第四十話
夜、美術館の地下に広がる倉庫群にやって来た俺は、商会長さんと共に自分達の倉庫へと向かう。
どうやらオークショニアによる査定は朝から行われているらしく、今も複数の人間が倉庫を持ち回りでチェックしていた。
つまり、夜まで順番を後に回されていたということは、それだけまだピジョン商会がこの都市では無名だということに他ならないのだ。
「お疲れ様、レティさんにメルト。何か異常はあったかい?」
「あ、セイム! 何もないよー、たまにどこかの倉庫から言い争いとか聞こえたくらいかしら」
「ま、品の評価に納得できない人間でしょうね。メルトさんの言う通り直接こちらに害を及ぼすようなことはなかったみたいです」
「なるほど。商会長さん、ではここでオークショニアさんを待つんですね?」
「ええ、どうやら今は二つ隣の倉庫で査定しているようです。ただ、オークショニアではなく専属の鑑定師だと思われます。オークショニアは大手の査定を務めるのが常ですから」
流石に都市に存在する全ての商会が出品するわけではないが、それでも十一もの商会が、それぞれ五品以上は出品する。
その関係で、査定にはそれなりの時間を要するのだろう。
出品者側の商会の数こそ控えめだが、落札者側はそうではない。
資金に余裕のある『大手の商会』や『貴族』それにお忍びで王族が参加することもあるという。
まぁ王族は大抵の場合、代理人を出席させるそうだが。
とにかく、出品する側はそれら上流階級の人間、そして力ある商会に存在を認知してもらえるという、大きなメリットが存在するという訳だ。
逆に中途半端な品をここに出品して、一気に失墜することもあるという話だから恐ろしい。
「それで、二人のうちどっちが一緒に倉庫に入るんだい?」
「私です。恐らく必要になることはないかと思いますが、一応貴族ですので、内部での品の取り扱いや注意する点は把握しているつもりですから」
どうやら、中に入るのはレティのようだ。
確かに貴重品とか沢山あるだろうし、メルトが好奇心で触ったりしたら……この人選は正解だな。メルトは外でしっかり守ってくれ。
「なるほど、了解致しました。ではレティさんとセイムさんが同行、という訳ですな。どうやら隣の査定も終わったようです。そろそろ私どもの番ですね」
しかし、やって来た鑑定師が、他の鑑定師と服装が違うことに商会長さんが驚いていた。
どうやら、俺達の出品する品を査定するのは、普通の鑑定師ではなくオークショニア本人のようだ。
「今回、初めて参加する商会、ピジョン商会さんで間違いありませんね?」
「はい。こちらが商人ギルドの証明書と私の身分証明です」
「……確かに。今回出品するのは三品とありますが、間違いありませんか?」
「はい。当商会が所有する品二品と、こちらにいる冒険者のセイムさんの持つ品を代理出品しますので、合計で三品となります」
「なるほど、代理出品ですか。……確かに、書類を確認しました。セイムさん、冒険者登録証をお見せ頂けますか?」
歳の頃、五〇代に差し掛かりそうな初老の男性。
どこか迫力を秘めているような、けれどもそれを優美な物腰で覆い隠しているような、そんな印象を受けた。
「はい、こちらです」
「ふむふむ……紅玉ランクとは中々。その若さでは珍しいですね」
「いえいえ、こちらにいる警備のレティさんは、自分よりも若くして紅玉ランクですよ」
「ふむ? ……これは驚いた。グローリーナイツに所属している方でしたか」
「はい」
「よい警備を雇いましたな、ピジョン商会さんは」
どうやら、レティを一目見てグローリーナイツと判断出来る何かがあったようだ。
もしかして鎧か? なんか軽鎧を身に着けているが。
――と、その時。
「私はグローリーナイツじゃないからよい警備じゃないのかな?」
メルトがあっけらかんとそう口にした。
別段悔しそうではないが、少し罪悪感でも抱いていそうな声色だ。
「これは失礼しました。そんなことはありませんよ、一緒に警備を任されている以上、信頼も信用もされている、という意味ですから」
「そっか。よかった」
オークショニアの男性が、少しだけ笑ったように感じた。
……可愛いは正義だ。ぶしつけな発言も、可愛いとなんだか和んでしまう。
「では倉庫内に移動しましょうか」
「はい、では今開錠します」
「いえ、オークショニアは合鍵を持っていますので。そちらの鍵は出来るだけ人目に触れぬよう、常に身に着けておいてください」
「なるほど、了解致しました」
ふむ……もしかして鍵にもなにかセキュリティ的な仕掛けでもされているのだろうか?
