると違うのね……」

「えっと、貴女は学者なのですか?」

「ううん、冒険者だよ。おばあちゃんが研究者だったの。そのお手伝いとか真似とか、子供の頃からしてたんだー」

「冒険者……! 初めてお話しました」

「私も、生徒さんとは初めてお話したわ」


 二人が笑い合う。

 フードを被った生徒は、ニコニコと笑うメルトを目に、少しだけ憧憬の念を抱く。

 自由であると。きっと、才能が溢れているのだろうと。

 メルトも、生徒を目に少しだけ羨望にも似た思いを抱く。

 学園に通えて羨ましいと、そう思ってしまう。


「素敵ねー……こんなに綺麗なお花畑、自然には絶対生まれないもの」

「そうかもしれません。でも、大自然で自由に咲くお花も、きっと素敵だと思います」

「そうね、きっとそう。ねぇねぇ、私メルトって言うの。貴女のお名前は?」

「あ、私は……『ヴェルジュ』と言います。通い始めて三年……最終学年です」


 最終学年という言葉に、メルトは『通える年数に限度がある』と理解する。

 そして――


「ヴェルジュちゃんね? ヴェルジュちゃんは学園を出た後はどうするのかしら?」

「……私は、故郷に帰ります。たぶん、何にもなれないから」


 それが、彼女の傷をえぐる質問だったことに、メルトはまだ気が付けない。


「むむ……そうなの? 帰っちゃうの? この街、とても大きくて、なんでもあるよ? 何かにはなれるんじゃないかしら」

「っ! それでも……私は……」


 葛藤、悩み、問題、その個人だけが抱える、闇。

 まだ未熟なメルトには、少しだけ理解が及ばない分野。


「あの……私、そろそろ用事が。メルトさん、そろそろお昼ですし、何か食べに行った方が良いかもしれません。きっと、混みますから」

「あ! それもそうね! ヴェルジュちゃんも一緒に行こう?」

「いえ、私は少しだけ……用事があるのでここに残ります」

「分かった! じゃあねヴェルジュちゃん! 色々教えてくれてありがとうね!」


 そうして、メルトは嬉しそうに温室を後にする。

 一人残されたヴェルジュは、フードで隠していた己の顔を手で触れ、目に手を押し当て呟く。


「……冒険者が出来る人は、良いですね。私だって……本当なら……」


 恨みや妬み、負の感情が込められた呟き。

 それは、メルトに向けられたものではない。ただ、己と世界を憎む、小さな小さな憎悪だった。




 温室を飛び出したメルトは、持ち前の嗅覚を頼りに、屋台や食堂の方向へ駆けていた。

 途中、恐らく成果物の一種なのか、不思議な形のフルーツを売っている屋台もあり、流れるようにそれらを購入。

 謎に派手な模様の浮かぶリンゴに齧り付きながら、周囲を見て歩く。


「むむ……このリンゴ……あまり美味しくないわ!」


 謎に丸や三角の模様に皮がでこぼこしたリンゴを食べながら、メルトはそう呟く。


「同感です、お嬢さん。これはあまり瑞々しくない」


 そんな彼女の呟きを拾い上げる、何者かの存在。

 メルトが振り返ると、そこにはロングコートにシルクハットと、いかにも紳士然とした、けれども少しだけ胡散臭い風貌の男が立っていた。


「おじさんもそう思うわよね? これ、何なのかしら」

「恐らく飾り用でしょう。見た目だけなら目を引きますから」

「なるほどねー……きっと、お料理に使えば美味しく食べられるわ! 私のお友達、すっごく料理上手なんだから」

「おやおや、素敵なお友達がいるのですね」

「そうよー! 今日、ここの食堂でお料理を出しているのよ! ものすごーーーく美味しいから、おじさんも絶対食べてみるべきよ!」

「ほう、少し興味が湧きました。ありがとうございます、お嬢さん」

「どういたしましてー」


 男はそのまま、食堂へ向かい去っていく。

 メルトもまた、急いで厨房に行かなければど駆け出すが、不思議なことに、先程の男とはもう、すれ違うことも抜き去ることもなく、出会うことはなかった。




「珍しいものを見た。まだこの大陸に残っていたか……銀狐族。無害そうなら捨て置くが……無害、でしょうね。それに、良いものを教えて貰った」


 男は、校舎の屋上からメルトを見下ろしていた。

 警戒でもなく、ただ、面白そうに。

 そして大きな口を開け、ダージーパイを頬張る。


「……いや美味いですねこれ……そういえば先程、オールヘウス卿もまとめ買いをしていましたね……ああ、あの連中へのお土産ですかね。道化に餌付けとは、お似合いの役割だ」


