第六十五話
(´・ω・`)本日より17時更新となります
セイラの姿での起床。
メルトからは一緒に寝ようと誘われたのだが、流石にそれはダメだと思うんです。
ばっちり、俺の意識なんで……一応セイラのキャラクタークエストの経験や、自分がどういう人間なのかは記憶として存在しているのだが、シーレのようにそれに引っ張られるようなことは今のところ、ない。
やはりキャラクターの強さというのも、一つの条件なのだろう。
「メルトが起きる前に作るかー朝ごはん」
本日の朝ごはんはですね、定番のフレンチトーストと葉物野菜のサラダに、ポテトポタージュでございます。
凄いねこの家、ちょっと形状は違うけど、ミキサー的な道具もあるし、フライパンも用意されている上、冷蔵庫と思われる魔導具も完備されているんだよ。
後で細かい仕様とか調べよう。
「わー……良い匂い! 匂いに釣られて起きちゃったわ!」
「お、起きたね。おはようメルト」
しっかりとパジャマから着替えたメルトが、少しだけトロンとした目つきで二階から降りてくる。
ううむ……妹とかいたらこんな感じなのだろうか?
「凄く良い匂いねー? 甘くて……なんだかミルクみたいな匂い?」
「バターの香りだね。ミルクから作る油だよ」
「へー! あー……もしかしたら知ってるかも?」
「メルトは偶に食材とか焼いていたんだよね? 油は使ってた?」
「うん、塗って焼いてたよ。お花の種から採れる油を行商人さんから買ってたわねー」
ふむ……菜種油のようなものが一般的なのだろうか。
「メルト、今日の予定は?」
「えっと、昨日リッカちゃん達と採取依頼に行く約束したよ。昨日の働きのお陰で、あと何回かギルドが指定した採取依頼をこなしたら処罰は終わりなんだって」
「お、それはめでたいね。分かった、じゃあ……依頼が終わったら、三人を連れて家に帰ってきなよ、ご飯作るから」
ちょっとした検証もかねて、だ。
「え、人呼んでも良いの!?」
「うん、変身のことがバレないようなら大丈夫だよ。名前の呼び間違いだけ注意するように」
「分かった! へへへー、自分の家に友達を招待するなんて……なんだか凄くワクワクするわ!」
なるほど、確かにメルトの境遇を考えれば初めての体験だろう。
「沢山料理を作って待ってるから、お腹を空かせて帰ってくること。いいかい?」
「もちろんよ! あー楽しみねー!」
今回の検証は『料理人固有スキルの習得条件について』だ。
スキル『美食家』は破格の性能を誇るが、当然その習得難度はかなり高い。
というか、やり込みの果てに辿り着くスキルなのだ。
まずこのスキルは『段階を踏んで進化した果てに辿り着くスキル』だ。
『食いしん坊』『腹持ちばっちり』『元気百倍』『健啖家』『沢山食べる君が好き』と、条件を達成していく毎に進化していく。
その最終進化形が『美食家』なのだ。
成長途中のスキルの効果なんて、ほぼネタのようなもので、殆ど役に立たない。
だが苦行とも言える『作業』を繰り返し到達するのが、料理人救済スキル美食家なのだ。
「いっぱい食べるからなーみんなー。セイラ、覚悟しておいてねー?」
「ああ、勿論望むところだ」
「ふぅ……ご馳走様! このパン、黄色くてふわふわで甘くて、幸せの味ね?」
「お? フレンチトースト気に入った? 俺もそれ好きなんだ」
「あ、『俺』って言った! 『私』だよ?」
「……私も好きなんだよそれ」
く……一人称だけでもちゃんとしないとダメだな、こりゃ。
「じゃあ、私はギルドに行くけど、セイラはどうする?」
「お……私は片付けとか夜の準備とかしたら、ちょっと街に食材を買いに行くよ」
「そっか。大丈夫? セイラおっぱい大きいから、男の人が集まって来ちゃうわ!」
「……そういう知識はあるのか。大丈夫、ローブ着ていくし、そもそも私結構強いから」
少なくとも、その辺りの一般冒険者に後れは取らない……と思いたい。
ほら、一応シーレと同じ指輪装備してるし、ダガーは装備可能なので。
「そうなのね。じゃあ私も気を付けてくるから、セイラも気を付けてね?」
「ああ、ありがとうメルト。じゃあいってらっしゃい、晩御飯は期待して良いからね」
そうして、元気いっぱいに森へ駆けて行くメルトを見送る。
……これでまずは一人、か。
「人数はこれでカウントされてるよなぁ……問題は『食べた回数』か……」
実は、料理人のスキル成長に必要なのは『料理実行回数』『料理の効果発動回数』『料理を食べた回数』『作った料理の種類』の四つなのだ。
……考えてみて欲しい。メニュー画面をポチポチして、料理作成が終わるまで既定の時間を待って、それで完成した品を食べる。
すると料理の効果が発動する。
ゲームですら、こうだ。現実世界でこれをやるんですよ。
「条件達成までに何回メシ食わなきゃいけないんだ……!!!」
一応、ゲーム時代は料理を買って食べてくれた人の分もカウントされていた。
が、オンラインゲームで沢山の人間が常にこぞって遠隔で購入してくれるのを想定して定められた条件なのだ。
現実世界で……どうすればいいのか……!
