第二百三十話
「ほ、本当に人間なんですかい!?」
「ええ、本当です。私は不慮の事故でこの大陸に飛ばされ、そして保険として持っていた魔導具が偶然、あの瞬間に発動して元の国に戻れたんです。この大陸に戻ったのは、あの時急に姿を消してしまい、心配をかけてしまったかもしれないと思ったからです」
「そうなんですか……俺はてっきり、神様かなんかの使いだとばかり……あの時助けられた乗客全員で、川に流されたんじゃないかって探したんだ。でも痕跡がどこにもなく、あんな魔物を討伐する姿を見せられたから、俺はてっきり……」
俺、説明中。
状況的に、俺が人間じゃないと、何か超常的存在だと思われても不思議ではないのかもしれないが、しっかり人間なのだと説明し、一応は納得してくれたようだ。ただ――
「そうか……確かに人間なら石像を勝手に作るのは……迷惑かもしれんなぁ。だが、俺達にはシンボルが、心の拠り所が必要なんだ。『もう境界破りは出ない』ってみんなに信じさせる何かが必要なんだ。この地方は元々、帝国から見放されている土地でな……それが最近、俺達がこの活動を始めてから、実際に『境界破り』の被害がなくなったってことで、ようやく政府が重い腰を上げたんだ。この村の建設も、その一環ってわけでな、『本当に安全が確保されたなら、小さな村を建ててそれを証明してくれないか』って。ここに商人達の中継地点になるような村を建てて、平和になったことを証明できれば、国が本格的な支援、開発に乗り出すって話なんだよ」
どうやら、この帝国の国境付近の土地は、あまりにも広大な禁域ダンジョンのすぐ隣ということで、一種の危険地帯、凶暴な魔物が出没する、半ば忌むべき土地のような扱いを受けているそうだ。
だが本当に脅威が取り除かれ、物流の助けとなるような村が生まれ、帝国の利益になるような働きを示せたら、この辺りにも手が入り、周辺の寂れた村も活気を取り戻せる、という話だそうだ。
元々、高速乗合馬車がこの辺りを走っていたのも、魔物に遭遇するリスクを最小限にして移動するための措置だったらしい。
まぁ、わざわざ冒険者を派遣して運行していたのだし、何かしらの危険がある道だとは思っていたのだが……。
「せめて村が安定するまで、シンボルとして、平和の象徴として宗教は必要だということですか」
「ああ……いや、最悪石像のデザインを変えることはできるんだ。まだこの村と港町にしか卸してないからな、この石像は。だが……信者の中にはあの時の馬車に乗っていた人間もいてな、デザイン変更に難色を示す人間も出てくるかもしれないんだ」
「ふむ……いっそのこと槍だけにしては? コスト的にも。私が人間だということを大々的に知らせてもいいですし」
「だがなぁ……住人はとにかく『安心できる目に見える何か』を求めているからなぁ」
難しい問題だ。そうだよな、こんな広大で鬱蒼とした森が、街道のすぐ隣に何年も前から存在し、恐ろしい魔物が、国ですら討伐を諦めた恐怖の象徴が存在していた森だもんな。
突然『もう倒されたよ』なんて言われても、実際にその瞬間を目にしたのがベルンさんだけなら、その言葉だけを根拠にするのは難しいのかもしれないな……。
それこそ、魔物を倒したと言いながら帰還し、事故の被害者の傷を癒し、忽然と姿を消した神秘性を利用、宗教として祭り上げて説得力を増強するくらいしか、長年言い伝えられてきた風説、恐怖の象徴を消し去ることはできないのかもしれないなぁ……。
「ねぇねぇ、そのダンジョンを踏破しちゃえばいいんじゃないのかしら?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ嬢ちゃん。この周囲……国境を全部埋める巨大な森、それ全てがダンジョンなんだ。正直……どこをどうすればダンジョンがクリアされるのかすら誰も知らない、それに加えて『境界破り』みたいな強力な魔物が中にはうじゃうじゃいるって話なんだ……セリーンの姐さんが決死の特攻で倒した魔物がまだまだ潜んでる森、常人が立ち入れる場所じゃねぇんだ……」
なるほど……そうか、目に見える形で脅威が取り除かれたと分かるような何かが必要なのか。
