第五十四話
商会の馬車が中層区を通り抜け、今度は上層区へ向かう。
まさか上層区の物件だろうか? 流石に貴族のお屋敷のような家に住むつもりはないのだが。
「ふむ……貴族街に向かってるな……」
「おー? じゃあお屋敷を紹介してくれるのかしら? もし住んだらお掃除大変ねー?」
「そうだなぁ……」
本来なら屋敷では、維持の為に様々な種類のメイドを雇う必要がある。
無論、庭師や警備の人間も。
そうなると、当然俺の希望的にはアウトなのだ。機密性を維持することが出来ない。
突然知らない人間、入れた覚えのない人間が屋敷から現れたら大騒ぎになってしまう。
だから仮に屋敷を紹介されても答えはNOだ。
「なにか事情があるみたいだけど……」
御者席の商会長の様子を窺う。
なにやら少し焦っていたようにも見えたが……。
「あれ? セイムセイム! 貴族街抜けちゃったよ?」
「え? だってこの先はもう南門しかないぞ?」
「へー、私行ったことないわねー?」
「まさか……お城にでも行くのか……?」
そのまま馬車は南門を潜り、森の中の道を進んで行く。
王宮への道。途中、分かれ道も存在しており、そっちは人工ダンジョンへと続くそうだ。
まさか他にも道が……?
するとその時、馬車の速度が緩み、森の中で停車した。
「申し訳ありません、ここからは道が狭いので徒歩での移動となっているそうです」
「了解です」
馬車を降りると、俺が先日通った王宮への道よりも、若干森の深い場所だった。
商会長の言う通り、馬車の先には人が三人くらい並んで通れる程度の小道が、森の深みへと続いているが……この先に物件が?
「スー……ハー……すっごく深い森の香りね! 東の山の中よりもずっと緑が濃いし、魔力が充満しているわねー!」
「普通の山とか森とは違うんだ?」
「うん、違うわね! この森って、少しだけ神聖さを帯びているような……なんだかよく分からないけど、清浄な空気を感じるの。どうしてかしら?」
ふむ……人工ダンジョンの影響か、それとも王宮が近い故になんらかの術式、結界でも張られているのか。
なんにせよ、俺には感じ取れない違いだ。
「お二人とも、このままついて来て下さーい」
「あ、今行きます」
先を進む商会長に置いて行かれないよう、駆け足で追いかける。
しかし王宮と都市の間の森、その奥に家なんてあるのだろうか?
「こちらになります。いやはや……私も初めて訪れましたが……これは良い」
「わー! 絵本に出てくる森の中のお家みたいね! わー……わー……ちっちゃい川が流れてる」
「おお……凄いですね……森の中にこんな素敵な空間が……」
そこは、まるで森の中に突然、おとぎ話の世界が紛れ込んできたかのような、どこか幻想的な雰囲気漂う、何故か懐かしいと感じる家だった。
広めの庭には、ガゼボではなく、屋外に設置された台所のような、バーベキューでも出来そうな東屋が設置され、その傍らには森から続く小川が流れている。
井戸も備え付けられており、さら庭に生えている大きな二本の木には、前の住人の名残だろうか、洗濯物を干すロープをかける為と思われる金具も取り付けられていた。
凄く、素敵な庭だ。
「うーん……商会長さん? ここって魔法使いさんの家だったのかしら?」
「むお!? 何故そう思ったのですかな!?」
「なんだか、気配がするわ。魔法の気配よ、これ」
「いやはや驚きましたな……やはりメルトさんは優秀な冒険者のようだ。ええ、この家はかつて、宮廷魔導師であり研究院の院長も務めた方のアトリエ件、別宅だったそうです。長い間王家が所有し、売らずに保存していたそうですが……今日、このタイミングで我が商会に『この家を取り扱うことを許可する。売り値の二割をピジョン商会の報酬とする』との書状が……女王陛下から」
「な……」
「この間の人よね? 本当に女王様だったんだー」
これは……誰かから俺が家を求めていると聞いたのか……?
完全に俺を手元に置きたいって考えているじゃないですか……。
「家の中も案内します。いや、私も初めて入るのですが……レンディアきっての大賢者と謳われたお方の別宅……少々緊張してしまいますな……」
「そんな凄い人の別宅を売るつもりなのか女王陛下は……」
「早く中も見よう! ワクワクしてきたわ!」
綺麗な白い木で出来た家。
これはペンキではなく、木材そのものの色だろう。
様々な色の木材を組み合わせ、自然な配色の家に仕上げたって感じか。
自然派ってヤツなのかな? 個人的には庭の台所みたいな東屋……あれ、凄く心惹かれます!
