第二十四話
「パーティってなに?」
ギルドでの一幕。メルトは新人三人組の冒険者パーティに誘われていたが、そのパーティがどういうものなのか知らないのであった。
「え、そこからか……リッカ、説明頼んだ」
「うん、了解。あのね、パーティっていうのは、冒険者同士とか、他のギルドの人とかと、一時的に仲間として一緒に同じ依頼を受ける少数の団体……って感じかな」
「なるほど……私を仲間にしたいってこと?」
「うん、簡単に言うとそういうことかな?」
ようやく理解したメルトは、自分が誰かに求められているという事実に、少なくない喜びを覚えていた。
しかし同時に、何故自分なのかと、何かに利用するつもりなのかと、警戒心を抱く。
「ほら、四人パーティからはパーティのランクより一つ上の依頼でも、ものによっては受けられるようになるだろ? 俺達のパーティはまだ輝石ランクなんだよ、だから山の高い部分の採取依頼にはまだ行けねぇんだ。でも、メルトが一時的に入ってくれたら四人だから晶石ランクの採取依頼が受けられるんだよ」
「今の時期は標高の高い位置で質の良いキノコが採れるらしく、そこで資金を稼ごうと考えていた。だがまだ新人の我々と組もうと言う人間が少なくてな、困っていた」
「そうそう、最近ベテラン連中が殆ど出払ってるんだよなぁ、なんでだろうな」
「ねぇメルトちゃん、貴方も新人なら一緒にどう? 四人なら稼ぎやすいと思うんだけど」
メルトは制度を理解し、自分が誘われた理由に納得がいった。
が、同時に自分のメリットが殆どないことにも気が付いていた。
『そもそも自分は翠玉ランク』ということを思い出し、組んだところで旨味が少ないと考える。
だが、自分は少々イレギュラーな理由で今のランクだということを思い出し、正確に自分の実力、周囲との差、実際の新人はどんな風に稼ぐのか、それらを知るのは有意義ではないかと思いなおす。
何も考えていないようでいて、メルトは同年代と比べて多少、思慮深いのだった。
いや、むしろこの場合は『警戒心が強い』と言うべきだろうか。
「うーん……いいよ! 今日だけお試しねー?」
少し考えた後に、その提案を受け入れたのだった。
「ほんとか!? じゃあ受付に申請しに行こうぜ!」
「よかったねカッシュ、これでキノコ狩りも出来るし」
「助かる、メルト。これで『アクスブレの倒木の回収』依頼を受けられる。あそこは高山地帯だから、俺達はまだ受けられなかったんだ」
「ね。それにあの辺りは『サニーポルチ茸』が生えてるらしいんだ。うまくすれば装備の買い替えが出来るだけお金も稼げるかも」
嬉しそうに語る三人に、メルトも嬉しくなり笑顔を浮かべる。
「喜んでくれて私も嬉しいよ。今日初めての依頼を受けるところだったんだ。じゃあ三人のこと、観察させてもらうね」
「初任務ってマジか!? けどまぁ……四人なら……平均ランク的に輝石ランクパーティ扱いだよな?」
「そのはずだ。ならば問題なく四人なら晶石ランクの依頼も受けられる」
三人は、メルトがまだ新米の岩石ランクだと勘違いしたまま、受付へとパーティ申請へ向かうのだった。
「すんませーん、誰かいませんか?」
受付にて、カッシュが声をかける。
そこに先程まで受付にいた女性の姿はなく、声を掛けられてから少しして、以前メルトの面談を受け持った男性が現れる。
「おーうなんだひよっこ共」
「ゲ、『シグルト』のおっさんかよ。いつもの姉さんは休みなのか?」
「うっせぇ俺で悪いか。アイツなら休憩中だよ。んで、なんの用事だ? 今日の依頼が決まったか? また川の下流で『テグスシュリンプ』の採取か?」
よく話す間柄なのか、カッシュ達三人組と、ようやく名前の判明した男性、シグルトが軽口を交わす。
「バッカちげぇよ! 今日はな、なんと俺達と組んでくれる新人の冒険者を一人パーティに加えることになったんだ!」
「そうなんです! だから、一つ上の晶石ランクの採取地に行けるって話なんですけど、許可してくれますよね?」
「ほーう、今うちに新人なんて……まぁいるにはいるな……で、どいつだ」
リッカは、後ろで辺りを見回していたメルトを前へ連れてきて紹介する。
