第七十六話
「そっちも出たんだね、亜種」
「ああ、そちらも出たか」
「既に群れが出来上がっていたね。正直、今回の任務で大半を潰せてよかったよ。あそこまで強力な個体が群れを作るなんて通常は考えられないからね」
「そうだろうな。レミヤ、一応訊ねるが……魔物の死体に不審なところはなかったか?」
野営地に戻ると、シュリス隊が既に帰還を果たしていた。
どうやらこちらとは違い、クリムゾンベアがかなりの数固まって行動していたらしいが、恐らくは元々はこちらの三体と同じ群れだったのだろう。
メルト曰く『群れのリーダーが番を決めたら、群れから一時的に離れることがある』と。
三体いたのは、恐らく番+小間使いのような手下を一体引き連れていたからだろうとのこと。
「私もその可能性を疑いましたが、魔導具や紋章が刻まれている形跡はありませんでした」
「そうか。死体はしっかりと処分して来たか?」
「無論、全て焼却処理をしてきました」
「どうやら俺には知識が足りなかったらしくてな。一体、強力な魔物に変異してしまった」
「……しかし、本来『死体食い』はダンジョン外で起こる事象ではありません。それに聞いた限りですと『変異する素養を持つ個体』が生まれたから、のようですし」
「だとしても、だ。未然に脅威が生まれるのを防げたはずだ。俺はダンジョンには詳しくなくてな。今度調べておく」
「そうですか……では、いずれ関係資料を纏めてお渡しします」
レミヤとシュリスと共に、討伐の結果を報告し合う。
幸い、軽傷者は出たが、互いの隊に死者は一人も出なかったそうだ。
「レミヤ、俺に二度と部隊長なんて任せるな。無駄に疲れたぞ」
「しかし、皆の話を聞く限りですが、全員が『シレント隊長と一緒で良かった』と仰っていましたが。中には心酔している者も見受けられました」
「勘弁しろ、俺は基本一人、ないしは二人程度でしか動くつもりはない」
「残念ですね。クランを立ち上げるのなら全力でサポートしますが」
そりゃあね、誰も死なせたくないもんね! 頑張るよ! でもね、俺は元々今日は、メルトが心配でついて来ただけなんですよ。
結果、心配するようなことは起きそうにないメンツだったけれど。
……やはり一定のランクより上になると、人格者が増えてくるんだろうな。
「流石に汚れがひどい。ちょっと川で洗ってくる」
「了解しました。人が近づかないように手配しておきます」
「気が利くな。任せた」
渇いた血が、動く度にパキパキと肌の表面でひび割れて不快なのですよ。
それに臭い。一刻も早く川に飛び込みたい。
が、メルトが簡易的なお風呂を作ってくれるそうなので、お願いしにいく。
「メルト、頼めるか?」
「あ、いいよー。じゃあまず川の近くに行こうか」
野営地から少し離れた位置、あまり近い場所だと、野営に必要な水を汚してしまうからと、若干下流に位置する河原で、メルトが魔法を使い始める。
「そういえばその魔法、土のない場所でも使えるのか?」
「んっとねー、これって『自然魔法』って言うの。だからどこででも使えるし、出来ることもその場所によって違うかな? でもこういう水も、石も、砂も土も植物もあるところなら、とりあえずなんでも作れると思う! 長持ちしないけどね」
「……凄いな」
「でしょー? これ、お祖母ちゃんにも『メルトは凄いね』って褒めてもらったんだー」
そう笑いながら、メルトは魔法で川のすぐ傍に穴を掘り始めた。
まるで四角い透明な何かが落ちてきて地面を陥没させたように、川辺に長方形の穴が掘られる。
凄く、滑らかだ。岩と小石と砂と土。それらで綺麗に隙間なく穴の表面が均されている。
まるで焼く前のレンガのような、粘土の浴槽のような有様だ。
「で、火は自然には中々発生出来ないから、こうするのよ」
次にメルトは、道具袋から金属板のようなものを取り出し、それをナイフの背で勢いよく擦った。
飛び散る火花からして、あれは地球で言うところのファイヤースターターのようなものだろう。
その火花を操り立派な炎に成長させ、魔法で出来た浴槽に放り込み、それが一気に燃え上がる。
「焼き固めたら完成よ。すぐにお水を入れたらヒビが入っちゃうけど、使い捨てのお風呂だから大丈夫だと思うよ」
「……凄く便利な魔法だな。水さえあればどこででも風呂に入れるのか」
「でしょー? 大きなお風呂に入りたくて、昔から練習していたのよ」
そうして完成した焼き物と化した穴に、メルトが川の近くに小さな水路を掘り水を流し込む。
水が溜まったところで、今度は大量の石を炎で熱し、それを放り込むとあっというまに水が沸騰し、新たに水を入れて温度を調整、見事にお湯で満たされた浴槽を作って見せた。
「出来た! 即席お風呂よ! じゃあシレントが最初に入ってね。汚れ、酷いもの」
「そうさせてもらう」
ご丁寧に目隠しの仕切りも作ってくれたので、人目を気にせずに入浴ができる。
服を全て脱ぎ湯船に入ると、少し熱めの湯が、身体にこびりついた血と脂を溶かし、洗い流してくれるのを肌で感じる。
肌寒い川からの風を顔に感じながら、身体は熱い湯にどんどん侵食されるように温められる。
そのギャップが心地良く、つい眠気が襲ってくる。
『えー? じゃあお言葉に甘えようかなー?』
『はい、メルトさんはとても活躍したと聞いていますから』
『じゃあ先に頂くね? ありがとうレミヤさん』
ん? 話し声、メルトとレミヤだろうか?
