第四十九話
(´・ω・`)本日より四章開始です。
コクリさんと二人、応接室で沙汰を待つ。
特に会話はないのだが、なにやらコクリさんはしきりにこちらの様子を観察しているようだった。
「ええと……何か気になることでも?」
「ん? ああ……私は『幻狼族』でね、少々人より魔力香に敏感なんだ。君、なんだかとても不思議な魔力香がするね。複雑に混ざり合っているような……」
「あー……もしかして特異体質かもですねぇ……自己強化の術くらいしか使えませんよ、俺」
「そうなのかい? いや、人の匂いを嗅ぐなんてぶしつけだったね、すまないすまない。好奇心が抑えきれなくてね? ふむ……しかし国境のダンジョンがついに攻略された……か」
今、この人から何か情報を得られるだろうか?
実のところ、ダンジョンコアについてはほとんど何も知らない。ゴルダの国王が言っていた『大地を豊かにする』という、ふんわりとした情報くらいしか得られていないのだ。
それについて訊ねてみると――
「国家機密扱いだね。ただし、今の君はそれを聞き出せる程の交渉材料を持っている。頑張りなさいな」
「なるほど、了解です。そうですね、情報が得られないならコアをそのままどこか別な場所に持って行けばいいだけですし」
「そういうこと。ただし……そうなると国もなりふり構わなくなるだろうね」
「恐ろしいですね」
俺はここを良い国だと思っている。出来れば、この国で拠点を手に入れておきたい。
だがもしも交渉が決裂すれば、国を出て行かなければならないかもしれない。
その時は……最悪の方法で国から脱出しなければならない可能性だってある。
それから暫くして、再びクレスさんが部屋にやって来た。
「謁見の間の用意を整えていた。周囲の人間を全て下がらせるのに手間どってしまった」
「なるほど、良い判断ですね。情報は……なるべく広めたくないですから」
「ああ。だが私とコクリは同席させてもらう。構わないな?」
「ええ。既に知っているお二人なら問題ありません」
平静を装いながらも、心臓が早鐘を打つ。
今のうちに『最低達成条件』と『最高達成条件』を決めよう。
謁見の間への移動の間、俺はこの交渉での目的、着地地点を考えるのだった。
王宮はその外見からも分かる通り広大で、城の奥へ奥へと進み、やがて警備の騎士の数が増えてきたところで、唐突にその見えていた騎士の数が減った。
どうやら、謁見の間周辺ですら人払いを行っているようだった。
「……正直、私も緊張している。我が国に天然のダンジョンコアが持ち込まれるなど、三代前の時代以来なかったことだ。まさか、お前がそれ程までの実力者だったとはな」
「……話せば長くなりますが、運も味方したんですよ」
脳内で都合の良い、事実を織り交ぜた物語を構築する。
どういう訳か、頭の回転が随分と速くなっているようだ。
だが、まずは確実にコアの情報引き出す方法を模索するべき、だよな。
今クレスさんは『天然のダンジョンコアが持ち込まれたのは三代前の時代以来』と言った。
なら、必ずダンジョンコアを実際に使用した記録があるはず。
その事実を引き出してからが本番、だな。
「では、これより謁見の間に入場してもらう」
赤と黒の混じる大理石の装飾が施された、美しいフレームの扉。
珍しいデザインだな。なんか配色がどちらかと言うと『魔王の間』みたいだ。
重々しく開かれる扉と、その先に続く見事な深紅のカーペット。
踏むことすら憚られそうなその場所を、一歩一歩踏みしめるように進む。
視線は上げない。顔を見るのは許しを得てから、だよな。
まっすぐ歩み出る。そして立ち止まり、跪く。
女王からの声が掛かるのを待つ一瞬。
その一瞬が、とても長く感じられた。