「この子! 今日が初依頼なんだって! ねぇ、大丈夫だよね? これでも晶石ランクにいけるんだよね?」
「お……メルトじゃないか! そうか、お前さんこいつらの面倒見てくれるのか!」
「あ、この間のおじさんだ! うん、今日お試しで仲間になってみるんだー」
シグルトは、つい先日異例のランクで冒険者入りを果たしたメルトのことを、しっかりと覚えていた。
「本当にいいのか? 嬢ちゃん、こいつら輝石ランクだぞ?」
「うん、いいよ。勉強になるなって思ったの」
「ははーん……お前ら、何か勘違いしてるようだが、この嬢ちゃん、メルトは翠玉ランクだ。むしろお前らが世話になる側だぞ」
シグルトは、三人にメルトのランクを教える。
だがそれは、三人に想像以上の驚きを与える結果になったのだった。
「は!? 嘘だろ、だって冒険者になりたてだって……」
「そうだな。だが素人じゃない。どうやらこいつの相方……でいいのか? メルトの相方は紅玉ランクだ。恐らく冒険者に登録するまでは、そいつの元で戦ってきたんだろう。知識面でもその辺のベテラン以上だ。むしろお前達がしっかり学ばせてもらってこい。まだ格上と組んだこと、ないだろ?」
「うそぉ……メルトちゃんって凄い人だったんだ……」
「こうなると……むしろ心苦しいな……本当にいいのか、メルト」
「うん、別にいいよ。だって冒険者として働くのは初めてなんだもん。三人がどんな風に働くのか、勉強させてもらうね?」
そうして、少々歪なパーティが結成され、四人は今回の依頼である『アクスブレの倒木の採取』へと向かうのだった。
「メルトちゃんって、相方さんがいるんだ?」
「相方……なのかな? お世話になってる人がいて、その人に恩返しする為に頑張ってるよ」
「紅玉ランクなんだろ? やっぱり強いのか、その人」
「たぶん強いと思う。直接戦うところは殆ど見たことないけど、絶対に私よりは強いよ」
「ふむ……高山地帯は魔物が出没することも多いらしい。俺達も一応戦えるが、まだまだ弱いと自覚している。頼りにさせて貰う、メルト」
道すがら、四人はお互いについて教え合う。
「私、一応魔術師なんだ。簡単な火球の魔法しか使えないけど、一応牽制にもなるし、小さい魔物なら一発で倒せるよ。メルトちゃんはどうやって戦うの?」
「私? ナイフで戦うよ。二本で戦うから二刀流!」
「お、じゃあ俺と連携出来るな。俺は片手剣なんだよ、ほら」
カッシュは、腰に携えた剣を見せつける。
少々刃渡りは短いが、片手でも取り回しのしやすそうな剣だ。
それを見て、メルトは少し考え込む。
「ふむふむ……カッシュ? もしかして剣、少し短いなって思ってない?」
「ん? なんでそう思うんだ?」
「グリップの磨り減り方。それ、ギリギリまで長くなるように握ってるよね? その持ち方だと危ないよ?」
「……すげぇな、正解だ。確かにリーチ増やすためにギリギリを持ってるわ俺」
「やっぱりまだ直してなかったのかそれ。その持ち方は弾かれた時に危険だと言っただろう」
「凄いねメルトちゃん。そういうの、分かるんだ?」
「うん、私も似たようなことしてたもん昔。カッシュはお金を貯めたら、武器を新しくしないとだね」
「だな。しっかし凄いなメルト……翠玉は伊達じゃないんだなやっぱ」
心なしか誇らしげなメルトは、気分を良くしたように足取りを軽やか進む。
「ちなみに俺は狩人、弓使いだ。矢束は多めに持ってきているが、尽きた場合はナイフで接近戦をしかけることも出来る」
「なるほど。狩人は目が良いもんね、山の依頼だと活躍しそうねー?」
「ふふ、その通りだ。魔物の解体も簡単なものなら行える。基本的に討伐証明部位の切り離し程度でしか役に立たない技能だが、今の時期は脂の乗ったアナグマや鹿が獲れることもある。そういう時は肉を解体して追加報酬を狙うことも出来る」
「うんうん、そういうの覚えておくと便利よね。私も出来るよ解体。たくさんお肉とキノコ持って帰ろうね」
嬉しそうに語る。追加の報酬で、たくさんお金を稼ぐ自分を想像しながら。
ニコニコと無邪気に笑うメルトに、三人もまた笑顔を浮かべる。
自分達よりはるかに格上の仲間の無邪気な様子に、心癒されながら――
「でも……不思議な依頼ね? アクスブレの木の倒木なんて、そうそう見つけられないわよねー?」