そういえばレミヤは結局、シュリスさんの隊に同行したのだろうか?
「シレント様、お背中お流し致しましょうか?」
「いや、必要ない」
っとお!? なんか言い出したぞあのエルフ!
突然仕切りの壁を無視して入ってきおったが!?
「大量の魔物の血を浴びたそうですので、くれぐれも洗い残しのないよう。変異体の血ですからね、どんな作用があるか分かりません」
「分かった」
どうやら強引に背中を流すような非常識な人間ではなかったようだ。
けどそうか……一応湯船に潜って頭も洗うか。
「お湯が濁ったな……」
メルトが残した水路を再び開通させ、別な水路を作り水を排出しつつも新たに水を引き入れる。
そして魔法が使えない俺は、傭兵のスキルである罠を使い――
「おお、よく沸騰してる」
メルトの真似をして、水を再び沸騰させたのだった。
水を引き入れて温度を調整すれば――
「よしよし……」
もう、シレントが戦闘で使う罠を補充する手段がない。
これだけはゲーム時代の回復施設で自動補給されるものだからだ。
だから本来無駄使いは出来ないのだが――
「ま、爆弾のようなものならこの世界にもあるだろうし、な」
俺にもまだまだやることは沢山あるんだよな。
ついつい老婆心で今回の討伐任務に参加してしまったが、レミヤもシュリスさんも参加しているのなら、俺が心配していたような事態も起きなかっただろうし。
「心配性だけはどうにもならんのか……」
「ふむ? 誰が心配性なんだい?」
「!?」
その時、背後の超至近距離から女性の声が聞こえ、驚き振り返ると――
「何故いる、十三騎士殿。恥じらいがないのか」
シュリスさんが、バスタオルを巻いてるとはいえ、全裸で仁王立ちしていた。
「タオルを巻いている。そして湯船に浸かればそんな考えは無粋。湯の中では人は皆平等なのだよ。広さは十分、さぁ少し場所をあけてくれたまえシレント」
非常識な人間がいた。マジかこの人、常識人枠じゃなかったのかよ……!
「いやはや、こんな野外で突発的にお風呂を作れるなんて、素晴らしい技術だと思わないかい、シレント」
「まぁそうだな。だがシュリス、お前は大人しく風呂が空くのを待つべきだった」
「しかし私はそれを我慢出来なかった。ただ、それだけの話なんだよシレント。それだけなんだ」
ダメだこの人お風呂が関わると理性がどこかに行ってしまうらしい。
……極力見ないようにしてやり過ごすしかない。
「ふぅ……露天風呂……と言うのだったね、こういうのは」
「そうだな」
吐息が艶めかしい。そして話しかけてくる。やめてください結構ギリギリなんです。
この無口でぶっきらぼうなキャラ演じるのにも限界があるんです……!
「いいな……川のせせらぎを聞きながら湯に入るというのも……こういった宿が西海の果てにはあると聞くよ」
「……温泉宿のことか」
「温泉、天然のお湯だね。実はかつての神公国にも存在していたという。活動を止めた火山があちこちに点在していてね、その影響だろう。が、国がダンジョンコアの力で豊かになる際、その温泉の湧く土地も、ただの水源に変わってしまった。君が解決したという、あの山の頂上の湖、あの周辺のことさ」
「……そうか」
めっちゃ話しかけてくる……!