「商会長さん、その鍵は必要になる時以外鍵穴に差し込まない方がいいみたいですよ」
「む? それはどういう意味ですかな?」
「たぶんセキュリティチェックの仕掛けでもされているのかと」
魔術的なものだろうか? それともカラクリ的なものだろうか。
セイムの経験と知識が、脳内を駆け巡る。
流石『剣士/盗賊』だ。こういう知識は豊富だな、セイムは。
「恐らくウォード錠ですが、錠内で捻ると鍵のメッキが削れて変色するのではないでしょうか? 何回鍵を使ったのか確認できる、とかですかね?」
「……これは驚きました。流石は紅玉ランクの冒険者、といったところでしょうか」
「ははー……確かに鍵の一部がメッキされていますな……それも繊細な……」
「ええ、セイムさんのおっしゃる通りです。その鍵は三重のメッキを錬金術ギルドにより施されています。使用した回数が分かるようになっているんです。全てのメッキがはがれた時は、鍵穴に差すと自動的に抜けなくなります。これは『小心者の商人をあぶりだす為』でもあり『何も知らない人間が鍵を使おうとした時に使えなくする為』でもあります」
……やべぇ、なんかファンタジー感マシマシでワクワクしてきた。
しかもセキュリティだけじゃなくて商人を試す為のものでもあるって……。
「なるほど……頻繁に中を確認する人間を判別するのですか」
「ええ。この場に相応しくない者を排除する為、ですな。この歴史あるオークション、参加するのはいずれもこの神公国、他国からの経済侵略や利権を貪る貴族と腰を据えて戦う気概のある者ばかりです。そんな場に素人に踏み入ってほしくはありませんので」
覆い隠されていた迫力が、彼から漏れ出す。
圧倒的な風格が、長い歴史を守っているという自負が、少しだけこちらの足を後ずさりさせようとする。
「なるほど……肝に銘じておきます」
「ふふ、ですが今回は看破されてしまいましたからね。報酬として開示しました。良いご縁をお持ちのようだ、ピジョン商会さんは。警備の人間といい、出品者といい」
「ええ、それは本当にそう思います。では中に参りましょう。そちらの美術館……いえ、このオークション全体にとっても、とても良い縁が生まれると自信を持って言える品をご用意していますので」
「ふふ、それは楽しみです」
そうして、やや緊張感に包まれながらも、俺とレティ、商会長さんとオークショニアの男性は倉庫の中へ向かうのだった。
「……前職は盗賊か詐欺師、といったところでしょうか?」
「失敬な。けどまぁ当たらずとも遠からず。相応に野蛮で暴力的な人間だよ。君はそれを一番よく分かっているだろう?」
倉庫に続く階段を下る途中、殿を務めるレティが小声で問う。
口調こそ礼儀正しいものに変わっているが、やはりまだ俺に思うところでもあるのか、少しだけ憎まれ口を叩いた。
だからこっちも少しだけ威圧、もとい古傷をつついてやる。
「……ごめんなさい」
「許すよ。そういう洞察力は持っていた方が良いし」
謝るなら許しましょう。
そうして地下に伸びる階段を下り、最後の鉄格子を開錠する。
そこには、荷物が沢山置いてあるということはなく、台座が三つ並んでいるのみだった。
それぞれに一つずつ品が置かれており、一つは『小ぶりな木箱』もう一つは『豪華な装飾のされた剣の鞘』そして最後が『どこか高貴な意匠が施された、最初の物より幾分おおきな箱』だ。
「ほう……では一つずつ品を見せてください」
「はい、ではこちらの小箱から」
商会長は、木箱を上下に開く。丁度指輪でも収まっていそうな構造の箱のようだ。
それを開くと、眩いとは言えないが、倉庫内の明かりを受け、確かに青く輝くサファイヤの原石だった。
あれは……俺が最初に換金した原石で間違いない。
「サファイアの原石にございます」
「ほう……なかなかの大きさ、それにカットが最小限で済みそうな原石ですね。発色も良い。こちらの来歴をお願いします」
「はい。こちらはゴルダ国に存在する天然のダンジョン『夢丘の大森林』を探索した冒険者が発見した物となっております」
