第二百三十一話
「ここだよ。この場所から森を抜け出たんだ。だからここから入って、まっすぐ進めば廃村に着くから、まずはそこを目指そうか」
「シレント……いえ、シズマと呼びましょうか? 内部ではマップを表示できますか?」
「シレントでいいよ。うん、マップも表示できる。ただあまりにも広大過ぎて、表示範囲が全部森判定で埋まって、参考にならないんだよほとんど」
「それほどまでに……これはかなりの長丁場を覚悟する必要がありますね」
「凄く深い森ねー……それに魔物の痕跡、気配があちこちにあるわ。これ、夜も安心できないかも」
「そうみたいですね……結界で保護もできますが、例の『境界破り』と同等の魔物が現れたら、もしかしたら結界を破られるかもしれませんし」
「その可能性は高いね。あれは本当に……俺達が前のダンジョンで戦った骨のドラゴンに匹敵する魔物だった。俺が前回ここを通り抜けた時は、夜の度に背の高い木を探して、その上で一晩明かしていたよ」
禁域ダンジョン『エグゾースト』に踏み入る。
ただの森ではなく、恐らくこれまで俺達が経験してきた『天然の大ダンジョン』がさらに成長した姿であろうダンジョン。
以前ここに来た時は、少しでも早く脱出し、メルトの元に戻ることだけを考えていたため、他のことに気があまり回らなかった。
だが、今なら分かる。この森は……異常なのだと。
鬱蒼と生い茂る森。先日の村の周辺の森のように、常軌を逸したレベルで木々が成長している様子はなく、ただ一般的な感想として『深い森』だと表現するに留まる程度の成長ぶりだ。
だが、森の密度と、漂う緑の香りが、濃密なのだ。濃密過ぎると言ってもいい。
まるで、くしゃくしゃに揉み込んだ草や葉を顔の近くに持ってきたかのような、ムっとした緑の香りに、身体にまとわりつくような植物から放出されているであろう水蒸気。
そして何よりもおかしいと感じるのは――メルトが言うように、あちこちから気配を感じるのだ。
魔物の姿なんてどこにもないのに、まるで今まさにこの瞬間、巨大な魔物の口がすぐ傍に迫っているかのような、危機感、死の予感を感じてしまうほど。
あまりにも異常。この恐怖、警戒心を煽る気配そのものが、このダンジョンの持つ特性なのかもしれないと感じるほどだ。
だが、何故だか分かる。これはギミックなどではない『ただただ圧倒的な広大さの、人間以外の生物達の領域』だと、身体が理解してしまっているからこそ、こんな気配を感じているのだと。
「やっぱり、ある程度人間的なエゴ、強引さで対抗するのは正解かもしれないな。シーレ、この方向だ。この方向にまっすぐ進むと廃村がある。俺は今から……全力で剣を振り回し『ゲイルブレイク』で進路上の木をひたすら薙ぎ払いながら進む。メルトは、その騒ぎに乗じた魔物の襲撃に備えて、周囲を警戒して欲しい。シーレは、俺と同じくまっすぐこの直線状に技を放つんだ。ひたすら真っすぐに、障害物を排除して進むよ。周囲への威嚇もかねて」
「……なるほど。私が『心穿つ久遠秋愁』の森で、技を放ってギミックを突破した時の話ですか。我ながら名案だと思ったんですよ、あの時は」
「二人とも頑張ってね! 私は魔物が出てきたら倒す係! 二人は森を破壊する係ね!」
「……そう言われると、なんだか少し複雑です」
「これから毎日森を切ろうぜ!」
「変なこと言わないでください。えい」
イテッ。申し訳ない、インターネットミームはお嫌いでしたか。
……流行りのネタはお嫌いですか? とか聞いたらまた怒られそうだ。
「『ゲイルブレイク』! ふぅ……結構潜んでいたね、魔物」
「そうですね、効率的には私がゲイルブレイクの射線をチェックして、打ち漏らしの魔物を狙撃するのが一番いいですね」
「私の仕事なくなっちゃったけどねー? あ、いた。えい」
森を文字通り『切り進んで』いるうちに、一連の流れが効率化していく。
俺が射程二〇メートルほどの技で進路上の木々を切り飛ばすと、その合間から無事だった魔物や、周囲から異常を察知した魔物が殺到してくる。
それをシーレが弓で狙撃し、メルトはたまに俺達の背後から近づいてくる魔物を倒す。
そうして、本来なら周囲を警戒しながら、密集した木々を迂回しつつ進まなければいけない道程を、全て無視して一直線に突き進んでいた。
