第五十八話
暖炉に使われた形跡がない。
つまりなんらかの仕掛けがあったとしても、それは火を使うことで発動するものではない。
なら、内部に仕掛けがあるのだろうか? いや、その程度なら調べたらすぐに見つかる。
つまり、コクリ・マーヤさんでも見つけられなかった仕掛けである可能性がある。
「シーレ、どうしたの?」
「メルト、喜んで下さい。この家にはまだまだ秘密があるみたいですよ? たぶん、この暖炉に何か秘密が隠されているはずです」
「ほんと!? 凄いわ、お話に出てくるからくり屋敷みたいね!」
「そんなものがあるのですか?」
「うん、お話だと、西の果てにある国では『ニンジン屋』っていう人達が、そういう特別なお屋敷に住んでいて、いろんな仕掛けがあるって書いてあったわ。もし本当にあるなら面白そうねー? 壁の絵の裏に秘密の通路があったり、壁が突然扉に変わったり……」
ニンジン屋……? 何かの暗号、隠語だろうか?
なんにしても、そういう概念があるなら、この家にも仕掛けが施されている可能性が高い。
「メルト、家の鍵を持ってきてください」
「分かったわ!」
もし、ただ調べても見つからないのなら。
『ここに秘密があると確信を持っていないと取らない行動』を取れば、何かが起こるかもしれない。
私はメルトから鍵を受け取り、暖炉の中に潜り込む。
すると、暖炉内の煙突に続く位置に、それまで存在していなかった鍵のマークが現れた。
「……見つけた。メルト、来てください」
「なになに? ……わー、鍵の形に光ってるわねー?」
「ここに鍵を翳してみましょう」
正直、年甲斐もなくはしゃいでいる。
果たしてこのような魔法技術を仕込んでいた人間が、さらに隠していた秘密とはなんなのか――
その時、ガコンと何か重いものが落ちたような音がした。
何かに巻き込まれるかもしれないと急ぎ暖炉の外に二人で退避する。
「な、なにかしら……」
「まだ音が続いていますね……」
ガコンガコンと、断続的に重々しい物が動く音がする。
やがて、重たい物を引きずるような音と共に、暖炉の下部が、薪を置く為の部分が左右に開き、そこに階段が現れた。
「す、すごいわ! 地下に続く階段だよ! きっと凄い宝物とか、古代の遺物とか、伝説の地図が眠っているのね!」
「うーん、流石にそんなものはないと思いますが……行ってみます?」
「絶対行く! 私、ランタン用意するね!」
ふむ……何かを隠している? それともどこかに続く道を隠していた?
メルトがランタンを持ってきてくれたので、それを受け取り、私が先行して階段を下って行く。
「地下通路のようですね……別れ道が多いですが……上り階段が多いですね」
「たぶん家の二階のどこかに続いているんじゃないかしら? 角度的に」
「ふむ……ならこの地下通路に続く入り口が他にもこの家に隠されていたんですね。なら……『この地下通路』はどこに続いているのでしょうかね」
別れ道ではない、暗い通路がどこまでも伸びているこのメイン通路。
果たしてこれはどこまで続いているのか……。
「えーと……暖炉から降りてきたから――この方向はリンドブルムの南門ね!」
「え、凄いですねメルト。分かるんですか?」
「ふふん、ダンジョン暮らしが長かったもん、私。方向感覚はかなり良いと思う!」
「なるほど……確かに」
なら、ダンジョンのマップを表示させる魔法や道具も、ここなら適用されるかもしれない。
そう思い、メニュー画面を操作してみるも――使用不可の文字。
ここはメルトに頼るしかなさそうですね。
「それにして暗いねー……ちょっと怖くなってきた……」
「大丈夫ですよ、私は強いですから、幽霊なんて出てきてもイチコロです」
それからどれくらい歩いただろうか、メルトが少しだけ弱音を漏らすので、明るい調子で励ますも、『幽霊』という単語が不味かったのか――
「ひっ! お化けなんてここにはいないわよね! こんなところ、ただ暗いだけだもん……!」
「出ませんよきっと。こんなに空気もカラっとしていて、寒くもなくて快適な――ふむ?」
ここ、ちゃんと管理されている? 何かしらの機構が働いている?
もしや――
「メルト、鍵は持っていますか?」
「うん、持ってるよ」
「それ、ちょっと翳してみてください」
暖炉と同じく、ここにも反応するとしたら?
