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第三十六話

「よく来てくれたねセイムさん。それにそっちはお連れさん……おや?」

「あ! お風呂にいた変な人!」


 クランホームに入ると、早々にシュリスさんが出迎えてくれた。

 が、メルトがシュリスさんに反応し、俺の後ろに隠れてしまった。

 変な人……お風呂で尻尾を触って来たのはこの人だったのか。


「やぁやぁ、先程はどうも、お嬢さん」

「人の尻尾で遊ばないでね! 私の尻尾は泡立ちの良いスポンジじゃないんだから」

「ははは、すまない。あまりにも綺麗でアワアワで可愛かったからついつい」


 マジでお風呂好きなんだな……この人。


「それで、ピジョン商会に行くのはシュリスさんだけですか?」

「クランの主として、同行する人間の代表として私が行くのは確定として、倉庫の警備の代表も同行するよ。ほら、そろそろ出てきたらどうだい?」


 シュリスさんが階段に向かい声を掛けると、恐る恐るといった様子で、一人の少女が下りてきた。

 ……なるほど、謝罪と穴埋めとして、本人を参加させるのか。

 現れたのは、昨日俺が顔面をぶん殴った相手、たしかレティという名前の女の子だ。


「なるほど、良い采配ですね」

「そうだろう? レティ、挨拶をするんだ」

「……よろしくお願いします、レティです。昨日は大変失礼致しました」


 嫌々、とまではいかないが、ふてくされたような調子でレティがそう述べた。


「はい、よろしくお願いします」

「昨日? 何かあったのかしら? よろしくねレティ!」


 何も知らないメルトが、ニコニコとレティに手を伸ばす。

 握手に応じてくれるか不安だが――どうやら、メルトは人を安心させる能力でも秘めているのか、すんなりとレティが手を伸ばす。


「よ、よろしく」

「よろしくねー! 凄いねー、可愛い手なのに物凄い鍛えこんでるねー」


 確かに、メルトよりもさらに小さい手だ。


「ま、まぁね」

「挨拶は済んだね。ではセイムさん、ピジョン商会に案内してくれるかい?」

「了解です」




「レティちゃんも冒険者なんだよね?」

「……そうよ」

「私も少し前に冒険者になったんだー。今度一緒に依頼受けよう?」

「なんでよ。新人と私じゃランクが違い過ぎるでしょ。なに? 楽しようと思ってるの?」

「? ランクが違うと楽が出来るのかしら?」


 道中、自分よりも小さいレティに興味津々で構い始めるメルト。

 昨日の今日、それも俺の連れだということもあり、露骨に邪見にはしていないようだが、明らかに迷惑そうだった。

 これは、確かにメルトが人懐っこすぎるのが悪いな。


「メルト、レティさんを困らせるのはやめよう」

「困らせてたんだ、ごめんね」

「……」


 とりあえず簡単に説明してみよう。間違っていたら指摘してくれるだろう。


「メルト、一般的に新米の冒険者は『岩石ランク』からスタートなんだ。殆ど街の中のお使いしか出来ないから、高いランクの人は手伝いのしようがない。その反面、高いランクの人の依頼に新人が文字通り『付いて行くだけ』だと、何もすることがなく、難しい依頼の報酬だけ同じパーティだから支払ってもらえるし、難しい依頼をこなしたっていう実績だけ貰える。そういうズルいことはしたくないだろう?」

「なるほど……そういう制度なのね」

「悪かったねレティさん。この子はまだギルドのことをよくわかっていないんだ。田舎の出でね、少し世間知らずなんだよ」

「そう、なんですね」


 無理して敬語を使っている様子がなんだか面白い。

 が、今はからかうのはやめよう。


「ちなみにメルトは翠玉ランクだから、恐らく君より一つ下かな?」

「え? 新人で? ……ですか?」

「そうだよ、翠玉ランク! おじさん……名前なんだっけ……ギルドのおじさんがそう決めたみたいよー」

「ほう、メルトちゃんは見込みがあると判断されたんだね?」


 今度はシュリスさんが食いつく。

 確かに、メルトは逸材なのだろう、興味を持つのも納得だ。

 あとなんでさっきから手をワキワキニギニギ動かしてるんですかね?


「そ、そうだよ? その手の動き止めて?」

「ふふ、警戒されてしまったか。しかし凄いね、メルトちゃんはギフトホルダー、何か才能を授かっているのかい?」

「それってなぁに?」


 む、俺も初めて聞く言葉だ。


「文字通り授かりもののことさ。自分のおおよその強さを表示してくれるスクロールは知っているだろう? 人によっては、そこに能力の目安になる数字の他に、特殊な技能、才能が表示されることがあるんだよ」

「へぇー! そんなものがあるのねー……」

「ああ、そういえばメルトはスクロールで調べたことがないんだね? 今度調べてみようか」


 そう提案してみる、が――


「何言ってんのよ。個人がおいそれと買える品じゃないわよ……ないですよ」

「そうだね、あれは中々値段が張る品だ。確かに貴族は自分の息子の才能を調べるために取り寄せたりはするが、一般的には何かの式典、催しで結果を出した時に計測してもらい、それに見合う品を授与される……みたいな扱いだ。買えなくはないが、ただ調べる為だけに大枚をはたくのはおすすめしないよ」

