表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/100

第四十二話

「あの紋章……あれが噂のピジョン商会か」

「詳細は知らされていないが、どうやら今回のオークションの目玉はあの商会の品ということらしいが」

「新参の商会が目玉? なにやら不思議、いやおかしなものを感じますねぇ。ゴルダの大商会という話ですがね」

「干からび始めた国から逃げ出した商会だろう? 我々なら国をそのまま牛耳ることも出来たろう。その商機を逃すとはなんとも欲のないことだ」


 会場に到着した馬車。

 商会のエンブレムが刻まれた馬車を見るなり、周囲の人間の声が車内にまで聞こえてくる。

 既に、注目を集めているのだ。

 もう絶対これ俺も悪い意味で目立つじゃん……!


「ははは……なんとも耳の痛い話が聞こえてきますな」

「ふ、そんなものさ。嫉妬半分、見栄半分。貴族の大半はそういう感情で構成されていると言ってもいい。私が言うのだから間違いないよ」

「これは手厳しいですな。ええ、分かっていますとも。では……参りましょうか」


 シュリスさんとの軽口を切り上げ、扉を開く商会長。

 そのまま降りると、それに続きシュリスさんも馬車から降りる。

 その瞬間の周囲のざわめきは、馬車内にまだ残る俺の耳にも大きく聞こえてきた。


「なぜ……ヴェール家のご令嬢が護衛を……!」

「十三騎士と繋がりが……!?」

「いや、オークションに出品する品に関わっているだけかもしれない」

「ヴェール家は収集家としても有名だからな、ありえる話だが……」

「……どのような品が出品されるのか、お手並み拝見と行こう」


 やっぱり有名人なんだなシュリスさん。本人は凄くフレンドリーで、貴族っぽさはあまり感じないのだけれど。

 じゃあみんなの興味も失せたであろう馬車からこっそり下車しますね……。


「誰だ、あの騎士は」

「これもまた見事な鎧だ。もしや……あの鎧が出品する品なのか?」

「着ている人間は誰だ? いや、まさかこの国で人間を一緒に出品するということはないであろうが……」

「ふふ、もし落札したら直接脱がせられるのなら、是非私が落札したいわね」


 なんかやべぇこと言ってる貴族がいる。


「商会長、シュリスさん。早く会場入りしましょう」

「ははは、そうですな」

「ふむ、もし君を落札出来るなら私も落札したいくらいだね? どうだい、金額は応相談だよ」

「冗談でもやめてください。『シュリスさんにお金で身体を買われそうになった』って言いふらしますよ」

「……申し訳ない。それだけはやめてくれ……」


 冗談でもそういうこと言っちゃダメです。






 オークション会場は、美術館の一階にある巨大なホールのようだ。

 元々巨大な展示物を設置する為の場所らしく、高い場所もよく見られるように高所にも通路が張り巡されており、今はそこにも席が用意されていた。

 出品者は総じてステージ最寄りの最前列に座ることになり、高所の席は『あまり周囲と顔を会わせたくない訳アリの人間』の為の席であるようだった。


「護衛の私は商会長の隣に控えておくよ。もう一つの席にはセイムさんが座っておくれ」

「なんだか悪いですね……」

「ふふ、同じ鎧姿だけど君は出席者だからね。それに君は今回のオークションの目玉の出品者なのだろう? どうやら私の父も噂を聞きつけて参加しているようだ。ほら、上階の右端の席。あれが父さ」


