第二百四十五話
階段を下った先は、先程までのコロシアムや、それ以前の城を思わせるような場所ではなく、冷たい無機質な空気を感じるほどの、けれどもどことなく地球を思い出させる、コンクリート打ちっぱなしに似た内装の広い空間だった。
なんのギミックもオブジェもない。照明もなにもない。それなのに普通の明るさを保つ、紛れもないダンジョンだと分からせる様相。
しかし、辺りを見回しても人の姿も魔物の姿もなく、先程の城のように、一定距離外の音や景色を認識出来なくする仕組みなのかとも思ったが、どうやらそれでもないらしい。
「これは……音の反響からして、本当にただの広い空間……のようですね。まるで施工前のビルのフロアのような」
「だよな。俺もなんだかコンクリ打ちっぱなしみたいに見えた。ただの広場……?」
「うん? ねぇねぇ、何か紙が落ちてきたよ?」
その時、俺と同じく周囲を見ていたメルトの目の前に、突然何もない空間から一枚の紙がゆらゆらと落ちてきた。
彼女の拾い上げた紙を覗いてみると――
『おめでとう! 君達でここに到達した人間は今シーズン九人目だよ! 二一人以上になるまでこのフロアの試練は開始されないから、それまで攻略は一旦終わり! 自動的に転送紋が現れるよ! 帰還してダンジョンの職員にこの紙を見せてね! 定員になったらこの紙に印が現れるよ』
まるで、こちらの様子、ダンジョンの状況を全て理解しているかのような文面。
そしてシステムナイズされているのを匂わせる内容だった。
間違いない、これはダンジョンマスターが出した紙なのだろう。
「……つまり、ここで一回休みってことなのか……」
「そうみたいねー? 一日でここに来られたのに、もうおやすみだなんて」
「拍子抜けですね……ですが、この文面を見るに、何かしらの『期間』が設定されている可能性がありますね。もしかしたら『突破が楽な時期と困難な時期』があるのかもしれません」
シーレの推論では、俺達が今いるこの謎の空間、ここに至るまでの『不思議な城の回廊』『強力な超大型猫魔獣』という道のりは、もしかしたら『今日だけ』もしくは『一定期間だけ』のものかもしれない、という話だ。
確かにこの紙には『今シーズン』とあるからな。ダンジョンを出たら職員に聞いてみなければ。
話している間に、俺達の前の床に紋章が現れる。これがその帰還紋章だろうと、そこに足を踏み入れると、まばゆい光と一瞬の浮遊感の後、気が付くと、俺達はこのダンジョンの入り口があった大きなトンネルの中にいた。
大きなトンネル。大勢の人間が今も、ダンジョンに挑む為の紋章に足を踏み入れているのが遠目に見える。
どうやら、帰還した人間はダンジョン入り口とは違う場所に戻されるらしい。
近くにはギルド内にあるようなカウンターもあり、そこで手続きをしないと外には出られないようだ。
早速そこへ向かい、先程拾った紙を提出しながら、ダンジョンの報告をすると――
「! 今週のダンジョンを通過したんですか! 今週は無理だと思っていたのですが……あの、報告によると『インサニティパレス』と『神猫の遊技場』が今週のダンジョン構成だったはずです……本当に突破して……いえ、突破したからこの紙があるんですよね、失礼しました」
どうやら、シーレの想像が当たっていたらしい。
話を聞くと、俺達が到達した行き止まりのフロアは『試練の間』というものらしく、そこに至るまでのダンジョン構成は毎週変化するそうだ。
今回はギミックありの迷路のようなフロアと、強力な魔物との戦闘という二フロアのみで到達できたが、場合によっては普通に魔物が出るダンジョンを五階層突破すると、その試練の間に到着する……というパターンもあるそうな。
そしてダンジョンの構成は一週間で変化するらしいのだが、『シーズン』というのは一カ月単位で切り替わるそうだ。
つまり『今週は難易度が高すぎて試練の間に着けそうにない』という場合は、来週まで攻略を控える……という選択もあるのだとか。
つくづくシステマティックなダンジョンだ。
俺達はダンジョンを後にし、一度自分達の借家に帰ることにした。
どうやら本当に俺達が拾った紙は、定員に達すると印が現れるらしく、こちらはシーズンが過ぎても、試練の間の定員に達していない場合は、そのまま来月まで持ち越されるそうだ。
