第二百三十五話
シーレに腕を掴まれたままのメルト。
困惑し、泣き出しそうな表情を浮かべる彼女は、本当に本物にしか見えず、シーレの勘違いなのではないか、むしろシーレが俺達を混乱させようとしてる偽物なのではないかとすら思えてしまう。
だが――
「メルト、先程時計を調べていた時、なんと言いましたか?」
「え? えっと……なにか言ったっけ?」
「貴女は『お屋敷の中にアンデッドとかゾンビが出てきたり、0時になったら事件が起きたりするかも』と言いました。ここで少し怪しんだのです。そして、私は料理にトラップをしかけました」
「え、えっと……何か変なこと言ったかな私」
「メルト。貴女今、目の前にあるエビパテトーストや、初めて見るエビチリを無視して、少し離れた稲荷寿司に手を伸ばしましたよね?」
「う、うん」
ああ……そうか、そういうことか。
そうだよ、メルトは知らないはずではないか、そんな『お約束』。
『洋館でゾンビ』『0時に事件』それはお約束であり、有名作品の流れでもある。
そして……『狐獣人が稲荷寿司を真っ先に食べる』のもお約束だ。
これは、メルトが『地球の文化を知っていないとおかしい行動』ばかりだ。
つまり……このメルトの偽物は、メルトが俺とシーレと同じ、地球の文化を知っている存在、地球から召喚された人間だと勘違いしているってことになる。
そしてそれは、俺とシーレが地球の知識を持っていると知っている存在でないと成立しない話。
この禁域ダンジョン『エグゾースト』に入ってからの俺達の会話、その全てを聞いていたとしたら……成立するな。ならつまり、このメルトの正体は――
「メルトの姿をした貴方こそが、この屋敷の『偽り』です! メルトはどこです、返しなさい!」
「お前の正体はダンジョンマスターだな? メルトをどこにやった」
問い詰めながら、自身にバフをかけはじめる。
自己強化は戦闘行為、敵対行為や攻撃行為にはカウントされないのだろう、しっかりと発動され、こちらの力をどんどん高めてくれていた。
だが――
「……凄いね、正解だ! この屋敷まで辿り着く子は何人かいたけど、たった一日で……それも言い逃れもできない、トラップまで仕組まれるなんて初めてだ!」
シーレが掴んでいたメルトの姿が消え、そこにはまだ年若い、メルトや俺よりも若干若い姿の男が、ダンジョンマスターの特徴なのか、黒づくめの衣装で現れた。
まるで礼服のような、黒いスリーピーススーツの少年が、とても感心しているかのような表情でこちらに賞賛の拍手を続けている。
「……もう一度言う、メルトはどこだ?」
「彼女は実は、まだ屋敷に一歩も入っていないんだ。今は屋敷の庭でテントを設営してるところさ」
そういうと、ダンジョンマスターは何もない空間に手をかざし、そこに屋敷の外の様子を映し出してみせた。
そこでは確かに、メルトがテントを設置し終え、扉を何度も叩いている姿が映し出されていた。
「もう少し時間がかかる場合も想定して、一応彼女には食料を渡すつもりだったよ。これまで、諦めて屋敷で暮らすことを決めた探索者が何人かいてね。心変わりしてまた立ち上がらないか経過をある程度見守りはするんだけど、結局ダメな連中は外に放りだしていたんだ。それまで外に残された人間が生きていられるようにしていたんだよ」
「……意外だな、そんな風に探索者の生存に気を回しているなんて」
「この広大すぎるダンジョンの主の考えとは思えませんね」
「この樹海かい? これは僕のダンジョンじゃないよ、別なヤツのものだね。僕は後から召喚されたダンジョンマスターだよ。まぁ元々のダンジョンマスターとは馬が合わなくてね、僕が殺して、こうして屋敷を建てたのさ」
……本当に後からダンジョンマスターを追加で召喚するパターンがあるのか。
あの廃村はどうやら本当に『追加でダンジョンを生み出す』ために作られた村だったようだ。
「……で、謎を解いた今、俺達はどうすれば次の段階に移れるんだ? ここから勝負するのか、ダンジョンマスターさんよ」
「好戦的だなぁ……違うよ、僕はこの謎解きを売りにしてダンジョンを経営したいんだよ。でも前のヤツが無駄に広げたダンジョンのせいで、挑みに来る奴なんて十年に一人いるかいないかだ。少し前に来た奴もいるけど、なにか条件だけ出してその後はもう、遊びに来やしない」
「誰か……来たのか?」
「来たよ、この屋敷を一度だけ自由にさせて欲しいってね。その見返りに、他のダンジョンのコアを貰ったんだ。それで前より少しだけ、屋敷を作り直す時、ディテールに拘れるようになった」
「……なるほど。じゃあ、俺達はこのダンジョンをクリアしたから、ダンジョンコアを貰えるってことでいいんだな?」
