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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第五章 日常と非日常と

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第六十八話

 恐らく料理人ギルドのメンバーであろう三人組に連れられ、リンドブルムの中でまだ来たことのなかった通りまでやって来た。

 どうやらここは職人関係のギルドの本部、つまり実際に何か作業をする場合もある、しっかりとした本部が集中している区画らしく、通りのあちこちにそれぞれの仕事場、所謂アトリエが点在しているようだった。


「ここは通称職人区の『職人通り』この先に俺達料理人ギルドの本部があるんだ。姉さん、あんたにはそこで所属テストを受けてもらいたいんだ」

「マジでここだけの話、慢性的な人手不足なんだよ俺達のところは」

「いや……所属人数そのものは結構まだ多いんだよ……問題は『元気なヤツが圧倒的に少ない』ことなんだよ。みんな、連日の激務で潰れてるんだよ」


 聞きとうなかった……! そんな内情、聞きとうなかった!


「そこに近々大規模な催しに駆り出されることになってな……マジで即戦力が一人でも増えるのは大歓迎だ。頼む、試験に受かってくれ姉さん!」

「あの、試験って何するんですか?」

「なに、ちょっと実務形式で複数の料理を数十人分、時間内に作れるかどうかのテストだ。料理人ギルドは『ただ料理が得意』『料理が好き』なんて人間を完全にふるい落とすギルドなんだ。聞こえは悪いが、それくらい激務の依頼を捌いてるんだよ」

「後進の育成ってのも大事だが、それをする余裕がないってのが実情だ。だからギルド所属を希望する奴は、冒険者の巣窟のような場所で経験を積んでから、所属テストを受けに来るんだよ。姉さんの経歴は試験を受けさせるに値するって受付が判断したんだろうな」


 しかし試験内容……もしかして結構エグイ内容じゃない?