なので、本当に俺達はもう、この紙が変化するまでやることがない……という状況なわけだ。
「結果的に、この都市に暫く足止め、という形になってしまいましたね」
「だね。このダンジョンがどこまで続くか分からない以上、どれくらいクリアまでかかるか分からないのが困りものだけど……ま、少なくとも退屈するような場所じゃないのは救いかな?」
「そうねー? 私、知らないものが沢山ある場所って好きだよ。いろんな場所に行ってみましょ?」
「だねぇ。情報収集もしたいしね」
主に、シズカに関わる情報とか、な。俺の予想が正しければ、シズカは恐らく『魅了』や『扇動』のスキルを駆使し、ある程度の地位のある人間に取り入り、一定の権力を手に入れているはず。
正直、シズカには好きに生きて欲しいとは思っている。だが、それで悪の道に、人を苦しめる道に進もうとしているのなら、俺の意思で彼女の前に立ちはだかり、それを咎める必要があるのだから――
「ふー! あのデッカニャン、敵だけど可愛かったねー。私も撫でたかったなー」
「そうですね……シズマだけ一人で撫でていて、羨ましかったです」
「一応、あれは倒す為の行為だったんだけどなぁ」
「ふむ……となるとまさか……?」
恐らく、俺が海底のダンジョンから脱出し、スティルの姿になって彼に行動を一任していた関係で、俺にスティルのスキルが引き継がれたのだろう。
俺は久しぶりに、今現在の自分のステータスを表示してみた。
体力 7021
筋力 2202
魔力 211
精神力 983
俊敏力 2866
【完全反映】
【銀狐の加護】
【神眼】
【初級万能魔法】
【ウォリアーズハイ】
【食繋者】
【怪力】
【鍛冶】
【剣術】 ←Master
【演奏Lv3】
【料理Lv5】 ←New
【細工Lv8】
【裁縫Lv1】
【弓術Lv4】
【魔術Lv2】
【格闘Lv8】 ←New
【調合Lv1】 ←New
【裁縫Lv1】 ←New
【狩人の心得Lv3】
【学者の心得Lv1】
【盗賊の心得Lv3】
【剣士の心得】 ←Master
【戦士の心得】 ←Master
【傭兵の心得】 ←Master
【舞踏の心得Lv8】
【聖者の心得Lv2】
【凶拳の心得Lv9】 ←New
【魔術の心得Lv2】
【星術の心得Lv1】
【剣聖の心得Lv1】
【槍兵の心得Lv1】 ←New
【薬師の心得Lv1】 ←New
【作家の心得Lv1】 ←New
【針子の心得Lv1】 ←New
「お……かなり育ってるな」
「なになに? シズマ何が育ってるのかしら? 背が伸びたのかしら?」
「いや、背はもう伸びないかなー。もう一年くらいほぼ変わってないよ」
「そういえば、シズマって割と高身長ですよね? 何センチあるんですか?」
「ん? 確か最後に計った時は一七四センチだったかな」
いやはや懐かしい。身長なんて学校行事でしか計ることがないからな。
俺、あまり病院のお世話になったことないし。
「ちなみに、今の『育ったな』っていうのは、俺の能力の話だね。俺は自分の能力をいつでもある程度把握出来るんだよ」
「ふむふむ……なるほど! 私も見てみたいなー、スクロールっていうので確認出来るのよね?」
「そうですね、ちなみに私の目からはある程度人の能力を見られるのですが、詳しい情報は見れないんですよね。シズマの目からはどうです? 私の『観察眼』より高性能だと思いますが」
「ん? メルト、見ていいかい?」
「いいよー」
『メルト』
『上位種族銀狐族の更に特殊個体の女性』
『“環境適応能力”が異常に高い個体が経験を経て成長した人物』
『精神性の成長により若干魔力操作能力が向上している』
『現世界における特異点になりうる個体故に容易に干渉するのは非推奨』
『これを見ているお前も干渉するな』
「っ!?」
「うん? なになに? 何が見えたのかしら?」
俺は、突然見えていた文字の羅列が、俺に向かい話しかけてきたような錯覚に囚われ、思わず息を飲んでしまっていた。
なんだ……やっぱりこの文字、情報を出している存在は……この世界を管理している立場の存在なのだろうか?
その存在がメルトを観察しているのか……?
