第五十七話
「お待たせしました。シーレさんは翠玉ランクからのスタートになりますわ。そこのメルトの嬢ちゃんと一緒ですね」
「なるほど、了解致しました」
「やった、お揃いねー?」
「正直、後衛職の高ランクは人手不足なので助かりますわ。飛行型の魔物の討伐依頼とか、期待させてもらいますからね」
「分かりました。少々手が離せない日も多いのですが、最低でも一つはそういった依頼をこなすとお約束します」
結果、私は翠玉ランクとなり、外で魔物の討伐を行っても問題ないランクとなった。
これは助かる。ただ倒すのでなく依頼としてこなせるのならそれに越したことはない。
「シーレどうする? 何か依頼受ける?」
「いえ、今日はついでに登録しただけですからね。一度家に戻りましょう」
「うん、分かった」
さて、本題だ。ダンジョンコア……その活用方法について考えなければ。
帰りは急ぎ足ではなくのんびりと歩いて帰ると、総合ギルドから家まで大体、二時間程掛かった。やはり乗合馬車を利用した方が良いですね、街の中では。
私は家に入るとすぐに施錠し、サンルームで周囲に人がいないことを確認する。
「さて、では私はダンジョンコアの活用について調べますが……メルト、申し訳ないのですが、貴女の『ダンジョンで過ごした知識』を少しだけ私に貸してください。もし……思い出したくないのであれば断ってください」
「ダンジョンの知識……うん、大丈夫だよ」
本当はこんな提案、したくはなかった。
提案したら彼女は絶対に力を貸してくれるだろうから。
それがたとえ、思い出したくないことであっても。
「では、この国が過去にダンジョンコアについて研究したというレポートを見てみましょう」
「あ、それ気になる! 見せて見せて」
む、意外と乗り気ですねメルト。
「ふむ……ダンジョンコアとはどういう物なのか、その究明から始まっていますね」
「そういえば私、ダンジョンコアの実物が現れるところって見たことないわね?」
「そうですね、ダンジョンマスターを倒すと現れるので、ダンジョンマスターの体内で生成されるのか、それか死ぬ時に何かしらの反応で誕生するのか……はたまた『元々所持していた物を落とす』のか。いまいち分かっていませんね」
「へー! うーん、なら私が囚われていた夢丘の大森林のダンジョンマスターってどこにいったのかしら……もしかしてコアになっちゃったのかなぁ……だから私、外に出られたのかしら?」
「え?」
あれ……あ……ああ!? そうだ! シレントもセイムも、メルトにあのダンジョンマスターを倒したこと、まだ教えていないじゃないですか!!!!
「メルト、ちょっと今から大切なお話があります」
「なになに? なにか恐いお話かしら……緊張するわ」
「いえ、そういう訳ではないのですが……実はメルトのいたゴルダ国のダンジョン、夢丘の大森林のダンジョンマスターなのですが……」
「たしかセイム、シズマに力を分け与えたのよね。大嫌いな相手だけど、おかげでシーレともこうしてお話出来るのよね? それだけは感謝してあげる」
「え、ええ。それで、あのダンジョンマスターなのですが……」
「うん? あ、分かった。力を分け与えたから弱ったのね? だから私も出られたのかしら」
惜しい!
「いえ、シレントが殺しました」
「…………え?」
「シズマは力を貰い、シレントの姿になったのです。その瞬間、すぐに『こいつは気に入らない』と思い、とても強力な聖水をダンジョンマスターに無理やり飲ませ、消滅させてしまったんです」
これ、本当はもっと早く教えるべきだったでしょう……。
思えば、あの聖水はシズマにしては珍しく『一本しか持っていない』アイテムだ。
自分で作れるアイテムではない以上、仕方のないことなのだけれど。
……『とあるジョブのシナリオクエスト』で登場する専用アイテムですからね。
本当は『それを利用してクリアする』はずが、貴重で強力な効果だからと、使わずにシナリオをクリア、そのまま保管していた品のはずだ。
もしかすれば、あのアイテムのお陰で倒すことが出来たのかもしれませんね……。
『自分が与えた力ではなく副次的に生まれた想定外の力』のはずだ、アイテムの効果というのは。
あのダンジョンマスターのことだ『自分が与えた力では自分を滅ぼすことは出来ない』と、条件をつけていたかもしれない。
「……嘘、ほんとうに……? アイツ……もういないの? どこにも?」
「はい。完全に消滅しダンジョンコアになってしまいましたよ。こちらです」
私は『グリムグラムの心臓コア』を取り出して見せる。
「これがアイツ……憎くて憎くて……たまらなかったアイツ……」