「はは、そうですよね」


 マジか、知らなかった。ゴルダでの謁見の時は……腐っても王族、国を挙げての召喚の儀式の結果を確認する為に奮発したってことか。

 あんなに大量に使っていたから、もっと一般的な品かと思った。

 だが……一度、メルトの能力は調べておきたいな。

 どうにかして手に入れられないか、それこそ商会に行ったら相談してみよう。


「まぁメルトは専門家並の薬学知識があるようなんですよ。知っている植物や霊薬の素材の種類も膨大なんです」

「ほう? 霊薬の素材となると、品によっては……とてつもない価値だね」

「まぁあくまで一般的……というよりも、割と知られているもの限定ですけど」


 ここは誤魔化そう。この辺りはデリケートな話題のようだな、気をつけないと。


「あ、あそこだよ。あの路地を曲がればピジョン商会よ」


 そうこうしてるうちに目的地に着いた俺達は、まずアポイントを取る為に俺が事務所にお邪魔する。

 正式に日程を決めていた訳ではないが、恐らくこの時間ならいるだろう。


「すみません、セイムです。商会長さんにお話があるのですが――」




 受付の人間に説明して少しすると、商会長さんが面会してくれることになったので、先に要件を伝える。

『倉庫の警備を受け持ってくれる人間を連れてきました。精査をお願いします』と。




「失礼します」

「ようこそ来てくれましたセイムさん。警備の人員の手配が済んだ、とのことですが、今こちらに?」

「はい、部屋の外で待機しています」

「分かりました、入って頂いてください」


 合図と共に扉が開き、まずはメルトが入室すると、商会長は『やはり』といった表情で微笑みを向けてくれた。

 そこに続き、今度はさらに小さなレティが入室すると、彼女の所属を知らない商会長は『だ、だいじょうぶなのか』とでも言いたそうな表情に変化した。

 そして最後に……シュリスさんが室内に入った瞬間、まるで足元の床が消えたように、転げ落ちるような勢いで扉の前へ向かっていった。


「はああ!?!? シュリス様!??!? 何故我々のような商会に貴女様が!?」

「ははは、最近こういう反応をされてこなかったから、少しこそばゆいね」


 マジか、ああいう反応してしかるべき相手だったのか……。

 ただ有名な冒険者ではないのだろうか……?


「セ、セイムさん!? これはどういうことですか!? なぜ……なぜ“十三騎士”のシュリス様が我々の商会の警備になど!?」

「十三騎士?」


 それはなんのことだろう。なにかの称号なのは分かるのだが。

 騎士? 冒険者ではなく騎士?


「ふむ……まさか知らなかったのかい? セイムさん」

「いやお恥ずかしい。よろしければ教えていただけますか?」

「いやいやいや! ここは私めが説明します! セイムさん、いいですか? 十三騎士というのは、所属、出自を問わず、この国に住まう人間の中で『極めて優れた能力、戦闘技能やその他の技能を持つ人間』に与えられる称号です……その地位は国の将軍に匹敵するとまで言われているのですよ!」

「おお! それって物凄いじゃないですか! シュリスさん本当に凄い人だったんですね!」

「凄くても勝手に人の尻尾でアワアワしちゃダメだけどね」

「ははは、その通りだねメルトくん」


 まだ根に持ってるなんて、そんなに盛大に泡立てられたのか……。


「しかし何故、警備のような仕事に貴女程の人間が……」

「いや、倉庫の警備はここにいる彼女、私のクランの新人を配備する予定なのだよ。無論、他に二名さらに配備するがね。心配はしなくていいよ、彼女は今年私達のクランに加入した新人ではあるけれど、国中から集まった希望者七〇人の中から勝ち抜いた逸材だから」

「おお……グローリーナイツの選抜試験の規模や過酷さは私もよく知っております……まさかこのような可憐な少女が勝ち抜くとは……神は一人にどれだけの才をお与えになったのでしょうか」


 なんと……そこまでの規模の採用試験を突破したのがこの無礼な少女なのか。

 が、少なくとも彼女の実力はその辺りにいる冒険者では太刀打ちできないレベルなのは間違いないようだ。


「団長……照れます」

「照れてくれていいよ、君はそれだけの実績で私達の元にいる。その自覚、責任、品格をこれから是非とも磨いていってもらいたいね」


 少しだけ、声のトーンが真面目なものになるシュリスさん。

 ……戒めているのだろう。


「それで、私は出来れば貴方と一緒にオークション会場に向かいたいのだけどね。直接の護衛を同行させるのも問題ないはずだろう?」

「そ、それはもう……! いや……これは相当注目されてしまいますが……いえ、しかしこれくらいでようやく吊り合いが取れるとも言えますな……」


 恐らく、今回のオークションの目玉になりうる品だ。

 商会長さんの見立てでは、今回出品したサファイヤの落札額は、過去最高額とまではいかずとも、間違いなく歴代五本の指に入るだろう、とのこと。

 当然ピジョン商会の名前も広がり、そこからなんらかの工作をしかけてくる勢力も出てくるかもしれない。

 だが、護衛としてシュリスさんが近くにいれば『もしかすれば十三騎士との繋がりがあるかもしれない商会』となり、おいそれと手出し出来なくなる、と。


「……正直、我々が想定していた動きの中での最良は、大勢の冒険者を従えることで、我々の商会が冒険者ギルドと強い繋がりがある……と思わせることでした。ですがシュリス様ほどの人間を控えさせるとなると、もう……」

