第六十七話
庭の東屋? キッチン? バーベキューでも出来そうなスペースで、匂いが強そうな料理、大きな魚の頭を薪を使い焼き上げていく。
遠火で、ハーブを漬け込んだオイルを塗りながら、時折塩を振り香味野菜のペーストを刷り込む。
たぶん、元々ここの家主はバーベキュー好きだったんだろうな、なんだか大きな吊り下げ式のコンロがあったし。
「良い感じだ。にしてもデカイなぁ……ブリより大きいし、なんて魚だろう」
流石に異世界の食材知識はないのですよ。が、味見をした限りでは、脂の乗った上質な白身であり、火を通してもある程度はゼラチン質な肉質が残り、崩れにくく汎用性のある素晴らしい魚だ。
「目の周りとか頬の肉が美味しいんだったよな……」
こんがりと焼けた頭をコンロから外し、家に運び込む。
今日は半身と頭だけ。なのに、こんなにも大量の料理が出来てしまった。
そろそろ夕日も沈むし、メルト達が来るとしたらそろそろ、か。
「カルパッチョとマリネとサラダ……カナッペ風のラスクも準備完了……アクアパッツァも温めるだけの状態。ワイン蒸しは来てからで良いな」
手順が、全て頭に浮かぶ。正直、実際の人間がこんなに一度に大量の料理を仕込めるのか甚だ疑問ではあるのだが、出来るんだからしょうがない。
「サンルームでメルト達が戻るか確認するか。タイミング合わせて仕上げられるし便利だな、これ」
サンルームの窓を操作すると、範囲ギリギリの場所に光る点が四つ現れた。
丁度来ていたようだ。ならささっと仕上げてしまわないと。
フライパンを火にかけ、ワイン蒸しを仕上げ始める。
料理をテーブルに並べ、椅子も用意する。
巨大ブリ(暫定)の頭を大皿に盛り付け、スカーレットフリルで飾り付ける。
ドレッシングを冷蔵庫から取り出し、もう一度かき混ぜて乳化させる。
よし……完璧だ。
『もうなんか庭が良い匂いしねぇか!?』
『ねー! 何か庭で作ってたのかしら!?』
『っていうか……凄く素敵な家ね? 郊外の、お城に続く道にこんな場所があるなんて』
『ここは直轄区のはずだが……セイムさんは一体何者なんだろうか……』
聞こえて来た声に玄関の扉を開く。
そして第一声はもちろん――
「わ!」
「うひゃ!?」
はい、メルトが言っていたヤツ、俺が先にやっちゃいました。
どっきり大成功です。
「セイラー! それ私がやるつもりだったのにー!」
「いやぁごめんごめん。お、お友達を連れて来たね? ほら、三人共入って入って」
……若干恥ずかしいのは秘密だ。
そうだよ、メルトだけじゃなくて三人もいるんだよ。何してんだ俺……。
「お、お邪魔します……」
「お、俺もビビった……ある意味」
「あ、ああ……」
でしょうね! どう見ても大人のお姉さんがこんなテンションじゃね!
本当すみません。
「四人共お疲れ様。とりあえず今日は珍しく海の食材が市場に出ていたんだ。料理してみたけど、食べられるかな?」
「海のお魚だったのね! こんな大きなお魚の頭……見たことないからどんな魔物だろうって考えてたの!」
そう言って、メルトは嬉しそうに兜焼きを指さし笑みを浮かべる。
そうだった、メルトは海を見たことがほぼないんだったな。
「海魚!? いいんですか、そんな高いもの!」
「え、マジで? 高いのか!?」
「こっちだと高いよ……あの、いいんですか?」
「いいのいいの、どうせセイムの金だから。アイツ今結構な金持ちだからガンガン食べちゃって」
と、本人が言っております。
実際、これは俺の検証とスキル習得の条件達成に必要なのだ。むしろ俺は利用している側なのだし、三人にはたっぷり美味しいものを食べてもらいたい。
「ね、ねえ! どういう料理なのか解説してくれなかしら……?」
「お? いいぞー。じゃあとりあえず……マリネから」
そうして、前菜になるようなさっぱり目の料理であるマリネの説明をする。
こっちはカルパッチョと違い、漬け込んで身が変質、まるで火が通ったように色が白く変化している。
「オニオンスライスと一緒に食べると良いよ。結構レモン効かせてるから合うはずだよ」
「いただきます!」
我先に口へと運ぶメルト。
念願の海魚に、居ても立ってもいられないのだろう。
「美味しい……美味しいですね! ええと、セイラさん?」
「セイラで合ってるよ。そっか、口に合って何よりだ」
自分でもパクり。
……いやこれ、魚そのものが美味しいな?
