第二百二十二話
「はー……生き返るわー」
共同浴場の湯に浸かりながら、ダンジョン探索の疲れを癒す。
湯気を含む空気は、少し息苦しさを覚えるけれども、それでも深く空気を吸い込む。
微かなヒノキの香りと共に胸が膨らみ、一息に吐き出すと、何とも言えない心地よさに、つい目を瞑り、身体を丸め、さらに深く湯に身体を沈めてしまう。
「ダンジョンコア……シーレは何を伝えたいのだろう?」
俺はまだ【神眼】で詳細を調べていない。だが、シーレは【観察眼】で見たのだろう。
そこで、この国のダンジョンについて、知っておかなければいけない何かを知った、と。
「それにしても、すっごい驚きようだったなー、あの管理人さん」
リスの獣人の女性。大きな尻尾が特徴的な彼女だが、俺達がダンジョンを踏破したという報告と共にダンジョンコアを提出したことにより、驚き過ぎてその場で倒れてしまったのだ。
メルト曰く、小型の獣人の中には、そういう特性を持つ人もいるそうだが。
つまり本当にノミの心臓ってヤツだったんですね、申し訳ないことをしてしまった。
無論、ダンジョンコアの提出、買取を打診されたのだが、辞退させてもらった。
だが、ダンジョンを踏破したという実績は確かに残り、それが初めてクリアされた場所だったということもあり、無事にシーレも白銀クラスに昇格できる見通しだ。
やっぱり初クリアというのは、普通のクリアとは扱いが違うものなのだろうな。
「ふー……温まったし、そろそろ上がるかー」
今日も、雨が降っていた。
ダンジョンの外は、引き続き雨。
俺達がダンジョンに挑んでから、既に丸一日以上も経過していたらしく、踏破して出て来た時にはもう、時刻は翌日の午前九時を回っていた。
こんな早い時間に利用する客は少ないのか、浴場には俺以外の利用客が誰もいない。
が、この時間から開いているとなると、案外普段は朝から入りに来る住人がいるのかもしれない。
まぁ雨が降っている所為で、客足が遠のいている可能性もあるのだけれど。
浴場から出て受付前に戻れば、休憩所で既にメルトとシーレが寛いでいた。
既に髪が乾いている様子からして、想像以上に長湯をし、二人を待たせてしまったのだろうか。
「お帰りなさいシズマ。雨も降っていますし、今日はもう宿で休憩します?」
「そうだなぁ、そうしようか。シーレの話も聞きたいし、まだ疲れも残っているだろうし」
「そうねー。私、ベッドで横になりたいわ。眠るんじゃなくて、ごろごろしたいわねー」
それはいい。じゃあ、ベッドで転がりながら、報告会と行こうか。
今後の方針も決めておきたいしな。
浴場の店主に別れを告げ、宿への帰路につく。
傘を打つ雨音と、村の周囲の木々を揺らす雨音に包まれながらの帰路は、湯上りで火照った身体を急激に冷やしていくようで、ついつい早足になってしまう。
宿に戻ると、昨日一日戻らなかったことで、店主さんを少し心配させてしまっていたようだが、ダンジョン探索が首尾よく進んでいると報告すると、とてもうれしそうにしてくれた。
昼食を用意してくれるということなので、その前には報告会を終わらせてしまわなければ。
「それで、シーレがダンジョンコアを鑑定して分かったことっていうのは?」
「はい、まずはこれなのですが」
「大きいねー! 今まで見たどのダンジョンコアよりも大きいわ!」
部屋に戻ると、早速メルトがベッドに横になり、枕を抱いてごろごろと身体を揺らしていた。
その様子が可愛いと思っていたら、シーレが彼女の横に座り、動きに合わせるように身体に手を添える。まるで、彼女がメルトを転がして遊んでいるような様子に、つい笑いがこみあげてくる。
「私の鑑定の結果ですが……どうやら、これはダンジョンコアとしては、かなり弱い部類のものらしいのです。というのも……この国のダンジョンは、厳密には三つしかないみたいなんです」
「え? いや、確認されているだけでも二六カ所もあるってギルドで見たんだけど」
「……どうやら、この国に存在する『巨大な三つのダンジョン』それが成長した末に、溢れ出た力が、ダンジョンという形で顕現しているようなのです。コアを調べた結果、そのような情報が……以前、ギルドで聞いたお話は事実だったようです」
コアを受け取る。
メロンくらいはありそうな、大きく美しい深紅の宝玉。
その大きさに見合わず、弱い力しか持たないとはどういうことなのか。
俺も【神眼】を使い、その情報を読み取る。
『エクセシブの分譲コア』
『強大な力を持つダンジョンマスターの力が大地を巡り具現化したダンジョンのコア』
『非常に大きな力を持つが分譲コアである為そこまでの権能を持つことはない』
『数あるダンジョンの一つを踏破した証であり長年力を蓄えていた』
なるほど……帝国のダンジョンは、つまり……俺達がこれまでクリアしてきた天然の大ダンジョン、ああいった存在が成長した果てに、分岐して生まれた存在ということなのだろうか。
確か、俺がスティルとして飛ばされたダンジョン……あそこは『禁域ダンジョン』とか呼ばれている、立ち入り禁止区画だったはずだ。
