第七十八話
「なるほど、お話は分かりました。貴女一人だけなら……そうですね、留学生として学生に紛れ込ませることは可能でしょう」
「学生……学校があるんですか、この国には」
「はい。『術法研究学園』と呼ばれる、魔術や錬金術、そしてダンジョンコアの解析や、最近では植物を構成する情報を紐解き、違うアプローチで錬金術に挑む遺伝子学というものを教えています」
「遺伝子……凄く、高度なことを教えているんですね」
「その学園に留学生として編入出来るよう掛け合います。あそこの生徒ならば、ある程度身分の保証もされるでしょう。街を自由に出歩く際、過剰に取り調べを受ける心配もなくなるはずです」
ある、貴族の屋敷。
ゴルダからの侵入者である生徒達を匿う、ゴルダと内通している者の館。
所謂売国奴の元に身を寄せていた生徒達の中から、ヒシダシュウが行動を起こし、屋敷から自由に出る権利を獲得しようとしていた。
「もう『あちら側』を使い街に出る必要もなくなります。正直、私もリスクのある行動は取りたくなかった。しかし貴女の力は、あまりにも有用ですからね。もし、街の中で情報を探るのなら、可能ならば再び『地下』をお調べください。恐らく、そこに貴女達の求める『ダンジョンコアの欠片』が眠っているはずですから」
「分かりました。まず、私は囚われた仲間の安否を探りますが、貴方が教えてくれた情報を確かめることも忘れません。ダンジョンコアは、欠片だとしても私達の王が求めていましたから」
「ええ、そうでしょう。では、任せましたよ、ヒシダさん」
その密談が終わる。
一人、クラスメイトから離れて行動する権利を手に入れたヒシダは、ほくそ笑む。
「……一緒に行動していたら絶対に破滅する……メルトさんがいたなら、あの冒険者、セイムさんだってどこかにいるはず……絶対見つけて、話をしないと……」
ヒシダもまた、自分の企みの為、動き出す。
悪意が一枚岩でないように、生徒達もまた、一枚岩ではないのであった――
「美味しいじゃないか! このシロップ、確かに揚げ物と相性が良いわ。酸味と香り、炭酸の刺激。そしてどことなく『五香粉』に通ずる風味を感じる。ライムとレモン、ジンジャーそれに……カルダモンだったか。それを加えるだけでここまで化けるとは……このシロップの名前は?」
「コーラ、ですね。炭酸で割って飲んでも良いですし、度数の強いお酒に混ぜてから、炭酸で割って飲む人もいましたね」
「へぇ……というと『火炎酒』や『ドワーフエール』のようなものかしら。確かにありね……少量でアルコールを付与出来るなら、味を損なわないし」
メモメモ……火炎酒とドワーフエール……それがこの世界の度数の高いお酒の名前か。
「へー、炭酸水ってこうやって飲むのね? お薬の材料だと思っていたわ。うっすらと苦くて酸っぱくて苦手だったのよ、そのまま飲むの」
「なるほど。このコーラはどう?」
「とても美味しいわ! 氷をたくさん入れて、お風呂上りに少しずつ飲みたい!」
非常にそそられる飲み方である。
俺もそれ、やりたい。後で炭酸水沢山買っておかないと。
「セイラ、この子は貴女がつれてきた子だったかい?」
「勝手にすみません。ただこういう素人の意見も聞いておいた方が良いかと。この子、この街に来るまで料理なんてほぼ口にしたことのない子なんです」
「あ、そうです。えっと……勝手に入ってごめんなさい」
「そう、なかなか大変な環境で育ったんだね。いいわ、ダージーパイの試作品もその他の試作品もこの子に味見してもらうとしよう『まだほとんど料理を知らない娘』に試食をさせたら貴重なデータ、感想を貰えそうだ。アンタら、用意してやんな」
どうやら、皆さんでメルトにごちそうしてくれるようです。
よかったな、たぶんお腹真ん丸になるぞ。
「これ、凄く美味しいわ。前に食べた揚げた鳥、屋台で食べたのよりずっと美味しい! それにすごく大きいのに食べやすいわ! 見て、こうやって端っこを噛んで……んぐ。簡単に引き裂けて食べられちゃうの!」
「ははは、そうだろうそうだろう。セイラに教わった通り、しっかり叩いて肉の繊維を解してから調理しているからな」
「下味の濃さも調整した。このスパイス感をどこまで効かせるか審議を重ねたが、思い切って鮮烈に感じるようにした。衣に加えるよりもこっちで効かせた方が口の中で主張してくれると思ってな」
「この五香粉のポテンシャルには脱帽だ。魚醤の匂いをほぼ完全に消し去ってくれる。応用の幅がかなり広がるぞ」
ダージーパイを試食中のメルト、自分の顔より大きいそれを、あっという間にたいらげる。
薄く延ばしているとは言えあまりにも早い……恐ろしく早い完食、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「幸せの味ね、これ。不思議ともう一枚食べたくなるの。この甘いような香りが不思議ね」
「それは錬金術ギルドで分けてもらった『星の欠片』の香りじゃないかな」
「へー! お薬の材料以外で使えたのねー」
結局、この後メルトは俺以外の料理人の皆さんで考案した、どことなくトルティーヤに似た料理の試食もさせられ、嬉しそうにそれを頬張り、満足そうに椅子に座りお腹を撫でていた。
丸い……お腹がポーンと丸い。なんだこのフォックス! 幸せそうだな!
