第二百三十二話
こちらの強引な攻略と、夜にしっかり休めることもプラスに働き、ダンジョン突入から三日目の朝にはもう、最初の目的地である廃村に辿り着くことができた。
廃村と言っても、その姿は『村の形をした森』と呼んだ方がしっくりくるほど、完全に自然に還っていると言ってもいい有様だ。
家は全て苔むし、草が連なる屋根から生え、まるで草原のようになっている。
壁を突き破り飛び出す木の枝や、家の中から屋根を貫き空に伸びる大樹など、もうこの場所が廃村になってから、数十年は経過していることが窺える。
「……なんだか、少しだけ……胸がキュってなる。きっと私の里も、いつかこうなるのねー……」
「メルト……ごめん、ここに連れてくるのは無神経だった。本当にごめん」
「ううん、分かってたことだもん。私の里も、いつか森に還ると思う。住む人がいなくなったのなら、いつかはこうなる……あ、もしかして……」
廃村の入り口で、メルトが悲しそうに、苦しそうに、胸の内を語る。
そうだ、そうなのだ。このダンジョンは森……彼女の故郷の里を襲った悲劇と同じ、森のダンジョンなのだ。
住人がもう誰もいない里。雑草が伸び始め、人々の痕跡を飲み込み始めていた里。
この村の光景は、彼女の里の未来……なのかもしれない。
それを想起させ、悲しい顔をさせてしまった自分を、強く殴り飛ばしたくなった。
「メルト、今想像していることは、私も想像しました。もしかしたら……この巨大なダンジョンの始まりは、この廃村なのかもしれませんね……」
「そっか。……うん、そうだと思う。ダンジョンマスターが生きているうちは、きっと森は際限なく広がっていく。その結果、この里はこうなっちゃったのかもね……」
「そして、ダンジョン誕生の方法を知っているであろう黒幕連中、フース達はこの大陸でも暗躍しているはず。たぶん、この村と無関係ではないだろうね」
「……この大陸で、もしかしたらまた会うことになるかもしれませんね」
「その時は情報を引き出すうんぬんの前に、まず殺すよ。あいつは手負いのはずだからね」
俺の記憶が確かなら……あいつは、スティルの攻撃により『両手を殺されている』はずだ。
そういえば一緒に逃げたあのビッチ、イナミも猛毒と呪いに侵されているんだったか。
「そうですね。セオリーなら情報を引き出すのでしょうが、現実問題『まず相手の頭数を減らす』ことの方が大事です。私もその時がくれば、容赦なく狙撃で終わらせます」
そうだ、それがいい。勝負だとかけじめだとかよりも、まず殺す。
容赦なく先制攻撃で終わらせることができるなら、それで良い。
俺が今回シレントの姿で攻略しているのだって、そういう理由なのだから。
「少し、村の中を散策しましょう。何か情報が見つかるかもしれませんから」
「そうだね。じゃあ、手分けして探そうか」
このダンジョンの始まりや、この村がどういう場所だったのか。
その手掛かりを得られないかと、まずはこの村の廃墟を探ることにした。
だが、あまりにも年数が経ち、自然に還っていることから察せられたのだが、本どころか棚やテーブルまで完全に崩れてしまい、情報らしい情報は見つからなかった。
しかし、どうやらこの廃村の村長か何か、責任者の家と思われる一際大きな廃墟の中で、『それ』を見つけた。
「二人とも、たぶんこれ、普通の箱じゃない」
それは、何やら豪華な金具や装飾の施された箱だった。
宝箱という風体でもないが、明らかに普通の箱ではない。
木製の部分ですら侵食された様子もないそれは、なんらかの魔法、一種の魔導具だと推察される。
「あ、たぶんこれ……空間石とか使われてる魔導具だと思うわ。私の『これ』みたいに」
そういうと彼女は、自分の腰につけている収納の魔導具を指さした。
なるほど、なら中身は……少なくとも経年劣化はしていても、湿気や植物に侵食されてはいないだろう。
早速、その箱を開けてみる。
「おっと……慎重に取り出さないと……何かの書類だ」
「ふむ……シレント、私に扱わせてください」
学者でもあるシーレに、書類の扱いを任せる。
中々の厚さの紙束だが、彼女は慎重にそれらをまとめている紐を切除し、慎重に内容を確認し始める。
俺はその間に、この箱の中に他のものが入っていないか調べてみたのだが、空になったインク壺と、完全に風化した羽ペンしか入っていなかった。
「ねぇねぇ、なんて書いてあるのシーレ?」