「君は傭兵、様々な土地を見て回って来たのだろう? どこかで温泉や、温泉を掘る技師の情報などは見聞きしなかったかい?」
「生憎、戦場意外とは無縁の生活だった」
「……そうか」
なんか少し可哀そうになって来たな……。
「温泉に拘らなくても、水源があればその場所にボイラーを完備した施設を建築すれば済む話だろう。あれほど潤沢な水源、もっと活用の術はあるだろうに」
「確かに! だいぶ離れたこの川ですら、こうして簡単にお風呂に出来てしまうのなら……あの湖の近くならもっと潤沢に使えるはず……国に進言してみるのもありかもしれない……元々、大切な水源に警備の人間も置かずにいたことが、今回の事件の原因とも言えるんだ。ならそれを兼ねた新たな観光事業を……」
「そういうのは一人、もしくは国のお偉いさんと語ってくれ。俺はそろそろ上がるぞ」
「うん? 君の服ならレミヤが洗濯していたよ。しばらくここにいた方が良いんじゃないかな?」
「なんだと……」
ええい! 代わりの装備を取り出してやる。
カモフラージュの背負い袋から取り出す風にして……。
「着替えなら持っている。レミヤめ、一言断ればよかっただろう」
「おっと、準備が良いね。さては君も風呂好きと見た」
「生憎、旅に慣れているだけの男だよ。シュリス、この風呂は一時的に温めた湯に過ぎない。冷める前にお前さんも上がると良い。先に上がるぞ」
「ん、了解。やっぱり君は思っていたよりも悪い人間ではないようだ」
まぁ、裸の付き合いで打ち解けた……ってことで良いのだろうか。
その後、焚き火で俺の服と装備を乾かしているレミヤを発見し、それらを受け取る。
注意しようと思ったのだが、丁寧に洗って乾かしている姿に、何も言えなくなってしまった。
……なんだか凄く綺麗になっていました。
「レミヤ、感謝する」
「いえ、どういたしまして」
「俺が着替えを持っていて助かったな」
「もっと長く入っているかと思っていました。せっかく、極上の美女と一緒だったと言うのに」
「止めなかったのか……時と場所を弁えず欲情するような人間ではないぞ」
知ってて見逃したのか……!
いや極上の美女だとは思いますよ! ただ、なんというか……あの人は違うじゃん! こう、お風呂への欲求で我を、いや羞恥心を忘れているだけじゃないか。
それを男のいるところに突入させるのは……ダメです。
「失礼しました。無理な依頼、部隊を任せたことへの追加報酬のつもりでした」
「気にするな。まぁ……それなりに眼福ではあったさ。もう、こういうことをするな。シュリスが後で恥ずかしがるかもしれない」
「そうですね、恐らくそうなるでしょう」
渇いた洗濯物を受け取り、一息つく。
さて……これでもう大丈夫だな、メルトも無事に戻ってくるはずだ。
「レミヤ、今回持ち帰ったオウルドラゴンの死体の買い取りについてだが」
「はい、大変希少な素材となるでしょう。ダンジョンですら発生が稀な種、それが自然界でとなると、数十年に一度あるかないかという話です。まだ詳しく査定、どう活用するか見極められないかと思いますが」
「そうか。査定にはいくら時間が掛かっても良い。正当な値段が付いたら俺の隊にいた人間全てに均等に分けてくれ」
「均等、で良いのですか?」
「そうだ。隊は全員で一人だ。任せたぞ」
これで一先ずは良い。
少なくとも、これは合同の討伐任務。最低でも参加した人間に報酬が支払われるはず。
そこに少しくらいボーナスが上乗せされたって大して変わらないだろう。
「そういえば……以前シレント様に解決してもらった魔物の調査、殲滅の件に加えて、地下牢の警備、賊の捕縛の報酬がまだ未払いです。こちらはいかが致しましょう?」
「そっちは今度俺がリンドブルムに向かった際に支払ってもらう。俺は今回、野暮用ついでにこの任務に参加しただけだ。この後はまた『本隊』に合流する。少々立て込んでいる」
「なるほど……分かりました。ですが、もしかすれば近々、リンドブルムに来て欲しいと伝言を出すかもしれません。留意して頂けると」
「分かった。では、俺はこれで失礼する」
「今すぐですか……分かりました」
申し訳ない! 明日、メルトの錬金術の実験結果を見たり、料理人ギルドに顔を出して、仕込み中のコーラシロップを提出したりしないといけないんです。
俺は野営地にいるであろうメルトに、先に帰る旨を伝えようと探しに行く。
すると、どうやら焚き火を囲んで、俺の隊にいた人間と一緒に食事中のようだった。
「メルト、少し良いか?」
「あ、シレント」
「隊長! お疲れ様です!」
「先に頂いてます! さぁ、隊長もどうぞ!」
「いや、少々先を急いでいる。俺は一足先に離脱させてもらう」
「ええ!? 夜はこれからだってのに!」
「そうですよ、隊長の話とかもっと聞きたいです、私」
「悪いな、それはまたの機会だ。メルト、ちょっと来てくれ」
なんだか心が痛い! というか後ろ髪引かれる……!
メルトと少し離れた場所で、俺が先に家に帰ることを伝える。
「分かった。私は明日の朝一の乗合馬車で帰るから、そのまま錬金術ギルドに向かうね」
「了解。そこで落ち合う」
「セイラで?」
「もちろん」
「……なんだか本当に差が凄いねー」
「俺もそう思う」
たぶん、対極にいると思います。あ、違うな、ロリっ子もいたな。
「じゃあ、明日また」
「うん、またね」
そうして、名残惜しく、どことなく充実したシレントの思いのようなものを感じながら、一人森の奥深くの隠し扉へと向かうのだった。
(´・ω∮`)我が名はらんらん、歴戦の傭兵よー




