第六十四話
正直、選びたくない方法だが、一応『この方法』も考察だけしてみようか。
「メルトメルト。ちょっとだけ『もしも』の話をして良い?」
「なになに? どんなお話かしら」
リスクを度外視した場合の最高効率。その際に出てくるかもしれない『問題』。
その可能性をメルトに語る。
「もし、俺が『残酷で悪逆非道な人間になって戻れなくなってしまった』らどうする?」
「……なんで、そんなこと質問するのかしら?」
「強くなる為の一番の近道を使ったら、もしかしたら俺は俺じゃなくなっちゃうかもしれないんだ」
「ダメ。絶対にやめて。私、泣くよ。家族がそうなっちゃったら、泣いちゃうわ。たぶん止められなくて、助けられなくて、悲しくて……泣いちゃうわ」
うん、却下だな。やっぱり急がば回れ、だ。
「分かった。絶対にやらない。俺も危ないなって思っていたんだ」
「うん、絶対にやめて。私の家族はシズマ達だけなんだから」
「ごめん、変な話して。約束する、そんな方法は絶対に取らないって」
俺の持ちキャラの中で、一番強いキャラクターがいる。
それは『あまりの強さに運営から職業そのものに制約を課せられた』キャラクターだ。
結果『その職業』は対人環境では『専用のメタ職業』に駆逐され、さらには『大半のダンジョン内では大幅に弱体化』された。
だが、恐らくこの世界でこのナーフは関係ない可能性が高い。
ぶっ壊れ性能の固有スキルを駆使し、冗談抜きに『一人で楽々国を落とせる』だろう。
だが、最大のデメリットがある。
『用意されているストーリーでその職業は悪であり最悪の終わりを迎える』のだ。
つまり、世界を呪うような人格を持っている可能性がある。
「むむむ……」
「シズマ難しいこと考えてるのね……はい、お水」
「あ、ありがとう。そういえばこの家の水って、水道から出てくるけど、どこから流れてきてるんだろうね」
「たぶんこの家は地下水だと思うわ。だって味が違うもん」
「え、凄い。俺水の味なんて分からないや」
「へへー! 私お水にはこだわりがあるのよ?」
本当可愛い子だ。もう言動がおしゃまな女の子って感じで。
……そうだよな。そんな子に、危ない人格かもしれない姿で近づくわけにはいかないもんな。
同じ理由で『二番目に強いキャラクター』も却下だ。
悪人ではない。だが絶対に歪んでいるであろうストーリーを背負っている。
そもそも、その職業のストーリーはバッドエンドだ。
強くて当然の設定を背負わされ、責任を背負わせられるストーリーの果て、非業の死を遂げる……そんなストーリーだ。
確実に、人格が歪んでいる。だから却下だ。
「はいお水おかわり」
「ありがとう。んぐ……んぐ……いや本当美味しいねこの家の水。凄く冷えてるし」
「寒い季節だからかしらねー? それに地下水って冷たいものだもん」
「なるほど、そうなのか」
そういえば地球でもそういう家が地方だと多いんだっけ。
マンション住みだったから俺は未体験だけども。
「うーん……メルト、この国の宗教とか信仰について知らない?」
「うん? 宗教っていうと……何を信じているか、よね?」
「そうそう。この国、レンディアってなんだか名前が宗教国家みたいだしさ、何か盛んな宗教でもあるのかなって」
「えっとー、この国についてはほとんど知らないんだけど、一般的な宗教は『大地母神』を信仰、崇めている宗教かしら? 『エルクード教』って言うのよ?」
「あ、そっか。そういえば聞いたことあったかも」
前回の事件、偽の『エルクード教商会』が関わっていたんだったな。
エルクードってそのまま宗教の名前だったのか。
「他にも少数部族って言うのかしら? 狭い範囲で信仰されてる宗教もあるみたいねー? 私が知っているのだと『空飛ぶハムスター教』かしら?」
「また出たハムスター……空飛ぶって……」
「ね。空飛ぶのは当たり前なんだから、わざわざ宗教の名前にしなくてもいいのにねー?」
「え?」
「え?」
……深く考えるのを止めよう。
しかしそうか……宗教が存在、普通に信仰という概念がある世界なんだよな……。
これは『三番目のキャラ』も危ないかもしれない。
三番目のキャラクターは『物騒で恐い』のだ。
背負わされている設定も恐ければ、ストーリーも中々に物騒だ。
そして『人格破綻者』でもある。
悪人ではないし、どちらかと言うと善人よりなキャラ付けが公式でされているが……恐い。
ちなみに強さで言えば『対人最強』『単体火力最強』『雑魚処理最強』という存在。
無論こちらもナーフされているが、それでもゲーム時代は大規模なレイドを組んだ際、必ずDPS担当としてこの職業の組み合わせが食い込んで来る。
正直、俺の持つ最強キャラと準最強キャラは『状況限定の強さ』と『ナーフされた今はもう封印』って扱いだった。
