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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第四章 帰るべき場所

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第六十二話

 とてつもない疲労感、そして全身から何かが失われていく感覚。

 全身の力が抜けるのを耐えながら、沼地から一瞬でも早く抜け出そうと足を動かす。

 だめだ、ここで倒れては全身泥だらけになる……!

 それだけではない。今の一撃、確かにあの魔物を貫き、消滅させた。

 だが、どうやら極められた一撃は『余波を生み出さない』ようだ。

 確かに消し飛んだ魔物の影。だが、矢の範囲外だったのか、巨大な翼のシルエットだけが、猛烈に回転しながらこちらに迫って来ていた。


「う、うわあ!? 嘘でしょう!?」


 沼地を抜け、木の陰に隠れる。

 すると一瞬遅れて、猛烈な轟音と共に巨大な魔物の翼が一対、木々をなぎ倒しながら墜落し、大きく地面に傷跡を刻んで行った。


「うわぁ……胴体だけ消し飛ばして翼が……」


 もう、正直立ち上がる気力すらない。意識が重くなり、眠気にも似た気配が迫ってくる。

 急ぎポーションを取り出し、意識が薄れる中それを飲み干す。

 すると、眠気だけはどこかへ消え去り、ただ虚脱感だけが全身に残った。

 それでも、討伐証明に使えるだろうと、この大きすぎる翼を引きずり、一カ所にまとめる。


「はぁ……はぁ……重い……リンドブルムまで……無理ですね……」


 体調が万全なら、紐でもくくりつけて引っ張って行くことも出来ただろう。

 が、今はどういう訳か、ポーションやMPを回復する薬を飲んでも、一向に体調がよくならない。

 幸い、指輪の効果だろうか、少しずつ気力が戻ってきてはいるが……まだ時間がかかりそうだ。

 MPとは気力のような、一種の意思に関わる力……なのだろうか。


「正直……ここで夜を明かすのは嫌ですねぇ……」


 完全に日が落ち、星も月も雲に隠れた夜空。

 暗闇に包まれた、既に討伐したとはいえ、アンデッドが出現する沼地。

 一晩明かすにしては最悪過ぎるロケーションだ。


「だったら俺がソイツ運んでやろうか?」


 その時、沼地の奥、暗闇の向こうから何者かが話しかけてきた。

 反射的に弓を構え、今すぐにも放てるよう、付与魔法を使用。

 他のスキルをなんとか発動させ、疲労感の残る身体に鞭を打ち狙いを定める。


「おっと、ソイツは勘弁だ。俺まで消し飛ばされるのはゴメンだからな。つーか……マジでアレやったのお前なのかよ」


 ズブズブと沼を掻き分ける音が近づき、こちらの放とうとしている矢の光に照らされて現れたのは、一人の男だった。

 ……私ではない、セイムの記憶にある人物だ。

 そしてその時の、セイムが見た光景を思い出してしまい、顔が赤くなるのを感じた。

 ……く! なんで! なんで大衆浴場で遭遇した相手がここにいるんですか!

 ダメだ思い出そうとすると『全部』思い出してしまう。

 確か、セイムが『恐ろしい』と警戒していた相手だ。

 傭兵ギルドに所属していると言っていた気がする。


「何者ですか。見ての通り、こちらは今すぐにでも攻撃可能です」

「防げるかどうか試してみるのも悪かねぇが、こっちに交戦の意思はねぇ。恐らくアンタと同じ目的でこの場所に来たってことになるな。例の変異体のデカブツ、飛行型の討伐だ」