レモンベースのドレッシングに漬けこまれ、身が引き締まりつつもほぐれ易くなっている。
酵素による筋の分解、筋の多い部分を使ったのが功をなしたか。
血合いが近い部位でもあるから、このレモンベースでケッパーとマスタードを使ったドレッシングと相性が良いし、ドレッシングのオイルも、地球で一般的に売られているものより上質に感じた。
きっと港町付近、潮風の多い場所でオリーブの栽培でもしているのだろう。
「こんなに美味しい魚料理、初めて食べました。セイラさんは素人ではないんですよね? 明らかに酒場やレストランよりも美味しい」
「あ、俺も思った! なんとなく店よりうまいって思ったぜ」
「んー、正解。昔貴族の屋敷で働いてたね。その後流浪の料理人になって、今は旅団所属の料理人」
バックボーンを先に語っておこう。
「へー! そうだったのね! セイラセイラ、この大きな魚の頭、食べたいのだけどいいかしら」
「よし来た。みんなに取り分けるからお皿出して」
ま、今は食べるのに集中しよう。
さぁ、頬肉に目の周り、エラ周辺の肉をご賞味あれ……!
脂の乗りが強烈だからな、しっかりと香草とオイルと香味野菜のエキスを重ね塗りして脂を落とすようにじっくり焼いてあるぞ!
うーむ……素晴らしい料理知識だ。たぶん、色んなキャラクターで過ごしてきた中で、一番ゲーム知識や制作陣の知識を有効活用しているような気がする。
「ごちそうさまでした! セイラ、すっごく美味しかった! 海の食べ物って凄いのね!」
「俺も、海魚は港町で食べた経験しかありませんでしたが、正直こんなに美味しくて多彩な料理は……本当にお礼はいらないのですか?」
「気にしなさんなって。実際、美味しそうに食べてる姿見るのって嬉しいものなんだ」
「やべー……こんなに腹いっぱいなのいつぶりだ……」
「カッシュ……あの、セイラさんありがとうございました。それにお土産まで頂いて……」
五人で楽しく食事をしつつも、今日の出来事や好きな料理の話をしたり、それぞれの目標などを聞いたりしながら団欒の時間をたっぷりと過ごした。
お土産に料理を包み、三人を見送る。
「またおいで。たぶん、もう少しこの家にいると思うから」
「うん、また招待するわ! 三人共気を付けて帰るのよー?」
三人を見送り、テーブルの片づけをし始めると、メルトが急に抱き着いてきた。
「おっと? どうしたメルト?」
「んー、幸せ過ぎたから発散かしら? 家に友達が来て、家族と一緒にご飯食べるの。いろんなお話して、みんなで笑うの。本の中でしか知らない光景だったわ」
「……そっか。良かったな、きっと本でしか知らないこと、これからも起きると思うぞ」
「うん、きっとそうよ。セイラ、本当にありがとう。あとエビの塩焼き残ってるの頂戴?」
「はははは、よし分かった、食べていいよ」
本当に可愛いなぁこいつ! エビが好きってそういえば言っていたな!
翌日、今日は料理人ギルドに登録が出来ないか試そうと思う。
というのも、昨日の検証で『他の人間が食べた回数』も『他の人間が料理効果を発動させた回数』も、しっかりと自分にカウントされることが判明したからだ。
きっとギルドに所属すれば、他人に料理を提供する機会も巡ってくるだろう。
早速朝食を頬張るメルトにそのことについて話してみると――
「いいはへ! いっひょにいふわ!」
「ごっくんしなさい」
「……んく。一緒に行くわ!」
そんなに気にいって頂けましたか、昨日のエビの残りで作ったエビサンド!
焼いたエビの身を取り出し、ハーブや刻んだオニオンと共に、オランデーズソースに絡めた一品。
実質エビマヨだからね、美味しいに決まってるよね。
パンにスカーレットフリル……もとい『赤サニーレタス』と一緒に挟んでみました。
「今日の予定はないんだ?」
「うん、リッカ達は昨日の調査依頼? そのレポートの作成でギルドの二階にいるんだってさ」
「なるほど。じゃあ食べたら片付けて一緒に行こうか? ところでエビサンド美味しかった?」
「なんだか悪いことしてる気分になるくらい美味しかったわ……不思議な気持ち……」
メルト、それはたぶんカロリー爆弾を摂取したことによる罪悪感だ……!
一カロリー=一美味しいとはよく言ったものだ。
ふむ……マヨネーズ作りは細菌の関係で諦めていたけど、オランデーズソースならいけるな。
これ、もし知られていないソースなら天下取れるぞ……!