「顔を上げよ、冒険者セイム」
「は」
微かに、本当に微かに、俺はその声が恐怖を孕んでいるような声色に感じた。
凛とした声であるはずなのに、微かにそこに『為政者らしくない』感情を感じた。
だが、顔を上げた俺の目に映るのは、見事なドレスと共に『一つの国と全ての国民の命の責任』をその身に纏う、ただ見ただけで圧倒されてしまう、そんな威圧的な女王の姿だった。
「……意外だな、想定よりもずっと若い。そして……想定通りの野心家、か」
「お初お目にかかります、女王陛下」
先制攻撃された形だが、何も取り繕わず挨拶に留める。
「コクリが断定した以上、天然のダンジョンコアを持ちこんだのは事実なのだろう。そして、現在この大陸に存在する天然ダンジョンは二つ。『焦土の渓谷』と『夢丘の大森林』。そして厳密には大陸ではないがもう一つ、領海内にある『大地蝕む死海』。ゴルダ国内の大森林は確認出来ぬが、現在こちらが確認出来ている休眠状態の大ダンジョンは焦土の渓谷のみ。其方の持ち込んだダンジョンコアも焦土の渓谷のものだと言う。故に其方の話は事実、なのであろうな」
「はい、事実です」
初めて聞く名前だ。
『大地蝕む死海』なんだか他の二つよりも『困難そうな印象』を受けるな。
「しかし、其方はダンジョンコアを手に『話したい』と要求している。この国にダンジョンコアを献上するつもりではないのだな?」
「はい。何の対価も得ずに提供しようとは思ってはおりません」
「……報酬に何を望む?」
「コアとの引き換えで交渉するつもりはありません。私は、こちらの要求を呑んでもらった後に、初めて交渉の席に着くつもりです。そもそも、金品などで取引が出来るものではないことはそちらが一番よく知っているはずです」
『交渉すらしない、まずは一方的にこちらの要求を飲め』とも取れる、無礼な提案。
その時、微かに控えていたクレスさんの気配を感じた。
剣が鞘から引き抜かれる音。それがこちらに向けられる音。
こうなる可能性は十分にあった。だから――
「もしも武力に訴えるおつもりなら、その瞬間永遠に私はこの国の敵として、持ちうるすべての手段で抵抗します。……騎士団長風情が女王との会話に口を挟むな」
怒気を込める。殺意を込める。初めて、セイムとして特大の負の感情を発露する。
「クレス、退室しろ! セイム、謝罪する」
その時、クレスさんが何か言う前に女王が鋭く指示を飛ばし、そのまま頭を下げた。
周囲に人がいないからこその、暴挙とも呼べる謝罪。頭を下げるなんて行為、国の頂に立つ人間がすることではないのだ、本来は。
申し訳ない、クレスさん。本当はそんなに気に障ったわけじゃないんだ。
だが、利用させて貰った。交渉を有利に運ぶ為に。
「私の望みは『情報』です。この国はかつて、天然のダンジョンコアを手に入れたと聞いています。どう運用したのか、どのようなことが可能なのか、それら資料を全て渡してもらいたいのです。その内容次第では……私はこのダンジョンコアの力をこの国の為に使おうと考えています」
「情報、か。それ次第では其方がダンジョンコアを自分の為に使うことも考えられるのだな?」
「正直、ダンジョンコアの力で莫大な富を得られるのだとしても、興味はないんですよ。実は……」
はったりと推測から、この言葉を。
女王の手に握られている王杖、それを飾るのは美しい、巨大な青の宝石。
あれが『天空の瞳』ならば、恐らく――
「そちらで落札された『蒼海の瞳』の出品者は私なのです。ですので、正直金銭は既に十分過ぎる程頂いているのですよ」
「っ! そうか……かの至宝を見つけたのは其方だったのか……ならば、確かに金銭への欲はもう失われていても不思議ではないか」
