第二百四十六話
「あーむ! んー! 美味しい! このマルメターノ、たぶん中身はお魚よ!」
「あ、本当ですね、なんだかサーモンの味がするソーセージです」
「本当だ、これ随分美味しいな……食べ応えもあるのにあっさりしていて」
三人でベーグルサンドを頂きながら、俺は先程の客が噂していた、西の居住区を目指していた。
どうやらこの飲食店の多い通りを抜け、そのまま大通りに出たら、そこにある歩道橋を越えた先の路地を進むと辿り着くらしい。
『俺も怪我をしているので、詳しい場所を教えてくれませんか?』と尋ねたら、快く教えてくれた。
「私、これ凄く気に入ったわ! パンがね、もちもちしてるのよ。こんなにふわもちなパン、初めて食べたわ!」
「そうですね……私もベーグルは好きなので、明日は別な味を頼みたいですね……」
「そうだなぁ。今日は一番人気の『サマスソーセージサンド』にしたから、明日は『マスタードミートサンド』にしようかな」
そんな和やかな会話をしながら、歩道橋を渡る。
この都市は交通整備の近代化が進んでいるように感じられるが、どうやらまだ信号機のようなものはないらしい。
だが、こうして歩道橋が一定間隔で建設され、大きな通りを渡るのにもそこまで苦労しないようになっているようだ。
改めて、建築技術の高さを思い知らされる。
ビルのような建物も多いし、こうしてしっかりした造りの歩道橋も惜しみなく建てられているなんて、この国が豊かな証拠だ。
きっと、俺のように召喚された人間から、地球の知識を沢山教わってきたのだろう。
そうじゃなきゃ、ここまで国家間で技術力に差が出るとは思えないのだ。
「おー……見て、橋の下を沢山の馬車が走っているわ! ここから『とう!』って飛び降りて、馬車の屋根に着地出来るかしらね!?」
「危ないから絶対やらないでね? まぁ……やって出来ないことはないだろうけど」
「勿論やらないよー! でも、なんだか出来そうだなって思ってついつい」
まるでアクション映画のようである。
そんなメルトの可愛らしいような、自由な発想に笑いながら、西の居住区を目指すのであった。
西の居住区は、港の都市にもあった居住区と似たような小ぢんまりとした場所だと勝手に想像していたのだが、大通りの路地を抜けると、そこにはまるでもう一つの町があるような、それくらいの規模の区画が広がっていた。
住宅だけではなく、この地区の住人の為と思われる商店街や飲食店、教会と思われる施設まで存在しており、本当にこの区画だけで一つの町として成立しいそうな様子だ。
流石、大規模な大都市なだけはある。
「なんだか不思議……街の中にもう一つ町があるみたいねー?」
「同じことを考えていました……この町並みは、随分と自然の風景が残っていて、表通りとはまるで別世界です。この都市の設計者は相当良いセンスをしていますね……発展の象徴のような大都会の中に、こんな牧歌的で落ち着いた町を内包させるなんて……」
「確か、ここの宿屋に噂の治癒術師がいるんだってね? 会いに行ってみようか」
「……シズマ、どうします? 一人で行きますか?」
こちらの言葉に、シーレはちらりと一瞬だけメルトに視線を向けてから提案してきた。
恐らく、彼女も俺と同じ考えなのだろう。『その治癒術師はスティルかもしれない』と。
そうなると、スティルを悪い人間だと思っているメルトには、会わせない方がいいと思ったのだろう。
「えー! 私も会ってみたいわ! 治癒術は私使えないから、実際にはどんな術なのかこの目で見てみたいもん! 私も一緒に行きたいなー」
「ど、どうしましょうか」
「いつかはこういう日が来るって分かっていたし、いいんじゃないかな?」
そもそも、スティルが自分を自由に動ける第三勢力にしたのだって、俺達に目をつけた黒幕が、周囲を巻き込みなんらかの破壊工作をする可能性を憂慮してのことだったのだ。
だが、今は状況が違う。個別の意思を持ったキャラクター達がこの世界で生きているのだ。
リンドブルムにはセイムがいる上に、今後更に、シレントやルーエのような上位陣もこの世界に顕現させるつもりだ。
もう過度に黒幕を、悪意持つ存在を恐れなくても良くなるはずだ。
だったら、そろそろスティルが本当は味方だと、俺達の仲間だとメルトに教えても良いではないか。
そう考えた俺は、メルトとシーレを連れ、件の治癒術師が宿泊しているという宿屋へと向かうのだった。
「わー……宿なのに行列が出来てる」
「案外、ケガ人って多いのかね?」
「いえ、どうやら集まっている人は殆ど探索者のようですね。ここの住人というよりは」
