第五十一話
再び謁見の間に戻った俺を待ち構えていたのは、今度は女王ただ一人だった。
俺を信用しているのか、それとも伏兵でも潜ませているのか、はたまた緊急の防衛機構でも備えているのか。
「セイム、見事な戦いだった。こちらの提示した条件を果たした上、我が国の誇る十三騎士、その一人を打ち負かしたのだから。こちらも、其方の要求に応えよう」
「は。有難き幸せ」
「情報は、今より三代前の国王がダンジョンコアを手に入れ、その力を使い、ここレンディアの土地を今の状態まで発展させた当時の記憶が残っている。レンディアは元々、荒野と火山の跡地が国土の大半を占める地だったのだ。ダンジョンコアを手に研究を重ね、土地に力を回し、人工ダンジョンの礎を築いたのが当時の王なのだ。その資料をお前に渡そう。今、コクリが複製している」
この国が荒野と火山のような不毛の大地だった?
信じられない、精々一〇〇年かそこらしか過ぎていないだろ……?
ダンジョンコアの力というのは、そこまで劇的な変化を生み出すと言うのだろうか。
「ありがたく頂戴します。仲間と共にその内容を精査し、ダンジョンコアをどう扱うかを決めた後、その答えお伝えしたく思います」
「ん、そうか。次に訪れる時は、其方一人でも入城出来るように取り計らっておく」
「ありがとうございます。恐らく、答えを出すのにしばし時間を頂くことになると思いますが、一月もかからないでしょう。ただしその間、こちらの動向を探るような行為はご遠慮ください」
「心得た。私も、十三騎士を負かす程の男と敵対しようとは思わんよ。……この国に根を下ろすのなら、その時は我が国民の一人だ。お前の不利益になるようなことはしないと誓おう」
「有難き幸せ」
どうやら、少しだけ俺の心証は良くなっているようだった。
そうして、俺は女王との交渉の第一段階を無事に突破し、宿へと戻るのだった。
……何か忘れてる気がする。
その頃、コクリの居城でもある研究院にて。
落ち着くまで彼女の作業を見守っていたクレスが、何かを思い出したかのように唐突に座っていたソファから立ち上がる。
「ああ! おねえ……姉上のことを忘れていた! すまないコクリ、私は姉上の元へ行かなければならないんだ」
「ん? 忘れていたの? 早く行ってあげなさい。あの人、温厚で心が広いけど、放っておけば夜まで貴女の部屋に居続けるような人なんだから」
「く……これもセイムの所為だ……!」
「貴女のせいよ」
そうしてクレスは、暇すぎて団長室で昼寝を始めているシュリスの元へと急ぎ向かうのだった。
……既にセイムが帰ったと知らされ、シュリスが苦笑いを浮かべたのは言うまでもあるまい。
翌日、今日もはむす亭で目を覚ますと、昨日の夜遅くに帰って来たであろうメルトもまた、ベッドで幸せそうに寝息を立てていた。
察するに、取り調べが長引いた……のではなく、お昼ご飯だけでなく夕食も頂いてきたのだろう。
「メルト、起きる時間だよ。もう朝だよ」
「……まだ夜だよぉ……」
「今日は雨が降ってるから暗いだけだよ。ほら起きて」
「うー……雨って嫌ねー……」
眠そうに起き上がるメルト。少し寝る時間が遅かったのだろう。
反対に、俺は昨日は早く寝たからな。戦闘で疲れたのもあるし、気疲れもあった。
「今日はピジョン商会に行くよ。メルトの警備の報酬を受け取りに行くのと、美術館での品物の受け渡しにも立ち会わないといけないから」
「あ! そっか、お仕事のお金貰えるのね! なら行きましょ! ご飯食べたら」
