第二百三十七話
辺境の村でも、この世界には『魔力』という電気以上に便利な資源、エネルギーが存在している関係で、夜でも村が真っ暗闇に包まれる、ということは少ない。
先日お邪魔した森の中の村『ムールダーム』も、魔力を使う照明が設置されていたくらいだ。
なので、まだ深夜というほど夜も深まっていない村の中は、ある程度の明るさを保ち、住民も当然のように出歩いていた。
そんな中、珍しい他所からの客であり、傍目からは『物騒な筋骨隆々の戦士』にしか見えない、シレントの姿でいる今の俺は、大変目立っていた。
そしてその隣を歩く、人の良さそうな、俺からすれば若干胡散臭そうに見える、宗教関係者を思わせる法衣を纏うスティル。この二人の組み合わせは、さぞや不思議に映るだろう。
「良いものですねぇ、こうして静かな村の中、二人で歩くというのも」
「思いきり見られているけどな」
「ふふふ、村には似つかわしくない風貌ですからねぇ、私も貴方も」
人目を気にしてか、スティルが俺のことを『我が主』ではなく『貴方』と呼んだ。
個人的には、これくらい気安い方が良いのだが、こればかりは譲れないらしい。
今だって『今の間だけ“貴方”とお呼びすることをお許しください』と、事前に許可を取るくらいなのだから。
「やはりありましたね、こういう村にも酒場が。ふむ……紅茶があると良いのですが」
「酒場だぞ? 望み薄じゃないか?」
「どうでしょうかね? 昼間は村の憩いの場、それこそ井戸端会議の延長として使われることもあるでしょうし、お茶くらい置いてあると思うのですけどねぇ。それに私、下戸ですから」
「下戸だったのか。俺は……まぁ『今の俺』なら飲めるな、普通に」
「そうですねぇ、まさかその風貌でお茶やミルクを頼むなんて、似合いませんからねぇ」
そう、俺がスティルに頼まれた願い、約束というのは……『俺と二人でお茶を飲みたい』という、至極簡単なものだったのだ。
まぁ俺は酒を頼む予定ではあるのだが、それでも良いと、一緒の時間を過ごしたいと言うのだ。
酒場に入ると、この風貌、組み合わせがやはり目立つのか、元々村の人間の為の酒場だからなのか、酷く注目を集める結果となってしまった。
恐らく常連の人間で埋まっているであろうカウンター席を避け、スティルと二人、店の片隅にあるテーブル席に着いた。
「店主。俺に何か適当な酒と、こいつには紅茶か何かを頼めないか。宗教の関係で酒は飲めないんだ、頼まれてくれないか?」
「は、はい! ただいまご用意致します」
「感謝する。何か適当なつまみ、菓子でもなんでもいいからそれも頼む。甘いものでも構わん」
「ご用意致します!」
大きな声で注文すると、すぐに店主が対応してくれた。
やはり、こういう外見は得をする場面も多いのだろうな、これがもし本来の俺、シズマだったら間違いなくこうはいかなかった。
「感謝します。こちらを気遣ってくれたのでしょう? 下戸を隠そうと」
「一応な。紅茶もあって良かったな」
「ふむ……紅茶に香りを足す程度なら飲めるのですがね、私も」
少しすると、ティーポットに入った紅茶とカップ、そして俺には樽型のジョッキに注がれた、度数の強そうな香りがする酒が運ばれてきた。
つまみは、恐らく俺とスティル、両方の分と思われる、乾物や菓子が一つの大皿に乗せられて運ばれてきた。
「ほう……キャラメルですね、これは。それにドライフルーツにクッキーでしょうか。中々良いチョイスです。貴方もそのお酒、ラム酒のようですし、ドライフルーツは合うのではないでしょうか?」
「そうだな。ではこのイチジクのドライフルーツを貰う」
「では私も」
半生、柔らかさが残るイチジクを齧ると、自然な甘さが口に広がり、その味が残る口内に、少しだけラム酒を流し込む。
あまり飲むことのない、度数の高い酒。だが不思議と、この甘さに合うように感じた。
シレントの味覚に合うのだろうか?