「いいよ、幸いこの樹海のダンジョンコアは僕が持ってる。それをあげるよ。僕は死にたくないからね、どうせあのコア、僕じゃ使えないんだし」
どうやら、こいつは自分の心臓以外のダンジョンコアを生成できないようだ。
もしかしたら、ああいうコアを作るには、巨大なダンジョンか、守護者の、ボスのような存在を生み出し成長させる必要があるのかもしれない。
が、こいつはこの樹海ダンジョンに後から生み出された存在のようだ。
だから、この樹海を操作することもできず、屋敷を探索者が訪れることも滅多にない、と。
シーレと二人、このダンジョンマスターに連れられ、屋敷のエントランスホールへと向かい、そこにある鍵がかかっていた大扉に案内された。
その扉の鍵にダンジョンマスターが手をかざすと、鍵の開く音が響き、何事もなくその大扉がゆっくりと一人でに開いた。
「ここが一応、ゴールだね。僕が認めないと絶対に開かないんだ。君達は記念すべき、最初のクリア者だよ。何日も悩んで、心折れる連中もいたけれど、今回はある意味、僕のミスでもあるかな。……他所の世界からきた人間だったからね、全員がそうだとばかり思っていたよ」
扉の先にあったのは、大きなダンスホールだった。
美しく磨き上げられたフローリングの床に、天井のシャンデリアがうっすらと反射するほどだ。
そこを歩くと、コツコツという足音が、美しくホール内に反響する。
広いのに、誰もいない。こんなに完成されているのに、本来の用途で使われることはない。
なんとももったいなくて、それが同時に、ここがダンジョンマスターが生み出した場所なのだと、強く俺達に印象づけてくるようだった。
ダンジョンマスターは、シャンデリアに向かい手をかざした。
すると、そのシャンデリアを吊るす鎖がガラガラと音を鳴らしながら伸び、床近くまでシャンデリアがおりてきた。
「ほら、このシャンデリアの装飾がダンジョンコアなんだ」
そう言いながら、ダンジョンマスターはシャンデリアの装飾、美しい彫金の施された土台に埋め込まれていた、深紅の宝珠を取り外し、こちらに手渡してきた。
そのあまりにも素直な行動に、一瞬これが偽物なのかと疑うも――
『ホーントレスの心臓コア』
『老練のダンジョンマスターホーントレスの心臓コア』
『新参者に不意を突かれ殺害されコアを奪われてしまっていた』
『本来の所有者でも操作資格保有者でもないためルーラザレスには扱えない』
それは、こいつの説明通り、この樹海ダンジョンの本来の持ち主のコアだった。
ダンジョンのコアではなく、心臓コア。きっと強大な力を秘めているのだろう。
「……俺達は正式にダンジョンを走破してこれを手に入れたんだ。なら、正式な所有者として……これを使えるかもしれないな」
「なるほど、そうですね。だとすると……このコアを持っていたら、どこかでコアを使用できる端末が見つかるかもしれません」
そうシーレと二人でぼやいていた時だった。
こちらの話を聞いていたダンジョンマスター、ルーラザレスが食いついてきた。
「なになに!? 君達このコア使えるの!? ダンジョンコアじゃなくて心臓コアなのに!?」
「え? それって普通のことじゃないのか?」
「不可能だ。一定の権限を越えたコアなんて、本人か特別な認証キーがないと使えないんだ」
俺は、メニュー画面にしまっている、自宅の鍵……端末を起動させるための鍵を思い出す。
もしかすれば、この鍵は思っていたよりも凄いもの……ダンジョンの謎に深く関わっている品なのかもしれない。
「もし、使えるなら試してほしい。このダンジョンの端末ならこのホールにあるんだ」
そう言うと、ルーラザレスはホールにあるソファに向かい、そこに座ると、床から端末が生えるように現れた。
その端末を使えないか、俺達が試す。
もちろん、自宅の鍵をポケットに忍ばせたまま。
『管理者情報【クオンタムゲイザー】上級権限所有者ホーントレスを認証』
『管轄管理項目を選択してください』
『自陣強化』
『拠点強化』
『拠点移動』
『拠点転移』
『拠点管理』
『仮拠点建造』
『眷属管理』
『地図上に表示されている陣地の守護獣の不具合修正を行えます』
『同時に“矛盾と謎の館”の権限を取得することができます』
『上記に問題がなければホーントレスの権限を破棄し実行してください』
『拠点および自陣の操作をする場合は権限の破棄を実行する前に行ってください』
なるほど……察するに『境界破り』というのは『守護獣の不具合』のことなのだろう。
ならば先に、この広大な樹海を縮めることは出来ないか項目をチェックする。