そうなるとメルトの提案、あながち見当はずれでもないかもしれない。
先日のダンジョン『心穿つ久遠秋愁』をクリアし、そのダンジョンコアで異常な森の繁殖を抑えたのだ。このダンジョンでも同じことをして、実際に森を縮小したりできれば……。
「いえ、案外ありかもしれませんよ。禁域ダンジョンと言われている割に、このダンジョンって森のどこからでも入れますし、国としては禁域指定していても、誰でも挑める……というより、管理を諦めているんだと思います。こちら側の土地を開発したいという気持ちもあるみたいですし、クリアして森の脅威を排除できるなら……挑戦する価値はあると思います」
「な……姐さんでも無理だ! あんなダンジョン、ただの樹海だとしても遭難必至の規模なんだぞ!? 魔物も、ダンジョンとしての謎もあるんだ、無理だ……!」
「いや、実は私って、事故であのダンジョンの中心部に飛ばされてたんですよね。それで抜け出してきたんです。つまりあのダンジョンの経験者なんですよ」
「そうだったんですかい!? でも、だとしてもですよ……」
「一緒にいる二人ですが、ダスターフィルで天然のダンジョンを二つ踏破した人間と、その彼女の所属するクラン内でトップクラスの実力を持っている冒険者です。私より強い二人なんですよ」
「お、おお……こんなに若い娘さん達がそんな……ダスターフィルは冒険者国家だと聞いていましたが、ここまで凄い人材で溢れてるんですかい……さすが、あの国土で他国と渡り合うだけはあるってことなんですね」
二人を引き合いに出させて頂きます。ただダンジョンに挑むとなると、それこそ彼をまた心配させてしまうだろうから。
この人物、ベルンさんなのだが、どうにも『自分が面倒な役割を買ってでも周囲のためになるように行動する』人に見えるのだ。
あんまり心配させると、今度は『聖女救出隊』でも結成してダンジョンに乗り込みそうなんだよなぁ……宗教を起こして人心を救おうとするくらいの行動力がある人だし。
「と、いう訳で私達三人は、このままダンジョンに向かおうかと思います」
「ほ、本当に行くんですかい?」
「ええ。ただ……このことは秘密でお願いしますね。帝国に、勝手に禁域ダンジョンを踏破されたとバレると厄介ですしね? きっと森も縮小すると思います、踏破さえすれば。そうすれば宗教に頼ることなく、住人を納得させられますよね? やっぱりもう森は平和になったんだって」
「そりゃあ、最高の説得力になるでしょうが……」
「安心していいよー? 私達強いし、森に慣れてるんだー」
「ええ、ご安心を。私は狩人ですし、彼女も森のダンジョンのエキスパートですから」
「ベルンさんは、安心して村の建設に従事してくださって問題ないですよ」
こちらの言葉に、何よりも実際に強大な魔物を倒した俺が『自分よりさらに強い二人だ』と断言したことでようやく納得してくれたのだが、それでもやはり心配だからと、村にあった保存食や野営道具をいくつか分けてくれた。
……この心配性な元冒険者のためにも、ダンジョンを踏破してしまわないとな。
恐らく天然の大ダンジョン……それをも凌ぐ規模の厄介な場所だとは思う。
だが、現状を取り巻く問題を解決しつつ、強力なダンジョンコアも入手できるのなら、悪くない選択肢だ。
俺達は村を発った後、もう少しだけ馬車を走らせ、俺がダンジョンから抜け出した場所を目指すことにした。
確かあの場所からは、ほぼ直線移動で、森に飲み込まれた廃村に辿り着けたはずだからな。
「ということで、馬車は一度、もう少し付近の村に預けてからダンジョンに向かおうと思う」
『その村でセリーンは乗合馬車に乗ったんですよね? その姿だと住人に取り囲まれて、先程の男性のように崇められるかもしれません。今のうちに元の姿に戻っておいた方が良いのでは?』
「確かに。正直、このダンジョンって物凄く移動距離も長いし木も魔物も多いから、今回は最初から全力で進んだ方が良いかもしれない。今回はシズマじゃなくて……シレントの姿で攻略するよ」