すると予想通り、メルトが鍵を懐から取り出し翳すと、この暗い地下通路の天井が全て、うっすらと光を、ぼんやりと放ち始めた。
まるで蓄光塗料程度の光だが、全ての天井が光ればそれなりに明るい。
「明るくなった……! 凄い、さすがシーレ!」
「ここを作った人が凄いんだと思いますよ。これで安心して進めますね」
そのまま引き続き直進。すると、ついにT字路になっている別れ道に辿り着いた。
「どうしましょうか、メルト」
「……待って。正面の壁……微かにだけど物音、人の声がするわ……」
「なんですって……?」
壁に耳を当てる。冷たいレンガが耳に触れ、一瞬身体を強張らせるも、集中して探る。
……話し声というよりも、喧噪。複数の人間の雑多な生活音が、かなり遠巻きに聞こえてくる。
この壁の向こうに……一体何が?
「この壁の向こうに続いてる道なのかしら?」
「どうでしょう。どっちに行ってみます?」
「うーんと……歩いた距離的にたぶん、今いる場所って丁度南門を過ぎたあたりだと思うんだけど……どっちにするか決めるね」
すると、メルトは自分の収納袋から、何やら木で出てきた杖を取り出し、床に立てて見せた。
これはまさか、倒れた方向に進むというあれですか!
「お、右に倒れた! じゃあこっち!」
「ふふ、メルトの棒に従いましょう」
「ふふふ……これは私が初めて自分で作った杖なんだ。家に行けばもっと沢山あるよ。森の中には立派な木が沢山あってねー。綺麗な枝を自分で加工して磨いて、握りを作ったりして行商人さんに売りに行ったりしてたんだー。丈夫で使いやすいって評判だったんだよね」
「ほうほう……確かに木にしては程よく重くて……しなりも小さく剛性も高い……良い杖ですね」
まるで樺細工のように美しく磨かれた表皮に、綺麗に編み込まれたグリップの革紐。
たしかにこれは……なかなか目を引く逸品だ。
道の駅にでも売っている民芸品でこれがあったら、買ってしまうでしょう。
「いつか私の故郷に戻ったら、一本あげる! 約束ね!」
「楽しみに待っていますね? では右の通路に向かいましょう」
そうしてひた進む。が……どうやらここにきて、真っすぐだった通路が、少しだけ湾曲していることに気が付いた。
方向感覚が狂ってしまいそうだ。
「リンドブルムの外周をぐるっと回りこんでる感じかな? でも都市から少し離れて行ってる……どこに続いているのかなぁ?」
「よく方向が分かりますねメルト。私はもうお手上げです。ばんざーい」
「ばんざーい! シーレ疲れてきてるね?」
「正直、狭い通路を歩き続けるのは気疲れします……」
これは私だからなのか、それともシズマの共通意識なのか……いえ、普通は行先も分からない地下通路なんて不安なもの、気疲れして当然です……。
メルトの明るさが今はとても頼もしい……。
「んーんー? そういえばいつの間にか、壁の向こうから聞こえていた物音もまったくしなくなってるね? 都市から離れたからかなぁ?」
「なるほど……でもそうなると、都市の地下にもう一つ街があることになりませんか? ここは地下深くですよ?」
「あ、そっか……なんであんな音が聞こえたか謎だねー」
もしかして……リンドブルムにはまだ秘密の区画があるのでしょうか?
地下居住区や地下マーケット……それとも地下の下水路で生活している集団がいる……?
少々情報収集をしてみた方が良いかもしれませんね……。
地下通路をかれこれ二時間近く歩いていた頃だろうか? いつの間にか先頭を交代していたメルトが、唐突に立ち止まり、耳をひくひくと動かし始めた。
「風の吹き抜ける音がする……! 出口が近いよ!」
「本当ですか!? 長かった……」
「でも歩きやすい一本道だったし、走ればすぐね?」
「なるほど確かに……足元の状況はかなり良かったですね」
まさか、ここは緊急時の避難通路……?