「美味しいですね、意外なほどに良い茶葉を使っている。どこからか輸入されたものなのでしょうね、港からそこまで離れていない村ですし」
「なるほど、考えられるな。……で、本当にいいのか? お前の願いがこんなことで」
「ええ、勿論。こうしてお話しして、共に憩いの時間を過ごさせて頂けた。それだけで満足ですよ」
「……本当は何か、俺に追及されることを見越して、場を整えたんじゃないのか?」
俺は、この願いの裏に本当の狙い、『俺にして欲しい話』でもあるのかと尋ねた。
まぁ、正直こいつが外に出たがる理由なんて『俺か俺達のため』しかないと思っている。
問題は『それがなんなのか』だ。俺の予想が正しければ――
「単刀直入に聞く。『シズカ』の足取りを追うつもりだな? スティル」
「……分かりますか、やはり」
「シズカのことは放っておけ。いや……探るのは百歩譲って許可するが、干渉するな」
「何故? 彼女は『強くなる素養を持つ不穏分子』です。もし、他の勢力、フースさんの一味や、他の組織に協力したらどうします? あれは、間違いなく育てば厄介な存在になります」
スティルの言葉を、単なる杞憂だと切り捨てることはできないと、分かっていた。
シズカは美人だ。絶世の美女だ。そして……人々を魅了し、扇動する力も手に入れられる。
育ちさえすれば、少なくとも『現実世界なら厄介極まりない能力』をいくつも習得可能だ。
『狂化』『魅了』『洗脳』『熱狂』これらは『歌姫×踊り子』の組み合わせの場合習得できるスキルだ。
『雑魚敵くらいにしか使えない状態異常』や『味方を半分暴走させるバフ』でしかないスキルだが、これを現実世界で使えたらどうなるか。
そして、この世界よりも『文化的に発展している世界の歌と踊り』を組み合わせたらどうなるか。
正直、未知数だ。もしも本当にシズカが成長し、それらスキルを駆使し、さらに権力者や何かしらの組織でその力を振るったら……国を転覆させることも、戦争を起こさせることもできるかもしれない。
「……もし見つけても、監視に留めてくれ。絶対に攻撃はしないと約束してくれるか、スティル」
「もちろん、貴方がそれを望むなら。ですが、危険があればご報告しますし、相手の行動の妨害はしますよ。こればかりは譲れません」
「分かった。なら、そっちは任せる。正直、この役目をお前じゃなく、シレントに任せようとも思ったんだ。シレントは本来、元ゴルダ王国近辺にいるはずだ。だが自由に旅をしているなら、こっちにいても不思議じゃないからな」
「コアに余裕があるならそれでも良いのでは? 私としても、負担が減るのはありがたいですし、何よりも『遊撃としてダンジョンを攻略させる』こともできますし。まぁ……シレントを動かすリスクもありますけどねぇ」
スティルの提案に、ハッとする。
そうか、ダンジョン攻略を任せるという手もあったのか。
なら……スティルに任せるのも手、か?
「おや? 私にさらにダンジョンも攻略しろと仰るのですか? 少々人使いが荒いですよ」
「そうだな、忘れてくれ。……シレントやルーエを外に出すのもあり、か」
正直、切り札の一つとしてどちらかは残しておきたい気持ちもある。
「ルーエは、か弱い存在を開放した時、引率してダスターフィル大陸、リンドブルムへ帰還させるという役目があるでしょう? 今の段階での解放は止めた方が良いかと」
「そう、だな。ならシレントを遊撃として追加で外に出す……か。そうなるといよいよ、俺より強いのは『シュヴァイゲン』と『ティストナード』だけになってしまうか」
トップ3の残り二人。両方とも、目の前にいるスティルよりさらに強い存在だ。
だが同時に、確実に俺の意識を上書きする類のキャラクターだと思われる。
正直、二人のことを完全にはまだ信用できない。
ティストナードに至っては、外に出るのを拒絶している節があるのだから。
「私の記憶が確かなら、もう一人いたと思うんですがねぇ? 私が生まれたすぐ後、私ほどではありませんが、強く成長したキャラがいたと記憶していますよ? シレントと同格くらいでしょうか……ですが貴方は途中で『セイム』を育成し始めた。先に作ったのに放置するのが忍びなかったからですかね?」
「あ……完全に忘れてた」
「そもそも、本来はセイムで『あの組み合わせ』をやるつもりだったのでしょう? ですが貴方はセイムの職業を『剣士×盗賊』にした。何故です? 盗賊と組み合わせるなら『あっち』の方が強いでしょうに」
「いやぁ……作ってたらセイムが王道過ぎるビジュになったから……剣を持たせたくなった」
「おやおや、そんな理由でしたか。しかし、貴方には未練があった。だから本来作る予定だった『盗賊×軽戦士』を、後になってから作った。ナーフされたにも関わらず」
「まぁ……ナーフされても強かったし、プレイしていて面白かったからな」
「先程、シレントを使うことにリスクがあると私は言いましたよね。そういう意味でも、ルーエやシレントよりも、そちらを使う方が良いと私は提案します」
「ん? そうだったか? 何かリスクがあるのか。シレントを使うことに」
俺は、俺以上に慎重に物事を考え、かつて自ら黒幕のヘイトを買おうと動いたスティルに、その考えを教えてくれるように頼んだ。
