第五十話
コクリさんの策略の結果、俺達が到着する頃には見事、闘技場の準備が完了していた。
観客席にも控室にも、それどころか闘技場周辺にも誰も人がおらず、かといって闘技場はしっかりと整備され、訓練道具が放置されている様子もない。
それでいて、しっかりと女王陛下も観覧席、特等席で観覧中だ。
……闘技場の準備はコクリさんが命じられたはずなのに、結局この人は俺と世間話をしながら、のんびりと城内を案内をしてくれただけだ。
そして今、全ての準備を代わりに行ってくれたクレスさんと、闘技場の中央で向かい合っていた。
「名誉挽回の機会を下さったのだ。先程の非礼は詫びるが、手を抜くつもりはないぞ、セイム」
「こちらこそ非礼を詫びます。実はほとんど怒っていなかったんですよあの時。ですが相手は女王陛下。交渉に話術だけで挑むには相手が強大すぎる。取れる手は全て取らせて頂きました。利用する為とはいえ、酷いことを言って申し訳ない」
「む……そうか……怒っていないのか……」
なんか露骨にホっとしてませんか貴女。
さてはこの人、可愛い人だな?
「さて、ただの模擬戦だ。開始の合図などはないが……構えろ、セイム」
そう言うと、クレスさんは馬上槍のような、大きなの円錐型のランスを構える。
先程まで腰に差していた剣はなく、恐らくあれは儀礼剣の一種だったのだろう。
重厚な武器……移動速度や取り回しを犠牲に一撃の威力を重視するタイプなのか……?
俺は、城に入る前に門番に預けていた剣を構える。
隙がない。スキルを発動する為に叫ぼうとするも、その隙を突かれそうだ。
「来ないのかセイム。私の攻撃は……少々重いぞ」
瞬間、意識が飛ぶ。
気が付くと自分が吹き飛ばされ、腹に猛烈な痛みを感じる。
っ! 嘘だろ! 反応出来なかったんだが!
空中で強引に身体を捻り、壁に激突する寸前で壁に着地する形で受け身を取る。
突きじゃなくて薙ぎ……か? 突きなら今頃腹にでっかい穴が開いてるよな……。
「マジで強いなアンタ」
距離が出来た。なら隙を見せてもまだ間に合う。
「マジでやるなぁ!!! 女ぁ!!! てめえにも一発かましてやんよ!!! でっけぇの腹にぶちこむからなぁあ!!!!」
スキル発動しただけなのに!!!!!!!!
ス キ ル 発 動 し た だ け な の に ! !
なんでこんな発言すんだよ俺は!!!!
【クリムゾンハウル】の効果で次の一撃の威力がランダムで倍化する以上、次は確実に当てたい。
さっきの彼女の攻撃は見えなかった……なら機動力もあるのか……?
【ラピットステップ】を発動させ、機動力と次の一撃の攻撃回数を上げ、今度はこちらから迫る。
「! 速いな」
翻弄するように、戦場を縦横無尽に駆け巡り、壁をも足場に軌道を変化させる。
だが、攻撃の隙が見当たらない。常にこちらに槍先が向けられている。
完全に動きを目で追えている証拠だ。
「……持久戦に持ち込めばアクセサリー効果で勝つのは俺だけど、でも……」
そこまで戦いを長引かせてくれるとも思えない。
……いや、防がれても良いんだ。
一度でも攻撃を当てたらアクセサリーの効果が発動するはず……。
ゲームではないけれど、弱体化させる効果が発動すれば――
「っらぁ!!!!!!」
「フン!!!!」
最速の踏み込みで攻撃を繰り出すも、既に槍で迎撃の構えを取るクレス。
重厚な守り、それを承知でこちらも打ち合う覚悟で剣を振るう。
激震。重厚な音が戦場を覆うように鳴り響く。
手がしびれるも、そのまま距離を取る。
「……なんて一撃だ。この槍でなければ……」
「……随分頑丈な槍ですね。てっきり素早く振っていたので、中は空洞なのかと思いましたよ」
しびれたのはお互い様のようだ。
クレスもまた手の調子を確かめ、そして肩をゆっくりと回し、身体の調子を確認していた。
……倍率的にハズレだったか? もし、今のが最大の九倍だったら、決められていただろうか?
