第五十九話
「お、お久しぶりです! また街に戻って来たんですか!?」
「ご無沙汰しています。ええ、少し友人に会いに来ました。家を買ったらしく、その留守を任されているんです」
「そうなんですね! 何か困ったことがあれば、いつでも街の騎士の詰め所を訊ねてください! 直接ここに来ても良いですからね!」
門番さんとあいさつを済ませ、いざパイのお店『ジャンガリ庵』へ。
これ、完全にジャンガリアンハムスターですよね……? はむす亭といい、この都市にはハムスターの信奉者が多いのだろうか?
そういえば結局、はむす亭でも名前の由来などは聞けず終いでしたし。
「シーレ、さっきの門番さんと知り合いなの?」
「ええ、少しだけ助けてもらいました」
「きっといい門番さんなのね! ゴルダの城下町とは大違い!」
「……何かされたんですか?」
「『近づくな獣人!』って、お水かけられたわ! 失礼しちゃうわよね!」
「……」
今一瞬『戦争を誘発させよう。門番を殺しに行こう』なんて思ってしまった。
私はシレントではないというのに。
心を落ち着ける為、メルトの頭をなでる。なでりこなでりこ……こんなに可愛い子になんて酷いことをするのだろうかゴルダは。
「うわ……どうしたのシーレ」
「心の平穏の為です」
「そうなのね?」
そうして辿り着いた、冒険者の巣窟の深部にあるジャンガリ庵。
曰く、この店の店主は噂の『ハムステルダム』という国で働いていたそうだ。
実在するんですか本当に……。
「私はこの揚げパイを前は食べたんだー! サクサクでカリカリで、中にとろーっとしたチーズが入っていて、一口で凄く幸せになれるのよ」
「なるほど……良いですね揚げ物。ふむ……具材を二種類選べるんですか」
「私はなに注文しようかなー! 前はリッカ達三人と分け合ったから、いろんな味を試したんだよね。今度はどれとも違うのにしよう……」
シェアしていろんな味を楽しむ、とても素敵な食べ方だ。
羨ましいですね普通に。ふむ……ならメルトのお勧めを聞いてみよう。
「メルト、その時の中でおすすめはありますか?」
「えっとねー……やっぱり揚げパイのチーズ味かな? 凄く美味しかった!」
「なるほど、では私は揚げパイのチーズと……ふむ……変わり種ですがクルミ餡というのを試してみましょう」
クルミ餡……名前の響き的にデザート的なものだろうか?
サクサクとした揚げたてのパイ生地に、甘いクルミ……美味しいに決まっている。
「じゃあ私はねー……これ! 子羊とリンゴのパイ! なんだか不思議な組み合わせよ! お肉と果物よ!」
「ほほう……なんだかおしゃれなメニューですね。では注文しましょう」
そうしてメルトと二人で食べたパイは、なるほどメルトが感動しただけはある味だった。
チーズの揚げパイ……あのチーズは確かに美味しい……!
そしてクルミ餡の正体は、黒糖とクルミ、そしてシナモンのデザートパイだった。
こちらも大変美味でした。
なお、メルトは子羊とリンゴのパイの味はよく分からなかったそうです。
私は美味しいと感じたのですが、どうやらまだメルトは変化球的な食材の組み合わせの美味しさについては経験不足なようでした。
「シーレ、明日からはどうする?」
「そうですね……私の目的……というより、検証を兼ねて少しだけ討伐依頼を受けてみようかと。メルトはどうします?」
「私も一緒に行こうかなって思うんだけど、ちょっとリッカ達も心配なんだー……。シーレとずっと一緒にいたいけど……」
「確かあの三人はギルドからなんらかの罰則が下るんでしたか? そうですね、気になりますね。メルト、三人の様子を見てきても良いんですよ? 幸い、私は一人でも問題はありません。ですがあの三人は、なんらかのペナルティの依頼に従事している可能性があります。顔を見せてあげるだけでも励みになると思いますよ」
「うん……分かった! じゃあ明日、三人の様子見て来るね」
そう、メルトには私達だけではなく、もっと横のつながり、人との交流を深めてもらいたい。
特に同年代の女の子との交流は、きっとメルトにたくさんのことを教えてくれるはずだ。
「ふー……食べた食べた! じゃあそろそろ帰る? 今から帰ったら、お家につく頃には夕方かな? 晩御飯どうしよっか?」
「今食べたばかりですし、夜は簡単なものでも作りましょうか。幸い、食材には余裕がありますし」
「シーレって料理も出来るの?」
「セイムと同じ程度には出来ると思いますよ」
セイム同様、私にも生産職で実行したことのある技能は最低限習得されているはずですから。
……なんだろう、少しだけ嫌な予感がする……。
私、料理出来ますよね? 私だけ上手く作れないとかありませんよね?
