第六話
(´・ω・`)今回のヒロイン枠
「……なんかいる」
一応俺も周囲の警戒だけはしておこうと、一番後ろでキャラバン隊を追いかけながら周囲を見回していると、街道沿いの森の中を、白い影がちょろちょろしていた。
あれは……この間俺とばったり遭遇した白い獣人の女の子だよな? なんかこう……露骨に藪から頭だけ出して、可愛い顔でこちらを睨んでいるんですが。
「……可愛い。なんだろう、このキャラバンでも追いかけてきてるのかな?」
まさか街の裏山からここまでずっとついて来たのか? だとしたら疲れないだろうか?
かといって声を掛ける訳にもいかないからなぁ、人間のこと恐がってるっぽいし。
そうして、早朝に出発した俺達だが、そろそろ昼も近いから昼食にしようと休憩に入ると、離れて森の中を移動していた女の子もまた、藪の中に引っ込んで行った。
休憩かな?
「さて、じゃあ昼食は交代して摂るからな、俺達は。セイム、お前は最初に食え、殿を見てくれていただろ?」
「あー、了解です」
昼食は商会が出してくれることになっていたので、準備中の商会のメンバーの様子を見ていることにしたのだが、そこに先日宝石の買い取りを担当してくれた男性が現れた。
実は、商会の責任者だったらしい。
「先日はどうも、セイムさん。あの宝石ですが……ふふ、今年の新年祭であちらの王女に捧げる飾りに使われるかもしれませんよ。これは相当な値段が期待出来ます」
「あ、どうもどうも……いやぁ、なんだか大ごとになりましたね、自分は拾っただけなのに」
「いえいえ、ダンジョンに潜り、財宝を見つけるのは探索者の実力みたいなものですから」
「ははは……そういうことにしておきます」
「しかし……中々お腹がすきましたな? 朝食を抜いてしまったのが仇になりましたか」
俺は、カモフラージュ用に購入したリュックの中を探るふりをしながら、メニュー画面からパンを二つ取り出した。
「どうぞ。まだ完成まで時間もかかりそうですし、ちょっと小腹だけ満たしましょう」
「おお! これはありがたい……んむ!? なんとふかふかなパンでしょう! 出来立てのようですな!」
「はは、たしかにまだ柔らかいですね」
あ、やべ。いや大丈夫か?
あ、そうだ。折角だし俺も昼食の手伝いは出来ないだろうか? 一応技術も知識もあるのだし、実際に経験を積めばもっとLvも上がるかもしれない。
早速手伝いを買って出ると『実は専属の従業員は旅にも料理にも慣れていないので、料理経験者がいるのはとても助かる』と手伝わせてもらうことに。
俺も未経験者なんですけどね、実際には。カレーしか作れないぞ。
「おお……今ある食材だけで何が作れるかすぐに思い浮かぶ……」
簡易キッチンというか作業台に立ち、食材とまな板、包丁を前にすると、まるで頭の中に知識が流れていくような感覚と共に、手順とレシピが思い浮かぶ。
「……パンを細かくちぎって卵と牛乳に浸して、細かく切った野菜と一緒に焼き固める、スパニッシュオムレツ風パンプティングだな」
やべえ。今の俺かなり料理出来る系男子なのでは?
よどみなく俺の身体が動き、材料の下ごしらえが完了して大量の生地が出来上がる。
あとはコイツを焼くだけだ。
「うー……良い匂い。まずは商会の人の分を焼いて、と」
そうして、商会の皆の分を焼き上げた俺は、そのまま続いてギルドの面々の分も焼き上げる。そして俺の分を焼き終えたところで……ガサリと近くの藪から音がした。
振り向くと、白い獣娘さんが、指をくわえてじっと見つめていた。
……やべぇ、さっきより近い。凄く可愛い。
くりくりの青い瞳に、銀色の長い髪。そして……うーむ、こめかみの少し上からピンと伸びた耳。見た感じ、俺の実年齢よりも若干若そうだな。一六歳かそこらか? それとももっと若いか。
俺は、余りそうな生地をまとめて全部焼き、こっそり彼女の視界から外れる様に移動し、藪の近くに一皿だけ置いて戻る。大丈夫だぞー、毒なんて入ってないぞー。
「……お、食べてるな」
なんか凄く幸せそうな顔しながら、藪から上半身だけ出して皿に手を伸ばしている。
食べにくかろうに……皿、持って行っちゃえばいいのに。
そうして昼食が終わり、行軍再開。俺は皿を回収する時、ついでに藪の中に向けて独り言をつぶやく。
「あ、さっき余ったから森の動物にあげようと思ったら食べられてる。美味しかったならいいけどなぁ……夕方も余ったら動物にあげようかな」
聞こえるといいなぁ。そう思っていたら、どこからか小さく『やった』と聞こえてきた。
……くそう、可愛いぞあの子。もう一緒に行こうよ。
その後、懸念されていたモンスターと遭遇することもなく、順調に旅は続いていく。
天気も良いし、景色も良いし、なんだかとても清々しい気持ちになる。そして相変わらず森の中を移動する白い獣娘さん。ぴょこぴょこ頭が見えてますよ。
さっきは耳が少し垂れていたが、今はシャンと立っております。
……お腹空いてたの? 食料なら俺のメニュー画面に膨大な量ありますよ。
そうして行軍を続けていると、そろそろ日も暮れるからということで、少し早めに野営の準備に入った。
「寝ずの番とかどうするんですか?」
「ん? そうだな……お前さん、晩飯も作ってくれるんだろ? だったら夕食中の警戒は俺達に任せろ」
「夜の間は俺達が持ち回りで見張るから、あんたは明け方に交代してくれ。うまい飯の礼だよ」
「うむ……旨かった。街の酒場よりもよほど旨い。良い料理人になれるのではないか」
どうやら、即興の料理を気に入ってくれた模様。嬉しいなこれ……作って食べて貰って、褒めて貰える。そうか、こんなに気持ちいいものなのか……!