「メルトの友達に大量にご馳走して……その後は……」
これ、たぶん料理人ギルドとか利用した方良いよな……絶対。
メルトが言っていたことは大袈裟とも限らず、俺はしっかりとローブを纏い、大き目のリヤカーを引きながらリンドブルムを目指す。
時間が掛かるが、アイテムを収納する力は露呈させない方が良いというのが、メルトと俺の共通見解だからな、仕方ない。
ただ、森に続く道から突然俺のようなローブ姿の、空のリヤカーを引く人間を門番が通してくれるのか、少し心配だ。
「止まりなさい」
「あ、はい」
ダメだったでござる。
「フードを脱ぎ、顔を見せなさい。リンドブルムへの来訪目的は?」
「はい。私は旅の料理人なのですが、今は縁あって旅団の食事番として働かせてもらっています。ですが現在、私の旅団の幹部の一人が、この国に根を下ろすと決め、旅団を抜けるか否かで……少し、問題になっているのです」
気になるエピソードを語り、ドラマチックに嘘を吐くぞ!
ほら気になるだろ、続きが聞きたいだろ!
「ふむ……続けて」
「その方は、捨て子を自分の家族とし、家を買ったのですが、やはり旅団を抜ける、それも幹部となると中々難しいのです。彼は旅団にケジメを付ける為、購入したばかりの家に家族を残し、リンドブルムを少し前に発ちました。私は彼に頼まれ、その残してきた家と家族の面倒を見る為、こうして大量の食糧を購入しようと思いやってきました。ちなみにローブなのですが……自衛の為です」
はい、ここでようやくメルトがよく口にする『おっきい』の力を借ります。
少々恥ずかしいが、これで納得してもらえないだろうか。
「ぬぅ……確かに……ではなく、中々厳しい状況なのだな、旅団と言うのも。自由に放浪する民だとばかり思っていたが……そうか、傭兵団的な側面もあるとしたら、ありえる話……か」
「そうですね、実際幹部の人間は身分と強さの証明の為、ギルドに所属することもあるそうです」
「なるほど。分かった、通って良い。だが君も出来ればどこかギルドに、料理人ギルドにでも登録して身分を証明出来るようにすると良い。旅団単位ならまだしも、一人で訪れて身分証も無いとなると、怪しまれる場所も多いはずだ」
「なるほど、了解しました。では、失礼します」
無事に突破。
作り話に効果があったかどうか定かではないが、少なくとも親身になってくれたと思う。
しかしそうか……旅団って本来はそういうものなのか。
そうして、俺はリヤカーを引き、貴族街を抜け商業区へと向かうのだった。
リヤカーの所為で乗合馬車を使えないので街中を歩きましたとも。
「この時間は結構人が少ないのか……」
現在の時刻は午前十一時。各通りの入り口にはしっかりと小さな時計塔が設置されているお陰で、割と都市全体のタイムスケジュールはしっかりしている。
が、商業地区の混み方が、いつもより若干少ないように感じるのだ。
もしかしたら冒険者や傭兵、探索者のように外に向かう人間が、街を出る時間帯だからだろうか?
前はもう少し人が多いと感じたが、あれは外に出る為の準備で賑わっていたということか?
「……あれ? 食材ってどこで買うんだ……?」
よく見ると、周囲の商店はどこもかしこも、冒険に必要な備品や服、装備関係の店ばかりだった。
そうか、ここって『商業は商業でも外に向かう人間の為』の場所だったのか!