技を放つために必要な魔力も、潤沢な回復薬をがぶ飲みして解決。まさにごり押しによる攻略だ。
そんな強引な方法での強行軍の甲斐あってか、初日だけでもう、マップの表示範囲に、村に続く道の痕跡が表示されるまで進むことができた。
「よし……やっぱりメルトの魔法は、森の中みたいに自然豊かだととんでもないね」
「これは本当に凄いですね……魔力さえ持つなら、ずっとこれで進めそうです」
「さすがに無理よー、お薬でお腹ぽんぽこになってしまうわ」
夕刻前、攻略を一時中断し、俺達は夜を明かすための安全な寝床を確保するために動き出した。
すると、なんとメルトが自慢の『自然魔法』を駆使し、背の高い木の上に、太く成長させた蔦を幾重にも張り巡らせ、丈夫な土台を作り出してみせたのだ。
そこにテントを設置し、さらに周囲をシーレの技を使い結界で保護、最後にもう一度メルトの魔法で、テント周辺まで木の枝を成長させてカモフラージュするという、簡易的なツリーハウスのようなものを、あっという間に設置できてしまったのだ。
「これで夜に魔物の襲撃に怯える心配はいらなさそうだね。十分な広さだし」
「シレント、寝る時だけは小さい姿になった方がよくありませんか? 広いとはいえ」
「はい! 私レントちゃんの姿リクエストするね! この前のコヨハムちゃん見てたら、レントちゃん思い出したから!」
「ははは……なんだかシレントが『でかくて邪魔』って言われてるみたいで可哀想だけど、確かに少しでも快適に休んで体力回復に努めた方がいいか。じゃあ……はい」
光に包まれ、身長が一気に半分近くまで低くなる。
なるほど、確かにテントの中が一気に広がった気になるな、これは。
それに……絵面的にも、大男と美少女二人が一緒に眠るよりは、こっちの方がずっと良い。
今日、寝る前に心の中の円卓に顔を出しに行こう。シレントに一応フォロー入れておかないと。
「じゃあ、おやすみー! レントは真ん中ね。ギュー」
「私もギュー。小さくて可愛いですねぇ本当に」
「ぐぇー」
「フォローの必要はないぞ」
円卓の上座で目覚めると、すぐさま隣からシレントの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
見れば、確かに若干ふてくされたような表情を浮かべており、円卓に集まっていた面々が、声を押し殺して笑っている姿が見て取れる。
これは……からかわれたな、シレント。
「ははは……まぁ、ある程度安全が確保された状態だから、姿を変えるって提案をしたんだろうさ、二人も。もう少し危険そうなら、臨戦態勢という意味でもシレントのままでいるつもりだったよ」
「フォローの必要はないと言っただろう……」
「いや、一応事実として報告。実際、まだこのダンジョンの脅威らしい脅威には遭っていないからね。スティルの意見も聞きたい。実際にここを旅したのはそっちも同じだからね」
そうだ、実際にこのダンジョンの深部に向かったのスティルなのだ。
脱出のためではなく、黒幕に近づくため、そしてフーレリカの行く末を確認するために。
あの時、珍しくスティルはフーレリカを気にかけていた風に見えたな。
「我が主に意見を求められるとは、なんと光栄な。そうですね……私の主観、感覚での話になるのですが……この巨大な森林ダンジョン、どうにも森全体の魔物が強力なのではなく『内部を定期巡回している強大な個体』が厄介なのではないでしょうか? フーレリカが内部のかなり奥まったところに入り込んでいたことといい、彼女を消しにきた連中が何人もいたことといい。もしかすれば、内部を巡回する強力な個体、その動きをある程度把握している存在がいるのかもしれません」
「なるほど、定期巡回の魔物か。なら『境界破り』もその一環である可能性があるな」
「ええ、それこそがこの考えに至った理由です。ダンジョンの外から、内部の魔物の巡回のタイミングを計る意味でも、あの魔物がダンジョンの外に出ていたのかもしれません。だとすると……この巨大な禁域ダンジョンのマスターと、黒幕、もしくはなんらかの権力者との間に、何かしらの取り決め、協力関係があるかもしれません。あのダンジョンの深部に屋敷がありましたが、フーレリカを消すための罠として使われていました。ダンジョンを司る存在は、誰かしら人間と関りがあると私は見ています」
