第七話
(´・ω・`)あなたの名前は何ですか
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「ダンジョンって言ってもよくある迷宮とか地下への洞窟って感じじゃないんだな……ただの入り組んだ深い谷底って感じなのか」
ダンジョンに一人降りると、思いのほか『普通の地形』に見えたことから拍子抜けしてしまった。が、よく見ると随所に魔物の死体が放置されており、明らかに何者かが戦った跡が見て取れた。
「……そういや、あの国の連中も元クラスメイトもここまでの道中で見てないな。まさかここにいるのか?」
そう思っていた矢先、開けた場所の一角にテントが幾つも密集し、多くの兵士が警備をしている簡易的な作戦本部のような、ベースキャンプのようなものが見えてきた。
間違いなく、あれはあの国の連中だな、鎧で分かる。
あそこにはなるべく近づかないようにしておくか……。
「あの子はどこにいったのかな? まだ遠くには行っていないと思うんだけど」
今もローブを被っているのだろうかと、あたりを探して歩くも、一向に見つからない。
というか、国境を抜けて反対からダンジョンを出るには……あのベースキャンプを抜ける必要があるのかよ。厄介な場所に設営しやがって。
仕方なしにそこへ向かうと、すぐさま兵士達がこちらの行く手を遮った。
「何者だ! ここは現在、ゴルダ王国軍の作戦行動中だ。探索なら日を改めろ」
「僕はここを通りたいだけです。実はギルドの任務で検問所を通る予定だったのですが、同行者に獣人がおりまして、それで波風を立てぬよう、ダンジョン内を通るつもりだったのですがはぐれてしまい、探している最中なのです。もしかしてもうここを通ってしまったのでしょうか?」
「……ふむ。念のためギルドの登録証を見せて貰おうか」
大丈夫、しっかりこれは本物です。すると、兵士は仲間の兵士と話し込み始めた。
「筋は通っているし……先程のあの娘の……」
「だが、獣人は良い戦力に……」
ふむ。聞き捨てならん。
「ここに来たんですね? 今はどちらに? 急ぎ彼女と合流して『ピジョン商会』の皆さんと合流しないといけないのですが」
俺は商会の名前を出す。じつは……あの商会ってゴルダの城下町の経済の中心とも言える場所で、国としても慎重に対応すべき相手だってことは俺も調べてあるのだ。
そこが依頼でこんな国境に来ているとなると、俺のこともあの獣人の子のことも無碍には出来ないのではないだろうか?
なんか、俺の交渉能力というか話術が上がってる気がする。これがキャラ補正なのか。
「ぬ! それは……少し待て、相談してくる」
「了解しました」
少しすると、テントの中に入るようにと言われ中に通された。
するとそこには、王ではないが……たしか俺達の教育係を務めていた兵士が難しい顔をしてこちらを待ち構えていた。
「お前が……ピジョン商会が雇った護衛か?」
「ええ。それで連れはどこでしょう? 急がないと商会の皆さんが困ってしまうのですが」
「……悪いが、あの獣人の娘はここにはいない。ダンジョンの深部へ向かって貰った」
「何故です。通り抜けるだけならここを突っ切って反対に向かうだけ。なぜ深部なんかに」
そもそも、まるで関所のようにベースキャンプを設置しているのは何故だ?
まさか……俺みたいに一般のギルドの人間、探索者を掴まえる為なのか?
「現在、我が国の要人がダンジョン深部に向かったまま戻らず、ここで協力者を募っている。あの獣人の娘には、身元を保証してやる代わりにその者達を探してきて欲しいと頼んだ。あの娘は二つ返事で了承したが、あの者も商会の護衛なのか?」
う。これはまずい、さすがにそうだとは言えない。なんだよあの子受けちゃったのかその話。
「……猶予は一日貰いました。俺は連れを探しに深部へ向かいます。ついでにそちらの要人とやらも見かけたら誘導してきますよ」
「おお、それはありがたい。いやいや、実は頼もうかと思っていたのだ。少々訳ありで事情は話せないのだがな」
我ながら、満足に会話もしていない相手に随分入れ込んでるな、と感じるも、ついついお節介を焼いてしまう。
……嘘だな。あの子、俺がシレントからセイムに変身した瞬間を見ている。万が一にもそっちの連中に取り込まれるのは避けたいんだよ。
ていうかそもそもこの国信用出来ないし。君ら獣人迫害してた国でしょ。最悪便利な護衛とかそういう扱いで使い潰されるかもしれないしあの子。
「じゃあ、ここを通り抜けさせてもらいますね。……ダンジョンは中立地帯だと思っていたのですが、こういう制限がされるとは思っていませんでした」
「……そうだな、これは非常事態だから仕方のないことだ」