噂の宿は、そこまで大きくも豪華でもない、この町並みに溶け込むような外観だった。
が、その周囲には大勢の人間が集まり、まるで人気の店のような長蛇の列が出来上がっていた。
俺達もその最後尾に並び、行列が捌かれていくのをじっと待つ。
その間、宿から次々と笑みを浮かべた探索者や町の住人が出てくる様子に、ここにいる治癒術師の腕は本物なのだろうと、ますますスティルであるというこちらの予測が真実味を帯び始めていた。
やがて、俺達の番となり宿の一室に案内されると――
「な……違った……!?」
「あら……この方は……」
「ん? なになに? どうしたの二人とも」
そこにいたのは、スティルではなかった。
だが、それは俺の知る相手だったのだ。
尤も――俺、シズマとして知っている相手ではないのだが。
「こんにちは。今日はどうなされましたか?」
「えっと……すみません、てっきり知り合いだと思い会いにきたのですが、人違いだったみたいです。あの……貴女は『シアン・ネーズ』様ですよね、十三騎士の」
なんと、宿の一室でこちらを待ち受けていたのは、リンドブルムの十三騎士の一人。
治癒術師でもあるシアンさんだった。
一度、セイムの姿で会ったことのある女性だ。
そして……スティルの姿で活動していた時、彼の意志によって心を折られた人だ。
あの時のスティルの行動は全て俺も把握している。彼は明確に、この女性の心を折る為に、わざと酷い行いを、心を抉るような真似をしたことを覚えている。
「おや? 貴方達はリンドブルムからいらっしゃったのですか? 私が十三騎士であることはそこまで有名ではないのですが」
「あ、実は俺達、リンドブルムでお世話になっている『セイム』の身内の人間なんです。セイムから貴女達十三騎士のお話は聞いていたのです。申し遅れました、俺は『シズマ』と言います」
俺は、恐らく彼女も覚えているであろうセイムの名前を出す。
いや、でも実際に顔を合わせたのは一度くらいしかなかったはずだからな、覚えていないかもしれないが……。
「なんと、セイムさんのお知り合いだったのですか。よもやこのような異国の地で、知人の名前を聞くことになるなんて。セイムさんはご一緒ではないのですか?」
否、どうやらしっかり覚えてくれていたようだ。
表情を輝かせながら、彼女は嬉しそうにこちらに質問してくる。
「いえ、セイムはリンドブルムでお留守番、ですね。しばらくは向こうを拠点に活動する予定だそうです。逆に、俺達はまだ世間知らずな若輩者なので、こうして見聞を広めようと旅をしているんですよ」
「まぁまぁ、それは良い心がけですね」
「そういうシアンさんこそ、どうしてここに? 十三騎士が外国に渡ったとなると、何か大きな事件や理由があるのでしょうか?」
俺は、この人が普段どんな仕事をし、どのような立場でいるのかは知らない。
だが戦時中の野戦病院を任せられていたり、患者を護衛したりしていたことを鑑みるに、かなり上の、それも現場を任せられることが多い人間だと推察する。
だが――
「いえ、これは私の個人的な旅です。そうですね、ある意味では修行、原点回帰。少々、先の戦争では考えさせられることがありましたからね。今一度、初めて回復術を習得する為に行った巡礼の旅を、そして世の人々に救いの手を指し伸ばす旅を、また始めようと思っているのですよ」
……それは、彼女の個人的な思い。そして同時に、間接的にスティルが関係していそうな理由からの旅立ちの理由だった。
「へー! 偉いね! 凄いわシアンちゃんは! いつか私も治癒術覚えたいなー」
「あらあらあら? シアンちゃんだなんて、始めて呼ばれました。貴女のお名前は?」
「私はメルトだよ。セイムの相棒で、シズマの相棒でもあるのよ。それで、こっちは『シーレ』」
「ご挨拶が遅れました。セイムが所属していた『旅団』に属するシーレと申します」
こちらが一通り自己紹介を済ませると、シアンさんも休憩に入るつもりなのか、部屋の外に何やら二三言伝を頼むと、部屋の扉になにやら札を下げ、こちらに戻ってきた。
「せっかくですし、少しお話でもしましょうか。私は戦争後、すぐに国を発ってきた身ですので、色々お話を聞いてみたいと思っていました」
「構いませんよ、じゃあ俺が知る限りの話ですが――」
そうして、俺は戦争の後、リンドブルムが、神公国レンディアがどのような変化を遂げつつあるのか、そのあらましを語って聞かせるのであった。
「なんと……リンドブルムで移民の受け入れを……それにアンダーサイドの大改修ですか。国が大きく変化していく中、私は……」
