第三十四話
「おや? 今日の門番は君じゃなかったはずだが」
「あ、団長! いや、なんかお客さんを案内するからって、庭掃除をしてた俺が交代したんですよ」
「ふむ、客人か……今日の留守を預かっている責任者は……『レティ』だったかな。嫌な予感がするんだけど」
夕焼けにクランホームが染められる頃、そこの主であるシュリスと、お付きのアリスが戻ってくる。
本来とは違う人間が門番を務めていることについて訊ねたところ、返って来たのがあまり芳しくない答えだったのか、二人の表情が曇る。
「レティが責任者の時は誰も通すなと言っていたはずです……また謝りに行く羽目になりますよ、団長……」
「通してしまった門番君にも、お客様に何かあったら相応の罰を与えないといけないね……で、誰を通したんだい?」
「いや、それが特例の客だったらしくて……たしかセイム――」
その瞬間、シュリスは言葉を聞き終わる前にクランホームへと駆け出していた。
それは『セイムから感じた得体の知れなさと、かつてアリス相手に見せた凶暴性の一端』から来る予感だった。
「今戻った! セイムさんはいるか!?」
「あ、団長……」
ハウスに入った瞬間、いつもと違う空気を肌に感じとる。
『何かが起きてしまった』と直感したシュリスは、談話室の席に着く『原因を作ってしまったであろう少女』の元へ向かう。
「レティ……また、やったんだね?」
「……はい、だって――」
「だってじゃないよね。次はないって言っていたよね。もう、甘やかしはしないと言ったよね。次に客人を不当に追い返したら除名だとも確かに言ったよね」
「で、でも……」
「除名だ。荷物を纏めて二日以内に出て行きなさい」
「そんな!!」
元々、厳重注意をしていた。だが逆に言えば『幾度かは注意で済ませてきた』ということ。
が、今回に限り、周囲がレティの発言を補強する。
「待ってください団長。特例とはいえ……今日の責任者がレティさんだって知って通したのは俺だ。それに……その客人なら応接室に待たせています。追い返してはいないんです」
「ふむ? 追い返していないのなら……話は変わってくるね。どういうことかな?」
そう、結果として誰も追い返されてはいないのだ。
今もセイムは、何故か散乱している着替えやタオルを綺麗に畳み、書類を綺麗にそろえて執務机の上に並べたりと、何故か勝手に部屋の掃除をしているのだから。
「お嬢は客人と試合をした。その大義名分があったからと」
「そ、そうです! アイツ、私に向かって『痛い目に遭わせる』なんて言ったんです! 決闘は正当なものでした!」
「……だが、レティさんが先に客人を怒らせたのは事実です。悪いレティさん、俺はありのままを報告する。クランの人間として、忠誠を誓っている団長に嘘は吐きたくない」
「う……」
具体的な会話内容、そして決闘に至るまでの流れを正確に伝える門番の男性。
「……負けたのかい?」
「……」
シュリスの問いに、無言を貫くレティ。
それが、何よりもの答えだった。
「……勝負になんてなりませんでしたよ。ありゃダメだ、格が違い過ぎる。いや……本来なら俺らもお嬢も『明らかにやばいヤツ相手なら引き際をわきまえてる』はずなんすよ」
「……豹変した。ありゃもう別人だ。俺ら総出でも敵わねぇっす」
戦闘中のセイムの豹変と、目で追うことも出来ない動き。
容赦のない攻撃と残虐性と、すぐに冷静さを取り戻す、切り変わりの早さ。
その異様性に畏怖する面々。
「……予感が最悪な形で当たってしまったか。まぁ目立った外傷はないようで何よりだ」
「……ごめんなさい、クランの宝物庫のポーション、使ってもらいました」
「む? 何かあったかな?」
その時、セイムの対応をしていた団員が慌てたように説明する。
「あ、それは俺がこの前、保管庫を整理した時に見つけたんですよ。結構前の作戦で上から渡された上位の霊薬じゃないっすかね? ほこり被ってたんで、もう忘れられてるだろうから、嬢ちゃんの怪我を治すのに使っちまいました……」
「正直、結構酷い怪我だったんで……あれじゃなかったら一生残る傷跡になってましたね」
「……そうかい。分かった、それについては咎めないよ。私も保管庫はおざなりにしていたからね」
シュリスは、複雑な感情を抱いていた。
冷静に考えれば非はこちらにある。だが同時に、それほどまでの傷を負わせたセイムに、少しだけ文句を言いたいという気持ちもある。
が、本来だったら除名処分にするところを、セイムが勝利したからこそ、今回は約束通り『誰も追い返していないから』と、除名処分は撤回することにしている。
なら、何か言うのはお門違いなのではないか、と。
「アリス。すぐにお茶とお菓子を応接室へ」
「はい、ただいま――って!!!! ちょっと、応接室に通したの!?」
だが次の瞬間、付き人のアリスが大きな声を上げ、思わずレティまでもが驚いて肩を震わせる。
「応接室なんて実質団長のねぐらじゃない! あんな場所にお客様をお通ししたの!?」