故にこの三番手こそ『実質最強キャラ』なのだ。
ただ……物騒だしメルトに悪影響を及ぼしそうだ。
一言で言うと『狂信者』なんだよ……あの職業を組み合わせた場合の設定って。
「よし。メルト、俺は今日からまた『別な姿』になるよ。一度見せたことがある、料理上手な姿に」
「あー……確か、宿屋で見せてくれたのよねー? 名前はえっと……」
「セイラ、だね。姿は変わるけど、中身はたぶん俺とセイムと同じだから、身構えたりしなくてもいいよ。ただ名前だけ間違わないように」
「うん、了解よ。へー料理が得意なのねー……このお家、お台所が立派だし、庭にもお台所があったわよね? ……期待しちゃうよ、私!」
「任せてくれたまえ! 俺も楽しみだなぁ……」
俺が到達した結論。
それは『生産職専用の戦闘用スキル』を継承すること、だ。
俺のプレイしていたオンラインゲーム『エルダーシーオンライン』は、様々な職業の組み合わせにより、その組み合わせ固有のスキルが発生するという、よくある『職業とサブ職業を組み合わせるだけ』というシステムとは一線を画す面白さがある。
が、明確に制限をつけられている職業があったり、ルールも存在する。
その最たるものが『生産職はサブ職業に設定出来ない』『生産職はサブに戦闘職を設定した場合、戦闘職のスキルを覚えられない』という二つのルール。
つまり、生産職は絶対に『一線級の強さにはなれない』のだ。
無論、元々のステータスも低く、サブ職業の効果で武器は装備出来ても、たかが知れている。
だが、それでも戦闘が必要なストーリー、場面は存在する。
だからこそ、生産職限定の『救済措置のようなスキル』がそれぞれ用意されている。
その職業の特色を表すような、ユニークな効果が多い反面、効果そのものは非常に強力であり、それ故に決して戦闘職では使えない、そんな強力なスキル達。
それを……どの職業のスキルでも無関係に継承出来る俺が覚えたら……!
「お料理楽しみねー? どんなお料理も作れるのかしら?」
「たぶん、なんでもいけるよ。メルトが気に入る料理を探そうか」
「わー! 楽しみね! どんな料理が食べられるのかしらね!」
例えば『料理人』の固有スキル……『美食家』だ。
その効果はシンプルに『料理を食べると一定時間リジェネ効果を受けスタミナが減少しなくなる』だ。
スタミナは文字通り、フィ―ルドの移動速度の低下や、スキルのリキャストタイム、ステータスのマイナス補正に関わる能力だ。
それが減らなくなるということがどれだけぶっ壊れているか……。
しかもゲーム時代の効果時間は『実際の時間で五時間』だ。
もし、この現実世界で本当にスタミナが減ら無くなれば、それは『疲れ知らずで自分を鍛え続けられる』のではないか?
ステータスの低い今の俺でも、セイム達のようにぶっ続けで移動したり、戦ったり出来るようになるのではないか?
「よし! じゃあ今から変身するぞ!」
「う、うん!」
そうしてキャラクターの項目をセイラに変更する。
すると、視界が光に覆われ、身長が伸びていくのが分かる。
意識は……俺のままだ。ちゃんと俺らしい考えが出来る。
「ふぅ……よし、問題ないな」
「わー……やっぱりおっきいね」
「胸を見て言わない。さてさて、じゃあ早速料理を何か試してみようか」
そういえば、セイラで実際に台所に立ったことはなかったな。
精々ナイフでリンゴの皮を剥いただけ。それだけで『料理Lv1』が継承された。
セイムの時ですらその『料理Lv1』を引き継いで台所に立つだけで料理のレシピが浮かんできたのだし、極めているセイラで立てば――
「あぐ……あ……」
台所の前に立った瞬間、膝から崩れ落ちる。
頭痛が、全身に広がるようだ。
「シズ……セイラ!?」
「く……」
脳が揺れる。脳が、熱い。頭が……割れそうだ。
知らない、見たことのない映像が無理やり押し込まれてくるようだ。
知識の渦が、頭を締め付けてくる。
さっきの比じゃない量の知識に、吐き気すら覚える。
「セイラ……はい、お水」
「ありがとう……メルト……」
美味しい。良く冷えた軟水。
恐らく地下水は地下水でも、鉱石由来ではない、腐葉土や豊富な自然、豊かな緑を経由して地下に流れた水なのだろう。
ほのかに甘味すら感じる良質な水。出汁を取るなら軟水の方が優れているのだし、この水質はかなり助かる。
「ん?」
「な、なに? どうしたのセイラ……」
「いや、なんか……凄いなこれ……マジで料理の知識が湯水のように溢れてくるんだけど……」
「お、おお……?」
「メルト、何食べたい? さっぱりしたのものとか、油っぽいものとか、なんでも言って」
今の俺は……最強だ……!