なお、当然のように夕食の手伝いを頼まれました。自分から言う手間がはぶけてよかったよかった。
「じゃあ……夜は少し俺の食材も使っちゃおうかな」
メニュー画面から日持ちしてもおかしくない、違和感のない食材を取り出す。
おおすげえ、頭の中にいろんな料理の作り方、手順が思い浮かんでくる……!
じゃあチーズと干し肉を追加して……水で戻してピカタ風に焼いてから、パンに挟んで食べよう、そうしよう。これって何の肉か知らんけど。たぶん牛だ牛。断じて魔物なんかじゃないと信じたい。
手際よく料理を仕上げ、自分でまず味見として一つ頂く。
「お、うまい! すげえ……マ〇クのバーガーよりよっぽどうまいぞこれ」
マヨネーズがないので適当なドレッシングしかかけていないピカタと野菜なのに、なんでこんなに美味しいのだろう。まぁ俺が貧乏舌なだけかもしれないが。
またしても料理をしていると、今度は近くの森ではなく、かなり近い場所から物音がした。
……もう暗いからってバレないと思ったのか? 近くの荷馬車の影から聞こえて来たぞ。
俺は今度も皿に一つ料理を乗せ、そして……物音が聞こえた方へと向かう。
「あれ? 今誰かいた気がしたんだけどなぁ。料理出来たから、君の分ここに置いておくよ。夜は危ないからあまり一人にならない方がいいぞー」
そう声を掛けると、ゴソゴソと荷馬車から、厚手のローブを纏い、そしてフードを被った人物が現れた。
「お……おお、分かった! これを食べたらみんなのところに向かうよ」
顔を隠しても、声が完全に女の子のそれでした。なんか必死に声を作っておじさんっぽい喋りをしているのだが……もう尻尾だろうか、ローブの後ろが不自然に膨らんでいますよ君。
ちょっと良いことした気分に浸りながら、残りの料理を仕上げていく。
ハンバーガーみたいな何か。ピカタサンドだな、今のところの呼び方は。
などと考えているうちに、馬車から降りたローブ姿の人物が、そのままこっそりと森の方に向かって行った。
やっぱり人間のことを信用していないのだろうか。
が、立ち去る前にローブ姿のまま、あの子がこちらに振り返り声をかけてきた。
「おいしか……うまかったぞ! ワシは森の様子を見てくるぞ!」
「ああ、分かりました。気を付けて」
律儀な。やっぱり悪い子ではないよなぁ……獣人との確執って本当大昔の因習がそのまま残ってるだけなんじゃないかな。
俺は残りの料理も仕上げ、その後も夜間の魔物や賊の襲撃もなく、平穏無事に夜が過ぎていった。
そんなこんなで隣国への旅路は滞りなく進み、街を出てから一週間、時折俺が料理を森の近くに置いたり、夜に知らないローブの人物がこっそり食べに来たりという、奇妙な同行者との護衛任務もいよいよ折り返し地点……即ち、国境付近までやって来た。
ここから先は俺以外の護衛は引き返すことになっている。で、俺はそのまま隣国に移動するという訳だ。
なんでも、両国間の緊張が続いている今、互いの出入りは厳重に管理されているらしく、ギルドの正式なメンバーか、国に認められた商会の人間くらいじゃないと出入りが難しいのだとか。なるほど、じゃあ俺が国を出る為にはどの道ギルドに入る必要があったのか。
「ふぅ、じゃあ俺達はここでお別れだ。セイム、短い間だったが世話になったな。任務中にうまい飯なんて食ったことがなくてな、凄く気分よく仕事が出来たぞ」
「うむ、実際夕食を楽しみに働いていたところがあった。お前はあちらの国に移るのだったな。いっそのこと、危険の少ない料理の道に進むのはどうだ?」
「そうそう! 俺らも依頼でそっちに行くことがあったら食いに行くからよ!」