「はい。私が望むものは、ダンジョンコアの力ではきっと手に入りませんから」
「ならば何を望む? コアを手に入れる程の力を持ち、富も得た其方は何を望む?」
ありふれているようで、それに反して手に入れられない人間も存在するもの。
初めから持っていない人もいれば、持っていたのに取り上げられる人もいるもの。
「心安らげる居場所。誰にも侵されない平穏。理不尽や害意を退けられる自由。誰かに守ってもらえる安心感。ありふれているようで贅沢な、時と場合によってはどんな財宝よりも得難いもの。それが俺の望みです」
「……それは、この国に根を下ろすという意味にも取れるが?」
「正直、私は世界をまだ知らない。もっと旅を続けたら、更に良い国だってあるのかもしれない。しかし私は、この国を気に入り始めている。『家族』の為に、この国に居場所を作りたいのです」
そうだ『家族』だ。メルトはもう、俺にとって家族と呼んでも差支えがないのだ。
一方的な思いかもしれない。でも、俺が壊れないのは、こんなデタラメな力で自分の人格がごちゃ混ぜになりかけている俺が、今も自分を保っていられるのは、メルトの境遇をどうにかしたいと、シズマである俺自身が強く強く思ったから。
彼女は『新しい家に住めるの?』と、かつて俺に訊ねた。
それは言葉通りの意味なのかもしれない。
だが俺には『自分が安心して帰れる居場所』を求めているように聞こえたんだ。
だから、すぐにでもそんな場所を用意してやりたい。
今、女王と言う絶大な権力者と交渉が出来る状況ならば、どこよりも安全で平和な居場所を作ることが出来るかもしれないのだ。
「家族……か。家族の為に、安住の地を求めるか」
「はい。そして出来れば、女王の庇護を爪の先程だけでも頂ければな、と。私の家族は、訳あって少々物を知らなさすぎる。それ故にトラブルに巻き込まれるかもしれない。そのトラブルを、どんな手段を使ってでも解決したい。その許可を女王に頂きたいと考えています」
ここからは『最高達成条件』達成の為の交渉だ。
「具体的に申してみよ」
「特権を。理不尽な悪意を向ける人間、法で裁き切れない人間、権力という力を盾に害意をこちらに振りまく人間。もしもそのような人間が現れた時、最終手段として『殺し』を選んでも、ある程度は処分を免れる権利を下さい」
非人道的だ。道徳的に許されない力だ。
だがそれは『地球での話』だ。
俺は知っている。この世界は残酷で、理不尽で、酷い側面も持ち合わせていると。
俺は……『俺達』は一番最初に目にしたじゃないか。
目の前で、よく知る人間が無残に殺される瞬間を見たじゃないか。
思い入れがある訳ではないけれど『同じ世界から一緒にやって来た人間』が、目の前で――
だからどんな暴力にも、どんな理不尽にも対抗する力を、安全に行使出来る権利が欲しいのだ。
「……存外『欲が少ないな』と思えてしまうのは、私が一番の権力者だからなのだろうな。そうだな、其方の言うような『殺しでもしないと裁けない人間』は存在するのだろう。考えておこう」
「しかし今言った権利は、あくまでダンジョンコアの情報を得て、その結果この国に益が出るように活用した場合の対価です。無暗に力を振るうつもりはありません。女王陛下、ダンジョンコアの情報をどうか私にお譲りいただけませんか。私は訳あって、焦土の渓谷をゴルダ国にだけは渡したくない。ならば、隣国でありゴルダを仮想敵と見なしているであろうこの国の領土にしたいという気持ちがあるのです」
「……そうであるか。コアの情報か……コクリ、どう思う?」
するとその時、謁見の間に入ってから一言も発していなかったコクリさんに女王が話を振った。
いるのを忘れていた……!