「……所属と名を」


 警戒する風を装い、この相手の情報を探る。

 傭兵ギルド所属である以上、本来であれば警戒する必要のない相手なのは分かっている。


「傭兵ギルド所属、クラン『レヴォルト』のリーダーの『ヴィアス』ってもんだ。アンタは?」

「ヴィアスさんですか。私は冒険者ギルドに所属しているシーレと申します」

「チッ……また冒険者か。有能そうなヤツはみんな向こうに取られちまう。アンタ、もし移籍すんなら俺のクランで歓迎するぞ。弓使いや魔法使いは今募集してんだ」

「勧誘ですか、この状況で。……良いでしょう、貴方を信用します」


 そうして、私はようやく弓を下し、警戒を解くのだった。


「しっかしアホみてぇな威力だ。マジで身体だけ消し飛んだってことか、こりゃ」

「恐らくは。ただ、代償は大きかったようです。正直リンドブルムまで帰るだけでフラフラになりそうです。翼の運搬、お言葉に甘えても?」

「まぁ良いもん見せてもらったからな。それに美人の介護ってのも悪かねぇ。討伐報酬よか得だぜ」

「それは光栄です。では運搬、任せましたよ」


 私は膝に力を入れ、まるで無理やりバランスを取るように立ち上がる。

 多少ふらつくが……問題ない。

 最上級の技の発動……これは今後、どの姿でも少々注意が必要ですね。




「しかし冒険者にアンタほどの弓使いなんていた記憶がねぇな。新入りか?」

「ええ、昨日所属しました。弓の腕を買われ翠玉ランクから始めましたが、何やら飛行型の魔物に苦戦していたらしく、討伐を頼まれました」

「……新人にやらせる仕事じゃねぇだろ。こりゃたぶん、魔物の情報が間違って伝わっていたな」

「と言うと?」

「偶にあるんだよ。傭兵ギルドと冒険者ギルドで、依頼内容が食い違うことが。アンタを悪く言うつもりはねぇが、冒険者ってのは大げさに報告することも多い連中だ。ちっとばかしヌルい裁定でランクが上がることもある。だから冒険者の報告を話半分に聞くなんてこともあるんだよ」

「ああ……なるほど。報告した人間の人柄を見て、話を盛っていると疑うこともあると」

「そういうこった。その点、こっちはヌルかったり間違った報告した連中にはキツイ制裁がある。厳しく恐ろしい場所だが仕事の遂行能力はそっちの比じゃねぇ」

「なるほど。流石実戦に重きを置く専門家ですね」


 なるほど、そういう住み分け、暗黙の了解もあるのですか。


「では、総合ギルドまでしばし肩を借りますよ、ヴィアスさん」

「さんはいらねぇ」

「では頼みます、ヴィアス」


 これは、少々利用出来る状況ですね。

 私はこの人物を利用する方法を思いつき、彼の力を借りてリンドブルムへと帰還するのだった。






 西門からリンドブルムに入ると、まず最初に通ることになるのは『旅宿通り』だ。

 ここはそのまま東門までほぼ直線で繋がっており、距離はそれなりにあるが、迷うことなく通り抜けられる、リンドブルムのメインストリート的な側面がある。

 そして、その最中に中層へ向かう大きな坂道があり、それが私にも馴染み深い冒険者の巣窟だ。

 当然、巣窟を目指す冒険者や傭兵もこの辺りを沢山通るので、必然的に『ヴィアスに肩を借りて親しそうに話している謎の女』の姿を、多くの冒険者、傭兵が目にすることとなる。

 無論、この巨大な魔物の翼、大きすぎる荷物も人目を引くことに一役買っているのだが。


「おい……あれヴィアスさんだ」

「たまげたなぁ……なんだあの荷物」

「一体どんな相手だったんだよ……」

「あの一緒にいる女は誰だ? エルフだよな」

「すげえ美人だな……まさかヴィアスさんと組んでるのか?」

「セクシー……エロい」


 これが、狙いだ。

 私の行動を邪魔する人間を、事前に排除することが出来ると踏んだのだ。

 恐らくそれなりに名のある人物。そんな人物の肩を借り、一緒に帰還すれば、私にちょっかいをかけてくる人間も減ってくれるだろうと考えたのだ。


「……なるほどな。理解したぜ、お前の魂胆が」

「私、美人らしいですから。良い虫除けになってくれて感謝しますよ、ヴィアス」

「くは! とんでもねぇ女だなおい。もうそろそろ自分で歩けんだろ」

「バレましたか。では失礼」


 目的は達せられました。では身体が不自由なふりを止め、総合ギルドへと向かいましょうか。




 総合ギルドに到着すると、こちらが引きずって来た巨大な翼に周囲が驚愕の声を上げた。

 だが、それよりも騒ぎを大きくしたのは――


「おい! 冒険者ギルド! ちょっとツラ貸せやコラ!」

「ひゃ、ひゃい!?」


 今朝、私の受付を担当してくれたお姉さんに向かい、ヴィアスが恫喝にも似た剣幕で迫る。


「オメェんとこの討伐依頼、ちゃんと事前調査してなかったろ! 俺達が運んできたモン見てみろ」

「ヒッ! え、えと……すみません、ちょっと上の人を呼んできます」


 どうやら、冒険者ギルドの今回の依頼の不備に怒っているようだ。


「ヴィアス、少し冷静に。まぁ確かに今回は私以外が受けていたら大変なことになっていましたが。今回の衝撃はきっと今後の改善に繋がるでしょう」

「だろうな。だから事を大きくしてる。っと、出てきたな」


 すると、受付の奥から何かとお世話になっている男性、確か『シグルト』という名前だ。


「ヴィアスさんか。どうしたってんです?」

「お前んとこの討伐依頼、巨大飛行型討伐の依頼。ありゃ事前に報告があったんだよな?」

「ええ、確か黄玉ランクのパーティから報告が上がってましたわ」

「お前、依頼のランクを過小評価して張り出したろ。ありゃ俺んとこだと紅玉ランク以上限定の依頼になってる。どんな基準で依頼を決めてんだ?」

「は? いやそんな……」

「ほれ、入り口を今塞いでる死体を見てみろ。翼だけであの大きさだ。あんなん、翠玉ランクの冒険者にほいほい依頼を受注させてどうするつもりだったんだ? また新人の数減らすつもりか?」


