第三十一話
「ご無沙汰しています、商会長さん」
「これはこれはセイムさん! お戻りになられたのですね」
「ええ、そうなんです。ですので、一度こちらにご挨拶に伺おうと思いまして」
俺はピジョン商会へと訪れていた。
どうやらメルトに連絡をしていた形跡もないようだし、オークションの件についてはまだ進展がないのだろう。
と思ったのだが――
「実は昨日、一度メルトさんに言伝を頼みたく、総合ギルドの方に使いを出していたのですが、どうやらギルド全体が警戒態勢だったらしく、外部からの依頼等を一時的に停止していたのです。ですので、今日また使いを出すつもりだったのですが……いやはや、良いタイミングで来てくださいました」
「そうだったんですね? ふむ……ギルドで何か事件でもあったのでしょうか……」
今回の事件を、俺ことセイムが知っているはずがない。
なにせ、深夜に戻って来たばかりなのだから。
「ふむ、まだ情報の信憑性はあまりないのですが、どうやらギルドへの襲撃があったとか」
「なんですって……この大都市のほぼ中心ですよ!? それもギルドを狙うなんて……本当なら大問題ですよ」
「ええ、まったくです。どうやら中庭で何か起きたのは間違いないはずです。出入りの庭師から裏は取れていますから。それに、昨日から医薬品が売れ切れになる店が多くなっているとか。負傷者が出たと見て間違いないでしょう。セイムさんは『たまたま』都市外にいたようですが、くれぐれもお気を付けください」
ちょっと、イントネーションに含みがあったな。
何か疑ってる? それとも……情報を持っていると思われている?
……ご期待に沿っておきましょうかね、今回は。
「そうですね……ただ、どうやらギルド内部だけでなく、東門、自分が帰って来た方面なのですが、都市部の隣にある山、どうやらあそこでも何かあったようですね。関連があるかどうかはわかりませんが、どうやら水源にまつわる問題があったようです」
「水源……確か火山湖でしたか……少し前から通行をギルドで止めている場所ですな」
「そうだったんですか? 実は、好奇心で少しあの山の様子を見てきたんですよ、帰ってくる時に。そしたら驚いたことに、随分と川が濁っていたんですよ。それに酷く生臭かった」
「ふむ……それはなかなか貴重な情報ですな。ありがとうございます、セイムさん」
「いえいえ、ただの世間話をしただけですから。で……本題に入りましょうか。何かオークションについて動きがあったんですか?」
本題に入ろうとオークションについて訊ねてみる。
すると、あからさまに商会長さんの表情が曇るのが分かった。
……なんだ?
「実は先ほどまでの話題、オークションにも多少関係があるかもしれないのです。どうやら、今回の襲撃は国の上層部にも関係があるのか、国の騎士も多く関わっているそうなのです。つまり……オークションの品を保管した倉庫を警備する為の人員を、しっかりとした身分を持ち信頼出来る国の騎士に任せようとしていた出品者達が、軒並み出品をキャンセルし始めているのです。オークション会場の方で保管庫は手配してくれますが、その警備は自分で手配しなければならないのですよ。騎士を雇えないとなると、冒険者か傭兵を雇うことになりますが……リスクが大きすぎるのです。なにせ裏切らない、もしくは裏切れないような立場、高ランクの人間を雇うとなると、騎士を何十人も雇うのよりも予算がかかってしまいますから」
なんと……シレントで関わった事件の余波がここまで広がっていたとは……。
「オークションの品が狙われるのはある意味当たり前なのです。警備をケチった出品者が品を盗まれるなど、よくある話なのですよ。このオークションは、オークションに参加する段階である種の『試験』もかねているのです。リスクと見入りの天秤をどう扱うのか、それを他の商会に見定められる場でもあるのですよ」
「それはなんとも……危ないオークションですね」
「ええ、正直ブラックマーケットに近いでしょう。それ故に、財力だけでなく、武力を持つ場所が高い地位を持つのです」
「カースフェイス商工会、とかですね」
「ええ」
なるほど。
で、商会長さんはつまり何を言いたいんだろうか?
『警備に予想以上の予算がかかりそうなので、オークションの売り上げの七割を差し出すという契約を反故にしてもらいたい』とかだろうか?