俺Youtub〇で見たことある……! 海外のおっちゃん達が大自然の中で豪快に料理してる動画とか……! ダッカーン!
家の中に入ると、どこかハーブのような、良い香りが広がっていた。
見れば、家に残されている棚の中に、綺麗な液体の入った試験管や小瓶が今も並んでおり、あれの匂いなのだろうと当たりをつける。
美しい木製の家具で統一されているが、リビングと繋がっているキッチンには、何やら料理に使う道具ではなさそうな、この家に似つかわしくない機材が置かれたままになっている。
日差しを取り込む大きな窓はそのままテラスに繋がっており、解放すれば大きなテーブルを幾つも並べてパーティなんかも開けそうだ。
凄く、素敵な家だ。
「ほほう……これは素敵な家ですな……長い間、王宮の人間が手入れを続けてきたのでしょう、傷んでいる箇所なんて微塵も見つかりませんな」
「わー……きっと元の家主さん、錬金術師とか薬師さんもしてたのね。専用の機材が置いてある」
「詳しいね、メルト」
「うん、おばあちゃんも似たような道具を使っていたんだー」
少しだけ、ほんの少しだけ、メルトの声色がいつもより悲し気に感じた。
「森と一体化してるお家ね。凄く頭の良い人が作ったお家なのね?」
「どうやら一階はリビングとキッチン、それと……隣の部屋は談話室でサンルームも備え付けられておりますな。ふむ……どうやら賢者殿は芸術にも精通していたのでしょう、見てください」
すると、扉を開き隣の様子を見ていた商会長さんがこちらを呼び寄せた。
俺達も確認してみると――
「お、ピアノだ。それに……絵描き台、キャンバススタンド一式も」
「あ! あれって楽器よね! 実物は初めて見るわ!」
すると、メルトが部屋に置かれているピアノに向かい駆け寄り、興味深そうに観察し始めた。
「備え付けの家具や機材は全て一緒にお譲りすると言う話でしたな。ふむ……賢者殿は余生をここで、様々な芸術に費やしてお過ごしになられたのでしょうなぁ……」
「ねぇねぇ、これってどうやって音を出すのかしら?」
メルトが、鍵盤の蓋が閉じたピアノを指でトントン叩きながら聞いてくる。
その様子があまりにも可愛くて、つい商会長と二人で笑みを浮かべてしまった。
「ほら、ここを開いて……この白と黒の鍵盤を指で優しく叩いて押し込むんだ」
「わ、綺麗ね。つやつやしてる。じゃあ……えい」
ポーンと、ピアノの音色が部屋に響き渡る。
「わ! 鳴った! 楽しいわね!」
「はは、そうだね。ちょっと失礼……」
ドの音から順番に鳴らしていく。
どうやら調律も狂ってはいないようなので、指一本で簡単な……小学校で習う曲を一曲。
え? 指全部使えって? 無理に決まってるでしょ!
……いや、無理とは限らないか。
「ドド……ソソ……ララ……ソ……」
懐かしい。本当に子供の頃に授業でやっただけなのに、何故かこれだけは覚えている。
キラキラ光るお空の星って感じのヤツですよ。
「おー? 今のが音楽なのね?」
「簡単なヤツ、基礎中の基礎みたいのだよ」
「ふむ、心得があるのですかな?」
「いや、心得なんて大層なもんですらないですが」
おっと、迂闊だったか。
「はー……素敵なお家ね! ところで……お風呂ってあるのかしら?」
「ふむ、そういえば庭を小川が流れていましたな。もしかしたら水を引き入れている場所があるのかもしれません」
「よし、探しましょう!」
続いてはお風呂を探すことに。
結果、サンルームと似た構造の、外の森を眺められるガラスで覆われた大きな浴場が見つかった。
「外から丸見えね! はだかんぼうを見られちゃうわね! ちゃんと隠さないと」
「はは、そうですな。しかし賢者の別宅、何かしらの対策はされているのやもしれませんな」
「いやぁ本当豪華ですね……豪華絢爛ってわけじゃないのに、快適で贅沢に作られている」
「そのようですな。それでいて家は広すぎない、家政婦を雇うつもりがなかったのでしょう」
ふむ……機密性という視点で見れば、ここは最高の場所とも言える。
問題は治安だ。元々この辺りはそこまで冒険者が訪れないという話だが、人工ダンジョンに挑む人間が迷い込む恐れもある。
が、誰かが侵入してくるなんて、どこの家でも起こりうる問題ではあるか。
不法侵入なんて、人目の少ない場所ならどこでだって起きるだろう。
正直、女王の思惑が見え隠れしていることに若干警戒心を抱いてしまうが、かなり心惹かれる。