「このロール、美味しいですね。野菜メインなのに満足感が強く、腹持ちも良さそうで」
「そうだろ? ダージーパイと真逆の路線で作ったんだ。オニオン、スカーレットフリル、それにカボチャと冬トマトを豚の脂で炒めた少し辛い餡を包んでいる。ほぼ野菜なのにガツンと旨味が感じられる自信作だ」
「いいですね……これ、ダージーパイと一緒に流行りますよ、学園祭だけじゃなくて」
「そうなるといいな。少なくともこのコーラは流行ると思うぜ、酒を割るのにも人気が出そうだ」
他の料理人さん達にも、コーラは好評だった。
……これで、仮に来客の中にクラスメイトと繋がっている人間や、その本人が紛れ込んでいたら……炙り出せるかもしれないな。
まぁ期待はしていないんだけどさ。主目的はスキルの継承なんだし。
「……本命も残ってるしな」
これはきっかけに過ぎない。あわよくば……程度の期待だ。
あいつらをおびき出す方法は、まだ他にも考えているのだから――
それからあっという間に時間は流れ、学園祭前日。
この日、俺は料理人ギルドの面々と共に『術法研究学園』を訪れていた。
どうやら、この学園祭は部外者の入場、つまり一般人の入場は制限されているらしく、生徒や両親、身内の人間以外は、学園から発行されている入場チケットが必要だそうだ。
もちろん、今回俺は関係者ということで、余分にチケットを入手済みだ。
メルト、学園がどんな場所なのか気になっていたもんな。
「ここが食堂……随分と立派ですね」
「そりゃそうさね。貴族の子弟が殆どなんだ、街の食堂みたいにはいかないさ。お陰で設備も席数も揃っている。その分ハードルは高いが、アタシ達の料理なら間違いなく満足してもらえる」
「そうだといいですね。ところで、学園の本来の料理人は当日どちらに?」
「……ここの料理人、全員はうちからの派遣さね。毎日生徒達の料理を作って、無理難題を出来る限り解決して、もう生きた屍状態さ。学園祭くらい、本部の人間で肩代わりしようって話なんだ」
「なるほど……そうだったんですか」
「ああ。今回、ここの料理を生徒達だけでなく家族、つまり貴族の当主様や奥様が口にするんだ、次につながる可能性が高いと思わないかい?」
「確かにそうですね……間違いなく何人かは料理人ギルドに依頼を出してくるでしょうね」
「そう言う訳さ。だから失敗が許されない、新しい刺激や味が必要だったのさ。セイラ、あんたがこのタイミングでうちに来てくれて、本当によかったよ」
改めて本部長にお礼を言われ、少しむず痒いような、照れるような、そんな感情が沸き上がる。
そして……喜び。たぶん、これはセイラの思い……なんだろうな。
人格が表に出なくても、そのキャラクターの信念に近い場所、そういった思いは伝わってくるのだと、最近分かるようになった。
そうだな、打算目的で入ったギルドだけど、俺も嬉しい。こうして沢山の人に、自分の料理を振舞うことが。
「たぶん、この学園祭が終わったら、私は本隊、旅団に戻ることになるのですが、大丈夫ですか?」
「ん……そうかい、それは残念だね。アンタにはこれからも手を貸してもらいたかったが……そうさね、元々流浪の料理人、旅団に所属しているとも言っていたからね。名残惜しいが、とても良いレシピを置いて行ってくれたしね。これを境に、錬金術ギルドの方にも顔を出して、新しい食材、香辛料になりえるものを洗いなおしてみるさ」
「本当に勝手で申し訳ない。私が作ったものについては、全てアイディアを持って行ってください。最初に見せた乾燥トマトの件も」
「ああ、勿論そのつもりだよ。さ、点検も済んだし、明日の下ごしらえを今の内から始めるよ!」
本部長の掛け声に、一同が声をそろえて応える。
……こうして、色んな姿でいろんな職業、いろんな人達と関わっていると、本当に俺はなんて恵まれているのだろうかと、素敵な経験をさせて貰っているのだろうかと、ありがたくてしょうがなくなるのだ。
メルトだけじゃない。俺も……ここリンドブルムに来て、成長させてもらっているんだな。
翌日、学園祭当日。
元々学園は限られた人間しか通えない場所であり、極めてクローズドな催しである為、開催を大々的に周囲に知らせることはない。
が、それでも普段は静かな上層区を多くの人間が出歩き、学園へと吸い込まれていた。
聞いたところによると、この催しは学園側のアピールの場でもあるらしい。
『どんな成果が生まれているのか』を、パトロンになりえる貴族に披露する場でもあるそうな。