御者席からのシーレの指摘に、俺はシズマに戻るのではなく、シレントの姿になることを選ぶ。
俺も強くなってきてはいるが、それはあくまで『全てのバフを重ね掛けした瞬間的な火力』での話だ。常時フルパワーでガンガンごり押しできるシレントにはまだまだ敵わない。
そう……邪魔なものは全て薙ぎ払い、強引に押し進めるつもりなのだ。
「シレントになるの、久しぶりねー! 久々でわくわくするわ!」
「俺はよく心の中で話しているけど、確かに表に出すのは久しぶりかも」
俺はメニュー画面のキャラクターセレクトで、セリーンに合わさっていたカーソルを、一番上のシレントに変える。
馬車の中が光に溢れ、一瞬で天井が近づいてくる。
光が止み、自分の手足を見てみると、それは紛れもないシレントのものになっていた。
「いや……こうしてみると凄い威圧感だな。馬車が一気に狭くなった」
「ね! わー……やっぱりすごい迫力ね。これなら、誰が見たって『凄腕の戦士』だって思うから、さっきみたいに心配されないと思うわ!」
「確かに。シズマとしての姿やセリーンの姿で行動していてよく分かったよ。外見っていうのは、情報として重要なんだって実感した。目に見える安心感が、残念ながらまだまだ若いシズマのままだと与えられない。セイムの時は、逆に『底知れなさ』を感じられたんだけど」
「ふむふむ……あ、じゃあ一緒にいる私がもっと強そうなら解決ねー? 私も大きい剣とか背負ってみようかしら?」
「それは微笑ましいだけだからやめておこう」
『そうですねぇ、こればっかりは仕方ありません。この国での探索者の実績を積んで、もう少し上のランクになれば実力の裏付けになりそうではありますが』
「この国だとダスターフィルのランクなんて殆ど効力がないからなぁ。ベルンさんは冒険者国家だって知っていたから少しは信用してくれたけど、知らない人間からしたら『小国内でのランク』でしかないもんなぁ」
『この禁域ダンジョンも、仮に踏破したとしても実績に加算されませんしね。ここをクリアしたら、内陸部でダンジョン攻略に集中しましょうか』
結局はそこに行きつくんだよな……。
国が大きいと、中々これまでのようにとんとん拍子で話は進まないと、分かってはいたのだけど。
しかしそうかぁ……やっぱり外見って大事なのかー……どうにかできないものだろうか。
俺達は馬車を預けるための村に到着し、宿と形だけ契約して馬車を預けることにした。
やはりこういう旅人が訪れるのは珍しいのか、住人が集まってきてしまったのだが、時折『やっぱり槍の聖女様のご加護があったんだ! これから旅人が増えるぞ!』なんて声も聞こえてきた。
こういう部分でも住人の希望になっているのなら、やはりベルンさんの行動は正しかったのかもしれない。……無論、石像については勘弁してもらいたいのだが。
「ふぅ……じゃあここからは歩いて向かおう。確か三キロくらいだったかな? 街道からダンジョンに入るよ」
「なんだか不思議ね、森がこんなに広がってるのに、誰も入ろうとしない、森から獣も出てこないなんて。ダンジョンって、やっぱり……中に棲む存在を縛っているのねー……」
「そう、ですね。その『境界破り』というのは、力が強すぎて外にはみ出たのか、あるいは――」
「『私』みたいに条件付きで元々出られるようになっていたのかもねー」
……そうだったな。メルトも、同じようにダンジョンに棲む存在として、ダンジョンに縛られていたんだったよな。
この話題、あまり彼女には気持ちのいいものではないかもしれないな。
「よし! じゃあ行きましょう! 森のダンジョンなら私、たぶん誰にも負けないくらい詳しいと思うわ! ここを踏破して、立派なダンジョンコアを手に入れるのよー!」
「ふふ、そうですね! 行きましょう、シレント。頼りにしていますからね?」
「実は俺が『今回やろうとしている攻略法』って、シーレからヒントを貰ってるんですよね」
「え? 私ですか?」
はい、そうなんです。貴女……前回の『心穿つ久遠秋愁』の中で、結構なゴリ押ししたそうじゃないですか。
というわけで……題して『森林破壊は楽しいぞい!』作戦、開始だ。