「ふむ……これは報告書みたいです。どうやらこの村は……一種の流刑地だったようです。ただ不思議なことに、この村は『ダンジョンの中に後から建てられた』とあります。私の予想では、この村がダンジョン召喚の生贄となり、この広大な森が始まったと思っていたのですが」
「なんだって? 確かにそれだと順番がおかしいな……ダンジョンに飲み込まれた風に見えたんだけどな、この村」
「むむ……なら、追加でダンジョンを召喚した……とか?」
「追加……確かにもしそんなことが可能なら……」
「この広大なダンジョンの秘密がそれかもしれませんね。だとすると……ダンジョンマスターが二人いる可能性も……?」
「いや、もしかしたら……片方が片方を倒して支配してるって場合もありえるんじゃないかな。分からないけど、可能性として考えておこう」
正直、ダンジョンマスターが何者で、どういう存在なのかは分かっていない。
だが、そこまで強い仲間意識を持っているようにも思えないのだ。
ならば殺し合ったり、ダンジョンを奪い合う場合だってあるかもしれない。
「これ以上の情報は得られなさそうです。どうにも、いつ何人この村に連れてこられたのか、そういった情報がまとめられているだけでした」
「そっか。なら……今夜はここで一泊してから、このダンジョンの最深部を目指そうか」
俺は、スティルから聞いた屋敷について二人に話す。
無論、あくまで俺がここに飛ばされた時に見かけた、という体での話ではあるが。
一応、シーレは当時俺の中にいたので真実を知っているはずではあるが。
やはりスティルについて、いつかメルトにも教えるべきだと思うんだがなぁ。
「やっぱりこのダンジョン、私の故郷のダンジョンに似てるね……きっとダンジョンマスターも恐いやつに決まっているわ……」
「確かに、ここまでの規模を治めるダンジョンマスターです、これまでで最強の相手である可能性がありますね……」
「俺もそう思う。今日はここでゆっくり身体を休めて、明日その屋敷を目指そう。ここから、結構距離があるからね。また木を伐採しながら進もう。奥に行くほど危険度が増すと考えられるからね……そろそろ『境界破り』みたいな魔物だって出てくるかもしれない」
以前、スティルとして内部を探索していた時は遭遇しなかったが、代わりにフーレリカを消そうとしていた連中は見かけた。
もし、あの時期がたまたま魔物がこの辺りにいない時期で、それを見計らい追手が森の中に放たれていたとすれば?
俺が森を抜けたタイミングが、偶然強大な魔物がこちら側に戻るタイミングだったとしたら?
『境界破り』が現れたのも、そのタイミングが重なったからだとすれば……。
ここから先、遭遇する可能性はゼロではない。
「セリーンではどのようにして倒したんですか?」
「巨大な狼型の魔物で、槍を構えて口の中に特攻。噛み砕かれる前に喉まで突っ込んで、腹の中で大暴れしてお腹を貫いて外に出て倒したよ」
「豪胆が過ぎる……! よくもそんな無茶を……」
「いやぁ、セリーンのスペック的には、負けないと思ったんだよね。あれでもセリーン、薬での自己強化とかもできるし、レベルそのものは普通に育ってる方だし」
「口の中に入るとか、絶対もうしちゃダメだからね?」
「ははは……そうするよ」
まぁシレントの攻撃力なら外からでもぶった切れそうだから問題ないか。
あの時は周囲に人がいたから、セリーンの姿のまま戦うことになったのだし。
とにかく、ここからは慎重に進まないとな――
翌日、ダンジョンの最深部、国境の山脈近くの屋敷を目指す。
確か途中で川に出て、そこを上流に遡って進んで行くと、山の斜面に屋敷が見えてきたはずだ。
まずは川のある方向を確認しようとマップを開くと、丁度マップ表示範囲の端に、川の表示が見えた。
早速今日も、シレントの姿で剣を振るい、大量の木々をなぎ倒しながら進む。
すっかり慣れたもので、シーレもまるで自分の反射神経を鍛えるかの如く速度で、打ち漏らしや現れた魔物を弓で射抜いていく。
一方メルトは、相変わらず俺達の背後を警戒し、迫ってくる魔物や、大きな魔物が接近する気配がないか探ってくれていた。
このごり押し攻略のせいで感覚が麻痺してしまっているが、普通に考えてこの頻度で魔物が現れるのは、この広さに対して異常だ。
閉鎖空間、狭い通路型のダンジョンならまだしも、こんな広大なダンジョンでこの頻度は……。
だが、それにしては前回、ここを抜ける時は魔物とあまり遭遇していなかったように思える。
まさかとは思うが……ダンジョンの休眠期的なものだったのだろうか……?