知らんぞ、そのうちギルドや探索者からも総スカン喰らって、ダンジョン攻略が出来る人間がみんな国から出て行っても。商会の人達もこの国を見限っている風に見えるし、この国もそう長くないのかもしれないな……。
ダンジョンの深部に向かうと、ただの谷底から一転、暗く日の光も満足に届かないような、入り組んだ足場や横穴、絶壁沿いの高所に出来ている道と、いよいよダンジョンらしさを見せてきた。そうか、ちゃんと奥はダンジョン『らしい』感じしてるんだ。
俺はメニュー画面から、使えるかどうかは分からないが、周辺の地形をある程度明かしてマップを表示させる魔法を唱えてみる。
「ゲームだったらこれでマップの一部が表示されるように……お、いけた」
残念ながら人の反応や敵の反応は分からないが、一応奥に続いていそうな道に目星はつく。
そうして道を選び進んでいくと――
「うわ、いたよアイツら……それにあの子も一緒か」
道の先、女の子に先導されながら、道をどんどん奥へと向かう一行の姿が見えた。
おいおい、連れ戻す為じゃなかったのか? それとも言い包められて奥へ向かうことになったのか。……うーん、イマイチあの子、世間知らずというか妙に子供っぽいと感じるんだよな。心配だし……背に腹は代えられない。業腹だが連中に声をかけるか。
「おーい! そこの集団! 王国の人に頼まれて迎えに来たんだが止まってくれないかー!」
「な、また来たのか……困ったな、どうする?」
「構わないよ。ここで戻るよりダンジョンマスターを討伐した方が早いからね。もしかしたらシレントだってこの先にいるかもしれない」
「だが、予定の時間を過ぎて行動してしまった以上、戻るべきなんじゃないか?」
「……まぁ、私は戦う力が低いから、貴方達の決定に従うしかないのだけど」
「あたしは別にどっちでもいいかなー。最悪、一人で走って逃げるけど?」
「私はイサカ君に賛成かな? だってここで功績を残せば、国の覚えも良くなるし、動きやすくなるんじゃないかな?」
な……なんだ、こいつら迷ったんじゃなくて功を焦って奥へ向かったのかよ……。
別にあの国の連中のことなんて知らないが、さすがにこれはちょっと……。
ところで、ローブ姿の子がこちらを向いたまま固まっているのだが。
すぐさま彼女の元へ行き、適当な作り話をする。
「ああ、追い付いた。ダメじゃないか、一緒にダンジョンを抜けてレンディアに渡る予定だっただろ? あっちの国に着いたらまた美味しいご飯沢山作ってやるからなー」
「え、え?」
「レンディアは獣人も自由に暮らせる国だからね。そんなローブも必要なくなるんだ。身元の保証なんて必要ないから、この子達を送り返したら向こうの国に渡ろうか」
「え!? そんな国あるの!? 行きたい、そこに行けば新しいお家に住めるようになるの!?」
「そうさ。君はその為にキャラバンに同行していたんじゃなかったのかい?」
「ううん……聞きたいことがあって貴方のこと追いかけてたの。でも、無理そうだったからこっちに来たら、丁度よく身元の保証をしてもらえるって聞いて……」
なぬ? 俺に用事があったとな。もし今ここで俺が姿を変えたことを聞かれたら……不味いな、注目されてるし。
「よし、じゃあここを出たらなんでも聞いてくれ。さぁ、そこの君達。僕達二人は本来このダンジョンを通り抜けるのが目的だけど、君達はさらに奥へ向かうつもりなのかい? そうなると僕はここで引き返すことになるのだけどね、この子と一緒に」
「な……待ってくれ! その子は貴重な戦力なんだ、今抜けられると困るんだ!」
「後から来た人間に頼らないと満足に探索も出来ない状況で、まだそんなことを言うのかい? 身の程を弁えた方が良い。現に今、こうして俺を含め多くの探索者がダンジョンの中で王国軍にこんな役目を押し付けられ不自由しているんだ。これ以上周りに迷惑をかけるつもりかい?」
やや棘のある言い方でカズヌマに言葉をかけると、押し黙ってしまった。
まぁさすがに周囲に迷惑をかけている自覚はあったのか。
「僕達はいわばこの国の救世主みたいな存在なんですよ。ダンジョンマスターを倒し、国に富を与える重大な役目です。多少の迷惑は必要な経費だと思うのですけどね。そこの彼女だって、身元を国に保障してもらえるなら、何も知らない他国に身一つで向かうよりもよっぽど良い暮らしが出来ると思いますよ。なにせ僕達の協力者なんですから」
「まぁ……迷惑をかけてるのは事実なんだろうが、急いでここのダンジョンを踏破しちまったらそれでいいんじゃないか?」
……イサカ君、君そんなキャラだったの。めっちゃイキるじゃん。なんかシチュエーションに酔っていらっしゃる?