 そのまま職人通りを進むと、一軒の大きな建物に辿り着いた。

 どうやらこの場所が料理人ギルドらしい。

 建物内に入ると、その瞬間鼻孔をくすぐる様々な料理の香り。

 思わずお腹を鳴らしつつも、本当にここで料理もする本部なのだろうと気を引き締める。


「本部長いるかー⁉」

「いるわよ! 何、どうしたの! アンタ達今日は総合ギルドの方で待機でしょ」

「用が済んだらすぐ戻りますわ! ちょっと受付にギルド所属希望が来てるんで試験受けさせに来ました! 即戦力だそうです!」

「なんですって⁉ じゃその人置いてとっとと戻りなさい! 午後から派遣でしょアンタ!」


 まるで口げんかのような勢いのやり取りが交わされる。

 すると、案内をしてくれた三人組が、あっという間にいなくなってしまっていた。

 残される俺。そしてやって来る『本部長』と呼ばれた女性。


「おや女かい、珍しい。ここはほぼ戦場だよ、倒れる覚悟はあるのかい?」

「そちらも女性ですし同類だと思ってください」

「は、言うねぇ! アンタ、名前は?」

「セイラです」


 どことなく姉御肌漂う女性だ。見たところ『叩き上げ』という言葉が似合いそうな風貌。

 火の前で何年も働いてきたのが分かる、うっすらと日焼けした肌に、古傷の数々。

 まさに誇張無しの戦場の人間のような出で立ちだった。


「セイラ、アンタの経歴は?」

「貴族の屋敷に勤続七年。旅に出て放浪中に傭兵団に料理番として三度所属。現在は旅団で料理番をしています」

「ほう、本当なら集団相手の調理はお手のものだね。じゃあ試験の内容は聞いてるね?」

「はい、大勢の為に作れと」

「そういうことだ。そうさね、今日なら……まずは調理場に行くよ。二階より上は全部厨房だ」


 マジでか。凄いなこの建物。どうりで良い匂いがすると思った。




 本部長に三階にある厨房まで連れてこられた。

 厨房と言うよりは……学校にある家庭科室? もしくは調理師学校の実習室のような場所だった。

 恐らくここで同時に何人も料理、試験を受けたり、料理の研究をしているのだろう。


「今日は鍛冶ギルドの職人に昼食はここで取るように連絡しておいた。恐らく三〇人以上が来る。アンタは二時間以内に一人三品、最低三〇人前の料理を今から作ってもらうよ」


 マジでか⁉ 今すぐ⁉ しかも実際に人が来るのか⁉

 正直無理ゲーに思えるのだが、なぜだろう……セイラの微かな思いが俺に伝わってくる。

『そんなの余裕だ』と。マジかよ……。


「了解。食材は?」

「そこのフリーザーに入ってる食材なら自由に使いな。じゃあ開始」


 身体が、動く。身体が、記憶している。

 脳が、フリーザーの中身を見た瞬間にフル稼働するのが分かる。

 ロジックが組まれていく。

 手順が、分担が、順番が、構成が、頭の中でどんどん組み上がっていく。

 身体が、流れに身を任せるように自然に動く。


「……乾燥トマトがここにもある。ベーコンも置きっぱなしで乾燥が進んでいる。好都合だ」


 この世界にある食材、ない食材。それをどう補うかが頭に浮かぶ。


「……二時間で大人数を満足せるスープを大量に作るにはスープストックがないと厳しい。じっくり時間を掛けて出汁を抽出する時間もない。でもこれで解決だな」


 知らない知識だ。だが『ドライトマトと乾燥ベーコンがあれば解決する』と分かってしまう。

 この二つなら時間ギリギリでしっかり深みのあるスープを大量に作れる。

 次は主食になる、腹持ちの良い料理だ。

 簡単に、焼いたバゲットをスープに浸して提供なんて、この試験では許されないだろう。

 まずはバジルペーストで味付けする、ジェノべーゼ風のニョッキを作る。

 小麦粉生地に茹でたジャガイモ、カボチャを練り込み、二種類のニョッキを大量に作り、バジルペーストに絡める。


「バジル……あるのか……?」


 冷蔵庫の中には、バジルに似たハーブの姿が見当たらなかった。

 そこで葉物のフレッシュなハーブを片っ端から口に入れ、代用できそうなものを探す。


「ん……! これはシソそっくりだ!」


 これで作る。どうやら、昔の日本ではバジルの代わりにシソで作るレストランも存在したらしい。

 カシューナッツも欲しいところだが、こちらは代わりに他のナッツを使う。


「後は……メイン」


 鍛冶職人が来ると言っていた。

 火の近くで重いハンマーを叩き続ける重労働だ。

 当然、たんぱく質、肉を求めているはずだ。

 そして汗と共に失われた塩分を欲するはず。

 濃い味の、食べ応えのあるステーキを三〇人前……と行きたいところだが、それでは最初に焼いたステーキが冷めてしまう。

 この調理場に大きなオーブンはないが、全ての作業台の小型オーブンを同時に使えば行けるか?

 これではステーキでなく厚さが控えめのローストビーフのようだが、それでもいいか。


「肉をオーブンに入れるのが最優先……下味の刷り込みをしてバジルペーストに使うナッツを水に漬けつつ、ドライトマトと乾燥ベーコンの薄切りで出汁を引く……ギリギリ行けるな」


 さぁ、戦略は組み上がった。あとはセイラの身に刻まれた記憶と経験に身を任せるのみ、だ。








 セイラの淀みない計算された動きと手順に、本部長は試験の様子を見学に来た他の職員に思わず話しかけていた。


「あれ、試験内容をさっき教えられた人間の動きよ。本当に集団調理の手順、時間の配分が出来ている。ありゃベテランの動きだね」

「ですね! 本当に即戦力じゃないですか!」

「ああ、大体だがメニューのチョイスも考えて決めたと分かる。問題はどんな味で、どう仕上げてくるかだ。量を作るだけなら経験の浅い人間でも出来る。が、鍛冶ギルドはアタシ達の試験や実験によく協力してくれている『舌の肥えた連中』さ。ヘタな貴族より味には煩い」

「あはは……ですね。私もダメ出しされたなぁ……」


 そうして時計の針が二時間経過を示す頃、厨房の外から人の犇めく音が聞こえて来た。

 そう、審査員でもある鍛冶ギルドの職人達が到着したのだった――








 セイラが料理人ギルドに連行されていたその頃、メルトはシグルトに連れられ、初めてギルドの二階を訪れていた。


「私、ギルドの二階って初めて来たわ。ここには何があるの?」

「そうだな、ここは資料室や備品の保管庫、他にも各ギルドの上役の為の執務室や重要な客を出迎える応接室がある。嬢ちゃんの友達の三人組は、今は資料室でレポートの作成中だな」

「あ、カッシュ達もいるのね? じゃあ私もそのお手伝いかしら?」

「いや、嬢ちゃんに面会が来ているんだ。どんな用事かは俺も詳しくは知らされてねぇんだが、大事な話らしいぞ」

「そ、そうなの……? どうしよう……私なにか悪いことしたのかしら……」

「ん……すまん脅かしちまって。いや、何か怒っている風ではなかったぞ。相手は錬金術ギルドの責任者だ」

「錬金術師! どうして私に用事があるのかしらねー?」


 自分への来客。その事実に不安を感じてしまうメルト。

 が、錬金術師と聞き、自分の祖母を思い出し、少しだけ不安が和らいだ様子。


「ほら、お前さん少し前『セッカの草の実の代用になる』とか言っていた木の実があっただろ? 一応そのことを薬師ギルドに伝えたら、その話が錬金術ギルドの耳に入ったらしいんだ」