「メルトはこれからも成長するし、前より魔法が少し上手になったって情報が出たよ」
「あ、それあってるかも! 私最近、何もないところでもある程度お水を出せるようになったもん」
「ほほう! それはたぶん、空気中の水分を集めているんだね」
「ふむふむ……目に見えない水があるのね?」
一度、メルトに地球の科学をしっかり教えてみたいな。
理解したらさらに魔法の力が成長するかもしれない。
「ふぅ……しっかし、しばらくこの都市で足止めって言っても、何かしらの目的は欲しいよなぁ」
「そうですねぇ……とりあえず『全ての区画を見る』というのはどうでしょう?」
「あ、それ賛成よ! 全部見て回りたい!」
「はは、確かにそういう目標でもいいね。じゃあ……どうしようか? どこから見る?」
「端っこから順番! 見逃しがないように!」
なるほど、しらみつぶしってわけだな。
なら、俺達がこの都市に入った入り口付近、あの辺りから順番に見てみようと提案する。
あの辺りは背の高い建物が多かったが、それはあくまでメインストリートの話だからな。
奥まったところはどうなっているのか、見てみないと分からない。
ダンジョン探索での疲れもあった俺達は、今日のところはこのまま家で休憩し、食事も出来合いのものを頂き、明日からの観光に備え、早めに眠ることにしたのであった。
翌朝。さっそく今日からの観光を楽しみにしていたメルトが、朝一番に提案した。
『朝食はどこかのお店に食べに行きましょう』と。
「この辺りは宿や借家が多いからね、そういう人向けのお店がどこかにあるかもしれない」
「ね! さっきからいい匂いがどこかからしているけど……どこかしらね?」
「もしかしたら、借家を借りている方が普通にお料理をしているのかもしれませんね」
「あ、そっか。じゃあ、もう少しお店の多い場所に行きましょう?」
朝の清々しい空気を感じる借家の庭。
芝生も青々と茂り、朝露が微かに煌めいていた。
周囲の借家の煙突からも、まばらに煙が上がっているのが見て取れる。
きっと、自炊が得意な人間も借りているのだろう。
俺達はこの借家が密集している区画を抜け出し、宿屋等が多い区画へと向かうのだった。
「お料理屋さんが多いところ見つけた! 朝なのに人が多いわね!」
「そうですね、外のメインストリートからは離れていますが、ここは恐らく探索者のような人が多く利用する区画なのでしょうね?」
「この間の歓楽街とも違った賑わいがあるね。リンドブルムの冒険者の巣窟を思い出すよ」
「ね、少し似てるわね! じゃあご飯は……あそこ!」
徒歩で一〇分程歩いた先に、こぢんまりとした飲食店が軒を連ねる通りを見つけた。
大都市の中の、少し外れにあるこじゃれた通りのような印象を受ける、そんな様相。
テラス席で料理を頬張る人間、窓際で優雅に食事を摂る人間、屋台のように料理を受け取り、歩きながら食べる人間と、様々な形態の店が並んでいる。
そんな中、メルトが指さしたのは、店舗を構えながらも、窓から外の人間にテイクアウトの料理を提供している場所だった。
「見てみて! 私が好きだった『マルメターノサンドイッチ』に似てる料理が売ってる!」
「あ、本当だ。なんというか『マルメターノバーガー』って感じだ」
「ふむふむ……見たところベーグルサンドに見えますね。いいですね、行きましょうか」
ベーグル……確か茹でてからさらに焼いて作るパンだったかな?
もちもちして美味しいパンだって記憶もあるし、料理の知識が詳しい作り方を教えてくれる。
早速、行列が出来つつあるその店のカウンターに並ぶ。
すると、俺達の前に並んでいた人間から、何やら興奮気味な声が聞こえてきた。
何か人気メニューでもあるのかと耳を澄ませてみると――
「――かげで、この間の依頼で受けた打撲が完治したんだよ」
「えー? 本当に? しかも無料で? 治癒術師って凄く沢山報酬欲しがるって言わない?」
「本当だって! 西の居住区の宿に泊まってるんだよ! あの辺りの人間はみんなそこに通ってるんだから! お前もこの前ダンジョンで肘を痛めていただろ? 見てもらえって!」
ふむ……なにやら、無料で住人を癒す治癒術師がいるらしいが……まさか?
「……シズマ」
「分かってる。これは確認に向かった方がいいかもしれないな」
もしかしたら、単独で動いているスティルのことかもしれないからな。
一度情報交換をする為にも、本人か否か確認に行く必要があるな、これは。




