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第三十五話

「ただいま、メルト」

「あー、おかえりなさい」


 夕暮れ時、クランホームを後にした俺は真っすぐ泊っている宿『はむす亭』に戻ると、一階の食堂スペースにいたメルトに声をかける。


「むむ……セイム、手から血の匂いがする。誰かと戦ったのね?」

「……凄いな、バレたか。ちょっと成り行きで。でも大丈夫、問題にはならなかったから」

「そうなの? 悪いことだけはしちゃダメよ?」


 少し罪悪感を抱きながら、宿の裏庭にある水場で手を洗う。

 こうして見ると、この宿には風呂こそないものの、身体を洗うためのスペースも用意されているし、しっかり目隠しされたシャワールームのようになっている場所もある。

 暑い季節ならこれで十分そうだな。


 身支度を済ませ、俺も夜の分の食事代を女将さんに支払い、夕食を待つ。

 既に食べ始めていたメルトの前を見れば、なにやら動物の骨が積まれている。

 なるほど肉か! いいね、どんな料理だったのだろう。


「セイムの用事って終わった?」

「うん、一応ね。明日改めてピジョン商会に行くんだけど、メルトはどうする?」

「私も行っていいの? 明日は依頼を受ける予定じゃなかったから、暇だったんだー」


 すると、メルトは懐から小さな袋を取り出し、俺の目の前に置いた。


「はい、ちょっと自分の分は引いたけど、金貨七枚と銀貨八枚! これ渡しておくね」

「え? なんだいこのお金」

「ここの宿代とか、服とか下着とか、これまでお世話になりっぱなしだったもん。足りるかしら?」

「んー、あれは『仲間の助け』として払ったお金だから返さなくて良いんだよ? それこそ、家を買ったらその時にでも、必要な物を買い揃えるのにメルトが自分で使いなよ。同じ家に住むなら、俺だってその買い揃えたものを使うこともあるだろうし、結果として俺も助かることになる。だからお金は必要ないよ」


 律儀というか、常にメルトは借りを返そうとしているように見える。

 その必要はないのだ。実際……いてくれるだけで、心のバランスが保たれている部分もある。

 文字を学習することも出来た。正直、借りを返すという意味でも、既に十分返してもらっているのだ。


「本当にいいの? 私、貰ってばかりだよ?」

「俺も実はいろいろ貰ってるんです」

「え! なになに、何取られたの私! いつの間に……」

「勉強教えて貰ったりしたでしょ? それにこれからも……メルトには色々教えて貰いたいからね。俺、野山のこととか全然知らないし。絶対これから先、たくさんメルトに助けられるんだから」


 家を買ったとして、定住したとしよう。

 それでも冒険者としての依頼はこなすことになるだろうし、自然相手に戦うこともある。

 なら、豊富な知識を持つメルトがいてくれるだけで、とてつもなく助けられるのは俺の方だ。

 メルトには自覚がないのかもしれないが、メルトの持っている知識というのは、図書館の利用料金を何十回も支払ったって足りない程なのだ。


「へへへ……じゃあこれからもいっぱい教えてあげるよ」

「お願いします」


 メルトが小袋を再びしまい込んだところで、丁度俺の分の料理が運ばれてきた。


「お待ちどうさま。今晩は『時告げ鶏のオレンジ煮込み』だよ」

「おー! 美味しそうですね」

「付け合わせのパンは銅貨一枚で二つ追加するからね」


 運ばれてきたのは、小さな骨付き肉が四つに、付け合わせの芋とサラダ、バゲットの輪切りが三つと、中々のボリュームだった。


「セイム、それ美味しいよ。鶏肉がすっごく柔らかいの。骨の端っこを持って口に全部入れると、骨だけ抜き取れちゃうの!」

「へー! 軟らかく煮こまれてるんだね」


 ……うま! 確かに骨から身がほぐれるように外れる!