凄まじい変わり身である。もしタイトルを付けるなら――
『現金な狐娘、突然起き上がり朝食を食べに行こうと急かすがもう遅い!』的な。
雨が降っているせいか、わざわざ他の店に食べに行く人が少なく、宿の利用客の大半が今朝はここで食べていくようだった。
そういえば、何気にこの宿って常に利用客が多くて繁盛してるんだよな。
やっぱり価格が安い影響か、利用客もまだ若い人間が多く見える。
「おはようございます女将さん」
「おはようございます!」
「あらおはよう、お二人さん。今朝は食べていく?」
「はい、お願いします、料金をどうぞ」
そうして用意されたのは、今朝は焼き茸のサラダと目玉焼き、それに鶏肉のスープにバゲットと、バランスの良いメニューだった。
もちろん、メルトがペロリと平らげるくらい、美味しゅうございました。
キノコって美味しいんだな……俺、しめじとマイタケとしいたけくらいしか食べたことなかったけど、世界が変わったよ……。
ピジョン商会に向かう道すがら、昨日の取り調べの顛末をメルトに訊ねる。
「んーと、襲撃者の人相のメモを取って、襲撃者との交戦の詳細をリッカちゃん達三人が説明してたね。私は魔物の特徴と気が付いたことの説明だけで、メインは三人の取り調べだったよー」
「なるほど。それで……連中って強かったのかね?」
「三人が言うには『自分達よりは確実に強かった』てさ。でも……ぐろーりー? ナイト? の人達よりは弱かったんだってさ。実際にあのお屋敷で戦って比べてたよ」
「なるほど。少なくとも新人冒険者よりは強くなってたのか、アイツら」
「口止めされていたけど、魔物になった男の子。あの子については三人もアリスさんも知ってたから、戦いの様子とか口の中に顔があったこととか説明したけど大丈夫?」
「顔見知りだってことだけ伏せてくれたら大丈夫だよ」
「なら大丈夫ねー」
ふむ……ムラキだけ魔物化したのには何か理由があるのか……?
だが、あの中で一番強かったのはイサカだったはずだ。まさか、もう抜かされたのだろうか?
これ以上の情報はムラキが話せるようになってから、だな。
「セイムは昨日どこに行ってたの? 夕方頃にアワアワさんだけ帰って来たんだけど」
「! そうだった!!! シュリスさんのことお城に置いて帰ってきちゃったんだった! いやぁ……昨日はちょっとシュリスさんとお城に行ってきたんだよ。ちょっと色々お話があってさ」
「お城! 私まだ見たことない! どうだった? 大きかった?」
「大きかったぞ、それに凄く綺麗で豪華だった。女王様との謁見の間の扉なんて、見たことのない綺麗な石で飾られた扉だったよ」
「へー! いいなー私も行きたいなー」
「ははは、もしかしたらそのうち行けるかもね」
ダンジョンコアの利用について報告しに行く際、一緒に連れていけないか試してみよう。
話しているうちにピジョン商会に到着すると、何やら入り口の前で作業をしている人が大勢いた。
どうやら荷物を運び出しているように見えるのだが――
「すみません、商会長さんはいらっしゃいますか?」
「あ! セイムさん! 商会長なら二階にいますよ、今知らせてきます」
従業員の男の子は、もうすっかり俺のことを覚えている様子だ。
それなりに顔を出しているし、お店に利益をもたらせたと自負しているから、当然と言えば当然ではあるが。
少しすると、俺とメルトはそのまま二階の応接室に通された。
「ようこそおいでくださいましたセイムさん。いやはや、まさかあのような事件が起きるとは思いもよりませんでしたな。その影響で、支払いが遅れる、日を改めると言い出す落札者も多いとか」