「シーレ……これ味しないよ」
「おかしい……ただのポトフなのに……なぜ……」
何故かだめでしたよ……私の予感は当たるんですね……。
しかしおかしい。私は観察眼を使いながら料理をしていたのに。
その料理の状態を確認し、その説明が変化するようにしっかりと確認しながら作ったのに……。
「お塩入れたらおいしくなったよ!」
「すみません、今度からもっと味見をします……」
目で確認するだけではダメだと学びを得ました。
次はきっと大丈夫のはずです。調理工程そのものには全く問題はありませんでしたから。
「お風呂の準備してくるね。家の中にお風呂って凄く贅沢ねー?」
「そうですね。私は食器を片付けておきますから、お風呂は先に入って下さいね」
「えー一緒に入ろうよ」
「んー……ではまた目を瞑るので介護お願いします」
ここだけは、譲れない。
シズマ達の為にも、メルトの為にも。
そうして、今日もメルトに介護されながら、この家のお風呂の快適さを堪能するのでした。
翌朝。
宣言通り、メルトと一緒に眠り、同じベッドで目を覚ます。
この寝室のベッドの大きさはダブルどころではないですね、かなり広い。
私以外に戻ったら、メルトはこの大きなベッドを独り占め出来るという訳ですか。
なんとも羨ましい。それと枕がデカいですね、これも羨ましい。
どうやら、こういった生理的な好みというのはシズマに左右されないようだ。
私は『頭を乗せると沈み込むような柔らかくてふかふかな枕』が好きだ。
一方、シズマは『固めのそば殻枕もしくはマイクロビーズ』が好きらしい。
少し、こういう違いが面白い。
「メルト、朝ですよ?」
「んー……動きたくない……」
「ベッド、気持ちいいですからね」
「うん……身体がとろけちゃいそうよー……」
宿に比べて、明らかに上質なベッド。確かにこれは動きたくなくなる心地よさだ。
「ほらほら、朝ご飯を食べたらリンドブルムに行きますよ? お風呂はどうします?」
「んー……入るー……」
「ではご飯を用意しておくので、入ってしまってくださいね」
さて、昨日の失敗を踏まえてリベンジです。
もう、観察眼に頼りはしない。味見を覚えた私に死角はない――
「シーレ……これ凄く甘いよ……」
「はい、スクランブルエッグは甘めの方が私は好きなのですが、もしかして甘い卵というのは初めてでしたか?」
「甘すぎるよ……おかしいよ……」
「そんなはずは……」
お風呂上がりのメルトと食べる朝食で、またしてもメルトから悲し気な声があがる。
おかしい、味見をした時はなんともなかったのに。
私はメルトの皿の上のスクランブルエッグを一口味見する。
その瞬間、ジャリっというありえない音と共に、強烈な甘さが口内に広がった。
……! 砂糖が! 溶け切れていない塊の場所があっただと……!?
そんな……まさか味見に気を取られて調理工程がおろそかになっていたというのだろうか。
「メルト、私のと交換しましょう」
「こっちは大丈夫なの?」
「問題なしです」
「あむ……あ、美味しい!」
……二戦一敗一引き分けといったところでしょうか。
次はもう失敗はしない……もう私に油断も慢心もないのだから。
「ご飯食べたら総合ギルドに行こっか」
「そうですね。私は恐らく、何かしらの飛行型の魔物を討伐しに行ってきますが、メルトはどうします?」
「リッカ達がどうしてるか聞いたら、手伝えないか聞いてみるよ」
「なるほど、了解です」
さて……観察眼は日々の生活で頻繁に使っているので、恐らくシズマにも引き継がれていてもおかしくないが……初級付与魔法はどうだろうか?
今日一日で沢山使えば継承されてくれるだろうか?