別れ際にギルドの皆さんにそう言葉をかけられ、不覚にもぐっときてしまう。そう、そうなんだよ、俺はこういう人情ってものに飢えていたんだよ! そうだなぁ……今の俺はまだ実際に行った経験はないけれど、いろんな技術と知識はある状態なのだし、それを生かす道だってあるんだよな……まぁ戦うのも凄く楽しみなんだけどさ。
他の護衛と別れた俺達キャラバンは、国境をかねている検問所へと向かう。
……あの子、大丈夫か? さすがに森からじゃ、この検問は突破出来そうにないが……あ、一応ダンジョンになってる渓谷を通れば検問を無視できるのか。
が、対策されていないということは、それだけダンジョン経由での国境越えは難易度が高いということだ。
それとも『突破できる人間を自分の国に属させたい』とでも思って中で待ち伏せでもしているのかね、ゴルダの国境警備員が。
「すみません、商会長さん。ここを過ぎたらもう国が変わるんですよね?」
「ええ、そうですよ。そこからはレンディア領内です。あちらの国では、国境付近でダンジョンから逃げ出して来た魔物の討伐や無法者を捕える為に厳重な警備、巡回がおりますから、比較的安全な道中になります。セイムさんも肩の力を抜かれてはどうですかな?」
「あ、そうなんですね。それで、向こうだとやっぱり獣人の扱いも変わるんですかね?」
「そうなりますね。こちらの国では何かと行動を制限されたり、許可なく街に入ることも出来ないですが、レンディアでは普通の人間と何も変わりません。私も商会の人間として、レンディアの獣人の方達とも対等な関係ですし、むしろゴルダ国が変わっている……と言えるでしょう」
「なるほど。じゃあ、獣人もここの検問所って簡単に抜けられるんですか?」
そう訊ねると、露骨に商会長さんが顔をしかめた。
「……残念ですが、しっかりと身分を保証してくれる後ろ盾がないと難しいでしょう。嘆かわしいことですが、私の商会でも、獣人の従業員は一人も同行してません。獣人が自由を得るには、ダンジョンを抜けて向こうに渡るしかないでしょうな」
「ギルドには……獣人は加入できないのですか?」
「ええ、少なくともゴルダ国では。ギルドとしても、国と直接争う訳にもいかないのでしょうね、この辺りは線引きされています。まぁ、そもそもこの国に獣人なんて殆ど残っていませんけれどね。いたとしてもレンディアでしっかりと身元が証明された方くらいしかいないでしょう。こちらの国の山岳地帯にも昔は獣人が多く暮らしていたと聞きましたが、長い年月を経て、少しずつ去っていったと言われているんです」
ほー、じゃああの子は凄く珍しい存在か、それともレンディアから来て身元を証明する物をなくしてしまった子なのか。じゃあ……あの子はやはりダンジョンに挑むのだろうか?
「あの……すみません、ここで別れて、検問を抜けた先で合流って出来ませんか?」
「ほう? ダンジョンに興味があるのですかな?」
「はい、実は……以前お渡しした宝石の原石ですが、実はそれだけでなく、メモのような物も一緒に回収したんです。もしかしたら……ここのダンジョンに他の物も隠してあるかもしれないんです」
「ほう! 探索者は自分達の財産をもしもの時の為にどこかに隠すと聞きますが……そ、それでその品の回収にはどれくらいかかるのですかな? もし一日程度で回収できるのでしたら、是非とも私達もレンディア側で一日待っていたいと思います。有用な物でしたら買い取りも致しますよ!」
ごめん嘘。やっぱりさっきの子が気がかりなので、せめてダンジョンを通り抜ける手伝いをしようかと。こう……一週間の餌付けという訳ではないが、奇妙な縁が出来たというか……ただ純粋に情が湧いたと言いますか。
商会が俺の提案に乗るか賭けだったが、やはり利益になりそうな気配を感じたのか、商会の責任者さんも乗り気のようだ。
俺はそう嘘の理由を並べ、ダンジョンへと向かうことを許してもらった。
(´・ω・`)それはお前だ! 獣娘!