 最後にもう一度、気持ちのいいザクザク音をさせる。

 ただ五香粉の香りだけを残し、男は校舎の屋上から忽然と姿を消したのだった――








「やっと……客足が収まってきた」

「ああ、もう殆どコーラの注文だけだ」

「あーあ、こんなことなら軽い焼き菓子の提供もするんだったな。コーラに合うヤツ。セイラ、なんか合いそうな菓子に心当たりないか?」

「あー……お菓子っていうか、濃いめに塩を振ったポテトフライとか最高に相性が良いですよ。細く切ったやつとか薄くスライスしたやつで」


 どうも、この世界に『フライドポテトとコーラ』という、魔性の組み合わせを広めようとしているセイラです。

 マジで疲れた。超疲れた。もう油の音聞きたくない。

 だが……間違いなく、俺が料理を仕上げた回数は目標を超えている。

 これで……俺の、セイラの役割も終わり……か。


「ダージーパイひーとつ、くーださーいな。お野菜巻ーいたのーもくーださーいな」


 とその時、聞き覚えのある声で、とても楽しそうな注文が聞こえて来た。


「お、メルトちゃんじゃないか! 賢いな、客足が減ったタイミングとはな」

「一緒にコーラもいるだろ?」

「あ、お願いするね」


 すっかり顔なじみになった料理人達が、メルトの為に料理を仕上げていく。

 俺も、少しだけ大きな肉を選び、ダージーパイを仕上げていく。


「セイラ、さすがにそろそろ休憩しな。ずっと油の前に立ってただろ? メルトちゃんも丁度来てる、一度食堂の方で食べて一息つきな」

「いいんですか? ではお言葉に甘えます、本部長」


 かれこれ五時間、立ちっぱなしの揚げっぱなしだったので、そろそろ疲れてきていたのです。

 いや助かった……もう、料理を注文する客も少ないし、学園祭そのものも、徐々に賑わいを失いつつある。

 もう二時間もすればお終い、だな。

 コックコートを着替え、俺もメルトの隣に料理を持って座る。


「あ、セイラ! お疲れ様ね?」

「うん、疲れた、マジで。メルトは学園祭、楽しいかい?」

「とても楽しいわ! 興味深い文献も見れたし、素敵な温室も見れたのよ? 変種のフロース蘭が沢山植えてあって、青から白、赤に黄色。それに……信じられないんだけど、緑色に近い色の花もあったの! 信じられる!? 緑よ、緑! 葉っぱじゃなくてお花なのに!」

「そりゃ凄いな! 確かに緑の花なんて想像も出来ないや」


 嬉しそうに、学園祭で起きた出来事を語るメルト。

 本当に連れてきて正解だったな。

 ……もし、メルトが学園に通いたいと言ったらどうしようか。

 なんとかして、通わせることが出来るだろうか?

 彼女の知的好奇心の為にも、情操教育の為にも、通いたいと望むのならどうにか出来ないか?


「メルト、学園に通いたいって思ったりしない?」

「うーん……自由な時間が減っちゃうのよね? ちょっとまだそういうの、分からないかも」

「そっか。変なこと聞いたね。さーてと、そろそろ学園祭も終わりが近づいて来たし、私は厨房の片付けとか終わらせてくるよ。メルト、どうする?」

「あ、待ってて良い? 一緒に帰ろう?」

「よし、分かった」


 ま、そうだな。自由に過ごす時間だって、まだまだメルトには必要なんだ。

 それに、俺だってメルトと一緒にいろんな場所に冒険に出たい。

 自由時間を減らすのはもったいないもんな。


「メルト、今日で『私の役目』は終わりなんだ。次は……音楽が得意な友達を連れてくるよ」

「! ついに来るのね……! でも……セイラのごはんはしばらくお預けなのね……」

「ははは……最低限は作れるはずだから、なんとか喜んでもらえるように頑張るよ」


 そういや、シーレは何故か料理が苦手そうだったな。

 ……同じスキルを継承していても、個人差ってあるんだな、やっぱり。






 厨房の片づけを終え、正式に学園側の『学園祭終了宣言』を聞き終えた料理人ギルドの面々は、その足でギルドに戻っていくのだが、俺はその場で皆に別れの挨拶させてもらった。

 本部長もそうだったが、皆、別れを惜しんでくれて、思わずグッと来てしまう。

 が、俺にはその別れを惜しむ言葉が『貴重な労働力を失う悲しみ』に聞こえたような気がした。


「そこまで遠くに行く訳ではないので、必要に応じてまた戻ってくることもあると思いますよ。皆さん、恐らくこれから先、貴族の方々から今日提供したメニューを立食会等で提供して欲しいという依頼も来るかと思いますが、どうか頑張ってくださいね?」