 シュリスさんの言葉に視線を動かすと、確かにそこには壮年をやや過ぎた頃の男性が、自分の顎髭に手を当てながら、睨みつけるように檀上を見つめていた。

 ……狩人の目だ。良い商品があったら絶対に落札してやると言わんばかりだ。


「……それに、カースフェイスの代表も来ているね。すぐ隣には彼もいるのか……」

「あ、ほんとだガリアンさんだ」

「む、セイムさんはガリアン殿と既知なのかい?」

「まだ二回しか会ったことないんですけどね」

「ふむ、それで名前を知っているのは珍しいね。彼の本名を知っている人間は限られているし、名前を名乗られることなんて滅多にないんだよ」

「そうなんですか?」

「正直、私も今初めて知りましたな。カースフェイスにはとんでもない用心棒がいるという話は有名でしたが……」

「そうだったんですか……。案外話してみると結構会話も弾む人でしたよ」


 実は美術館で会ったときとか、俺が見ていた大剣の来歴について教えてくれたり、何故か冥竜の卵がとてつもなく美味であったという伝説を教えてくれたり。

 卵料理が美味しい酒場なんかも教えてくれたのに。


「……それは良いことを聞いた。彼がまだ……いや、よそう」

「なんです? 途中まで言ってそれはなしですよ」

「いやね、一応私は彼の前職を知っているんだ。ただそういうのは勝手に教えたら問題になるかもと思ったのさ」

「なるほど、ならこれ以上は聞きません」

「助かるよ。さて、そろそろ会場の席も埋まってきた。いよいよ始まるぞ」


 気が付けば、ホールに用意されていた大量の席も、上階の通路にある席も、その殆どが埋まっていた。

 すると、照明が少しだけ暗くなり、代わりに檀上を照らす照明が少しだけ強くなった。

 その照らし出された場所に、一人の男性が静かにやって来た。


「お集まり頂いた紳士淑女の皆様。長らくお待たせいたしました、これより『第四八回 商人ギルド主催オークション』を開催致します」


 その宣言をするのは、ピジョン商会の商品の査定を担当したオークショニアの男性だった。

 宣言に呼応するように、会場から静かな拍手の音が鳴る。


「ルールの説明は必要ないとは思うのですが、しっかりと私の役目を果たさせて頂きます。出品された品が紹介され、開始価格が発表されたら、お手元の札を掲げ、金額をコールしてください。また明確にルールを定めている訳ではありませんが、白熱し過ぎて紳士的ではない落札をしないよう、お願い申し上げます」


 なるほど? 連続でコールしたり小刻みに値段を吊り上げて粘るようなみっともない真似はするなって意味なのかね?


「さて、一応私も入札の札は渡されていますが、本日は入札の予定はありませんね。セイムさんはどうなさるおつもりですか?」

「んー……俺の手持ちって以前商会に買い取ってもらった時の額程度しかないんですよね。換金出来そうな物はまだあるんですけど」


 そう正直に答えた時だった。

 商会長さんの目が鋭く輝いた。


「ほう……? まさか、まだ『残っている』のですかな?」

「ははは、ノーコメントです」


 しまった。まだまだ俺が宝石を持っていることを悟らせてしまったか。

 ともあれ、今は追及されることもなく、オークションが開始された。


「では記念すべき最初の品をご紹介致します。『バラクラン商会』より出品『絵画 蒼月の丘に佇む剣士』となります! かの有名な作家である――」


 最初に出品されたのは、美しい青が栄える絵画だった。

 どうやら人気の画家らしく、開始価格は大金貨四〇枚からのスタートだった。


「ほう、流石に美しい色使いですな。ここからでも青の輝きを感じ取れます」

「ふむ、そうだね。私のクランホームにも欲しいくらいだけど、生憎今回私は参加者ではないからね、入札出来なくて残念だよ」


 二人のそんな話を聞きながら、オークションを見守る。

 幸い、今のところ会場内で問題が起きた様子もないし、遠くから諍いの声が聞こえたりもしない。

 平和そのものだ。まぁ平和とは言い難い金額が飛び交っているけど。


「セイムさんは何か欲しい品でもあるのですか?」

「とくに決めてはいないですね」


 いくつかの品の入札が終わったところで問われるも、今のところ興味を惹かれる物はない。

 そもそも俺が今自由に出来るお金は大体大金貨で四〇〇枚程度しかないのだ。

 十分に大金だが、このオークションでは少々心もとない金額だ。


「続きましては『パッヘル伯爵家』からの出品です。『異界の魔導具達』となっております。元々は骨董品として展示されていた品だそうですが、形見分けの際に引き取り手がなかったとのことです。しかし、異界というのは真偽が定かではありませんが、専門家は口をそろえて『材質も用途も不明の品』と言っております」