スティルは、自分が経験した事実と肌感覚、そして予測と推理から自身の見解を語ってみせた。
確かに、これまでの情報を統合すると、スティルの説に説得力も生まれてくるな……。
いや、もしかすれば――
「スティル。屋敷はどんな場所に建てられていた? 人が資材を運んで建設できそうな場所だったか? いや、そもそも職人が資材を運べるようなダンジョンではないよな、ここは」
「……なるほど。かつて、主が『夢丘の大森林』の内部にあるもう一つのダンジョン内で召喚された話……つまりあの館も、ダンジョンの主が作りだした屋敷である可能性があると……」
「俺はそう判断した。もしかしたら……ダンジョンマスターがいるのも、その屋敷かもしれないな……もし、その屋敷もダンジョンなら、もう新しく作り直されているかもしれない。とりあえず次の目標として、その屋敷のあった場所を目指すことにしたよ」
「お役に立てて何よりです」
スティルと二人、今後の方針を話し合っていると、他の面々が随分と静かなことに気がついた。
どうしたのかと様子を窺ってみると――
「……いや、想像以上に有益な話し合いをしていて驚いた。スティル氏はそういう人間だったのだなと、少々面食らってしまった」
「おや? コヨハムさんは私をどんな人間だと思っていたのです?」
「小さい子供をいじめて喜ぶ意地悪牧師だろうか? 幸いにして、私はその標的になっていないようだがね」
「これは心外な。私は親愛なる先輩である、セカンドキャラクターのレントさんと親しくしようと思っているだけですとも」
どうやら、ここの新参であるコヨハムには、スティルが真面目に話している姿が異様に映ったらしい。
で、同じく新参であるはずのチメーグはというと――
「ふむ……気になってはいたが、主の精神世界での服装、これは制服というんだったか? 工業製品であるようだが、随分としっかりと処理が行われているな」
いつの間にか、すぐ隣で俺の制服を観察していました。
「裏布もしっかりと縫い合わされている上に、糸の始末が丁寧だ。これは長く使ってもらいたいと言う、作り手、考案した人間の意志が感じられるな。良い服だ」
「ははは……そうだね、確かに三年間、ほぼ毎日着ることを前提に作られている服だよ」
「なるほど、通りで。いやこれは面白いな……外に出たら、その服をもっと見せて欲しい。自分で再現ができないか試してみたい」
すっかり、職人モードで服のことばかり見ていました。
いやぁマイペースだ。円卓も随分賑やかになったものだ。
「よし、じゃあスティルのお陰で今後の方針も決まったから、今日はもう寝るよ」
そう皆に宣言すると、全員がしっかりとあいさつを返してくれた。
それがなんだか嬉しい。いつか……ここにいる全員を外に出してあげたいと、そう思えた。
「……んん、もう朝か」
瞼の裏の光を感じ取ったのか、それとも妙に身体が重いと感じているからか、自然と瞼が開くと、テントが木漏れ日を浴びて、緑色に照らされていた。
そうか、木の上、さらに沢山の枝に囲まれているんだったな。
「二人とも、手足絡ませるのやめてくれー」
「んー……」
「うん……」
まだ眠たそうな二人からの拘束を振りほどき、テントの外に出てシレントの姿になる。
鬱蒼と茂る枝葉を掻き分け、周囲を見渡せば、そこにはどこまでも広がる森、森、森。
まさに樹海、視界の果てまで続くその光景に、このダンジョンがいかに広大なのかを思い知らされる。そりゃ踏破した人間が未だ存在しないのも納得だ。
「廃村が向こうだから……そこから国境側の山脈に向かえばいいんだな」
進路を確認する。もし、スティルの言う屋敷がダンジョンマスターの用意したものなら。
最低でも、この森のダンジョンマスターは『夢丘の大森林』のマスターと同格となる。
あの時は、貴重なアイテムの力で瞬殺できたが、もしかすれば本来、あのダンジョンマスターは、もっと強力で苦戦する相手、それこそ『大地蝕む死海』のマスターである『フェルシューラー』に匹敵していたのかもしれない。
ここのダンジョンマスター……かなりの強敵だと仮定してこの先挑んだ方がいいかもしれないな。
(´・ω・`)今月はちょっと無理してでも毎日行進頑張るよ
(´・ω・`)なんといっても一巻発売した月だからね!