すると、メルトはこの依頼について、疑問に思っていることを口にした。
「どういうこと?」
「だって、あの木って倒れるようなものじゃないわよね?」
「そうなのか? 俺達はよく分かってないんだが」
「ああ、確かに高く売れる木だとうことしか知らないが……解説を頼めるか?」
「うん、いいよ」
やはり、山の植生については詳しいのだろう、メルトは今回の依頼について語りだす。
「アクスブレの木は、名前の通り『斧が壊れる』っていうくらい、頑丈な木なんだ。だから強いノコギリじゃないと切れないし、それでも長時間かかる程の高級木材なんだ。もちろん、それは根っこにいたるまでね。だから、普通は倒れたりしないんだよ? オウルベアクラスの魔物が全力で突進してもビクともしないんだから」
「うそだろ、オウルベアって……三メートル以上ある筋肉の化け物じゃないか」
「根っこまで強靭……その倒木がどうして生まれたか疑問……と」
「山が崩れたりしたんじゃないかな? どう思う?」
倒れることが稀だという存在。
それが何故倒れたのか、リッカは自分の推察はどうかと訊ねる。
「ありえるけど、それだと……結構大規模な土砂崩れだと思うなー。もしかしたら高山地帯は今、危険な状態かもしれないわねー? みんな気をつけようね」
「だな。もしかしたら足場が悪いのかもしれねぇ」
「留意しておこう。ちなみに、メルトは他にどんな理由があると思うんだ?」
「私? うーん……さっき、依頼を受ける掲示板を見ていた時さ、隣の討伐依頼の掲示板もちょっと見てみたんだけど『正体不明の魔物の調査』っていう、討伐じゃないのに討伐依頼の掲示板に紛れてる依頼があったんだよね。もしかしたら、オウルベアよりも強力な魔物が高山地帯にいて、それが大暴れして木が倒れたのかもーって」
メルトは、少ない時間で見聞きした情報から、己の推察を語る。
そしてそれは……限りなく正解に近いものだった。
奇しくも、それはシレントが受けた依頼に関係する事柄だったのだ。
「び、びびらせるなよ……」
「……いや、可能性としては覚えておいた方がよさそうだ。今日は出来るだけ早めに依頼を切り上げられるように、キノコ狩りも最低限にとどめておいたほうが良いかもしれない」
「そ、そうだね。ひゃー……都市の近くの山にそんな強力な魔物がいるなんて思えないけど……可能性はゼロじゃないんだもんね……」
そうして街門から外に出た一行は、最寄りの森へと入り、その中を流れる川を辿り、上流を目指す。
一番迷わずに高山地帯へと向かう方法がそれなのだ。
「へー! 綺麗な川ね? ここなら色々採れそうね?」
「うん、そうよ。私達は普段、この辺りで食材の採取依頼をしながら、たまに出てくる小さい魔物を狩って、お金を稼いでるの」
「稼ぎは少ないが、出費も少ない。コツコツ金をためるのには向いているな」
「が、最近は山の高い場所で良いキノコが採れるって聞いてな、俺達もまとまった金が手に入るかもって思って、パーティの人員を募集してたんだよ」
「なるほどねー。あー、本当だエビの仲間が結構多いわねー? ここって随分綺麗な川なのね?」
「うん、ここから水を引いてる農家も多いみたいよ。少し前までは、小麦の収穫のお手伝いなんて依頼も沢山募集してたのよ? 私達はそこで輝石ランクまで稼いだってわけ」
「ああ、実は小麦畑には小さな魔物が隠れてることもあるから、俺達みたいな駆け出しは結構いい稼ぎになるんだよ」
「それに『ツノウサギ』は美味いからな。依頼主に兎肉のパイなんて焼いてもらったこともある。あれは……美味かったな」
「だな! なぁなぁ、依頼が終わったら四人で飯食いに行こうぜ」
「いいわね! メルトちゃんもいいよね? 一緒に食べに行こう?」
メルトは、今日は一人きりでご飯を食べることになりそうだと、密かにがっかりしていた。
故にその誘いは、とても魅力的に聞こえ、間髪入れず――
「もちろん一緒に食べるわ! 私もパイっていうの、食べてみたい!」
嬉しそうに、無邪気にリクエストする姿に、笑顔に包まれる三人だった。
だが――その笑顔は、すぐそばを流れる川の異変に、一瞬で曇ってしまうのだった――