 続いて檀上に運ばれてきたのは、なにやらガラクタにしか見えない山だった。

 が、それはよく見ると、地球の中古ショップのジャンク売り場にでもありそうなガラクタの山であり、間違いなく地球由来の品であると考えられた。

 ふむ……一応手に入れておきたいけど……開始値次第かな。


「それでは大金貨五枚からのスタートです」


 二五万円相当か! むむむ……悩ましい。


「大金貨六枚!」


 少し悩んだが、入札を宣言する。


「そちらの騎士様が入札! 他、ありませんか?」


 ……悲しいことに、他の入札者は現れなかった。

 そうか、マジでガラクタだと思われているのか……いや実際ガラクタだと思うけど。


「あんな物が欲しいのかい?」

「ふむ? 何か理由があるのですかな?」

「好奇心ですね。自分、ダンジョンとかによく潜るので、ああいう品ってたまに見かけるんですよ。分解とかすると面白いので」


 適当な理由をでっちあげる。


「ふむ、一種のパズルなのだろうかね?」

「そうですなぁ」


 まぁたぶん、あのガラクタを見ても『過去にどの国から紛れ込んだのか』くらいしか分かりそうにないけど。

 が、それでも情報は情報だ。


 その後もオークションは続き、中には会場をどよめかせる品も登場した。


「続きましては『カースフェイス商工会』より出品されました『魔剣ゲイルホーン』です。これはかの有名な名工『サイリュウ・スナダ』が作り上げた大剣でございます。西海の果てにある小国『カブラギ』に棲む魔獣の角から鍛え上げられた、本物の魔剣でございます」


 そう言うとオークショニアの男性は、いかにも重たそうな大剣を、いとも容易く片手で持ち上げ、天井に向かい掲げて見せた。


「このように、重量を感じさせない魔剣でございます。また振るえば風が巻き起こり、使い手次第では大木もなぎ払うことが出来ることをこちらでも確認済みです」


 むむ……普通に欲しい……! が、どう考えても予算をオーバーしそうだ。


「それでは大金貨三〇〇枚からスタートです」


 はい無理!


「ふむ……非常に欲しいね。参加資格がなくて残念だよ」

「あの……代理で入札しましょうか?」

「良いのかい? 商会長、問題ないだろうか?」

「ええ、問題ありませんよ」

「そうか、ならセイムさん、四〇〇枚で入札して欲しい」


 俺はシュリスさんの代理で入札することに。

 だが――想像通り、入札は激戦を極めた。

 見栄えの良い剣、そして確かな性能と『片手で軽々扱える』という特徴から、やはりかなり人気が出ているようだった。


「セイムさん、九〇〇枚だ」

「了解です、お金は大丈夫ですか?」

「問題ない」


 入札を繰り返すうちに、どうやら既にこの競りに加わっているのは俺ともう一人だけだということが分かった。


「大金貨一二〇〇枚」

「大金貨一二〇〇枚! 他、他はありませんか?」

「シュリスさん、どうします?」


 上階にいる誰かだろう。先程から頭上より声が響いてくる。


「……二〇〇〇枚だ。セイムさん、決めるよ」

「マジですか……了解です」


 札を掲げ、金額を口にする。


「大金貨二〇〇〇枚」

「おお! ついに二〇〇〇枚の大台に乗りました! 他はいませんか?」


 しばしの静寂。

 そして……ガベルを打ちつける乾いた音がホールに響く。


「大金貨二〇〇〇枚でそちらの騎士様が落札です!」

「ふぅ……とんでもない金額になってしまいましたね……」

「いや、その価値はある。強力な魔剣だ。ただの貴族に落札させるのは危険だったからね。私のクランのメンバーにそのうち使わせるよ」

「なるほど」


 治安の面も考慮しての落札……か。確かにかなり強力な力を秘めていそうだったしな。

 しかし二〇〇〇枚……日本円にしたら大体一億円って……。


「支払いは今日ではないはずだからね。受け渡しの日には私も同席するよ」

「お願いします。正直、とんでもない大金を、持ってもいないのに支払うって言っちゃったみたいで心臓バクバクしてるんで」

「ふふ、申し訳ない。この埋め合わせはきっとするよ」


 その後もカースフェイス商工会の出品は続き、いずれも魅力的、危険な香りのする品が落札されていく。

『空き室に安置すると部屋内部が広がる空間湾曲の彫像』やら『首にかけると徐々に頭が若返り引き換えに身体が老化するネックレス』やら……これが真実ならとんでもない道具だ。

 そうして様々な商会や貴族が、それぞれの自慢の逸品を出品していく中、ついに――


「それでは本日の目玉である商品のご紹介です! ピジョン商会からの代理出品となっております! それではご覧ください!」


 次の瞬間、檀上を照らす照明が引き絞られ、登場した小箱に強く照射される。

 やがて箱が開かれると――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