第七十四話
今回の任務、少々気掛かりなことがある。
件の『山脈の麓』が、ゴルダとの国境に近いと言う点だ。
確かに考えてみれば、国境があの『焦土の渓谷』だけのはずがない。
あの渓谷からそのまま続くように、険しい山脈が両国を分断するように続いており、中には人が通り抜けやすい山道、関所のような場所もあると言う。
もしかすれば、ゴルダに潜入した元クラスメイト達も、その場所を使っていたのかもしれない。
「……全員、俺の班を中心に左右に広がって進行。殿を務めるのは魔術師を含むパーティだ」
「「「了解!!」」」
こちらの命令に従う面々の声が森中から聞こえる。
威嚇、そしてこちらの存在を誇示する為にも必要なことだ。
「恐らく、今回の騒動はリンドブルム付近の山で多発していた『謎の魔物の目撃談』に端を発している。考えられるのは生態系の乱れによる魔物の大移動。そして同じく逃げ出した動物達が関わっていると俺は見ている」
「なるほど、隊長は今回の任務はただの掃討、魔物の氾濫の予防ではないと考えているのですね」
相槌を打つのは、弓兵としてこちらの班にいる女性。
名前は――ネムリだ。
なんだか眠たそうな名前だが、彼女はシャキっと目を見開き、ハキハキと受け答えをする女性だ。
「恐らく元々この森に棲む魔物と、移動してきた魔物とで縄張り争い、それに餌の奪い合いが起きたんだろう。そして互いに殺し合えば――」
「魔物が互いの力を奪い合い、成長する、ですよね。ダンジョンでも発生します、魔物の変異強化というのは」
こちらの言葉を拾うのは、木の枝を渡り歩き、周囲を警戒している男。
この中ではメルトに次ぐ若さだろう、まだ十代に見える。
名前はバスカーと言うそうだ。
かなり身軽だ。メルト並の軽業師だ。
「恐らくそうだろうな。聞いた話によると、大きく食いでのある動物がこの辺りに逃げ込んでいるらしい。よく食べ身体も成長していることだろう」
「え!? 大きな動物もいるの!? 狩ったらダメかしら!?」
「……帰り道ならいいぞ」
「わーい」
最後にメルトは、最後尾で周囲の警戒、そして他のパーティの様子を観察してくれている。
我ながら良い布陣だとは思うが、問題は他のパーティだ。
一部、後衛の援護を受けられないパーティが出来てしまった。
以前、シーレとして聞いた話だが、後衛職は今人数が足りないらしい。
その分、最後尾には魔術師を配置、もしもの時は森を焼いてでも魔物をけん制出来るようにしているのだが。
森林での魔術師は、後衛としてではなく『広域破壊兵器』としてカウントしている。
「そろそろ山の麓だ。何かおかしな動きがあったら大声で知らせてくれ」
「了解です! 私も一度木の上に移動します」
「あ、じゃあ私も!」
俺以外が木に登る。実は、これにも理由がある。
俺の攻撃に巻き込まない為、だ。
「全員! 聞こえているか! そろそろ魔物の出現地点だ! 発見し次第、声を上げろ! それで逃げ出す程度の魔物じゃない、むしろ襲ってくると思って覚悟を決めろ! 俺達は新人じゃない、ベテランだってところを見せてやれ!」
「「「おお!」」」
餌の奪い合い、そして殺し合いによる成長。
既に魔物は『人間を餌と認識』していても不思議ではない。
「魔物の発見が隣のパーティだった場合のみ加勢に入ることを許可する! それ以上離れたパーティへの加勢を禁ずる! 持ち場を離れ過ぎるなよ!」
「「「了解!」」」
皆、しっかりと指示を聞いてくれている。
始めこそこちらを試すような、訝しむような反応をされたが、流石に翠玉まで戦い抜いてきた冒険者だ。ギルドの判断、そして自分の肌で感じる『強さ』というのに敏感らしい。
「……ネムリ、確認したか?」
「……はい、隊長」
その時、森の木々の隙間を縫うように、何かが動く様子を確認出来た。
「ネムリ、数は?」
「……ここからは正確な数が確認出来ません」
「たぶん二体じゃないかしら? 婚姻色の出てるオウルベア、それもオスね! 婚姻色の出たオスは番のメスが卵を生むまで周囲を警戒、その場を動かずに外敵を排除するもん」
「なるほど……メルトさんは詳しいですね!」
「確かに……良い洞察力ですね。ただ……ちょっとあれおかしくないですか? 婚姻色にしては……範囲が広いです、色の変化の」
すると、バスカーがメルトの考察に異を唱えた。
ふむ……俺にも見えたが、緑褐色の体毛の大きな……大きすぎるクマのように見える。
だが、腕と思われる部位がどう見ても翼、そしてその翼が緑褐色ではなく、鮮烈な『深紅』だ。
「確かにそうかも……先端の羽だけじゃなくて全部赤いなんて……」
「あの、あまり考えたくはないんですが……ダンジョンで生まれる強力な個体……『ボス個体の変異種』かもしれません」
「バスカー、詳しく話せ」
「はい、ダンジョンはさっき言った通り、殺し合いによる成長が起きます。閉鎖空間で定期的に魔物が自然発生する関係で、自然に淘汰されて強い個体が生まれていくんです。そういう個体は……より魔力の集中する部屋に移動、そこで成長して探索者を待ち受けるようになり、さらに深く潜り、ダンジョンの深部を目指す人間の前に立ちはだかるんです」
なるほど……つまりフロアボスのような存在がいるのか。
ではあの個体は、同じように大量の魔物が殺し合った結果……生まれたのか。
「あーそっかー! 強いの全部狩ってたからなー私……」
ん? 今なんかメルトから意味深な言葉が聞こえたぞ。
ダンジョンで生活していたメルトさん、もしかして貴女がフロアボスだったのでしょうか……?