「嘘はついていませんが、全てを話しているわけでもありませんね。ただ……最終的にどう転がるかは分かりませんが、ある程度こちらに取り込んだ方が良い人材だとは思いますね。少なくとも女王陛下よりは上手ですよ、この人」
「……で、あろうな。そうだな、反射的に私が折れる形で謝罪をさせられた。そしてクレスを退席させてしまったのだから」
「そしてあの瞬間、この人は本当は怒ってなんていなかった。まんまと利用されたんですよ。ただ正直、こちらの寿命が縮むような殺気を向けられたので、私も思わず退席しそうになりましたけど」
マジでか。そこまで迫力出てたのか。
「セイム。情報を欲すると言ったな。確かにダンジョンコアの『運用方法』は多岐にわたる。独力でそれらを解明しようとするならば、相応の時間と人材が必要になるだろう。その情報を渡すことにより其方を交渉の席に着かせることが出来るのなら、引き渡すべきなのだろう。だが、恐らくそれで納得しない人間がいる」
「人払いをしたはずでは?」
「そうだ。だから『最後に払われた人間』が納得しないと思っている。それに私自身、ダンジョンを攻略したという其方の力を見てみたい。これが、情報を引き渡す条件として提示させてもらっても良いか?」
「……つまり『クレス団長と手合わせしろ』ということですか」
まぁ、何か条件をつけられるとは思っていたさ。
そうかクレス団長と……十三騎士と呼ばれる、この国の最高戦力の一角と戦えと言うのか。
良い機会、なんだろうな。
俺が、セイムが、どこまでやれるのかを確認する絶好の機会なんだよな。
「分かりました。クレス団長との模擬戦ですね。その条件を飲みます」
「感謝する。コクリ、闘技場の用意を。他の者は一切近づけるな。良いな?」
「かしこまりました。ではセイムさん、闘技場に案内します。ついでに団長も回収しましょう」
「回収って……」
謁見の間を出ると、少し離れた場所で待機していたクレスさんが、射抜かんばかりの視線を向けてきた。
「クレス団長、睨まない。貴女は見事に利用されたのだから。貴女は完全に間違いを犯した。セイムさんは見事にコアの情報を提供してもらえることになった。貴女のお陰で交渉が有利に進んだの」
「な……! だがその男は! ダンジョンコアを交渉の材料にすらしないと言ったのだ。最悪、所有権を手に入れる為に――」
「で、その結果彼よりも厄介な相手がこの国に牙を剥いたらどうするの? この人の背景を知らない私達が安易な方法を使って、国に被害が出ないと言い切れるのかしら?」
口を挟むまでもなく、コクリさんがクレスさんを言い負かす。
……この人はもしかして、ある程度今の流れを予想していたのではないだろうか?
クレスさんへの対応が、完全に『回答を用意していた』かのようだ。
「ダンジョンの踏破の詳しい状況は知らされていない。もし、この人クラスの人間が何人もいたら? もし、この人が『単独で踏破』できる実力者なら? 貴女だけじゃない、あの場にいた女王も危険に晒されることになっていたかもしれないわ」
「……私がこの男に後れを取るとでも言いたいのか、コクリ」
あ、分かった。やっぱりこのコクリさんは相当計算高い人のようだ。
「それを確かめる機会を女王陛下が用意してくださったわ。セイムさんと戦いなさい、クレス。闘技場に向かうわよ。用意させてくれるかしら? 今は騎士団が訓練中よね? 誰にも悟らせずに行いたいから、全員を完全に退去させて閉鎖環境にしてくれるかしら」
「良いだろう。少し待っていろ」
……面倒事全部押し付けたぞこの人。
「いやぁ……凄い手際ですねコクリさん」
「何のことかしら? ただ、あの子は少し単純で子供っぽいのよね。頭は悪くないんだけど」
「そりゃ騎士団長まで上り詰める人ですから……」
そうして、俺とコクリさんはクレス団長の準備が済むまで、のんびりと城内を案内してもらいながら闘技場に向かうのであった。
いやぁ……まーじで油断出来ないぞこの人。