「ふむ……なんとなく言いたいことは分かりました。現状、契約金の七割を引き下げるか、俺が格安で警備を請け負うか、ってところですか?」
「さすが、お話が早い。セイムさんは単独で宝石を見つけたり、あの『焦土の渓谷』を渡って国境を越える程の手練れとお見受けしました。是非、警備をお願いしたいのですが」
「あー……俺もオークションの見学がしたいので、まだちょっと頷くわけにはいかないんですよね」
「そうですか……では、契約金の方を――」
ふむ、信用出来て、なおかつ実力もある人間を警備に回したい、てことか。
メルトは……実力はありそうだけど、心配だ。騙される可能性もある。
だとしたら……シレントで知り合った人間には頼めないよな、レミヤさんとか。
なら、セイムでの知り合いは――
「あ。すみません、ちょっと警備を頼めるかもしれない知り合いがいるので、後日ここに連れてきても良いでしょうか? 俺も詳しい人となりはわからないのですが、商会長さんなら判断出来るかもしれません」
「ほう、セイムさんの紹介ですか。それは気になりますな。いいでしょう、まずは面談だけしてみたいと思います。うまくいけば、我らも警備の出費を抑えられますしな」
「そういうことです。ちょっと今からアポイントが取れないか試してきますので、紹介は後日で構わないでしょうか?」
「ええ、問題ありません。本日はご足労頂きありがとうございます、セイムさん」
「いえいえ、こちらこそお手間を取らせて申し訳ない」
挨拶もそこそこに、俺は早速『あの人』に会うために商会を後にしたのだった。
「あったあった! あそこがピジョン商会だよ! お店じゃなくて事務所なんだってさ」
「ここが噂の……」
「おい、誰か出てきたぞ!」
一方その頃、セイムに話をつけるべく、メルト一行……というよりも、リッカ達三人がピジョン商会のすぐ近くまで来ていた。
が、それとほぼ同時に、事務所の扉が開き、中から一人の男が現れた。
「あ、あの人カッコいい」
「なんだ、どっかの貴族か?」
「いや……腰に剣を帯びている」
それは、用事を済ませたセイムだった。
その姿を目にし、メルトは思わず駆け出していく。
「セイムー! 用事終わったー?」
「お、メルトじゃないか! それにそっちは……メルトのパーティの人かな?」
三人は、メルトから話を聞いて想像していた人物像からあまりにもかけ離れていたセイムの姿に、一瞬言葉を失っていた。
『何も知らない女の子を騙している胡散臭い男』と勝手に思い込んでいたのだ。当然、もっと胡散臭く、信用ならない風貌だと予想していたのだ。
「ちょっと仕事で街を離れていたんだ。その間メルトがお世話になったみたいだね。ありがとう、三人共」
何か言う前に、にこやかに、丁寧に礼を言われてしまう。
三人は、どうしたらいいのか分からなくなってしまったようだった。
「そういえば、メルトから聞いたんだけど、俺に何か話があるんだって?」
「う、あ……そ、そうだ! アンタに少し話があるんだ」
「ええと……そうです」
「出来れば、どこか落ち着いた場所で話したい」
そうして、三人は気を取り直し、今一度メルトの処遇についてセイムに話を聞くことにしたのだった。
ふむ……これは、俺にもわかる。セイムとしての経験や勘だけじゃない、俺、シズマ自身が感じている感覚だ。
『不満』『若干の嫌悪』『疑い』そういう、弱い負の感情が今、俺に向けられている。
しかし何故? メルトを正式にパーティに勧誘するのに俺が邪魔だからか?
俺はなぜ、この三人に悪感情を向けられているのか、そしてそれに気が付いていることを悟らせないまま、どこか落ち着いて話せる場所を求め、図書館にやって来た。
「ほら、ここなら落ち着いて話せるだろう? 入館料は俺が奢るよ」
「え、いや……」
「正直、落ち着いて話せる場所は限られるからね。かといって宿に大勢で押し掛けるのも悪いだろう? 図書館なら、談話スペースやカフェも併設されているんだ。落ち着いて話すならうってつけだろう?」
まぁ、言外に『威圧』するって意味もあるけど。
慣れないアウェイな場所に、しかも奢りで招待される。それだけで人は多かれ少なかれ萎縮してしまうものだ。
図書館の奥、軽食を摂ることも出来るサロンへ向かい、奥まったブースに四人を案内する。
む、メルトがいつの間にか何か注文しに行ってるな……。
「で、ここなら落ち着いて話せると思うんだけど、どんな用事だい?」
「あ、ああ……メルトが戻るまで待つか?」
「ううん、先に話し始めよう」
「任せる」
やはり彼女に関する話なのだろう。
「アンタ……メルトの世話をしてるって話らしいが、具体的にどんな世話をしてるんだ? 正直、あまり真っ当な扱いをされてないんじゃないかって疑ってる」
「うん、メルトちゃんの話を聞く限りだけど……貴方、メルトちゃんのことをどこかに売ろうとか考えてるんじゃないの?」
「レンディア国内での奴隷売買は固く禁じられている。知らないはずはないだろう? 所持するのは許されているが、所有権の譲渡や売買は即刻牢屋行きだ」
……は!? え、なに!? 俺なんかメルトに悪いことしてたのか!?
メルトが俺についての不満でも漏らしていたのか!?