「お、昨日の人だな。沢山食材を運んでいたが、その子が言っていた子かい?」
「先日はどうも。ええ、この子が今家の留守を任されている子です」
「なになに? 門番さんとお知り合いなのね? おはようございます、門番さん」
「うむ、おはよう。ここは王宮に続く道の門なのでな、怪しい人間は明るい時間でも呼び止めるようにしている。昨日、こちらの女性が少々怪しい姿で荷車を引いていてな、呼び止めたんだ」
「なるほど。今日はセイラ、料理人ギルドに登録しに行くのよ」
「ええ、そうなんです」
「それはいい。しっかりと身分証を得たら自由に出入りできる。くれぐれも気を付けるようにな」
そう言って門を通過する。
他の門を受け持つ人間よりもベテランに感じたのは、やはり王宮へ続く門だからだろう。
「なんだか立派な門番さんだったねー」
「本当にね。よし、じゃあ今日は乗合馬車を使うかな」
「こっちこっち! この時間は向こうの停留所に留まるのよ」
メルトに案内され、乗合馬車に無事に乗れた俺は、そのまま総合ギルドへと向かう。
結構路線図が複雑なんですよ……リンドブルムって。
総合ギルドに到着し、メルトを伴い料理人ギルド受付に向かおうとした時のことだった。
誰かにメルトが呼び止められ、思わず俺も足を止める。
「いた! メルトの嬢ちゃんすまねぇ! 昨日、本当は俺が対応するべきだったんだが、ちょっと今時間良いか?」
「え? うん、大丈夫だけど……セイラ、いい?」
「ああ、行っておいで。こっちは登録してくるだけだと思うから」
どうやら冒険者ギルドのシグルトさんが、メルトに用事があるらしい。
あ! もしかしてアレか、シーレとして提出した魔物の翼の肉。
あれをメルトに渡すつもりなんだな?
こりゃ今日から鶏肉祭だな。
「すみません、ここって料理人ギルドの受付ですよね?」
あまり人のいない、利用客の少ない、総合ギルドの中でも奥まった位置にある窓口に向かうと、酷く疲れた顔をした男性が、半分目を閉じた状態で机に半ば突っ伏していた。
「あー……すまん、寝てた。なんだ姉ちゃん、もっかい言ってくれ」
「ここ、料理人ギルドの受付ですよね? 少し用事があるのですが」
そう告げた瞬間だった――男の顔から、表情が消えた――
「ハイ……ナンノゴヨウデショウカ……シンキハケンイライデショウカ……」
声から感情が消えた!? 一体どうしたんだ……!?
「ああいえ、料理人ギルドに所属したいと思い訊ねたのですが」
「お、なんだそうか。良かった……」
「何かあったんですか?」
「いいんだ、気にしないでくれ。それで……ちっと悪いんだが、ここって『料理が得意だから』とか『料理が好きだから』って理由で所属すると、酷い目に遭うので有名なとこなんだわ。姉さん、あんた料理好きなんだろ? 悪いことは言わん、冒険者の巣窟で仕事を探した方が良い」
「えー……なんでそんな」
「いやな、正直ここってかなり厳しいギルドでよ。リンドブルムの中でも学者ギルドと一、二を争う脱退率を誇るギルドなんだよ……激務過ぎて」
「マジですか……」
「ちなみに姉さん、料理の経験は?」
キャラクタークエストの記憶と経験、そして技量がこの身体に宿っているのは既に実証済みだ。
大人しくここは真実を語ろう。
「貴族の屋敷に勤続七年。その後は流浪の料理人としていくつかの傭兵団の料理番として渡り歩きました。現在は活動停止中の旅団の料理人をしていますが、ギルドに所属し身分を得ようかと――」
その瞬間、またしても受付の表情が変わり、突然――
「即戦力確保ーーーー! 誰か本部までこの姉さん連れてけーーー!!!!」
突然奥から現れた、疲れ切った顔をした男達が、目を血走らせて受付の前までやって来る。
え、恐い。マジで恐い。
「今すぐ本部で試験受けさせろ! 若い戦力だ! 女でもかまやしねぇ!」
「うっす! さぁ姉さん、料理人ギルドの本部は職人区にある! ついて来てもらうからな!」
「なぁに取って食いやしねぇ! さぁ今すぐ行こう、な!」
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ連れに出かけてくるって伝えますから!」
「連れ!? そっちも料理人か!?」
「マジか!?」
「違います違います」
なんだ……俺はなんだかとんでもない世界の扉を開いてしまったのか!?
「め、メルト! ちょっと私は料理人ギルドの本部ってところに行くことになった! そっちはどうする!?」
「あ、セイラ! なんかね、私も今から二階に連れていかれるみたいなの。どうしてかしらねー?」
「そっちもか。じゃあ、今日は別行動にしようか」
「分かった! またね、セイラ」
メルトも二階……つまり総合ギルドの上層部に呼び出された……?
セイムの相方と見なされているのだし、もしかしてセイムに何か伝言だろうか……?
「さぁさぁ! 案内するぞ姉さん! 料理人ギルドは即戦力大歓迎だ!」
「試験絶対受かってくれよな!」
「行くぞおめぇら! 新戦力の出迎えじゃー!」
……なんかこっちもヤバイことになりそうなんですが……。