それとも……『九倍だったが耐えられた』か。
十三騎士……想像以上にこの称号を持つ人間は強いらしい。
だが、ここまでだ。
この人はどうやら――
『補助効果【女王の騎士】を獲得』
なにか、特殊な補助を受けていたようだ。
そのバフを、俺が奪った。
そして今の攻撃を受けたことでステータスも二〇%ダウンしているはずだ。
「……少々身体が重い。何をした」
「俺はただの剣士じゃありませんよ。一種の呪いを剣に込められるんです」
はったり半分、警戒させる為の虚言。
もう『攻撃を防ぐ』のを躊躇したくなるだろう。
だが手は緩めない。
「警戒するのがおせぇんだよ!!!!!! そのままぶっ潰れろおおおお!!!!」
【クリムゾンハウル】再発動。
だからのこのスキルは! 仕方ないとはいえ外聞が悪すぎるわ!!!!
再び全力で駆け、今度はこちらの攻撃を回避する為にクレスも足を使って動き回るが、その動きはお世辞にも速いとは言えないものだった。
どうやら、彼女の俊敏さは武器を振るう時にのみ発揮されるらしい。
こうなってしまえばもう……ただの的だ。
背後からの高速移動、そのまま剣の腹で殴るように振るう。
回避は間に合わない。だから受けるしかない。
だが彼女は『受けたくない』。
その一瞬の迷いが、俺の攻撃を彼女に届かせる。
「ガフ!」
振り返る途中の彼女の右腕。
槍を持つその腕に攻撃が当たり、そのまま体まで『く』の字に曲げながら、壁に向かい吹き飛ぶ。
轟音と共に壁にめり込む彼女の武器。
だが、どうやら彼女は自分の武器をつっかえ棒のようにして、身体が壁に激突するのを咄嗟に防いだようだった。
……マジかよ。決まったと思ったのに。
「く……強い……!」
「そちらも。完全に決まったと思ったんですけど」
「それと、たまに恐い!」
「それは本当にすみません」
つっこむ気力が残ってるんですか!
いやタフすぎるでしょ……腕が折れた様子もないし。
もしかしたら着ている鎧の効果かもしれないけれど。
「……まだ続けるんですね?」
「このままでは終われん」
もう、こちらは勝ちが見えてきている。
彼女はこのまま少しずつ消耗していき、逆にこちらは体力が尽きることがない。
このペースで戦えば、もう三〇分もあれば動けなく出来るだろう。
油断じゃない。だが少なくともこの戦い、肉弾戦しかしないのなら、打ち負けるのは彼女だ。
一撃の重さでは彼女に分があるのは認めるが、少なくともこの状況をひっくり返せる何かが彼女に無ければこれで終わる。
「では、そろそろ……決めます」
別に縛りプレイなんてしていない。ただ自分で実際に攻撃技を使ったらどうなるのか、それが分からないから『これまでほぼ初級の剣技し使ってこなかった』のだ。
単発の攻撃が九倍の回数、九倍の威力で当たってもたかがしれている。
なら、もしも『最初から威力倍率が高くてヒット数も多い技』に倍率がかかったら?
もう、模擬戦では済ませられないかもしれない。
「戦いを止めなかった女王を恨むんだなぁ!!! このまま二度と戦えなくしてやるからよぉ!!!!!!!!」
ああああ!!!! なんかすっげえ悪役のセリフ吐きやがった俺!!!!!!!
剣士×盗賊限定の剣技が存在する。
俺のやっていたゲームは、メインとサブの組み合わせで、専用のスキルや技が存在する。
そして、剣士×盗賊で習得できる技の真骨頂は『剣士の攻撃力から繰り出される圧倒的な盗賊特有の手数の多さ』だ。
ラピットステップもクリムゾンハウルも剣士×盗賊専用のスキル。
そして――俺が今から放つ同じく専用技【ディメンジョンスレイ】は、驚異の一六ヒットだ。
一撃一撃の威力は落ちるが、クリムゾンハウルでランダム倍化。
そして……ラピットステップで攻撃回数は最大で一六×九だ。
もしも両方で最高倍率を引けば、その威力は全職業中でも三本の指に入る。
「行くぞ!」
「っ!」
もはや回避は不可能と諦めたのか、クレスが槍を盾のようにして構える。
そこに――警鐘の如く金属音が無数に鳴り響いたのだった――
闘技場の戦いを見守っていたのは僅か二人。
コクリ・マーヤと女王は、その戦いの結末を目にし、恐怖を感じていた。
『十三騎士』この国の最高戦力の一角であり、女王を守る要でもあり、そして大勢の騎士の頂点に立つ人間、それがクレス・ヴェールという人物だ。
だが、対等に見えた戦いは序盤だけ。
中盤、明らかに差が開き始め、そして最後の攻防で――国の守護者たる彼女が、まるでなす術もなく、一瞬で鎧が完全にひしゃげボロボロになり、勢いよく壁に激突し、そのまま崩れるように地面に横たわってしまっていたのだった。
本来なら、こうなる前に女王が試合を止めなければならなかった。
だが――
「……本当に、ここまで戦わせる必要があったのか、コクリ」
「まさか、ここまでの結果になるとは思っていませんでしたよ、私も。ですが『ダンジョン踏破者の力は可能な限り全て見定める』のは、この国の未来のことを思えば絶対に必要です。たとえ……十三騎士を犠牲にしてでも」
「国の民の為……か。そうだな『脅威になるやもしれぬ相手』の力は、正確に把握しないといけない……からな」
「はい。クレスはこのまま研究院に搬送します。医療班に見せてはこの戦いのことがどこからか漏れるかもしれませんから」
「む……待て! セイムが近づいて行く! まさか止めを刺すつもりか!?」
「な! 言動の変化、暴虐性を感じましたがそこまで!?」
コクリはそのまま客席を飛び出し、柵を乗り越え戦場に乱入する。
友人という間柄ではないが、それでも良き同僚であり、好ましく思う人間の危機に立ち上がる。
そこで彼女が目にしたのは――
ヤバイヤバイヤバイ! 手応えがさっきまでと違う! 威力倍率かなり高い数字引いたぞこれ!