もちろん、日頃勉学に勤しむ生徒達への慰安の意味もあるのだろうが。
「時刻はまだ九時、だがそれでも来る人間はいる! 本番は昼食時だが、抜かるんじゃないよ!」
「「おお!」」
食堂で、すぐにでも料理に取り掛かれるよう、下ごしらえをした肉の前でその時を待つ。
俺は、肉を揚げて完成させる係だ。つまり『料理を作った回数』としてカウントされる。
そしてダージーパイが『唐揚げ』として認識され、しかりゲーム時代の補助効果を発動させることは、試食の段階で判明している。
つまり『料理回数』『補助効果の発動回数』を一気に稼げるという訳だ。
今日を乗り越えれば、料理人のスキルを最後まで継承出来るだろう。
「……っし。やるぞ」
セイラが厨房で士気を高めていたその頃、チケットを手に入れ学園祭を訪れていたメルトは、自分に近い歳の人間が大勢通う学び舎を見て回っていた。
「はー……凄いわ……こんなに沢山の子が一緒に勉強しているのねー……」
校庭で犇めく大量の人間、校舎内で幾度となくすれ違う生徒達、そして教室に残り、自習をしている生徒達を目に、メルトはどことなく憧憬にも似た思いを抱いていた。
「あ、図書室だ。ここって覗いても良いのかしら……」
大きな、とてつもなく大きな図書室。
自分の知らない知識が沢山あると思われるそこに入りたいという欲求。
メルトは受付の人間に訊ねる。
「あ、あの? ここって覗いてみても良いのかしら……?」
「学園祭に来ている正式なお客様ですね? チケットを拝見しても?」
「はい、これだよ」
「……確かに。ええ、室内での閲覧でしたら許可します。その際は『この本を読ませて欲しい』とこちらにお知らせください。返却の際も同様に」
「分かったわ、ありがとう!」
「……室内ではお静かにお願いしますね」
「あ……シー……ね」
学園祭。様々な成果物の展示や、実験の披露。
が、メルトはそちらを見るよりも、まずは図書室に惹かれていた。
そうしてメルトが何冊もの本を読みこんでいた時のことだった。
また、新たにこの図書室を利用したいと願い出てきた人物が現れた。
「すみません……今日も利用します」
「生徒さんですね。ではいつものようにお願いします」
どうやら学園の生徒らしく、この学園祭の日にここを利用する生徒は、今のところ、この現れた少女のみだった。
その彼女は、先客であるメルトを見つけ、興味深そうに視線を向けていた。
一方、当のメルト本人はというと――
「劣性遺伝……なるほど……ただのバラつきじゃなかったんだ……法則があったのね……」
何やら最新の研究結果が掲載されている、レポート集のようなものに夢中になっていた。
「! そっか、だからあの図書館で……品種の確立が出来るなんてきっと……設備が整ってるのね……いいなぁ……見てみたいなぁ……」
小さな声で、自分の考えを纏めるように呟くメルト。
それが彼女の様子を窺っていた生徒の耳に入ったのだろう、恐る恐る、生徒がメルちに近づく。
「あの、すみません」
「! あ……ごめんね、煩かったかも……」
「いえ……遺伝子学に興味があるんですか?」
「う、うん。この品種の固定化、変化の法則を見つけたって記述が気になっていたの。フロース蘭、凄く変化しやすい花なのに、その法則を見つけたり、変種を独自に誕生、固定化して栽培しているみたいだから、そのお花畑を見てみたいなって」
「でしたら……温室も解放されていますよ、案内しましょうか?」
「! 本当? 凄く、見てみたいわ」
メルトは一瞬、嬉しさのあまり大きな声を出しそうになり、慌てて口を手で押さえ、小さく喜びを露わにする。
「では資料を返却したら案内しますね」
そうして二人は図書室を後にし、学園の裏手にある温室へと向かっていくのだった。
それからしばらくして、図書室に再び利用者がやって来た。
「『オールヘウス卿』、少し図書室に寄っても良いでしょうか。調べたいことがあります」
「構いませんよヒシダさん。先程の手続きで貴女は正式にこの学園の生徒になった。私は約束があるので失礼しますが、先程渡した活動資金でそちらも自由にお楽しみください。なにやら出店もあります『留守番をしている友人』になにかお土産を買って帰るのも良いかもしれませんね」
「お心遣い、感謝致します、オールヘウス卿」
元クラスメイトのヒシダシュウが、訪れていたのだった。
運良く、それとも運悪くなのか、メルトとシュウはこの日、出会うことはなかった――