『心穿つ久遠秋愁』では、森を直接縮小させることは出来なかったが……どうやら、このコアなら直接森を小さくすることも、現れる魔物の頻度を落とすこともできるようだった。
俺は迷わず『樹海縮小』を選択し、さらに『魔物密度低下』を選び、操作する。
そして最後にこのコアを破棄し――『境界破り』の不具合を修正、同時に『矛盾と謎の館』の権限も貰い受けた。
「ねぇ、森を狭くできたら、屋敷を代わりに広くできたりしないのかい?」
「ちょっと待ってくれ」
自分のダンジョンを大きくできるかもしれないからと、ワクワクしているルーラザレス。
だが――俺はこの屋敷の権限を使い――『不戦領域の解除』を行った。
「ルーラザレス、ちょっと入り口を開けてみてくれないか?」
「お? 何か変わったのかい?」
嬉しそうに、ホールを抜けて屋敷の出口に向かうルーラザレス。
そして俺は、先程食堂で自分にかけた『全てのバフ』が今も残っているのを確認し――
「なんだよー! まだ屋敷が大きくなったりはしてないじゃ――」
「“ゲイルブレイク”」
真空の刃が。剣圧が。ホールや玄関の扉と一緒に、ルーラザレスを完全に破壊した。
「な……んで……」
「お前、敵だろうが。友好的だろうが何だろうが、ダンジョンマスターだろうが。村の生贄の上で成り立って、人を苦しめるダンジョンマスターだろうが。あと俺『コアを集めている』んだよ」
何故、俺達に気を許した。俺達の敵だろ、お前。
メルトと分断し、俺達を閉じ込めていただろうが。
そもそも、廃村を生贄にして生まれた存在であり、同じダンジョンマスターを不意打ちで殺す程度には邪悪な存在だろうが。
「シーレ。俺は卑劣な人間かな?」
「いいえ、彼は敵でしたから。それに――真実は『ソレ』に書いてありますよ」
そう言うと、シーレは床に転がっている、ルーラザレスが落とした心臓コアを指さした。
『ルーラザレスの心臓コア』
『騙しと不意打ちが得意なダンジョンマスタールーラザレスの心臓コア』
『長年多くの人間の魂を喰らい成長した心臓コアは通常のものより遥かに大きい』
それは、こいつが多くの人間を葬ってきたという事実。
なるほど、つまりこいつは『樹海で殺す』『樹海の外で殺す』『屋敷で殺す』その三つを行ってきたのだろう。
『境界破り』による被害者の魂も、樹海で死んだ人間の魂も、そして……屋敷でも本当は諦めた人間を追い出すのではなく、殺していた、か。
いや、そもそも屋敷で精神的に参った人間をこの樹海に放して、生きて抜け出せるかも疑問だ。
「シズマが殺さなくても、私がどうにかして殺せないか試すつもりでした。屋敷の外に連れ出せば、攻撃も可能になっていたはずですからね」
「よかった、俺が異常なわけじゃなかったんだ」
「明らかにあれは敵です。ダンジョンマスターという存在は、少なくともこの世界を『遊び場』かなにかだと思っている節があります。確実に、排除が必要かと」
よかった、俺の選択は間違いではなかったようだ。
俺達は、半壊した扉を抜け、屋敷の庭にテントを設営していたメルトを迎えに行く。
「ああ! 二人とも出てきた! ねぇ! なんで私だけ入れなかったの!? 扉も開かないし、二人が帰ってこないかもって心配したのよ! よかったー……」
「ごめんなさい、メルト。心配させてしまいましたね……」
……まぁ、そもそもこんなにメルトを心配させたり、一人外に置いてけぼりにするような相手、俺が許すわけがないだろうが。
メルトを狙って寂しい思いをさせた段階で、お前に生存の道なんて最初からなかったんだよ。
「よし。とりあえずこの屋敷も消せないか試してみるよ。ついでにコアも使ってしまおう」
「そうですね……しかし、これは想像以上の成果ですね」
確かに、終わってみればこの屋敷のクリアにかかった時間は数時間足らず。
無論、樹海を突破するのに何日もかかってしまったのだが。
「え! コア取れたの!?」
「凄いぞー、今回は二つもコアが手に入ったんだ。後で使い道、考えないとな」
そうして、俺は改めて『ルーラザレス』の方の心臓コアを、今度はメルトを連れてホールに戻ってから使用しようと歩き出す。
メルトだけこの屋敷の中を見れないまま消すのはなんだか不公平だからな。
「おー……貴族のお屋敷ねー! あっちから良い匂いする!」
「あ、そういえば料理、ほとんど手を付けていませんでしたね」
「ご飯あるの!? わーい、私実はもうおなかペコペコだったのよー」
一瞬、メルトが偽物と同じようなことを言い、ついシーレと顔を見合わせてしまった。
じゃあ……食べながらこの屋敷でどんなことがあったのか話そうか。
……あと実際に稲荷寿司を食べたらどんな反応をするのか、是非とも見ておきたいな!