「シレントは、ある意味では注目を集めます。恐らくですがこの国にも諜報機関のような組織が存在しているはず。正直、今その姿でいるのも、危険ではないかと思っています。こちらの国では軽視されがちな冒険者。ですがダスターフィル大陸における『蒼玉ランク』の意味くらい、この国の上層、諜報機関は知っているはずです。他国の英雄クラスの人間があまりこちらで動き回るのは、得策とは言えないと思うのですがねぇ」
正直、痛いところを突かれたと思った。
そう、その通りなのだ。シレントは、先の戦争で大戦果を挙げた人間だ。
だからこそ、俺が一度こちらの大陸に飛ばされた時も、いるはずのないシレントの姿になるのを避け、わざわざセリーンの姿で行動したくらいなのだから。
浅慮だった。シレントを使えば、ダンジョンの攻略を楽に進められると思っていたが、人前に晒すべきではなかったのだ。完全に俺のミス、だな。
「今後、仮に独立遊撃としてキャラクターを一人出すのなら、シレントやルーエではなく『セイオン』さんを選ぶべきです。一度、あの姿になって召喚可能にしておくと良いでしょう」
「そうだな……ただ、セイオンも強いからな、俺の自我が上書きされる可能性もあるだろ? 正直……『異性』に自我を上書きされるのは、ちょっと本来の人格に影響が出そうで怖いんだよ」
「なるほど? ですが、きっと彼女は友好的なはずですよ、たっぷり時間をかけて成長させたキャラなのですから。シズカとは違う。まぁ、どのような性格なのかは未知数ですが」
「そうだなぁ……ストーリー中まったく喋らないキャラだったしなぁ」
シズカは、セイムのように『剣士×盗賊』という、メインを剣士にしたキャラではない。
『盗賊×軽戦士』と、盗賊をメインにしたキャラクターだ。
そして盗賊が含まれている以上、当然アクセサリー装備可能枠が三つで、セイムと同様にカスタマイズ性に優れている。
ではなぜ、セイムよりセイオンが強いのか。簡単だ、レベルの差とスキルの差だ。
そのジョブをメインに据えないと、『ジョブを表すような代表的なスキル』を覚えないのだ。
そして『盗賊』にこそ、メインに据えた時に強力な効果を発揮するスキルが存在する。
「なんにせよ、貴方は私達の力を引き継げる。ならば当然、盗賊としてのスキルは、貴方の戦力を向上させる意味でも、生活の面でも、大いに役立つはずです。もう、昔のように脆弱な存在ではないのですから、たとえ自我を一時的に上書きされても、貴方はなんら変わらない。私はそう信じていますよ」
「……まぁ、その推察はシーレも昔していたな。『俺が育てば、心の変質を防げるかもしれない』と。そうだな、シレントをこちらで出したのは少々迂闊だった。今後は……セイオンを、召喚して独立させることも視野に入れて使うようにするよ」
俺の出した結論に満足したのか、スティルは紅茶を飲み干し、おかわりを自ら注ぐ。
俺も、空になったジョッキに少しだけ紅茶を分けてもらいながら、共に深夜のお茶会、少々騒がしく、優雅とは程遠いシチュエーションのひと時を楽しむのだった。
「……今度は是非、本来の姿でご一緒したいですねぇ。ああそうだ、共通アイテムボックスにあった『飴』は一部、私の方に移動してあります。良かったでしょうか?」
「構わんよ。なんならセリーンにでもまた調合してもらうさ」
「そういえば、これは彼女が作った品でしたねぇ。さてと……では、私は人の集まる、内陸部に一足先に向かわせて頂きます。ここから港町に引き返すルートで向かうので、建設中の村への伝言はお任せください。今夜のうちに発ちますよ」
「大丈夫か? こんな夜更け近くに」
「ふふふ、私をどうこうできる存在がいるとでも? それに、明日まで待って『子狐』さんと顔を合わせるわけにはいかないでしょう。シーレにはよろしく言っておいてください」
ポットを傾け、最後の一滴すらもう出ないと確認したスティルが、最後に大皿の上にあったキャラメルを一つ、口に放りながら立ち上がる。
何気ない仕草なのに、妙に色気を感じるのは、この男の物腰、容姿がなせる技なのだろうか。
店主に会計を支払い、俺は村の外に向かうスティルを追いかけ、出口まで共に歩く。
「まだ飲んでいても良かったのですよ?」
「……『うちの子』の旅立ちだからな。見送るに決まってるだろ」
ネトゲあるある。自分のキャラクターを『うちの子』と呼ぶプレイヤー。
俺もそのタイプだ。ファースト、セカンド、そんな風に呼ぶこともあるが、全部をまとめて呼ぶ時は『うちの子』。
だから、見送る。うちの子の旅立ちを、俺だけは見送らないといけないのだ。
「……たぶん、俺に悔いがあるとするなら、シズカのことを見送ってやれなかったこと、だろうな」
「……貴方は優しすぎる。私達に、こんなにも愛情を、優しさを傾けてくれている。シズカはそれを知らず、放っておかれたという事実だけで全てを判断してしまった。ゲームのキャラではなく、こうして自我を持ち、一人の人間として独立した今、その孤独と悔しさと悲しさを全て、埋めてもらえる可能性もあったというのに。……なるほど、どうやら私も同じ理由で追いかけたいのかもしれませんねぇ。愚かな末っ子の家出を、咎めたいだけなのかもしれません」
村の出口で、最後にそう独白のように胸の内を吐露し、背中を向けるスティル。
その背中に、最後の言葉をかける。
「スティル、良い旅を」
「ええ、貴方達も」
そうして、暗闇の街道に消えていく彼の背中を、俺はいつまでも見送っていた。