「はい。シレントに自分の力が通じなくて焦っていたところに、無理やり聖水の瓶を突っ込んでいました。とんでもない断末魔の絶叫を上げて消滅しましたよ」
「そっか……そっかー……今度、シレントにお礼、言わないとね……ううん、シズマにかしら」
「みんな、本質的には同一人物ですよ。記憶も全て共有していますから」
「じゃあシーレも?」
「そうですね、少しだけ意識は分かれていますが、本質的には一緒です」
「なら――」
その瞬間、テーブルを挟んで向かいにいたメルトが駆け寄り、思い切り抱擁された。
「ありがとう、本当にありがとう。もう、私二度と故郷には戻れないって思ってた。でも、セイムがいれば倒せるかも、戻れるかもって考えてた。でも心のどこかで『もしセイムが負けたらどうしよう。私がまた囚われたらどうしよう』って思ってた。でも、全部もう、終わっていたのね」
「メルト……黙っていて申し訳ありませんでした」
一度、セイムでいた時に、彼女に言った言葉がある。
『じゃあきっと集落に戻ればあるかもしれないね』と。
軽い気持ちで、ただ果実酒があるかもしれないからと言った言葉。
それに対して彼女も『取りに行く? いつか』と返していた。
その何気ないやり取りの裏で、彼女は大きな葛藤をしていたのかもしれない。
もしかしたら本当はもう戻れないと諦めていたのかもしれない。
「ううん、教えてくれてありがとう。そっか……もう、なにも恐いものはないのね」
「はい。だからいつか、メルトの故郷を見に行きましょう。きっと、果実酒だってあるかもしれませんよ」
「うん、うん! きっとあるに違いないわ! おばあちゃんのお部屋にはたっくさんの瓶があったんだから」
この瞬間、彼女が見せた笑顔は、これまでで一番の笑顔だったと私は思った。
……ダンジョン。全てがそうだとは思わないが、あれは『悲劇を生む』存在だ。
私はそう確信し、資料を読み解き始めたのだった。
「ふむ……レンディアは想像以上にダンジョンコアを、ダンジョンを研究していたようですね」
「凄いねー……大昔にこの辺りに大きな天然ダンジョンがあったなんて、私も知らなかったもん」
「しかしこの『領土化』が気になりますね。ダンジョンの入場許可の条件付け以上に」
資料を読み解いた結果、ダンジョンコアは『ダンジョンの絶対的管理者』になれるだけではないことが分かった。
そもそも、ダンジョンとは『土地の力を集約して一種の異界化を引き起こした状態』だという。
ダンジョンコアはその『異界化』の規模や深度、内部の環境、構造の変化を司るだけでなく、異界化を緩め『ダンジョンの難易度を下げる代わりに支配地域を広げる』ことも出来ると言う。
簡単に言うと『深く難しいダンジョン』と『浅く易しいダンジョンだが周辺の土地も管理下に置く』という、二つの道から選べるということだ。
そして土地もダンジョンも、どちらも管理可能である。恐らくその気になれば、国境線として扱われる焦土の渓谷の難易度を下げ、完全にゴルダとレンディアの境界線を支配可能な土地で分断、両国の出入りを完全に私で管理……ということも出来てしまうだろう。
「女王がダンジョンコアの所有者に便宜を図るのも当然……ですね」
「ね。二つの国を完全に分断……どういうことなのかよく分かんないけど、凄いことなのよね?」
「そうですね、凄いことです。まず一つに『ゴルダ国を一気に弱らせることが出来る』です。ダンジョンがどういう基準で人を判別しているのはまだ不明ですが『確実にその人間の所属を判別、陣営ごとに人の出入りを完全に制御出来る』とあります。現段階で考えられるのは……土地に流れている力、豊穣を司ると言われている力が、人にも多少流れ込んでいる、それ故にダンジョンは人間の細かい情報も判別可能……という推論が立ちますね」
正直、世界に人間が管理されているとも言えるこの状況は不気味でもあるけれど。
「たぶん、それで正解だと思うわ。私も、ダンジョンに囚われていた時は明らかに自分の意思を縛られて行動を制限されていたもの。何か、人間にも左右する力がダンジョンには存在するのね」
「なるほど。今言ったことを踏まえると、仮に戦争が起きた時、レンディアは『安全な陣地を持てる』ことになりますし、ゴルダの『補給を完全に断つ』ことも可能になります。なぜなら……」
「分かった! 焦土の渓谷だけじゃなくて、背後の夢丘の大森林のダンジョンコアもシーレ達が持ってるから!」
「はい。ですが、私達がゴルダのダンジョンコアまでも所持しているというのは、決して誰にも教えてはいけません。これこそ、本当の意味での切り札……ですからね」
仮に、仮に戦争が起きたとしよう。戦争を早期に終わらせる手段を私達が持っていると開示すれば、一体どれ程の交渉材料になるだろうか?