凄い全能感だ! 料理に関してだけだけど!
知識の量がやばい。明らかにゲームに実装されている数々の料理、そのレシピを片っ端から調べて参考にしただろ、製作者。
それに絶対関係なさそうなバズレシピやらなにやらの知識まである。
これ絶対アレだろ。製作者が脱線して見た動画とかの知識も含まれてるだろ。
「じゃ、じゃあ……お肉! 牛のお肉!」
「あ、そういえば結局オークションで事件に巻き込まれて色々うやむやになっちゃったもんな。約束通りお肉、料理しようか」
「やった! じゃあお肉、買いに行きましょう!」
「もう暗くなるし、今日は俺……私の持ってる食材を使おうか」
「あ、そうね。じゃあお買い物は明日ねー?」
正直、ゲーム時代の食材よりもこの世界の食材を使う方が、将来的には役立つとは思う。
この先この世界で生きるなら、いつか尽きるゲーム時代の食材に慣れるより、絶対にこの世界の食材を使い、食べ、慣れていく方が大切だ。
少々意味が違うが『地産地消』の精神みたいなものだな。
「とりあえず牛肉を……そいや」
アイテムボックスから具現化した、赤々とした牛の肉塊をまな板にドシンと乗せる。
これは牛の脇腹から背中周辺までの塊だな。こんな大きさの塊、実際に目にするのは初めてだ。
なのに、捌き方が分かってしまう。
「わ! 新鮮なお肉ね!? セイラの魔導具、空間石だけじゃなくて時間石まで仕込まれているのかしら……とんでもない貴重品よー?」
「名前の響き的に、空間を広げる石とは違う『時間の流れを停滞させる石』かな?」
「まっさかー! そんなおとぎ話みたいな凄い効果な訳ないじゃない。近くにある物の変化を止める、だよ。まるで時間が止まったみたいに見えるからそう呼ばれているのよ」
「え……それって時間を止めるのと変わらないんじゃ……」
「ううん。だって対象が自分で動けるものなら止められないもの。あくまで動かない物の状態を止める程度よ」
「なるほど?」
いやそれでも十分すごいと思うんですが……そんな物質まであるのか。
まぁ実際、メニュー画面に収納されている物は時間が止まっていると見てもよさそうだが、一部の使用期限が設けられているアイテムはしっかり時間が経過するしなぁ……。
「とにかく、この大きな牛肉を料理したいと思います!」
「やったー! もうお腹ペコペコよー!」
なら時間の掛かる料理はダメだな。
肉塊のまま調理するのはロマンだが、今回は……一番いいところを切り出してシンプルにステーキにしようか。
サーロインにヒレ、どちらを選ぼうか……。
せっかくだ、一番いいところを選ぼうか。
ヒレ肉……その中でも中心部に位置する、最も柔らかく水分も豊富な部位……!
その名も『シャトーブリアン』をステーキにするぞ……!
ソースは王道の『マデラソース』にしたい。
が、必要な『フォンドヴォー』を今日用意することは出来ない。
なら、シャトーブリアンを焼いた際のエキスを加えて代用すればいいか。
問題はマデラワインだが……今回は普通の赤ワインで代用するしかないか。
「凄い……知らないはずの知識がどんどん出てくる」
「む、むしろどうして考え事をしながらそんなに上手にお肉が切れるのかしら」
「え? あ、本当だ」
気が付けば、巨大な肉塊を解体し、目的のシャトーブリアンを取り出し終えていた。
こんな大きな塊からこれしか取れないのか……!
「よし……この部分を焼くぞ……!」
「お、おお?」
そうして『シャトーブリアンのステーキのマデラソース風』を完成させるのだった。
「生ぎででよがっだ……ダンジョンンがらとびだじで……よがっだわ……!」
「メ、メルト……そんな号泣しなくても」
「だっでぇ……! 美味しすぎるんだもん……!」
「確かに……」
三〇分後の君は、涙で溺れていました。
よし……メルトを幸せの絶頂に導くことが出来ると判明したぞ!
スキルを継承出来るように、これから毎日メルトに美味しい料理を食べさせないと……!
これから毎日メルトを泣かせるぞ! 字面が酷い!
(´・ω・`)これにて第四章終了です。
(´・ω・`)五章書かないと……(現在4/16日
(´・ω・`)次章より17時更新に変更予定です。
(´・ω・`)また、サポーター限定ではありますが、短いお話、SSをカクヨムの近況ノートで毎週公開しています。
(´・ω・`)今日の17時が次回更新です