「自然環境で発生したのなら危険です。ダンジョン産の魔物は『自然繁殖をしない』でも、もし本当にメルトさんの言うように『番で行動していたら』」
「強力な変異体が種として確立されてしまう、か」
こりゃ速攻で殺す必要があるな。
「今から大声で全てのパーティに聞こえるように指示を出す。俺は囮だ。出来れば全員、左右のパーティを気に掛けてやれ。俺は一人で問題ない」
「……了解」
「分かった!」
「フロアボス並の個体ですよ……?」
「俺ならきっとダンジョンの主だって殺せるだろうよ」
そんな軽口を叩きながら、大声を出す為に息を吸う。
「全員に告ぐ!!! 対象はオウルベアの変種! 体長は俺の倍はある!! かなり強力な個体であると情報が入った! 臨機応変にパーティを四人から八人、隣と合流して挑め! 恐らく複数の個体がいる!」
番なら、最低二体。番が他にいるのなら、さらにその数は増える。
他の魔物を殺し尽くし、結果二体しか残らなかった、とは思えない。
あまりにも目撃例、被害状況が広範囲に渡っている。
今回、隊を二つに分けてまで行動しているんだ。間違いなくこれは――
『ヴォオオオオオオオオオオオオオヴォヴォヴォオオアア!!!!』
その時、こちらの指示をかき消すような絶叫、雄たけびが前方から響き渡る。
生き物を委縮させるような、荒々しい怒声。
「気づいたか」
猛烈な勢い。腕を振り回すと、まるでムササビのように胴体と腕の間に翼のような膜が広がる。
それで滑空する訳ではないが、猛烈に両腕をぶん回し、木々をなぎ払いながら迫って来た。
「……少しだけ見覚えがあるな」
近くに走り寄るその魔物は、一度だけ見た覚えがあった。
シレントとして、夢丘の大森林を抜ける時のことだ。
あの時、クラスメイト達がこの魔物と同じタイプを相手にしていた。
恐らく、あれが本来の『オウルベア』だったのだろう。
「力比べだな!? 来い!」
背中で、振る舞いで、戦い方で周囲を鼓舞するのだ。
即席とは言え、今の俺は隊長だ。
振り回す両腕をがっちり組み合わせ、変種オウルベアが両手で鉄槌を振り下ろす。
こちらもそれに応じようと、腰を落としその猛烈な攻撃目掛け――
「っしゃああ……オラァ!!!!!!」
右拳を突きあげるように、アッパーカットを放つ。
猛烈な勢いの鉄槌を、アームハンマーとも呼べそうな振り下ろしを、迎え撃つ。
拳に奔る衝撃が肘を曲げ、肩に響き、背骨まで痺れ、足元が地面に陥没するのを感じる。
魔物の振り下ろした拳と共に発生した風圧に、顔が揺さぶられる。
俺のアッパーと、この魔物の両腕による振り下ろしが、僅かに拮抗する。
「流石だなでっけぇの!」
押し返す。筋肉が脈動する。
肘が己で込めた力に悲鳴を上げる。
それでも、この拳を、天高く突き上げ、この魔物の攻撃を身体ごと弾き飛ばす。
「今だ! 矢を射れ!」
「はい!」
すぐさま木の上から放たれた矢が、体勢を崩した魔物の顔面に向かう。
目を射れたらベストだが、どうやら顔すら覆う長い体毛に邪魔されてしまったようだ。
が、完全に動転している魔物への追撃は、さらに魔物の隙を生む。
駆け出し、驚き態勢を崩した魔物に、今度は背負っていた大剣をぶち込む。
「これで終われ」
踏ん張る右足。太ももに全ての力みが集約し、身体を支える。
左足で地面を蹴るように力を込め、腰の負担をぶち破るように、大きく横薙ぎに大剣を振るう。
ドシンと、魔物にぶち当たる瞬間の抵抗を感じるも、そのまま肉を、骨を砕くように振り抜く。
「ヴォア――」
「黙れ」
断末魔を上げる前に、拳を顔面に叩き込み、嘴とも口とも呼べそうな部分を砕きつぶす。
……断末魔の咆哮は、同種への合図かもしれないからな。
「警戒しろ、番なら近くにいる。周囲の様子はどうだ?」
「は……はい! 二つ隣、左の方で交戦音確認しました!」
「分かった。メルト、ネムリと一緒に左隣に合流。さらに左に合流するなら手薄になる、手伝ってやれ。ネムリは俺の時と同じように、相手の気を反らすことを優先しろ」
「了解!」
「行ってくる!」
「ダスカーは俺と一緒にこの周辺を索敵、番を探す。もし既に他のパーティと交戦していた場合は状況に応じて加勢する」