朝食を食べ終え、今日は通常の森の中を通りリンドブルムへ向かうのだった。
「おはようございます、メルトさん。あの三人のことですね?」
「うん、今日は何をしているのかなって」
「今日は街の警備の仕事をしてもらっていますよ。街の中なのでそこまで危険はありませんが、少々特殊な区画ですので、ある程度土地勘のある人間が派遣されているんです」
「ふむふむ。私もそれって手伝って良いのかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ。ただ報酬は出ないんですけれども」
「いいよいいよ。じゃあ三人が今どこにいるか教えてくださいな」
「はい。恐らく今は――」
ギルドでメルトが受付の女性と話している間、私は討伐任務を物色する。
どうやら、以前シレントが解決した依頼と関係しているのか、飛行型の強化された魔物が既にどこかに消えていたらしく、その捜索と討伐の任務が張り出されていた。
確かに……あの時飛行型の魔物の姿はなかった。となると、既にどこかに運ばれたか、コントロールを失いどこかに逃げられていたか……。
「最後の目撃情報は西の沼地……ですか」
まだ、行ったことのない場所だ。
しかしどうやら魔物が多い地帯らしく、同じ場所での討伐依頼が幾つも張り出されていた。
ふむ……付与魔法をたくさん使うのなら都合が良いですね。
私は依頼番号を暗記し、受付の女性に告げる。
「昨日登録なされた方ですね? ランクは承知していますが、これまでモンスターの討伐、飛行型の相手を討伐した経験はありますか?」
「あります」
記憶に、経験として刻まれている。狩人という出自である以上、私には野外で獲物を探る方法、痕跡を辿る術、生き物の行動予測などが経験として刻まれている。
ただ……少々、知識が多すぎる関係か、思い出そうとすると少しだけ頭が痛くなる。
これはサブジョブを学者にしている弊害だろうか? あまりにも、ゲーム制作陣による知識、資料が多すぎるように感じる。
「では、今回の捜索ポイント、沼地の地図を渡しておきます。これは支給品ですので、紛失等をした際は罰金が発生しますのでお気を付けください」
「分かりました」
そうしてマップを受け取った私は、メルトにこれから外に出ることを告げる。
「討伐に行くのね? シーレが強いのは分かるけれど、気を付けてね!」
「ええ、そちらも街の中だけという話ですが、それでも危険はつきものです。どうか気を付けて」
さて……ではあまり馴染みのない西門へ向かいましょうか。
「へー君マジで冒険者なんだ! すげぇじゃん翠玉ランクなんて。あーあ、俺も門番なんて仕事やめて冒険者になろっかなー?」
「お前じゃ一生ランクなんて上がらねぇって! いいから黙って見送れ! お嬢さんすまないな。こいつのことは気にしないでくれ」
「はい。では行ってまいります」
門番にも、色々いる。
そういえば北や南では話しかけられることはなかったが……。
「沼地は街道を途中で逸れる形ですか。ふむ……小さな林を抜けた先が沼地ですか」
シレントで一度通っただけの街道だ。
たしかこの街道をずっと進めば、港町があるのだったか。
ふむ……沼地ということはどこか大きな湖から海に向けて川が流れている?
あのカルデラ湖、山の湖の川は東側に流れているのだし、もう一つ水源でもあるのだろうか?
それとも沼地がもともと水の湧き出る土地で、外部から水が流れ込んでいる訳ではないとか。
「飛行型の魔物が目撃されているなら、理由があるはず。少し考えながら進むとしますか」
あの山から逃げたのだとしたら理由があるはず。
餌になる魔物が少なかった? 確かにあの山は植物や動物はよく見つかるらしいが、魔物の遭遇率は低そうな印象だ。
あの人造の強化された魔物により、在来の魔物が住処を追われた?
その追われた魔物を餌としていたのだろうか?
動物の中には、生きた餌しか食べないものもいると聞いたことがある。
「狩猟本能の強い魔物……飛行型。恐らく飛竜種か巨大な猛禽類といったところか……」
私は矢筒から矢を四本取り出す。
指の隙間に一本ずつ挟み取り出し、それぞれの鏃に属性を付与する。
「鳥類なら炎、飛竜なら氷。恐らく危険度が高いであろう飛竜種なら依頼の段階で情報が開示されているはず。つまり判別が不可能なくらい高速で飛行していた可能性?」
猛禽類だと推定、属性を炎と雷に変更。
これで、どれくらいやれるのかテストをする為、私は進行方向の先の空を見つめる。
恐らく沼地の上空。そこを旋回するように飛行している魔物に向け、超長距離から連射する。
『クアッドシュート』
四連続で矢を放つ
『付与魔法』『精密射撃』『長距離射撃』の併用可能
『初級付与魔法』
自身にのみ効果を発揮
装備している武器と技を対象に
炎氷雷地の属性を付与可能
『長距離射撃』
自身の攻撃の射程を倍化させる(最大五倍)
消費MPが倍化に応じて増える
『精密射撃』
自身の攻撃のクリティカル発生率を高める
弱点部位への攻撃誘導補正が上がる
通常攻撃でもMPを消費するようになる
使える全ての弓スキルを発動させ、技を放つ。
四連射された雷と炎の二属性を纏う矢が、はるか先の空を飛ぶ、四匹の鳥、恐らく魔物を撃ち落とす姿が見える。
「……我ながらすさまじい精度ですね」
さて……魔物の死体を確認しに行きますか。