「あ!!!!! 今日はまだ掃除してなかったんですか!?」
「朝から王宮に同行してたのよ!?」
「ああ……やっちまったぁ……」
急ぎ応接室に向かうアリス。そしてその惨状を生み出した張本人は、今の今までシリアスな空気を醸し出していたのに、自分のダメな部分をこれでもかと団員に晒してしまい、さらに客人にまで見られたことに、完全に赤面してしまっていた。
「く……こんなことなら今日の会議、出席するんじゃなかった……」
「王宮の呼び出しを無視するのはさすがにダメでしょうよ……着替えて応接室に向かった方がいいんじゃないですか?」
「そうさせてもらうよ……」
「よし、こんなものか」
これでも地球にいた頃はしっかり家の家事も当番制で一通りこなしてきているのだ。
これくらいの散らかり具合、普段の自分の部屋に比べたら可愛いものよ。
「しかし応接室がこの状態だったってことは……何かあったのかね。でっかいクランホームみたいだし、どこかで改修工事でもしてたのかな」
一時的に着替えやらをする部屋を応接室に移していたとか。
普段、客人が追い返されていたみたいだし、ここを使う予定もなかったのかもしれない。
と、その時だった。室内に響くノックの音に、何故か熱中して掃除をしていた自分が冷静になる。
やべ、勝手に触って怒られるかも。
『失礼します、セイムさんはいらっしゃいますか?』
「はい、セイムです」
『……本当に……どうし……内したのここに……』
ん? 小声で何か言ってる。
すると扉が開き、現れたのは以前、大衆浴場でこちらに声をかけてきた女性、確か……アリスさんだったかな。
彼女が物凄く申し訳そうな表情……というか、何かを諦めた表情で入って来た。
「ご無沙汰しています、アリスさん」
「え……あの、セイムさん? この部屋ってこんな様子でしたか?」
何故か、絶望の淵にいた人間が希望を見出したかのような表情の変化で訊ねてきた。
「あ、すみません。散らかっていたので少し片づけました。たぶん改装中なんですよね? ロッカールーム」
「…………あ! はい! そうなんです!!!! 実は訓練場に隣接してるロッカールームの老朽化が激しくて!!! 一時的にここを使ってたんです!! 本当に申し訳ありません! お客様の為の部屋なのにお見苦しいところを見せてしまい!」
「は、はは。いえいえお気になさらず」
余程恥ずかしかったのだろう。妙に大きな声でごまかすように、照れ隠しをするようにアリスさんが説明してくれる。
「では、引き続きこちらでお待ちください。今お茶をお出ししますから。団長も支度を整え次第こちらにいらっしゃいますので」
「どうぞお構いなく」
確か……王宮に呼ばれていたんだったか。
王宮に呼ばれるとなると、国家規模の行事の打ち合わせや、何かの会議だろうか?
そこに呼ばれるとなると、やはりこのクランは相当なエリート、国からの信頼も厚いのだろう。
正直、始めはあまり関わらないようにしようと思っていたが、国と密接に関わっているようなら、ある程度のコネは繋いでおきたいところ。
……あ、ダメだわ。構成員半殺しにしちゃったわ。
『失礼します、お茶をお持ちしました』
立ったまま考え込んでいたので、急ぎソファに座る。
挙動不審はよろしくないな。多少、浮ついているのだろう、今の俺は。
騒ぎを起こしてしまった上、さらにこれから、断られる可能性の高い、厚かましいお願いをこの状況下でしなくてはいけないのだから。
「今、団長がいらっしゃいます」
「はい、ありがとうございます、アリスさん」
紅茶の香りが、幾分気持ちを落ち着けてくれる。
アリスさんが退室してから少しして、再びノックの音が鳴る。
立ち上がり、クランの主を出迎える。
「お待たせしてしまってすまないね、セイムさん」
「いえ、こちらこそ……騒ぎを起こしてしまい申し訳ない」
「いや、そのことは今は言及しないでおこうか、お互い。今はフラットな状態で、君の要件を聞きたいんだ」
「ご配慮痛み入ります」
見たところ、極めて平静……いや、感情を隠すのに長けているのだろうか。
平然と、世間話でもするかのように本題に入れと促される。
「では……今回、こちらのクランホームを訪れたのは、折り入ってご相談があったからです」
「ふむ、相談というと、以前言ったように冒険に関係すること……かな?」
「冒険……というよりは、戦闘、および警備関係の相談になります」
そう答えると、シュリスさんは少し考え込むようにして顎に手を添える。
随分と絵になる。まさに姫騎士、令嬢、という言葉が似合う佇まいだ。
「具体的な話を聞けるかな?」
「はい。実は近々、大規模なオークションが商会同士の集まりで開かれるそうです。ですが、なかなか難しい催しらしく、襲撃も考えられるようなものだ、と聞いています」
「ああ、あのオークションか。知っているよ、確かにあれは商会にとっての一種の試験、この都市の裏も表も相手取る覚悟と資格があるのか、見定めるという側面もある」