「なるほど、そうだったんですね。そういえば俺が代理で落札した……エルクード教商会の品についてはどうなりましたか?」
あの事件で、俺がシュリスさんに頼まれて落札した品。
そしてムラキが魔物化した事件に関係していたであろう品がどうなったのか、それを訊ねる。
「実は……エルクード教商会はあのオークションに参加していなかったと言うのです。何者かが彼らの名を騙り、オークションに紛れ込んでいた……その目的は不明ですが、ね。故にあの落札は無効、支払いの必要はありません。尤も、どの道あの品は騎士団に押収されてしまっているのですが」
「なるほど……ではその他の落札品、シュリスさんの代理で落札した魔剣や、俺が落札したガラ……謎の魔導具の支払いはどうです?」
「そちらは問題ありません。シュリス様も本日は既に美術館に向かわれているはずですので」
「なるほど、了解です」
昨日のこと、謝らないとな。
「商会長さん商会長さん! 私、私への報酬支払はどうなっているのかしら」
「おお、そうでしたな。グローリーナイツの皆さんには既に支払い済みですが、メルトさんにももちろん支払いますよ。ギルド経由で支払っていますので、ギルドでお受け取り下さい」
「やった! ありがとう商会長さん」
ニッコニコのメルトに、思わず俺も商会長もニッコニコである。
周囲を釣られて笑顔にさせる天才だな。
美術館周辺では、やはり捜査の関係で今日も国の騎士の姿が目立っていた。
恐らく、貴族の家のどこかが関与していると見て警戒しているのだろう。
今しばらくは貴族街が慌ただしくなりそうだな。
美術館に着くと、その足で地下倉庫群へと向かう商会長。
今も調査の為に大勢の騎士や関係者が足を運んでいる為、大金のやり取りをするにしても、今この場所は最も安全だろう。
と、その騎士団の中に、見覚えのある人物の姿があった。
「シュリスさん! 先日は申し訳ありません! ちょっといろいろあって頭から抜け落ちてしまいまして……」
「ああ、セイムさん。事情は詳しくは聞かないけれど、大変だったんだろう? 今彼女から大まかな事情を聞いていたところだよ。近々、君の口から色々聞けると思って良いんだろう?」
すると、彼女の影から意外な人物がさらに現れる。
「やぁ、昨日ぶりだねセイムさん。ふふ、驚いたかな?」
それは、地下の照明の下でも、相変わらず不思議な髪色をした獣人の女性、コクリさんだった。
一体なぜここに……。
「ふむ? 君の疑問に答えてあげよっか。調査目的だよ。一応、専門家だからね」
「ああ、なるほど……お疲れ様です」
なるほど、魔物の件か。
たしか研究院の責任者とか言っていたし、文字通り専門家なのだろう。
「な、なんと……まさか十三騎士が二人もいらっしゃるとは……シュリス様、先日は大変お世話になりました」
「やぁピジョン商会の会長さん。いやこちらこそ、おかげでいろいろとこちらも捗っているよ」
「しかし驚きましたな……まさかセイムさんがあの『魔導具の母』と名高いコクリ様とまでお知り合いだとは……コクリ様の発明品は我が商会でも取り扱っております」
「初めましてだね。中々、生み出した品を取り扱う商人とは関わることがないからね、新鮮な気持ちだよ。ふぅむ……驚くと言うのなら……むしろ私の方が驚いたかな?」
するとその時、コクリさんの目がスッと細くなり、その視線がメルトに向けられた。
……まさか、メルトの種族を見抜かれた……?