じゃあ食材はどこで……。
「すみません、少し良いですか?」
「はい、なんでしょう?」
近くにあった干し肉や乾燥した薬草を店先に吊るしている商店の店員に声をかける。
「すみません、食材というのはどこで買えば良いのでしょうか? あ、このドライトマトとパンチェッタ下さい」
「はい毎度あり! 食材かい? ここは遠出用の保存食の店だからね。一般向けの店や市場の方じゃないと食材は買えないよ。場所、知ってるかい?」
「実はまだ街に来たばかりでして……」
購入したパンチェッタを二塊、ドライトマトを七瓶購入し、リヤカーに積み込む。
「そうかいそうかい。じゃあ、下層の道沿いにぐるっと反時計回りに進むんだ。ここは中層だからね、下に移動してから行くんだ。基本、中層は外に向かう人の為の区画なんだよ」
「なるほど……」
確かに下層の住宅密集地の様子を見たが、そこの住人が全員ここまで来るとは思えないな。
そもそもここでは見かけないのだ、装備を身に着けていない一般人と思しき人を。
俺は店員さんに礼を言い、下層で市場を探し始めるのだった。
「いらっしゃーい! 今朝『ワルエーズ』から届いた海の幸だよ! 今月最初の入荷だよ!」
「サニーポルチ茸の陰干し、一瓶で銀貨五枚! 残り少ないよー! どうだい!」
「焼きたてだぞー! 今朝焼き立てのこん棒バゲットだ! 買った買った!」
そこは、この街の台所とでも呼ぶべき品揃えと活気に溢れていた。
商業地区程の道幅はないが、それでも大きな通りの両サイドを、大量の商店や出店が埋め尽くし、様々な食材を景気の良い掛け声と共に宣伝していた。
「凄いな……大勢住んでる大都市だもんな……」
あまりの人の多さに目を回しそうになるも、今の季節はどんな食材があるのか、見て回る。
「お、カボチャだ」
「いらっしゃい! 姉さん、随分デカイの引いてるね。大量に入用かい?」
「そうそう、出来れば色々買って帰りたいんだよ。このカボチャデカイね、三つくれない?」
まず最初に野菜のチェック。
肌感的に今は秋頃、もうじき冬になると思っていたのだが、どうやら売っている野菜もそういった季節にありがちな品が用意されていた。
あと、名称も問題なく通じる。カボチャはカボチャだ、安心した。
「ねぇ、これってなんて野菜? 初めて見るんだけど」
「ん? なんだお姉ちゃん『スカーレットフリル』を知らないのか?」
そんな中、寒い季節だと言うのに大量に並ぶ葉物野菜、一見すると赤いサニーレタスのような野菜について訊ねてみる。
なにやら随分とカッコいい名前だが……生で食べられる系の野菜ですかね?
「サラダにするのが一般的だな。後は色々具材を巻いたりするな。これ、元はただのレタスだったんだよ。けど学園の偉い教授が品種改良して、寒い季節でも採れる野菜を生み出したんだよ」
「へー! そりゃ凄い発明だ。いいね、一年中新鮮な葉物野菜を生で食えるなんて」
「だな。いくつか買うかい?」
「じゃあ八株くらいくれない? 葉物野菜好きなんだ」
「あいよ! しかし姉さん、なんだか話し方の威勢がいいね。なんだか新鮮だよ」
「あー……そんなヤツもいるよ」
「それもそうか」
忘れてた。今、セイラなんだよな。
一人称以外は素のままでいいだろ……たぶん。
「よし、んじゃ次は魚介を見に行ってくるよ。ありがとおじさん」
「毎度あり―!」
さてさて……じゃあ気になっていた海鮮、どれくらい流通網が整備されているのかも確認したいし、詳しく聞いてみようか。
「すみません、これってどこから仕入れているんですか?」
先程、どこかから仕入れたと呼びかけていた、海鮮を売る屋台に顔を出す。
「いらっしゃい! 港町ワルエーズからだよ! 今朝届いたばかり、まだ鮮度も良いぞ」
「ふむ……港町って結構遠いですよね?」
「まぁな。だが月に数度、大規模なキャラバンがでっかい冷却コンテナを引いてこっちに来るんだ。だからちょっと高いが、鮮度は保証するよ!」
「ほほう! それにしっかり内蔵も血抜きもしてありますな。良い感じに熟成されてるし、むしろ港町で鮮魚買うより美味しそうだ」
なるほど、冷蔵冷凍の技術があるのは既に知っていたが、長距離の輸送となると、まだそう手軽には行えないのだろう。
巨大なコンテナ……大きさと冷却力が比例しているのだろうか? それともバッテリー的な問題なのか? あ、凍らせて持ってくる場合もあるか。
「もしかして貝類って海水ごと凍らせて輸送されてくる感じ?」
「だな、よく知ってるな姉さん」
「んー、じゃあこのでっかい内蔵抜きされた魚二尾と貝をこの桶一杯分まるごと頂戴」
「本気か!? 結構するぞ!? 大金貨一枚と銀貨八枚だぞ!?」
大体五万八千円、妥当と言えば妥当な値段に思える。
なんか脳内の知識によれば、貝って一度冷凍した方が美味しいらしい。
砂抜きしてそのまま凍らせてって感じなのか? この場合味ってどうなるんだっけ?
それとこの大きな魚は、恐らく青物の一種、ブリに似ている。
きっと、美味しい。
「はい、じゃあ丁度。この大きな魚は樽に氷と一緒に詰めて売ってくれるかい?」
「もちろんだ! いやぁ驚いた、こんなに買ってくれる人なんて中々いないんだよ。どっかの店の人間かい?」
「いや、個人だよ。ちょっと研究と言うか、勉強中でさ」
「そうかそうか。じゃあしっかり魚介は氷と一緒に、この布で日差しから隠してくれ」
「ありがと、店主さん」
よーしよしよし、魚介もゲット出来た。
しかしそうか……海から離れていると魚介が市場に出回るのは月に数回程度なのか……。
もしかしたら直接飲食店に卸していたりもするのだろうか。
そうして、俺は最後の食材、肉を購入しに向かうのだった。