その際たる理由が……ピアノだ。
もちろん、素敵な庭や浴場、立地条件も魅力的ではあるのだが、気兼ねなく音楽を演奏出来る、これはつまり――
「メルト。そのうち『音楽が得意な友達』が遊びに来てくれるように頼んでみるよ」
「えっと? あ、なるほど」
「ほう! 演奏家のご友人がいるのですかな!?」
俺の持ちキャラに一人いるのだ。そして実際に演奏を実行出来なくて、基礎スキルを継承出来なかったという事情がある。
メインジョブ『音楽家』サブジョブ『踊り手』の、一種の生産職でもあるバッファーだ。
これを試したい。それに、実際に楽器が弾けるのか試してみるのって楽しそうじゃないか。
まぁ本命は『戦闘能力が低い生産職だからこそ許されている戦闘用スキル』の存在。
もし、そういった救済スキルを、シズマとして習得出来たら……驚異的な結果を生み出す。
だから、俺はこの森の中に佇む小さな屋敷を――
「商会長。料金は幾らです? 契約します」
「おお! お待ちください、料金は……大金貨一二〇〇枚とかなりお高くなっておりますが」
「ですが今の俺には決して払えない金額ではない。それは王家も商会長さんも承知の上、ですよね」
「ええ、勿論です。きっと、私では伺い知れない事情がおありなのでしょう。では購入を決定、で良いのですかな?」
「ちょっと待ってください」
俺は決定を下す前に、同じ家に住む彼女の意見も聞かなければいけない。
「メルト、俺はこの家が良いと思うんだけど、メルトはどう?」
「ここが良い! お風呂ではだかんぼ見られるの以外は文句なしよ!」
「たぶん人避けの結界とかあるんじゃないかな?」
「あー……そういう魔法あったかも? 私もこの家が良いわ! お庭の川が凄く綺麗で、きっとエビなんかも獲れるわ! 私、エビって好きよ。茹でるだけで美味しいもん」
なるほど? メルトらしい視点だ。
「商会長、決定です」
「ふふ、了解です。ここからならリンドブルムまで徒歩なら一〇分程でしょうか。商店街までは少々距離がありますが、不便とまではいかない距離。冒険者であるお二人なら問題ないでしょうな」
「ですね、その程度なら走ればすぐです」
「そうねー!」
「では、本契約は明日、この場所で行いましょう。この家の詳しい仕様については現在管理されている魔導研究院から人を寄越すとありました。支払いはその時にお願い出来ますかな?」
「了解です。正直かなり楽しみですね……」
「そうね、すっごく楽しみ……ついに、ついに私達の新しいお家が……!」
「ふふ、喜んでもらえて何よりです。では、そろそろ街に戻りましょうか。私は商会に戻りますが、お二人は途中で宿の近くで降りて下さって結構ですよ」
「あ、じゃあお願いします」
そうして、ついに決まる俺とメルトの拠点。
周囲が森と言うのも、俺がキャラクターチェンジをする上で都合が良いし、王家の紹介と言う一点を警戒しても、最高の物件だと言える。
無事に宿の前まで送り届けて貰ったところで、メルトがしみじみと宿を見上げていた。
「じゃあ、そろそろはむす亭の女将さんと旦那さんともお別れなのね……寂しくなっちゃうなー」
「確かに、随分とお世話になったからね。ここ、食事だけの利用も出来るみたいだから、たまには顔を出すついでにご飯を食べに行こうか」
「なるほど! それはいい考えねー! はー……今日はいろんなことがあって、胸がいっぱいだ」
そう満足げに笑いながら、メルトがこちらに手を差し伸ばしてくる。
「家族。セイムが私の家族になった。お家よりも、私はこっちの方がもっと嬉しかったんだ」
「ん、そっか。俺も嬉しいよ、信頼できる家族が出来て凄く」
こちらの手を伸ばすと、またしてもメルトが複雑に指を絡め、なにやら印を形作る。
家族の儀式……だっけ?
「私の居場所。たぶん、お家のことじゃないのかもしれないわねー」
「んー?」
「ここ。たぶんセイムの隣。ここが私が帰る場所になったんじゃないかしら?」
「なるほど……深いね」
「賢そうに見えた!?」
「見えた見えた」
それは、きっと俺も同じだ。
宿を二人で見上げながら、この世界で出来た新しい家族と、これからの生活に夢を膨らませる。
願わくは、この感情が、幸福が、いつまでも続いてくれますように――
(´・ω・`)これにて完結――っぽい終わり方ですが全然そんなことないです。
(´・ω・`)たぶん全体の五分の一……?