あまりにも広大過ぎるダンジョン。そういったダンジョンの力が、周囲に漏れだして新たなダンジョンが生まれているのだとしたら、ああいう巨大なダンジョンを禁域指定するのも理解できる。
ダンジョン探索を生業として成立させている大陸のようだし、そのダンジョンを生み出す大本であるダンジョンを管理、クリアさせないようにするのは当然といえば当然だ。
「なるほど、理解したよ。シーレにはどんな情報が見えたんだい?」
「私には『三つの巨大なダンジョンの一つであるエクセシブから分岐したダンジョンのコア』と」
「なるほど。俺も、この大陸の巨大なダンジョンの名前を一つ知っているんだけど、そこの名前は『エグゾースト』って言うんだ。名前が似ているから、関連があるのかもね」
「その可能性がありますね……なんにせよ、このコアをどこかで使用できないか、一度ダンジョンの入り口や、ダンジョン内で調べてみたら良いかもしれませんね。もしかすれば、コアを持っていることで反応するかもしれませんし」
「そうだね。じゃあ晴れて視界がよくなったら、ダンジョン周辺で探してみようか」
「雨やーねー? 尻尾がやっぱりモッって膨らんじゃうわ」
「ふふ。もしゃもしゃもしゃー」
「きゃー! シーレ触ったらダメよー」
嬉しそうにじゃれあう二人を眺めながら、いつ止むかも分からない、窓の外に視線を向ける。
激しい雨ではない。かといって、しとしとといった、静かな雨でもない。
本当に、いつ止むか分からない、そんな雨。
コアを使ったら、この広大で肥沃すぎる森を、もっと村の住人にとって丁度良い規模に操作できたら良いのだが……。
「美味しい……どうしよう、凄く美味しいわ……! たぶんこの大陸に来てから食べたどの料理よりも美味しい……!」
「確かにこれは……エルドラークのホテルで頂いた料理に引けを取りません……ボリュームがある分、こちらに軍配があがります……!」
「ナッツの衣をまとわせた丸鳥の内側に、処理した内臓のペーストに木の実やハーブを混ぜ込んで塗り、それを焼き上げたってところかな……この完成度、絶対に村の宿に収まるレベルじゃないですよ」
昼食は、ダンジョン帰りである俺達の体力を回復させるために、かなりがっつり目の料理を出してくれた。
丸鳥をローストしたものであったが、その手間のかけ方や味のレベルが、群を抜いているのだ。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。エルドラークのホテルというと……大通りのあそこかな? 確かにあそこは私の元職場でね。どうやら、まだまだ私の腕は衰えていないようだ」
「凄く美味しいですよ。しかし、なんでまた大都市からこんな森の中へ?」
「それは、森がここまで大きくなったから、かな。お陰で食材がこの村にはあまり出回らないんだ。だから、森で手に入る食材だけで、極上の味を出せるのだと、この村に皆に伝えたくてね。私はもともとこの村の出身なのだよ」
「素敵な考えねー! 森の奥かー、私もそういう里出身だから、美味しい外の料理を教えてくれる人って、とっても素敵だと思うわ」
本当にその通りだ。
もし、村の周囲の過剰に育った森が、もう少し落ち着いて、外との交易も盛んになれば……また状況も変わるかもしれないな。
この村、森に囲まれてはいるけれど、距離的には、他の街からそこまで離れてはいない。
俺達が内陸部に入っていった道とは別に、この深い森を突っ切ることができれば、もっと内陸の他の街と、人の行き来が増えるはずなのだ。
やっぱり、このコアを使って周辺の地形を操作できないか、早く調べてあげた方がいいだろうな。
それに……コアを消費すれば、オーダー召喚が可能になる人数が、さらに一人増えるのだから。
『夢丘の大森林』のコアは、こちらの手札として仲間をいつでも召喚できるように取っておきたいが、それとは別にもう一人召喚できるようになれば、そちらの一名を旅の仲間として追加することも出来るはずだからな。
「ふー……美味しかった……! ご主人、本当に美味しかったです。心も体も万全ですよ」
「ねー! こんなに美味しい鳥のお肉、初めて食べたわ! ダージーパイ越えよ……!」
「本当に美味しくてびっくりしました……内部のパテがあまりにも美味しすぎます。ワインを飲みたくなるくらいに」
「む、お嬢さんはいけるクチだったみたいだね。なら夜にでも、この村で作っている果実のワインと一緒に合わせてみるといいよ。夕食につけておくから」
「まぁ、それは嬉しいです」
満腹のまま、ふと窓の外を見てみると、窓に残った水滴が、日の光にキラキラと輝いていた。
雨が、上がっていた。だったら、食後の散歩に丁度いいかもしれないな。
シーレとメルトに、少し村の中を散歩しようと提案し、それがダンジョンコアを使う為の端末を探す為だと暗に示す。
さて……じゃあ手始めにダンジョン入り口前に行ってみようか。
若干、勝手にコアを使って環境を変化させてしまうことに、罪悪感はあるけれど。
……村長的な立ち位置の人間に一言伝えるべきか?