 すると、シグルトが扉を埋める巨大な翼へ駆け寄り、心底恐ろし気にその詳細を確認していく。


「嘘だろ……なんだ……この大きさ……ドラゴンの成体並じゃないか……」

「もっと事前に調査をしてから依頼を出せ。お前んところの翠玉の新人、こいつに一人で挑んでいたんだぞ」

「ま、まさか! ヴィアスさん、まさかその人が犠牲に!?」

「あ、ここです。ここにいますよ私」


 おっと、翼の詳細を調べていた所為で姿が隠れてしまっていましたか。

 これ、観察眼で見た限りですが……かなり利用価値がありそうですね……。

『翼ではあるが良質な肉が残っている』やら『羽毛の強度がワイヤー並』だとか……これ、高く売れそうですね。


「シーレさん! 無事だったんですか」

「ええ。しっかりと討伐してきましたよ」

「え、ヴィアスさんが倒したのではなく?」

「ああ、今回俺は何も手出ししてねぇ。この魔物を追いかけてたら、このシーレの一撃が一発で魔物を貫いちまった。いや恐ろしいね、あんなん俺でも食らったら一溜まりもねぇ」

「安心してください、人には向けませんよ。敵対しない限りは」

「ランクの付け直しを勧めるぜ。こいつは翠玉なんかで収まる器じゃねぇ。少なくともうちに移籍したらクランの分隊を任せても良いくらいだ」

「……レヴォルトのリーダーであるヴィアスさんがそこまで言いますかい……すみません、今回の依頼の評価についてはこちらに落ち度があります。シーレさんも本当に申し訳なかった。報酬も部位の売却額も、しっかり色をつけてお支払いします」


 そうして、私は想定以上の稼ぎを得て、同時に私に向かって来るであろう好奇の声を事前に潰し、さらに大量の戦闘経験とスキルの使用回数を稼ぐことが出来たのだった。

 ふむ……これはかなり、効率のいい動きが出来ましたね。




「それでは、私はこれで失礼します。少々調査が立て込んでいるので今日中に街を一度離れますので、部位の査定結果は……そうですね、メルトにでも支払ってあげてください」

「了解しました。いや本当に申し訳ない……俺が飛行型の討伐依頼を受けてくれなんて言ったばっかりに……」

「ですが、おかげで厄介そうな魔物を一体、こうして私が討伐出来ましたからね。これからは魔物の目撃報告をしっかり検証してから依頼を張り出してあげてくださいね」

「肝に銘じます。じゃあ……支払いはメルトの嬢ちゃんにしておきます」

「それでしたらついでに、翼に残っているお肉を彼女に分けてあげてください。どうやら食べられそうなので」

「え? これ……食わせるつもりなんですか?」

「凄く美味しそうでしたよ」


 鑑定した結果は『上質な手羽元』『食用に適している』とありましたので。




 さて、これで後は帰るだけ。メルトは今日一日、どんな仕事をしたのでしょうかね?


「どっか行くのかよシーレ」

「おや、ヴィアス。待っていてくれたのですか?」

「まぁな。さっきチラっと言ったが、もし移籍するなら歓迎するぜ。なにせ『十三騎士の率いるクラン』の分隊長に抜擢するつもりだ。待遇、稼ぎは保証するぜ?」


 む……十三騎士ですか。シュリスさんやクレスさんと同格の相手……いや、恐らく彼女達以上の手練れでしょうか。


「これは随分と買ってくれましたね。ですが、私は既に『ある旅団』に所属している身ですので、最低限の身分証明以外は必要ないのですよ。お気持ちだけ、お受けします」

「は、ならしょうがねぇな。旅団、ね。アンタクラスの人間を抱える旅団なんて聞いたことがねぇ」

「ま、無名ですからね。発足したての」

「仕方ねぇな、スカウトは諦めるわ。あーあ、せっかく代わりの人材を見つけたと思ったのによ」

「代わり?」

「ああ、俺はもともと『ある冒険者』を探して西側をぶらついてたんだよ。結局見つからなかったが、代わりにアンタを見つけた」

「なるほど……すみませんね」

「いいっていいって。じゃあな、シーレ」

「ええ、では失礼します、ヴィアス」


 ふむ……案外、組織やリンドブルム全体のことを考えて行動していたのでしょうか。

 十三騎士……なかなか底が知れない集団のようですね。

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