先手を打って釘を刺しておくか。
「コクリさん、他言無用で」
「弁えているともさ。やぁこんにちは『白狐族』のお嬢さん。君は彼のお友達かな?」
「こんにちは? うん、セイムは友達? 相棒? いつも一緒だよ」
「ふふ、そっかそっか。私の名前はコクリ・マーヤだよ。よろしくね」
「コクリ・マーヤ……マーヤ……? うん、私はメルトだよ、よろしくね」
すると、メルトも何か気になったのか、一瞬だけ訝し気な表情を浮かべるも、そのまま手を出し握手を交わした。
「おー……凄いわ。私、幻狼族って凄く珍しいって聞いていたから驚いちゃった」
「はは、それは『お互い様』だけどね? よろしくね、メルトちゃん」
「! 驚いたわ……シーよ、シー……」
メルトも察したのか口止めを促していた。大丈夫です、この人たぶんそういうのはしっかりしてると思いますんで。
「それで、セイムさん達は料金の支払いだよね? 私も落札した魔剣の支払いには同席させてもらうよ」
「了解です。商会長、先にそっちを終わらせましょうか」
「そうですな。では、出品者の倉庫へ向かいましょう」
支払いは滞りなく進み、無事に落札した魔剣がシュリスさんの手に渡る。
さて、次は俺のガラクタを引き取りに行かなければ。
「そういえばその魔剣、結局どうするんです?」
「ん? そうだなぁ、今うちのクランに大剣使いっていないんだよね。いくら体感重量が軽くてもこの大きさだ。取り扱うのは慣れた人間が好ましいのだけどね。もしクランで適性を調べても手に余るようなら、ギルド与りになるんじゃないかな」
「え? 私財で落札したのに、ですか?」
「まぁ多少は便宜を図ってもらうとするさ」
ううむ、流石貴族だ。
続いては俺のガラクタ、もとい異界の魔導具とされている古い道具達。
やはり近くで見ると、これが古いジャンク品、リモコンやら壊れたマウス等であることが分かる。
まぁあまり得られる情報はないだろうけど、後でこれも調べておかないと。
「あ『異界言語』が書かれてるねコレ。セイムがこれを買ったの?」
「え? メルトこの文字が読めるの?」
「うーん……ごくごく一部? 昔からこういう文字が書かれた道具って各地で出土してるみたいだよ? 解読の為に色々文字? 模様? を集めていた学者さんもいたみたいねー」
「へぇ……難航しそうだね」
「私は最新の研究結果とか分からないけど、物凄く難しいんだってさ」
そりゃそうだ。単一言語っぽいこの世界と、複数の言語、文字が混在する地球の文字とでは解読にかかる時間が違うだろうなぁ。
今見えるリモコンのラベルですら、日本語のカタカナとひらがな、それに漢字に英語まで混ざってるんだ。ノーヒントで解読なんて鬼畜難易度が過ぎるだろう。
「ほう! 面白い品を落札したようね!?」
「どわ!?」
その時、何故か倉庫内について来ていたコクリさんが、凄いテンションで話しかけてきた。
「異界言語、異界の品のようね! なるほど、こんなにまとまった数が出品されていたなんて……! 知っていれば私が落札していただろうに! どうかしらセイムさん、もしよければ私に調べさせてもらえない!?」
「落ち着いてくださいコクリさん。とりあえず、俺が調べた後なら構いませんよ。たぶんそんなに日にちはかかりませんから。王宮にお持ちしますよ」
「本当!? 言ってみるものね! ふふ、一体何に使う道具なのかしらね、解明が出来たらこの国が豊かになってくれるに違いないわね」
たぶんなりません。なんかいつもとテンションも口調も違う、随分と人が変わるんだなぁ……学者ってこういうものなのだろうか……。
そうしてこちらが落札した品の取引が終わり、いよいよ今日のメインイベント、深海の瞳の受け渡しに取り掛かる。
さすがに額が額だ、地下倉庫でやり取りする訳にもいかず、まずは倉庫から品を運び出し、応接室へと向かう。
そして何故か同行するコクリさんとシュリスさん。
「私は魔剣の為に来ていたのだけどね? コクリから事情を聞いたので同席させてもらうよ」
「そういう訳だね。私は捜査の為でもあるけれど、今日は『付き人兼護衛』なんだよ」
「護衛……ですか?」
そうか、大金だもんな。しかし護衛に選ばれるとは、コクリさんは学者、研究者というだけではなく、戦える人なのだろうか?
そうして応接室の扉を開くと、そこにはオークショニアの男性と、一度だけ見かけた美術館の館長、その二人がソファに座るでもなく立ったまま『客人』の応対をしていた。
――――その客人が問題だった。
「来たか。昨日ぶりだな、セイムよ」
客人(この国で一番偉い人)。
女王陛下のおなーりー……。