「あー……言ったかも」


 そうして、応接室の一つに連れられるメルトだった。




「失礼します」

「し、失礼しまーす……」


 恐る恐る挨拶と共に入室するメルト。

 するとそこには、錬金術師の特徴なのか、お洒落な刺繍のされたローブを纏う老人がいた。


「案内お疲れ様です、シグルトさん」

「恐縮です。じゃあ、俺はこれで……」

「え? シグルトさん行っちゃうの?」


 知り合いに取り残されることに不安を感じるメルトだが、無情にも退出していくシグルト。

 ローブを纏う錬金術師と二人きりにされ、だんだんと心細くなってきたところで――


「どうぞ掛けて下さい、メルトさん」

「は、はい」


 ソファに座るよう促される。


「あの、どうして私が呼ばれたのかしら……悪いことしたならごめんなさい」

「いえいえ、違いますよ。実は、メルトさんに是非、お尋ねしたいことがあって、こうしてお越し頂いたのです」

「あ、そうだったのね! よかったぁ……」


 一安心したメルトは、緊張していた身体を緩め、ソファに体重を預ける。


「それで、何を聞きたい……ですか?」

「その前に先に聞きたいのですが……メルトさんは錬金術ギルドには所属なされないのですか?」

「私、もう冒険者ギルドに所属しているんだけど……」

「掛け持ちすることも出来ますよ。もし、ご興味があればいつでも門を叩いてください」


 軽い世間話のつもりなのだろう、そんな勧誘半分の話をしたところで――


「申し遅れました。私、リンドブルム錬金術ギルドの責任者をしております『ニールソン・スプレイマー』と申します」

「ニールソンさん……私はメルトだよ。家名はたぶん、ないと思う」

「分かりました。ではメルトさん、と。それでは本題なのですが、実は『セッカ草の実の代用』についてお尋ねしたいのです」

「セッカの草の実の代用……うん、前に少しだけ採取依頼で提出しわ。確か山カサグリの実よね?」


 以前、メルトがリッカ達三人と共に採取依頼、アクスブレの倒木の採取依頼に向かった際、ついでに採取した沢山の山の幸の中に混じっていた木の実。

 提出時、シグルトは『ポーションの材料になる』と言っていたが、その際にメルトは『五倍の量でエリキシルの触媒になる』と発言していた。

 その詳細について、ニールソンは訊ねたいそうだ。


「その話を聞いた錬金術師が、試しに本当に何か反応するのではないかと、山カサグリの実を既定の五倍使用し、錬金術的手法でエリキシルを合成しようとしました。結果は失敗しましたが、その失敗物の中に、僅かですがエリキシル調合の失敗時と同じ物質が生まれていたのです。もし、本当にエリキシルの触媒として使えるのならば、その手法を伝授して頂くことは出来ないでしょうか?」


 ほんの小さな情報。もしかしたら何かの勘違いかもしれない冒険者の戯言を、実際に実行しようとした錬金術師がいたのだ。

 メルトは、自分の知識が人の役に立つのかもしれないと、喜んで提供しようと思った。

 だが――


『だからメルト、今から俺がすることは絶対に内緒だぞ』


 かつて、自分がセイムに頼み込み、とても貴重な薬を友人達に使わせた時のことを思い出す。

『凄い薬は周囲に与える影響が大きい』『そのことをセイムは危惧していた』。

 それを思い出したメルトは、自分が安易に薬のレシピ、それも『こんな大きな街の組織も知らない恐らく貴重な知識』を、自分が教えても良いのだろうかと、疑問が生まれたのだった。


「ええと……ええとええと……ええ……と……」


 責任とはなんなのか。自分が今、どんな選択を迫られているのか。

 どれくらい……重大な事柄なのか。

 今のメルトにはまだ、判断することが出来ないのだ。

 そして、そんなこと判断出来ない自分自身に失望し――


「ごめんなさい……教えて良いのか分からないわ……ごめんなさい……」


 目を潤ませ、ただ謝ることしか出来ないのであった。


「失礼しました……メルトさん、貴女を困らせるつもりはなかったのです。恐らく、そのレシピはおいそれと人に伝授して良いものなのか、それを考え葛藤してくれているのでしょう。申し訳ありません、本来レシピというのは、秘伝のものというのがあって当たり前。それを簡単に教えて欲しいと頼んだこちらに落ち度があるのです。どうか、顔を上げてください」

「うん……ごめんなさい。一度、家族に相談してみます。もし、大丈夫だって言ってくれたら、その時は教えるって約束するわ」

「はい、分かりました。本当に申し訳ない……好奇心が私の判断を狂わせてしまったようです」


 今はまだ、自分で決断出来ない。

 故にメルトは、家族であるセイム、シズマに相談することを決めたのだった。

 分からないことを、誰かに聞く。判断が自分では出来ないことを、誰かに相談する。

 それは決して情けないことではなく、明確に成長であるということを、メルトはまだ知らない。

 だが、着実に彼女は、人の社会で生きていく為の術を学びつつあるのであった――

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