「メルトから何か言われたのかい? その、俺が不当に扱っているとか」
「直接は聞いていない。だがメルトからこれまで色々聞いた情報を纏めると、どう考えてもアンタはメルトを騙してるんじゃないかって思ってる。正直に話してもらうぞ」
「えー……何もしてないつもりだったんだがなぁ……確かに宿に一人置いて行ったのは可哀そうだとは思うけど……そこまで悲しかったのか……」
きっと俺が放っておいたことが原因、そう思ったのだが――
「しらばっくれないでくれますか。貴方さっき、ピジョン商会から出てきましたよね。あの商会、獣人差別の激しいゴルダの商会だって知ってるんですからね」
「大方、あそことの取引を考えているのだろうが……そうはさせんぞ」
「……いやいやいや、あそこ真っ当な商会だから。まぁゴルダ出身なのは間違いないけどね。こっちに移転する時の護衛任務を受けたのは俺だから」
「やっぱ本当に冒険者なのかよ……」
なんか大きな勘違いをしている様子。事を荒立てたくはないが、だんだんとこっちもムカムカしてきたな。
が、メルトがしっかり話してくれたら解決する話だ。
俺は、未だ注文受付で迷っている素振りのメルトを呼び戻す。
「メルトさんやい、ちょっと戻ってきてくれませんかね」
「ん? なーにー? 私今注文するお菓子で迷ってるのだけどー」
「後で好きなだけ注文してあげるから、今は一度戻ってくれるかい?」
「本当!? じゃあ戻る!」
さて……じゃあメルトからどんな話を聞いてきたのか、そしてその結果どんな結論に至ったのか……全部話してもらいましょうか。
そして五分後――
「「「申し訳ありませんでした」」」
「途中の予測までは良かったけど、後半の論理の飛躍が酷過ぎる。それじゃ冒険者としても致命的だぞ……マジで上を目指すなら情報をもっと自分で集める努力をするんだ。憶測が許されるのは二割までだ」
「本当にごめんなさい……」
「だ、だってよ……メルトがあんまりにもその……」
言いたいことは分かる。無知な上に食生活が悲惨過ぎた。
料理と呼べるものを食べた経験が殆どないのがいけなかった。
が、甘やかさんぞ! 本気でメルトに告発されたのかと、嫌われていたのかと思ったんだからな……!
「メルトの所為にしない。まったく……もし俺が血の気の多い凶暴な冒険者だったらどうするんだ。どこか人目に付かない街の外で殺される可能性だってあるんだぞ。同業者、それも格上の可能性がある相手に、口であれなんであれ挑むっていうのは、想像以上に命の危険が伴うことだって理解した方が良い」
「え……セイム、この三人のこと殺すの……? だ、ダメだよ!?」
「いやたとえ話だからね?」
メルトさん、前々から思っていたけど、ちょいちょい俺のこと血に飢えた獣みたいな扱いしてませんかね?
「本当に申し訳ない……そうだ、情報収集は……冒険者として必ず必要になる技能だ。それを……よりによって狩人の俺が怠ったのは……」
「ごめんなさい……許してください……」
「わ、わるかったよ……ごめん、なさい」
まぁこれ以上大事にはしないけども。
それに、今回の件でメルトも『自分のことをなんでもあけすけに話すのは危ない』と学んでくれたようだし。
「よし、反省してるなら今日のところはこれで終わり。いいかい?」
「は、はい! 本当に申し訳ありませんでした」
「あ、そうだ……入館料はしっかり払う、せめてそれくらいはさせてくれ」
「いや、それは別にいいよ。せっかくだ、この図書館で情報収集の大切さを学ぶと良い。幸い、ここは豊富な知識を自由に閲覧できる。聞いた限りだと、君達三人はまだ採取依頼が主な収入源なんだろう? ここで採取できる物の知識を学び、今後に生かすといいよ。そうすれば、いつか君達の実入りが良くなった頃にでも、どこか酒場で奢ってくれるだろう?」
まぁ、こんなところでいいだろう。
これは間違いなく、セイムの経験、人格の影響が出た提案だ。
本当に面倒見が良いというか……出来たヤツだなセイム。
「い、いいんですか……?」
「ここ、そういう場所なのか?」
「ふむ……入館料にしり込みして入ったことはなかったのだが……」
「メルト、三人に役立ちそうな資料って用意してあげられる?」
「うん、出来るよ。前にシーレと来た時にいろいろ私も調べたからねー」
凄いな、一回で大体の資料の位置も覚えたのか。
「じゃあ、四人で勉強しておくといいよ。俺はこの後、少し行かないといけない場所が新たに出来たんだ。メルト、今日のところは三人と一緒に行動しておいてくれるかい?」
「うん、分かった。セイムは今日、宿に帰ってくる?」
一瞬、少しだけ寂しそうな表情を浮かべるメルト。
大丈夫です、今日は帰ってきます、間違いなく。
「戻るよ、間違いなく」
「そっか、よかったー。じゃあセイム、お仕事頑張ってね」
そうして、ちょっとした勘違いも無事に解消された俺は『警備のアテ』に話をつけるべく、総合ギルドのある通りへと向かうのだった――
(´・ω・`)また一年熟成された豚肉がこちらになります