「分かりました!」
今倒した魔物。大きさこそ以前、東の山のカルデラ湖で倒した改造された魔物に劣るが、明らかに強さはこちらが上だった。
肉質、そして筋力、どちらもシレントの肉体に負荷をかけるレベルだ。
もちろん倒すだけなら簡単ではあったが、間違いなく強力な個体だ。
「凄い……凄いですよ隊長。ダンジョンでもあそこまで成長した『クリムゾンベア』なんて見かけません。それをあんなにアッサリ……」
「そうでもない。右腕を少し痛めた。かなりの怪力だったぞ」
「痛めたで済むのが異常なんですけどね。なんで最初から剣で対応しなかったんです?」
「俺は旗印みたいなもんだからな。勇ましく、命知らずで、敵を確実になぎ倒し、無理だと思うようなことを成し遂げてこそ、皆の士気も上がる。あの時、他のパーティの連中も見ていただろ。そして今回の任務の重要性、危険性にちょっとばかし緊張していた。熱狂させる必要があったんだよ」
戦場の高揚。血に狂う必要が時には必要なのだと、シレントの記憶と経験が語りかけて来た。
さすが……傭兵だな。戦場を渡り歩いてきた戦士の在り方が、俺を少しだけ勇敢にしてくれた。
「番、雌の姿は発見出来そうか?」
「いえ、まだです。ですがオウルベアの原種は本来、樹木をへし折り、それで巣をつくります。森の中で木が折られている場所さえ見つけたら、痕跡を辿るのは容易なのですが」
「なるほど。凄いな、お前よくパーティで重宝されるだろ。探索者ギルドの所属だったか?」
「あ、はい。そう言ってくれたのは今のクランメンバーと隊長だけですよ」
「なんだ、見る目がないな。俺も仮にクランを結成するなら、お前のような人間を各パーティに一人配属させるだろうよ。まぁ無論、それに加えてそいつ個人の腕っぷしも重視するがな」
「はは……っと。隊長、森の一部が荒らされています」
バスカーと軽く話していると、森の木々がへし折られ、不自然に拓けている場所が見えて来た。
この辺りでの交戦によるものではないのなら……。
「巣があります。雌の姿はありません」
「そうか。今、どこかのパーティで交戦中って話だったな。それが雌か?」
「可能性はあります。ただ……」
すると、バスカーは巣に近づき中を探りだした。
「……想像より悪いことが起きてるかもしれません。巣の中にこれが」
すると、バスカーは巣の中から、大きな割れた卵の殻と、人間のものと思われる装備を取り出して見せた。
それが意味するのは――
「……既に雛が孵り、餌として人間の冒険者ないし傭兵を食わされていた、か?」
「はい。殻の乾燥具合からして孵ってから日も経っているかと」
「……もし、雌も雄もフロアボス級の変種同士なら、子供はどうなる?」
生粋の戦闘民族、戦闘に特化した魔物になってしまうのではないか?
「餌で人間の戦士を食べてるのが厄介です。元々、成長の器の大きな亜種の雛です。それが経験豊富な人間を餌にしていたとしたら……力だけでなく知能も高くなっている可能性があります」
「親より厄介なことになりそうだな」
既にこの場所にいる。
先程俺が相手をした魔物よりも強力な個体が。
その事実が、のしかかる。俺は負けないだろうが、誰かが、負ける。
そんな相手が今、この深い森の中を彷徨っているのだから。
「バスカー、お前は周囲を自由に探れ。何か見つけたら大声を出せ。それか、合図になりそうな道具でもあればそれで知らせてくれ」
「あ、それでしたら一つですが粉塵弾があります。破裂音と共に細かい粉をまき散らして、のろしみたいに使えるヤツです」
「いいな、じゃあそれを空中に投げてくれ」
「分かりました。隊長はどうします?」
「俺はこのまま、付近で交戦中のパーティがいないか捜索し、援護に向かう。恐らく左翼、メルトとネムリが向かった方向でも戦闘が起きているはずだ。向こうを探ってくれ。変種、それも強力そうな個体だったら合図を頼む」
「分かりました、ご武運を!」
バスカーを見送り、こちらは右翼に展開していた他のパーティ、戦闘音が聞こえる方に全速力で向かうのだった。
(´・ω・`)粉塵粉塵粉塵! 粉塵すれば許す! 粉塵すれば許す!