「でも、シアンさんの行動も間違いではないと思います。あの戦争に思うところがあった人は沢山います。それがたとえ、十三騎士のような立場にいる人間であったとしても。事実、貴女のお陰で、この都市の人達はとても助かっているんじゃないですか?」
「私もここに来るまでの様子を見ていて感じたのですが……一人の治癒術師に対して、随分と大勢の人が集まっているように感じます。察するに、今この都市では医療機関のようなものが機能をマヒさせてしまっているのではないでしょうか?」
話を終え、どこか自分を責めるようなことを語る彼女に、そんなことはないと諭す。
すると、同じくシーレも何か、今の都市の状況に違和感を覚えたのか、シアンさんに語りだす。
「貴女の存在は、少なくともこの都市の救いになっていると思いますよ。ですが同時に……何か、根本的な部分で問題が起きている気配もしますね。シアンさんは何か知りませんか?」
「シーレさんでしたか? 貴女は随分と周囲の様子が見えているようですね。ええ、確かに治癒術師は貴重な存在で、私のように力の強い術師は稀です。ですがそれを差し引いても、このような大都市で、住人がひっきりなしに私を訪ねてくるというのは、少々異常事態なんです」
「そうですよね……何があったのか、シアンさんは知っているのではないでしょうか?」
シーレは、彼女を情報源として、この都市、この国で何が起きているのか、それを聞き出すことにしたようだった。
やがて、彼女は語る。
この巨大な帝国が今、大きな変化を迎えようとしているというその事実を――
「この帝国は、現在後継者争いで、国の上層部が二分されている状態です。先の戦争、私達の大陸が統一されたことで、やがて力をつけてくるだろうと、いち早く協定を結ぼうと動きだした『皇帝の長男』の派閥。そしてその反対に、国の軍備を高め戦争に備えるべきだと動き出した、少々過激な思想を持つ『皇帝の次男』の派閥。次男の派閥は今、軍備を強化する為、強力なダンジョンコアを入手すべく、『帝都ロンドルマキア』の地下に存在するこの国最大のダンジョン『終わりなき逆月の丘』に挑むべく、国中の治癒術師と、市場に出回る回復薬の大半を接収してしまったのです」
それは、帝国の後継者候補二人による『成果の競い合い』からくる話だった。
そうか……神公国にやって来た帝国の人間、あれは皇帝の長男の派閥によるものだったのか。
話を聞くと穏健派のようにも聞こえるが、実際はかなり高圧的というか、レンディアに対して威圧的な外交をするつもりだったように思えるのだが。
まぁ、それがお国柄なのかもしれないが。それに結局態度を改めてくれたのだし。
だが、皇帝の次男の派閥は危険かもしれないな。
こうして実際に、国民に影響が出てしまっているのだから。
それにダンジョンコアを集めるのに躍起になっているというのも少し気になる。
これ、いずれは他の大都市のダンジョンコアも集め出して、俺達の目的の邪魔になってしまうかもしれない。
それだけじゃない……俺達は『国を裏で操りダンジョンコアを集めさせようとしていた存在』を知っているではないか。
黒幕と呼んでいる連中。俺の元同級生の腐れビッチを連れて逃げた、フースの一味。
あの連中も関わっているかもしれないのだから。
「そっかー……お薬が足りなくて困っているのね! じゃあ、はい! これをシアンちゃんにあげるわ! シアンちゃんは偉い人なのよね? だったらこれを生かせるんじゃないかしら!」
と、その時。話を一緒に聞いていたメルトが、突然自分の荷物の中から、赤く輝く水晶のような結晶を取り出し、シアンさんに手渡していた。
あれは……確か以前、錬金術ギルドで制作実験をしてみせた素材じゃないか……?
エリキシル剤の触媒になる、繰り返し使えるとんでもない物質だったはずだ。
「あの、これは?」
「それはねー、エリキシル剤、低級のだけど、それを作るための触媒だよー。何回でも使えるから、これでこの都市くらいなら、いっぱいお薬が売られるようになるんじゃないかしら!」
そう言いながら、メルトはその詳しい使い方をシアンさんに解説しはじめた。
やがて――
「これは……! リンドブルムで今極秘裏に進められている『賢者の遺産計画』の大本になっている『神の血涙』ではないですか……! それを一体どこで……!」
「私が作り方を二―ルソンおじいちゃんに教えたのよー!」
「……ま、まさか……」
その瞬間、椅子から転げ落ちるように、シアンさんが床に座る。
そしてそのまま平伏し――
「ま、まさか貴女が『聖人白狐様』だったとは……!」
と、初めて聞く言葉を口にしたのであった。
……メルト、凄いぞ、いつのまにか聖人扱いされていたのか!