「くっそー! 自分には関係ないと思って……! また戻ってきたら、絶対顔出せよセイラ」

「うむ。次に来た時もまた、知らない知識を私達に伝授してくれ。出来ればそうだな……今度は菓子作りに関するものが良いな。私の本業は菓子職人でな」

「俺は魚介専門なんだよ本来。近々港町に派遣されんだ」


 皆、それぞれの得意分野の知識を欲している。

 その職人の輪の中に入れてもらえたのが、凄く光栄だった。


「では、これで失礼します。皆さん、ありがとうございました、お疲れ様です」


 そうして、食堂で一人暇をつぶしていたメルトを迎えに行き、愛しの我が家への帰路につく。

 ……メルトの暇つぶしって基本、尻尾の毛並みを整える、なんだよね。

 なんだか見てると妙に可愛い。そしてブラシを常備しているのが面白い。

 さぁ、一緒に帰ろうか、メルト。






「よし、じゃあちょっと一度シズマに戻るよ」

「うん、分かった。あ、家の鍵ちゃんと閉めた?」

「大丈夫。周囲に人の気配もなかったよ」

「よし! じゃあ……もしかしたらまた倒れちゃうかもだから、ソファ行こ?」

「なるほど、確かに」


 談話室のソファに腰かけたメルトが、何故か自分の膝をポンポンと叩く。


「ここにゴロンって寝ていいよ!」

「大丈夫です」

「えー」


 恥ずかしいので!


「じゃ、シズマに戻るぞー」


 メニュー画面のログアウトを選ぶ。

 そこで、一瞬だけ意識が途絶える。

 ……大丈夫、この間シレントから一瞬戻った時だって平気だったんだから――




 ほら、今回は大丈夫だ。

 恐らく料理くらいしかしていないことに加えて、セイラでいた時の思考、人格が俺のままだったからというのも大きそうだ。


「大丈夫? 頭痛くない? ここ、頭置いていいのよ?」

「大丈夫大丈夫、なんともないよ」

「えー?」


 なんで残念そうなの! 小さい子供じゃないんだから。

 とにかく、まずはシズマ、俺としてのステータスを表示、確認してみる。




体力   120

筋力   120

魔力   70

精神力  90

俊敏力  70

【成長率 最高 完全反映】

【銀狐の加護】

【観察眼】

【初級付与魔法】

【生存本能】

【高速移動】

【投擲】

【美食家】    ←NEW

【料理Lv4】   ←ランクUP

【細工Lv1】

【裁縫Lv1】

【剣術Lv3】

【弓術Lv1】

【狩人の心得Lv1】

【学者の心得Lv1】

【盗賊の心得Lv1】

【剣士の心得Lv1】

【戦士の心得Lv1】

【傭兵の心得Lv2】




 よし、ちゃんと【美食家】を継承出来ている。

 これで……シズマとしての自分を育てる下地が出来た。

 少なくとも軽く食べるだけで五時間はスタミナ切れを起こさないのだから。

 が、もう一つ……もう一つだけ、最後の仕上げが残っている。

 元クラスメイトを炙り出す為にも、そして戦闘を有利に運ぶ為にも。


「よし、目標達成」

「ええと、シズマが強くなる為のなにか……なんだよね? 危ないこと、悪い人になったりしなくて良い方法なのよね……?」


 すると、俺が以前言ったことを思い出したのか、心配そうにメルトが訊ねて来た。


「大丈夫、セイラみたいに、俺が俺のままでいられる姿に限定して、少しずつ力を分けてもらう方針にしたんだ。どうやらセイラの力を分けて貰えたみたいだ。ちょっとだけ料理も上達したらしい」

「むむ……私もお料理覚えた方がいいかしら……」

「簡単なヤツから、ゆっくり覚えて行こう。たぶん俺も教えられるから」

「本当? じゃあ今日食べたダージーパイ……は難しそうよねー?」

「揚げ物は確かに難しいかも……でも、野菜を巻いた方は作れると思うよ」

「本当!? じゃあ今度教えてね? 私、あの中に入っていたカボチャ、凄く気に入ったわ」

「あ、美味しかったよなぁあれ。……よし、じゃあメルトお待ちかねの『音楽家』に変身するよ」

「お、おお! ついにピアノが真の力を発揮するのね!」


 さて、じゃあ……ある意味ネタキャラで、半分生産職なのに前線に出ることもある、俺が所有するキャラの中でもかなり特殊なキャラ『ハッシュ』に変更だ――

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