メルトに続き、まもなく出口であろう通路をひた進む。
すると、そこでようやく上り階段が現れた。
この辺りはもう天井も光っていないので、再びランタンを灯し、慎重に階段を上る。
すると、上り終えたところで小さな部屋に出た。
狭い小さな部屋、まるで警察の取調室のような広さだ。
この部屋も暗く、それでいてこれ以上どこかに通路が伸びているようにも見えない。
ランタンで周囲を照らすも、椅子もテーブルもなにもない。
「ここが終着点……?」
「なんにもないねー? 風の音がしたんだけどね?」
「ふむ……メルト、一度明かりを消しますよ」
ランタンを消す。すると、そこでようやく壁の一部が四角く光で縁取られているのが分かった。
ここ、扉だ。
「メルト、隠し扉です。開けますよ」
「あ、隙間があるね! そっか、ここから風の音がしてたんだ」
何が待ち受けているのか、緊張と警戒をしながら扉を開く。
差し込む日の光に、一瞬目がくらむ。
そして鼻孔に香ってくるのは濃密な緑の香り。
ようやく慣れてきた目で周囲を見渡すと、どうやらどこか深い森の中だということが分かった。
「ここは……隠し扉は岩肌に偽装されている……どこでしょうか」
「山の中だ! 凄い、家から直接山の中に移動出来るなんて!」
外からはこの扉は恐らく見つけられないだろう。
いや、そもそも――
「メルト、扉を閉めてみてください」
「分かった。よいしょ……」
岩に偽装された扉が閉じると、外からはもう完全にただの大岩にしか見えない。
そして、もう外からでは扉の継ぎ目も隙間も見えなくなっていた。
それだけではない、開けようと思っても開いてくれないのだ。
「むむ……ただの岩になっちゃった」
「鍵を近づけてみてください、メルト」
「あ、そっか。……開いた!」
「なるほど、これではっきりしました。どうやらこの地下通路は、緊急時の避難経路でしょう。残念ながら宝物や秘密の部屋に通じている訳ではないみたいです」
「えー……そんなぁ……じゃあ最初の分岐、左の方もそうなのかなぁ?」
「恐らくはそうでしょう。この場所、メルトは見覚えありませんか?」
「うん? 森……生えている植物とか木の感じは……東にある山とかに近いかも」
「恐らく正解でしょう。たぶん、あの山の近くだと思いますよ。この大きな岩も擬装用に設置されたのでしょうし、地下の反対の道に進めば、西の街道のどこかに通じているのかと」
これは、かなり使えますね……。
キャラクターチェンジは家の中で簡単に行えるが、知らない人間が頻繁に家を出入りするのは違和感や不信感を与えかねない。
仮に監視されていたとしたら……間違いなく怪しまれるだろう。
しかしこの通路があれば、少なくとも都市の外から来たように偽装出来る。
この考えをメルトに伝えると――
「だったら私は家に帰る時にここを使うね! 一人の時しか使えないけど」
「直通ですからね、確かに早く帰れますね」
「ね! そう考えると便利かも」
「さて……ではこの場所が正確にはどこなのか調べる為にも、帰りは地下通路ではなくこの森を抜けて帰りましょうか?」
「賛成! ついでに森の中でキノコ探して行こう!」
なんだか、思いもよらないピクニックになってしまったけれど、得る物はあった。
この通路は使える……それに、メルトが嬉しそうだ。
けれど、結局あの壁の向こうの喧騒はなんだったのだろう?
森を抜けると、東の街道にある山の手前、農場地帯と山の間だった。
なるほど、これなら森から出てきても依頼中の冒険者に見えるし違和感もない、か。
しかしこんな通路を用意していたなんて、あの家の先住民は何を想定していたのだろうか?
「いつもの道に出たね? じゃあリンドブルムに帰りましょう?」
「ええ、そうしましょうか」
農場地帯をのんびりと進む。
いつもキャラクターチェンジをする為に駆け抜けるだけの道。
シレントの時ですら、依頼の為に急ぎで駆け抜けることしかしなかった街道。
そこをこんな風にのんびりとメルトと歩くのが、なんだかとても新鮮だった。
「小麦畑だったみたいね? 全部刈り取られてるけど、掘り返された虫を食べに鳥が集まってるわ」
「そうですね。あの鳥は魔物ではないですね?」
「うん、違うね。残念だけどあまり食べるところがない渡り鳥だよ」
「なるほど、残念です」
構えていた弓を下おろす。
「シーレ……お腹空いたの?」
「少しだけ……」
「街に戻ったらご飯食べに行きましょ! 私のおすすめのお店があるのよ!」
「ほほう? メルトのお勧めですか?」
「そう! その名も『じゃんがり庵』よ! パイの専門店なの! パイって知ってるかしら?」
「ええ、知っていますよ。パイ……良いですね……!」
セイムの記憶が私にもある。けれども、自分で食べるのと記憶とでは雲泥の差だ。
空腹が加速する。具体的な料理名を聞き、胃がはしたない音を鳴らす。
「じゃあ行きましょう!! 案内してあげる!」
「ふふ、お願いしますメルト」
そうして、私達は東門に辿り着く。
……お久しぶりです門番さん。もうすっかり顔馴染みですね……。