「……じゃあ、俺は先に戻るけれど君、君は彼等と一緒に行ってしまうのかな?」
「うーん……私やっぱり戻りたいけど……一度受けたお願いだからなー……」
そういや俺も一応頼まれたんだったな。……もう全部投げ捨ててどっかにいきたいけど、それは人としてどうかと思うな。んじゃさっさと終わらせて……。
「一度受けた依頼はなるべくいい形で完遂したい……か。君達はダンジョンの奥へ向かいダンジョンマスターと戦う。その口ぶりじゃあ目途はもう立っているみたいだね。仕方ないからこの子が満足するまで俺も同行するよ」
「ご理解いただき感謝します。貴方にも戦って貰いますからね、当然」
「連れ帰るってお願いしかされていないんだけどね。まぁ死体を持ち帰る訳にはいかないから、助けはするよ」
なんだか腹が立ったのでやや挑発するようにそう返すと、イサカはこちらを見下すような調子で――
「一介の冒険者ごときが言いますね。そっちは精々自分の身は自分で守ってくださいよ」
そう言い放ち、さっさと先へ進んでいくのだった。
そうして俺はこの元クラスメイトと、立場や外見は変化させたが、再び一緒に行動をするのだった。
「……ねぇねぇ、どうして追いかけてきたの?」
「一緒に旅をしただろう。ずっとついて来ていたじゃないか。ご飯だって毎回しっかり食べてくれたし」
「え、気が付いていたの!?」
「勿論。それで……君が俺に聞きたいことなんだけど、出来れば質問はここを抜けて連中から離れてからにしてもらえるかい?」
「うん、分かった」
「そしてもう一つ。名前、教えてくれるかい?」
「私の名前……教えてなかった『メルト』だよ。たぶんこの国の原種獣人の最後の一人だと思う」
「原種って?」
「昔から住んでる一族なの。でもずっと隠れ住んでたから、おばあちゃんが死んで私一人暮らしなんだ。ワケあって降りてきたんだけど、街に入っちゃダメだーって言われて、それで街の周りの森の中でうろうろしながらどうしようか考えてたら……」
そこで、俺が投げた鈴を拾った、と。
最後の一人……そりゃ随分と穏やかじゃないな。だが、不思議と悲しそうではない。もしかして随分と長い間、一人で暮していたのだろうか。
「人間は恐いってずっと教わってきたんだ。でも、貴方優しいね。分かっていて私にご飯くれたんだよね?」
「ん、まぁね。色々話したいこともあるけど、それはここを出てからかな」
「うん、分かったよ。じゃあ……貴方の名前も教えて?」
「あ、俺も忘れてた。俺はセイムっていうんだよ。……そうだね、俺も一人だ。家族も帰る場所もない」
そうだ、一人だ。今目の前を歩いている連中は、同じ世界から来たというだけで……俺の友人でも仲間でもないのだ。だから……本当はこの場所でこいつらがどうなろうが知ったことじゃない。
少しだけモヤモヤした感情を抱きながら、ダンジョンを奥深くへと進む。
道中、案の定魔物も現れるのだが、イサカを始めとしたクラスメイトが、多少手こずりはするものの、問題なく撃破していった。
で、戦力としてアテにされているメルトだが、彼女の方がさらに強かった。
速度も、武器として使っているナイフの扱いも、明らかに素人ではないと分かる。
瞬く間に現れた魔物を三体を、戦闘不能に追い込んでしまっていたのだ。
確かにこれを見せられたら戦力として手放したくはなくなるだろうなぁ……。
そうして順調にダンジョンを攻略し、やがて最深部と思われる場所辿り着いた。
道中、かなり複雑な迷路のようになっていたのだが、やはりヒシダさんの持つ『迷わずの力』とやらが、正しい道を教えてくれていたのだろう。
「へぇ、必ずあの森の中みたいに最深部が建物という訳ではないんだね」
「なんか聞いた話によると、ダンジョンの中にダンジョンをさらに作るのは異例中の異例らしいぜ? これが普通なんだろ」
そこは、崖の一角をくりぬいて作ったかのような大きな祭壇だった。
豪華な装飾のされた柱が鎮座し、その装飾として、見覚えのある赤い鉱石がはめ込まれていた。
あれは……ダンジョンコア、だよな。
「ダンジョンマスターっていうのいるんじゃないのー? まぁ貰えるなら貰っておいたほういいかもだけどー」
「待って、迂闊に触らないで。もう少し周囲を探って――」
ユウコが気だるげに話しながら柱に近づいた時、シュウの鋭い呼び声に動きがピタリと溜まる。
それと同時に、今ユウコが手を伸ばしかけた柱から無数の茨が伸び、そのまま周囲を切り裂くように激しく回転し始めた。
『あーあ、惜しい。やっぱり自分で殺した方手っ取り早いのかなー。もう少しで自慢のトラップでミンチになったのに』
どこからともなくその声が響いたと思ったら、いつの間にか祭壇の奥に、一人の少年が佇んでいた。
あの雰囲気に容姿……間違いない。
「……ダンジョンマスターだ」
(´・ω・`)はい! らんらんです!