それに攻撃回数……間違いなく……五倍以上引いた。
もう音が連続し過ぎてこっちの耳が聞こえなくなりそうだもん。
完全に瀕死状態まで追い込んでしまったクレスさんの元へ駆け寄り、すぐに腰のポーチから取り出した風を装い、以前レティに使用したのと同じポーションを口に運ぶ。
……外傷が酷いが、レティ程じゃない。鎧は砕けているが……もしかしたら、彼女もまたとんでもなく高いステータスを持っているのかもしれない。
この世界……強くなった人間は俺の常識を超えた頑丈さと筋力を持っているのだから。
それこそ、ゲームのキャラであるセイム達に匹敵するような――
「クレスさん、聞こえますか? 大丈夫ですか?」
「……う……ぅぅ……」
微かにうめき声が上がる。
ポーションの効力で、目に見える痣や顔の血色も回復しつつある。
攻撃を受けた腕も……大丈夫そうだな。
「薬を使ってくれたようですね? 準備が良いのか、それともある程度予想していたのかな? こうなることを」
その時、突然俺の背後、すぐ近くから声がかかる。
振り返ると、そこには何やら小瓶を投擲するようなポーズのまま、こちらを警戒した様子のコクリさんがいた。
「いつの間に……模擬戦でここまでやる羽目になったんですから、秘蔵の薬くらい使いますよ」
「……どうやら本当に薬だったみたいだね。クレス、もう起き上がれる?」
「……う……ああ……だが……正直顔を見せたくない」
「……元気そうね。随分と奮発してくれたようじゃない、セイムさん」
もしかして、俺がクレスさんにトドメでも刺すのかと思ったのかこの人……。
いやもう……外聞が悪すぎるんだよセイムの戦いって……もうセイムで戦うの止めようかな。
「……セイム、もう戻ってくれ。女王から話があるのだろう? 私はコクリと一緒に治療へ向かう」
「大丈夫ですか? 肩を貸しますよ?」
「いいから、行ってくれ」
まだ戦闘の興奮、感情が冷め切っていないのだろう。
少しだけ拒絶された俺は、大人しく闘技場を後にしたのだった――
セイムが身支度を整え、再び謁見の間へ向かっていたその頃、闘技場に残った二人は――
「負けた……う……う……女王が……チャンスをくれたのに……負けた……負けたぁ……!!」
「んー……泣かない泣かない。いつまでもその癖治らないねぇ……今はシュリスさんも来ているんでしょ? そんな姿を見せるつもりかしら?」
「だって! だって! 私は勝つつもりだった! 女王に良いところを見せて、それでさっきの失敗を取り戻すんだって! あいつ嫌いだ! 戦闘中こっちを脅かすようなことばかり言うんだ! あんなの正々堂々じゃない!」
「あーもう……幼児退行してる……」
そこには、駄々っ子のように闘技場に座り込んだまま暴れるクレスの姿があった。
かろうじて、その姿をセイムには見せまいとする理性は残っていたようだが、その理性もついに尽きてしまったようだった。
「はぁ……ほら、クレス行くよ。私の研究室で休んでいくと良い」
「分かった……」
そうして、闘技場で行われていた秘密の決闘は、本当に終わりを迎えたのであった――
(´・ω・`)やーい負けてやんの!
(´;ω(#`)ごめんなしあ