「確実に強力な牽制になりますね。もう、工作をしかけることすら躊躇ってしまう程に」

「ええ。無論、情報は探られますが、ね」


 正直、今回のオークションは商会にとってのメリットが大きすぎると言っても良い。

 品は持ち込まれた物、警備は最上級、何もしなくても名前が確実に売れる。

 そしてなによりも――


「それで……警備依頼の報酬なのですが……その、我々はそこまで高額な報酬をお出しするのは難しく……」

「通常の冒険者に出す報酬と同額で構わないよ。無論、色を付けてくれるなら歓迎だけどね? こちらが手配するのは私を含め四名。それに加え、メルト君にも支払ってあげておくれ」

「うん、私もお金頂戴!」


 ストレートにおねだりし過ぎだろ!


「そ、それはもちろんメルトさんにも支払いますが……良いのですか、天下のグローリーナイツにそんな……」

「今回の報酬は……もう、半分は貰っているようなものなんだよ、セイムさんにね」

「ああ、あれですか。そこまで引きずらなくて良いですよ。あれは半分、交渉用の材料ですし」

「それでも、だよ。何よりも『君に迷惑をかけた』からね」


 その時、レティから小さなうめき声が上がる。


「なんと……セイムさんが既に……これは、セイムさんにまた大きな借りが出来てしまいましたな。本来の報酬、売り上げの三割をこちらが頂戴するというお話でしたが……やはり二割、セイムさんの取り分は八割に変更しましょう。このままではあまりにも、我々が得をし過ぎてしまう」

「気にしないでください、成り行きですから。しかし報酬の増額は有難く頂戴致します。では、今回の顔合わせはこれくらいで終わりますか?」

「いえ、その前に。オークションの開催日なのですが、正式に決定しましたので、お知らせしておこうかと」

「お、そうだったんですか」

「ええ。オークションの開催は『一〇月の一一日』、今から二週間後となっております。会場は『上層区の貴族街にあるリアモンド美術館』となっております。物品の搬入はその前日から、倉庫の警備はその時から始めてもらえたら、と」

「なるほど、二週間後……前の日から詰めるんですね。では俺とシュリスさんは……当日、商会長さんと合流ですか?」

「ええ、その予定です」


 この世界の一年も十二カ月だということは知っていたが、どうやら『毎月必ず三〇日まで』と決まっているそうな。

 ただ、どうやら元々は一月や二月のような数字ではなく、別な名称が使われていたらしく、近年になって徐々に『全ての大陸で統一すべき』という動きが出始めているそうな。

 最近では『お金の単位についての取り決め』も広がり始めているらしい。

 まぁ確かに『大金貨〇枚金貨〇枚銀貨〇枚銅貨〇枚』だと言いにくいことこの上ないからな。

 問題はその単位と、今使われてる国ごとの硬貨の価値がどうなるか、だけど。


「……商会が活発なのもそういう影響なのかね……」

「何か言いましたかな?」

「あ、いえ。よし、じゃあシュリスさん、今日はここで解散にしましょうか?」

「そうだね。残り二人の人員も決めなくちゃいけない。ふむ……なら一緒に警備をするメルトくんの戦い方も知っておかないとね。それで選ぶ人員を変えるよ」

「え? 私? 私はナイフ二本で戦うよ」


 そう言うとメルトは、腰に差していたナイフを構える。

 こら、屋内で抜刀しない!


「ほう、身軽な戦士といったところか。レティとの相性もよさそうだ」

「団長、私は下の人間をカバー出来るほど器用じゃありません。警備は私達だけで十分では?」

「えー! 私もお金欲しいよー!」


 大丈夫大丈夫、たぶん怒られるから。


「そういう偏見や決め付けをやめるんだ。メルトくんがどれくらい出来るのかまだ分からないだろう? メルトくん、よければ打ち合わせも兼ねて私達のクランホームに来ないかい?」

「え、さっきの立派なお屋敷? 行ってみたい! いいの!?」

「構わないさ。レティ、それでいいだろう? 人を見かけで判断し、痛い思いをした経験はあるだろう?」

「……はい」


 ごく最近ね!


「商会長さん、では我々はこれで失礼します。本日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそなんとお礼を言ったら良いか」


 さて、じゃあこのままクランホームにお邪魔しに行きましょう。

 メルトの打合せって、やっぱり多少は模擬戦とかするのだろうか?

 俺、ちゃんと戦うメルトって見たことないんだよな、楽しみだ。

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