 なるほど……鶏肉よりもなんだかワイルドな味がする。

 こういう時の語彙力とか知識も、料理スキルがマックスのキャラならもっと豊富なのだろうか。


「美味しいなこれ……」

「ねー。毎日いろんな料理が食べられるなんて、街って本当に素敵ね?」

「そうだね。明日は用事が終わったら何食べようか?」

「お腹いっぱいで考えられない!」


 そりゃそうか。






 翌朝、本日も大衆浴場へと向かう。

 朝風呂はいいぞ……! 一日がメリハリのある始まりをしてくれる。


「お風呂好きねー?」

「なんだか気に入ってしまった……メルトは朝風呂とかいらない?」

「いるね、絶対いる! 目が冴えるもん。それにお風呂上りに飲む山ぶどうのジュースがね、最高なの。あの一杯が至福の味だって理解したわ」


 おー……なかなか分かっていらっしゃいますな。

 今日もお金を払い、男女で別れる。


「着替えてる人が誰もいない……が、一番風呂ではないか」


 既に誰かが服を脱いだ形跡がある。

 俺も負けじと全裸になり、タオルを巻いていざ浴場へ。


「ふいー……気持ちいい」


 かけ湯の温度が、朝の冷え込みのダメージを癒してくれる。

 体表の冷気を洗い流し、湯船に向かう。


「ん……少しお湯の量が減ってる……?」


 以前、座ると首まで達していたお湯が、今日は胸くらいの高さしかない。

 ……時間帯の影響じゃないよな? なら普通に水不足か……?


「ああ……川の方の水源が使えない影響か。なら地下水なのかな」


 恐らく、シレントとして活動した時の事件、その影響だ。

 まだ水源と川の浄化が終わっていないのだろう。

 こういう大量に水を消費する施設は、基本的に川から引っ張られている上水道を使うそうだが、今は地下水に頼っているというわけか。


「正解だ。だが川の水源については一般に知られちゃいねぇ。テメェ、なにもんだ?」


 その時、先客として浴場にいた人物から声がかけられる。

 少々荒っぽい口調に警戒していると、水面を波立たせながら、一人の人物が近づいてきた。


「一昨日の夜、この街に戻って来たのですが、その道中の農家の方が困っていた様子だったんですよ。それで話を聞いたところ、ですね。一応、件の山の様子も見に行ったのですが、どうやら水源付近はどこかのギルドが封鎖している様子でした。……まぁ察しはつきますよ、川ですら酷い臭いでしたから。やめましょう、お風呂に浸かってる最中にする話じゃないですよ」


 近づいてきた男の人相が悪かった。筋骨隆々とまではいかないが、かなり鍛えているのが見て取れる様相。

 冒険者か傭兵か、はたまた騎士か。

 間違いなく戦いに身を置く人間だということが一目でわかる古傷の多さだった。


「なるほどな。で、お前傭兵か? 見ねぇ顔だな」

「冒険者ですよ。一週間くらい前にこっちの国に移転してきたんですよ。で、最近まで仕事で街を離れていました。そちらは?」

「俺は傭兵だ。そうか、新参なら知らなくても仕方ねぇな。傭兵関連で少しだけ名が通ってる。悪かったな、確かに風呂に入りながら血の川の話なんかしたかねぇか」

「口に出さないでくださいよ……」


 少し、危険な雰囲気のする男だ。

 下手に警戒しすぎると、逆にそれを気取られそうな、そんな危険さ。


「そんなタマじゃねぇだろ。血どころか人間すら何人か殺してそうな身体してるぜ、お前」

「……まぁ、否定はしませんよ」


 俺はしてないけどな! が、セイムという人間の生い立ち的には……かなり、その手を血に汚している。

 少なくともキャラクタークエストは全て終わらせている。その記憶が『人生の経験』として、俺の頭に確かに存在するのだから。

『没落の原因を作った人間を全て殺しつくす』それが、剣士と盗賊を組み合わせた場合に用意されるキャラクタークエストのストーリーなのだから。


「じゃあな、先に失礼するわ。もし、何か面白い話があったら傭兵ギルドに依頼出しとけ。最近ある程度危険な依頼も皆冒険者ギルドの方に出しやがる。無駄に冒険者が死ぬよか俺達に出す方がいいだろ。高くつくがな」

「はは、そうですね。もし何かトラブルがあったら、傭兵に助力を願うのもアリですね」

「そういうこった。お前からは少し『トラブルの匂い』がする。俺の勘はよく当たるんじゃねぇ『絶対当たる』んだ」


 そう最後に冗談めかしながら男が去っていく。

 ……悪人ではないだろうが、今まで会って来た人間の中で、一番危険な人間だと俺は感じた。




 風呂から上がると、なんと今回は先にメルトの方が上がっていた。

 しっぽも髪もしっかり乾いてる様子だし、急いで洗って出てきたのだろうか?