いや……コアの使用方法を俺達が知っていることを誰かに漏らすわけにはいかないか。
もしかしたら、これは俺達が『家の鍵』を持っているからできることなのかもしれないのだから。
「そういえば……セイムにはスペアキーしか残していかなかったけど、大丈夫かね……」
「セイムならなくしたりしないと思うよー」
「そうですね、あの鍵は家の秘密にアクセスする為のものでもありますし、玄関の鍵だけ普通の鍵にして、あちらの鍵は厳重に保管するかもしれませんね」
それもそうか。セイムは用心深いだろうからな。
そうして、昼食にしては中々にボリューミーな鳥肉を平らげ、雨上がりの村に繰り出した。
雨に濡れた森が、日の光を浴び、遥か高所にある葉がキラキラと瞬く。
濡れた森が温められ、緑の香りをいつも以上に感じられる森の中、少しだけ呼吸の回数を増やしながらダンジョン前広場を目指す。
もし、森の異常な生育を止められたら、既に育っているこの森は、失われてしまうのだろうか?
木が枯れたりして、この光景が失われてしまうのだろうか?
なにかしらの注意喚起だけは、しておいた方がいいかもしれないな。
「たとえばですが『ダンジョン攻略に際しコアを回収したので、しばらく森の異常な成長速度が抑えられるかもしれない』と、お伝えするのはどうでしょう? これなら、操作をしただなんて誰も思わないでしょうし、これまで一度もクリアされていなかったダンジョンです、何が起きるか誰も予想できないのですから、ある程度無茶な推論でも信じて貰えるかもしれませんよ」
「そうだな……操作が無事にできたら、探索者ギルドの支部長さんに伝えて、村の皆さんにも知らせて貰おうか」
「森が減っちゃうのは残念だけど、生活に困るくらいなら、なんとかしないとだもんねー」
まるで、自分達の行いの免罪符を探すような会話をしながらの道程。
今、森の合間を進み、心地よさを、美しさを、自然の雄大さを感じているからだろうか。
どの世界でも難しい問題だよな……人間の生活圏と自然との折り合いって。
ダンジョン前の広場は、元々探索者達が野営をする為の広場だったという一面もあるのか、炊事場のような東屋もあれば、どこからか引かれた水道も完備されている。
そんな広場の中で、ダンジョンコアを使用する為の端末、それに類するオブジェクトがないか探して回る。
「長らくクリアされていなかったことを考えると、あまり人目につかない場所に……? いえ、そもそもどこに出るかは人の都合を考慮したりしないでしょうし……」
「ねぇねぇ、もしかして普通のダンジョンと違って、なんだっけ? 子供ダンジョン? みたいなものだから、ここには出てこないんじゃないかしら?」
「その可能性もあるのか……いや、でももう少し探してみようか」
若干不安になってくるも、今度はダンジョンの入り口になっている、巨木の洞やその周辺を探ってみる。
すると、その巨木の裏に、大きな穴でこそないが、もう一つの洞を見つけることができた。
「……たぶん、これじゃないかな」
洞の中。光る何かが見えた。
その洞の中に手を伸ばすと――見覚えのある、周辺地域のデータを参照できるコンソールが現れたのであった。