「……屋敷が爆破されて、一時的にダンジョンの機能が麻痺していた……?」
あの時、フーレリカを消すために、屋敷が大爆発を起こした。
もし、屋敷がダンジョンを司る重要な機能を有していたのだとしたら、魔物とあまり遭遇しなかったのはそのせい……?
「だとしたら、確実にもう、屋敷は復活しているだろうな」
そんなダンジョン攻略を続けることさらに三日。
ついに目的の川に到着した。
俺が一人で行動していた時よりも到着が早いのは、間違いなく、木をなぎ倒して直線距離で移動できたお陰だろう。
そして川があることで、念願の簡易露天風呂をメルトが作ってくれた。
当然、俺は二人が入っている間、周囲の警戒ですとも。
「……血痕が残ってるな。これはフーレリカとスティルが刺客を撃退した痕跡か」
死体は残っていない。魔物に食べられたか、それとも何者かが処理をしに来たか。
……あの時、スティルは自分達を監視している何者かがいると感じていたはず。
その連中がもし、今もこのダンジョンを監視していたら……少々面倒だな。
『あーーーー生き返るわねーーーーー』
『そうですねー……水で身体を拭くのにも限度がありますからね』
『川が近いから、終わったらお湯も簡単に取り替えられるね。お湯があっという間に汚れちゃった』
『想像以上に汚れていたんですね私達……』
二人の会話が聞こえてきた。
そういえば、この川って静かだな。結構川幅があるのに。
周囲の気配を探るためにも、意識を耳に集中する。断じて盗み聞きのためではない。
『ほら見て見て! こうするとおっぱいが大きくなったみたい!』
『ふふ、そういう下着もありますよ? 大きな都市にいったら探してみましょうか』
『おー……いろんな服があるのねー』
よし、少し離れて辺りを調べるとしようか。
そうして周囲の森を必要以上に調べて回り、ようやく俺の番がやって来た。
相変わらず見事な手際でお湯が排出され、すぐに川から引いた水で浴槽が満たされる。
そこに、メルトが火打石で起こした火花を操作して炎を生み、それで真っ赤に熱した岩を湯船に沈めると、一瞬で水が沸騰を始めた。
そこにもう一度川の水を引いて温度を調整すれば、あっという間に適温のお湯の完成だ。
「じゃあ、今度は私とシーレが周りを警戒するねー」
「ゆっくり浸かってくださいね。ここまでずっと剣を振り続けていたんですから」
「そうするよ。実は結構、腕が疲れていたんだよね」
流石に高レベルのシレントでも、実際に大剣を毎日数百回も振り回していたら、疲労がとんでもないことになるんですよ。
回復薬で癒すことは出来ても、蓄積された疲労感までは完全に抜け切れない。
お湯の中に身体を鎮めると、まるで傷んだ筋肉の繊維一つ一つにお湯が沁み込んでくるような感覚と共に、じんわりと身体が温まっていく。
あまりの心地よさに、一瞬で瞼が重くなってくるほどだ。
「あー……これは気持ちいいな……」
そういえば、昔リンドブルム近くの野営地でもシレントとしてこの簡易風呂に入ったな……あの時はシュリスさんが入ってきて焦ったなぁ……。
あの時、露天風呂にいたく感動していたが、確か話の流れで、かつてシレントとして戦った山の山頂、そこにあるカルデラ湖で露天風呂を開けないか、真面目に考えていたな、彼女。
俺達があの大陸に戻る頃には、本当に山頂に銭湯ができているかもしれないな。
「なんてな。ふぅ……極楽極楽」
まだ、ここから件の屋敷の姿は見えない。
が、恐らく今日中には屋敷が見える場所まで辿り着くはずだ。
いよいよダンジョンマスターとの戦いになるだろうと予感しながら、今はひと時の癒しに身をゆだねようと、静かに目を瞑るのだった――