「メルト、早かったね」

「あ、セイム! 聞いてよ! なんか変な人がお風呂にいたの! 尻尾とか沢山触ってくるから、急いで洗って逃げてきたの」

「ありゃ……獣人が珍しい訳でもないだろうに……」

「私の毛並みが綺麗だからかしらね?」


 ふむ、確かに綺麗だ。つやつやさらさらモッフモフ。


「まぁ確かに凄く魅力的な尻尾だと思うよ」

「やっぱりそう思う? いいでしょ、自慢の尻尾よ」


 しかも温かいからね、ゴルダからの道中、あのモフモフに包まれていたので幸せでした。


「さーてと。俺も何か飲んだら、朝食食べに行こうか」

「山ぶどうは売り切れだってさ、私で」

「ふむ、なら俺は……」


 売店で注文するのは『山キウイのジュース』。

 山にもキウイって生えるのか……? ダメだ、知識が足りない。

 手渡された鮮やかな黄緑色のジュースを一口飲むと、爽やかな酸味とほどよい甘さが喉から胃へ通り過ぎ、そこから火照った体に染みわたっていくような感覚がする。


「あー……美味しい」

「一口!」

「はいよ」


 既に飲み終わったメルトが物欲しそうに言うので一口上げましょう。


「あ、美味しい! へー……山キウイって……ああ、あのちっちゃい長丸のヤツか!」

「へぇ、知ってるんだ」

「うん、知ってる。小型の草食の魔物がよく食べてるヤツだよ」


 なるほどなるほど……今度、料理をマスターしているキャラで何日か過ごしてみるか。

 女キャラで過ごすのは精神に変調をきたしそうだが、食べ物の知識や経験が蓄積されてくれるなら、今後の生活がより豊かになってくれそうだ。


「よし、じゃあ朝ごはんを食べたら出かけようか」




 朝食として、宿で受け取ったサンドイッチを頬張りながら、グローリーナイツのクランホームを目指す。

 この世界でもサンドイッチという名前なのか、はたまた俺の頭が勝手にそう変換して認識しているのか。

 まぁどっちでもいいか。手軽に食べ歩けるって素晴らしい。


「サンドイッチって美味しくて便利で最高ね?」

「確かに歩きながらバランスよく食べられるよね」


 美味しそうに食べる子を見ていると、こっちまで幸せになるのでさらに最高です。


「今日挟まっているのはハムね、ハム。はむす亭でハムよ」

「でもハムスターは関係ない肉……だよね?」

「もちろん当たり前よ。ハムスターは精霊種だから、実体はないのよ?」

「マジか……精霊種ってことは、ハムスターって動物じゃないんだ?」

「うーん小動物の精霊? 精霊種って、この世界か、それともどこか別の世界、そこで命を失った存在が、霊魂だけの生き物になった存在だから、一応動物だったんじゃないかなぁどこかの世界で」

「……そういうものなのか」


 なら、案外地球出身だったりして。

 一種のネットミームだけど、旅立ったハムスターはハムランドって場所に行くとか言われていたし。

 素敵な考え方だな、俺も昔飼っていたハムスター……あまり長生きさせてあげられなかったけど……そういう世界で楽しく暮らしていたらいいな。


「うーむ……一度ハムステルダムって国にも行ってみたいなぁ」

「行ってみたい場所なら私もいっぱいあるわね? 知ってる? 隣の大陸の南の方だと、植物が殆ど生えていない『砂漠』っていう場所があるんだって。砂ばかりなのに、そこにわずかに生える植物を頼りに、独自の生活をしてる地方もあるんだって」

「へー、砂漠かぁ」


 俺にとっては常識、よく知る地形や文化も、メルトにとっては全て新鮮なモノなのだ。

 そっか、行ってみたい場所が沢山あるのか……。


「拠点を手に入れたら、今度はあちこち旅をしてみたいね」

「素敵ね提案ねー? そういう遠出する依頼とかも見つけられたら、さらにお得かもしれないわね?」

「確かに。長期の依頼ってかなり報酬良いからね」


 そんな夢を語りながら、昨日に引き続きグローリーナイツのクランホームに到着する。


「ここはなぁに?」

「ここが今回の用事。冒険者の強い人が集まる場所だよ。ここで人と合流してから、ピジョン商会に行くんだ」

「なるほど……立派なお屋敷ねー?」

「ね? 凄く立派だ」

「私達の家はここまで立派じゃなくていいからね?」

「はは、もちろん」


 そうして門番さんに名前を告げ、昨日の今日でやや警戒されながらも、シュリスさんに会うべく屋敷の扉を開いたのだった。

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