間違いなく、その気になればゴルダ国を手中に収め、一国の主としてレンディアと対等な……いや、多少は有利な同盟関係を築くことすら夢ではないだろう。
……絶対にそんな面倒なことは私もシズマもやりたがりませんが。
「そして最後のダンジョンコアの活用方法。土地の操作や立ち入り制限という、特定の場所を支配することは出来なくなってしまいますが……代わりに、特定の陣営の土地を豊かにすることが出来ます。国境周辺の土地ではなく、この国全てが豊かになる……恐らく女王の目的はこれでしょう」
「みんな幸せね? それでいいんじゃないかしら?」
「ですが、ゴルダが不穏な動きを見せているのも事実です。国を分断、戦争に備えるのも手ではあるんです。この辺りは……女王と話し合う必要がありますね」
「そっかー。でも安心したよ私。これ見て? ダンジョンコアを完全に独占して、ダンジョンで富と力も独占出来るってあるのよ。つまり次のダンジョンマスターになって、どんどん力をつけるっていうことよね? でもシーレはそんなことしないって分かって凄く安心したの」
「そうですね……正直、強さや富にまったく興味がないとは言いませんが、こちらはどうとでも出来ますからね、他の手段で」
最後にダンジョンをさらに深く難しく、そして周辺の土地を独占し、ダンジョンマスターとして君臨する道。
これは多くの冒険者、探索者を招き入れ、内部で魔力を消費させ、それらを己の糧にしていくという活用方法。
恐らくダンジョンマスターの強さと言うのは、こういった方法で増していくのだろう。
そして集められた魔力が時折、宝としてダンジョンに放出される。
まぁそれも、うまく運用すれば国にとっての一種の観光資源として貢献は出来るだろうけれど。
「……決めました。少なくとも私は『国境周辺の土地を完全に支配下に置き戦争に備える』か『ダンジョンの力を消滅解放させ国を潤す』このどちらかの方法を取ると女王に進言したいと思います」
「賛成よ! うまくしたら、来年の秋はもっともーっと、美味しいものが沢山採れるかもしれないわ! きっと、山の動物もまるまる太って、脂のたくさん乗った美味しいお肉も食べられるわ!」
「ふふ、そうなるといいですね」
そうだ、それでいいではないか。
難しいこと、政治的なこと、そんなものよりも彼女が、国民が、人々が幸せになれることの方が大事だ。
……本音を言えば、ゴルダの王家やその周辺人間は罰せられるべきだが、それ以外の国民には苦しんでもらいたくはない。
情報収集でお世話になった人間、ギルドの職員、所属していた冒険者の皆さんもいるのだから。
なら、ゴルダを完全にレンディアの支配下に置き、領土の一部として実りを分けるしか道はない。
なら結局、戦争は……起きてしまうのだろう。
「ふぅ……結論が出た以上、私の役目はもう終わりなのですが――」
「ヤダ! もう少し一緒が良いわ、私」
「ありがとうございます。ええ、私ももう少しだけ、このまま過ごしたいと考えています」
スキル継承の検証の為にも、もう少しだけこの姿で戦闘行為を繰り返したいのだ。
それに――こちらも試したい。
私は目に力を入れ『見よう』と強く願う。
すると、私のスキルである『観察眼』が発動する。
……これも、たくさん使えばシズマに継承されるのだろうか?
「なになに? 急にキリッとして? 何か見つけたのかしら?」
「あ、すみません違うんです」
私の変化に気が付いたメルトに声をかけられ、つい振り向いてしまう。
『メルト』
『銀狐族の女性』
『尻尾の付け根と耳の根本に神経が集中している』
『複数の魔法属性を操る』
『非常に身軽であり移動速度が速い』
しまった、メルトに発動してしまった!
……なるほど、詳しいステータスの数字は見れないようですね。
そのまま部屋の様子を観察眼で見回してみる。
『暖炉』
『熱に強い溶岩石から切り出された石材で作られている』
『煙突は狭く人の侵入は不可』
『しかし使われた形跡は一切ない』
ふむ? 使われたことがない……?
『魔力結晶のシャンデリア』
『シンプルな見た目ではあるがシャンデリアの一種』
『魔力結晶が使われており一定の室温を維持する』
『製作者はオニキス・フレイムシルト』
ほほう! これは凄い機能ですね、照明と冷暖房を兼ね備えているなんて。
しかし……そうなると妙ですね。
「さっきからどうしたのシーレ……まさか何か見えるのかしら……お、お化けとかいるのかしら?」
「いえいえ、そんなものいるわけないじゃないですか」
「え、いるよ? アンデットとかゴーストとか……古い家には住み着いたりするんだよ……私のいた森にはいなかったけど……恐いんだって小さい頃から教えられてきたわ、私」
「……いるんですか本当に。いえね、少し気になるところがあったんです。ちょっと来てください」
私は『空調が管理されているのに備え付けられた一度も使われたことのない暖炉』へと向かう。
これは……まだこの家には秘密がありそうですね?