「ご存じでしたか。そのオークションにて、ある商会の保管庫を警備する仕事を、是非こちらの人間に頼めないかと思い、足を運んだ次第なんです」
もしかすれば、失礼な提案なのかもしれない。
だがある程度の身分、出自のしっかりした、信用出来る人間となると、今の俺に心当たりがあるのはこの人だけなのだ。
「半ブラックマーケットとも言えるオークションの警備に私達を使いたいとはね。まさか、警備を担当する商会は『カースフェイス』じゃないだろうね?」
「いえ、違いますね。この街ではまだ新参の『ピジョン商会』となります」
「ふむ……確かにあまり聞かない名前だ。それで、何故君がその商会の手伝い、こうして交渉に赴いているのか聞かせてもらえるかな?」
「実は、その商会と共にこの街にやって来たんです、俺。今回、自分が持ち込んだ品が商会からオークションに出品されることになったので、そのお手伝いをしたいと思いまして」
出来るだけ誠実に、真実を語る。
「ふむ……君自身が警備をすれば解決ではないのかい?」
「そうですね、本来であれば。ですが、後学の為に自分もオークション会場、実際の競りを間近で見たいと考えているのです。本来であれば王国騎士に依頼する予定だったそうですが、なにやら事件があったらしく、王国騎士を動かすのが難しい様子。そこで信頼出来る護衛を新たに見つけなければならないのですが、ピジョン商会はまだこの街では新参、そういう人間に心当たりがないと、困っている様子なのです」
「……ふむ、まぁ話の筋は通っているね」
難しいだろう。気持ち的にも。
たとえ以前、大衆浴場で失礼なことをされたからといって、その対価として頼むには少々釣り合いが取れないだろうと思う。
なら、俺はこの人に嫌われようと、今回だけは無理を通す為にこの手札を切る。
「実はオークションでの売り上げ金が俺に入る予定なのですが、それがないと破産しかねないのですよ。実は最近、希少なポーションを財産の殆どを投げうって購入しまして。ただ、そのポーションも一緒に出品するはずだったのですが『アクシデントで失ってしまった』んですよね、ごく最近」
さぁ、どうだ。
この話がどういう意味なのか、どういう意図で今この場で話したのか、彼女は理解してくれるだろうか?
「それは……ああ、そういうことなんだね。そもそも私達は君に大きすぎる借りがある状態……なんだったね。どの道、オークションの様子はこちらも知りたいと思っていた。保管庫の警備と、会場での警備。その両方を我々グローリーナイツが受け持つと約束しよう。明日、ピジョン商会に顔を繋いでくれるかな?」
流石に察しも決断も早い。
……正直、善意でなく打算込みで顔の治療に使えるポーションを渡していたのだが、改めてやり方が汚いな俺。これもセイムの経験と知識を吸収したお陰だろうな。
「分かりました。明日、ピジョン商会に行きますので、人員を決めて下さると助かります。お迎えに上がりますので」
「分かった、決めておくよ。保管庫に手練れを三名、会場の警備には……私が直接向かうよ」
「それは……警備以上の効果が見込めますね、商会にとっては」
「ふふ、そうかもしれないね」
何か狙いがあるな、この人もこの人で。
ピジョン商会の箔付けにはなるが、こんな申し出……オークションに関わりたがってるように見えるし、さては何か怪しい動きがあるんだな、この都市で。
「……しかし本当に君は『驚異的』なようだね。上手に交渉を纏めて見せた。それも半ば脅しのような方法でほぼ最短で。それを私達相手に出来る人間なんて、片手で数えられるくらいしかいないよ。思わず私も『君に失礼なことを言ってみたい』と思う程度には好奇心が刺激されるよ」
「心の底からではないと分かり切った失言や暴言を受け流せる程度には大人ですよ、俺は」
「ふふ、だろうね」
……仮に、シュリスさんと戦ったらどうなるのか。
正直分からない。でも楽勝なんて口が裂けても言えないし、正直あまりその場面を想像したくない。
そういう風格と気配を彼女から感じるのだ。
「では、自分の要件は以上です。シュリスさん側に何かなければこれでお暇しようかと思うのですが」
「そうかい? ディナーを一緒にと考えていたのだけどね?」
「はは……それだと連れがふてくされてしまいますので」
「おや、連れがいるのかい?」
「ある程度は知っているのでしょう?」
「ふふ、どうだろうね? 分かった、それはまた次回にするとしよう」
「すみません、せっかくお誘いいただいたのに」
最後までにこやかなシュリスさん。
だがその腹の内は一切分からなかった。
何を考えているか悟らせないという技能なら、商会長さんと良い勝負だ。
「では、これで失礼します」
「うん、気をつけて。狐さんにもよろしく伝えておくれ」
「……ええ」
やっぱり知ってた。
本当油断ならないな。
「はああああああああ! 誤魔化せてよかったあああああ……」
セイムが立ち去った部屋で、一人畳まれた着替えやタオルを握りしめ、深いため息をつくシュリスであった。
(´・ω・`)汚部屋レディ