「ほう……ゴルダの天然ダンジョンですか。ダンジョン産ならばこの発色、この残留物の少なさにも納得ですね。恐らくダンジョンが生成したアイテムでしょう」
「恐らくは」
……なんか知らないダンジョンの特性の話してる。知らないとなんだか不味そうだし何も言わないでおこう。
「少々詳しく査定をさせて頂きます。既にそちらでも鑑定しているでしょう、その鑑定書も頂けますか?」
「はい、こちらに」
「……なるほど、しっかりと品質も保証されていますね。鑑定師組合のお墨付きですか」
元々、商会長さんは代金を輸送する手間を省くため、商材になりそうな物を探していたという。
あの時は他にルビーとダイヤの原石も一緒に売って、それで千五百万相当の金額で買い取ってもらった。
なら大体五百万相当の値段はつくと思うのだが――
「……かなり不純物も少なく、発色も素晴らしい。開始値は大金貨一四〇枚からスタート、が打倒でしょうか」
「おお! いやはや、想像よりも良い値がつき嬉しいですな」
マジかよ! 俺売った時は大金貨一〇〇枚だったのに!
いや良いんですけどね。
「神公国には天然のダンジョンがありませんからね。国境のダンジョンはありますが、ゴルダとの関係悪化により緊張が続いています。故に冒険者には人気がないのです。そうなると神公国に入ってくる宝石の原石は人工ダンジョンで生成された物か、海を渡って来た物に限られています。この大きさでここまで品質の良い物はそうそう流通しませんからね、恐らく値段は釣り上がるかと」
「なるほど……これは持ち込んだ冒険者に感謝しなければいけませんな」
そう言いながら、ニヤリと商会長さんがこちらに笑みを向ける。
ははは……さてはこうなると知っていたな?
「次の品に移りましょう。こちらは儀礼剣の鞘のみ……ですか」
「ええ、残念ながら剣は失われています。ですが――そちらは『ゴルダニア六世が使用していた宝剣の鞘』となっております」
「なんと! それは本当ですか!?」
「はい。ご存じの通り我々は長らくゴルダ国の城下町で活動して参りました。そこそこの規模になっていたと自負しています。あまり、他国の恥部を口外するのは憚られますが、ゴルダの財政状況は芳しくありません。何年か前、私共から融資を受ける際の担保としてこちらの鞘を譲り受けました。当時の契約書もこちらに」
「……この王印は紛れもないゴルダ国のもの……鑑定書も付属している以上、本物なのでしょうな……」
「ええ。名君と呼ばれ、そしてダンジョンの探索者としても名を馳せた先々代の国王の愛用品、剣は失われていますが、その鞘です。相応の価値があると踏み、出品致しました」
なるほど? あの王家の恥部か。
俺もあの国は財政難というか、問題の多い王家だろうなとは思っていたんですよ。
国宝になってもおかしくない品を質に入れたとか、確かに恥ずかしいな。
「……まさか、失われた剣と言うのは伝承通りなら――」
「はい。『かの竜』に突き刺さったままでしょう」
「品の来歴、細工の細やかさも去ることながら、その『まだ伝説が続いている』と感じさせる物語性。素晴らしい一品です。少なく見積もっても大金貨三〇〇枚から開始で良いでしょう。今回のオークションの目玉として宣伝させて頂きます」
「それはありがたい! 我々はまだこの国では新参であります故」
「ご謙遜を。他国とはいえ上り詰めた商会、今後の活躍への期待を込めて、です」
「勿体ないお言葉です。ですが……目玉の品として宣伝するのは――」
そういうと商会長さんは、俺に向き直り前へ出るように手招きする。
「最後の品、このセイムさんの持ち込んだ品を見てから判断して頂けたら、と」
「査定、お願いします」
「ほう……これほどの品を差し置いて、さらに上があると?」
「……私はそう確信しています」
そして、最後の箱。
豪華な意匠の施された箱を手に取った商会長が、恭しくその中身を披露したのだった。




