第二百二十一話
秋の空が高く見えるのは、何か理由があるのだろうか?
空気が澄んでいるだとか、雲がいつもより高いところに出来るだとか、そういう理由なのだろうか? けれども、今見えているこの空は、確かに高く、澄んでいるのだが、雲がどこにもない。
なら、俺はどうしてこの空を高いと感じたのか、それだけがよく分からなかった。
「……そうか、これは予感か。この空を見て『遥か上空から何かが来るのではないか?』って思ったからか。二人とも、警戒した方が良いかも」
「そうですね『セオリー』通りなら、何かが現れてもおかしくありません」
「ど、どういうこと? なにか来るの? 空の上から?」
どことなく、周囲に広がる森も、他の階層よりも離れた場所にあるように思える。
この空き地が、まるで戦場だとでも言うように、いつもより広いのだ。
「ここまで森と秋をコンセプトに生まれたようなダンジョンでした。現れる敵も、それに関係するものかもしれません。メルト、炎を操ることを念頭に置いてください」
「う、うん! 炎ね……トレントとか樹霊関係の魔物かしら……」
「なるほど。警戒しつつ、先に進――」
その時だった。
俺が感じた空への警戒が正解だったと言わんばかりに、上空から『どこか風の音にも似た絶叫』が響き渡る。
まるで、叫び声に聞こえる笛『デスホイッスル』を思わせる鳴き声に空を見上げれば、遥か彼方に、空を縦横無尽に飛び回る魔物のシルエットが微かに見えた。
「あれは……かなりの距離がまだあるのにあの大きさ……すみません、私の【観察眼】の範囲外みたいです。シズマはどうですか?」
「俺もまだダメだ。全貌を目視して理解できないといけないのか、それともある程度距離が近くないとダメなのかもしれない」
だが、離れていてもわかる。
尾と翼。そしてこの大きさとなると……ドラゴンしか考えられない。
「メルト、ドラゴンかもしれない。どの属性が効くか俺が判断して指示を出すから、シーレと二人で魔法で攻撃して。俺は、どこか適当な部位に攻撃するから」
「う、うん! ドラゴン……森、秋……関係する種類が特定できないわね……」
「シズマ、お任せします」
俺の【神眼】は、なにも地形や対象の情報を調べるだけの能力ではない。
『対象の身体に新たな弱点となる部位を複数発生させる』のだ。
つまり、弱点を付与し、そこを集中攻撃できれば、場所次第で大きく弱らせることも可能だ。
まずは翼の付け根と足を弱点にすれば……機動力を大きく削ぐことができるはず。
ゆっくりと滑空しながら高度を下げるドラゴンを睨みつけるように注視する。
やがて――
『エアリアル・スカルドラゴン』
『天空竜スカイ・ドラゴンが数多の怨念を抱えながら朽ちた果ての姿』
『非常に高い飛行能力と高い魔法耐性に加えその骨格も頑強』
『アンデッドらしく光と炎には弱いがそれでも圧倒的な耐久力を誇る』
「二人とも、相手はスカルドラゴン、骨の竜だ! 炎と光が弱点! でも魔法耐性が高くて頑丈! 長期戦よりも大技で短期決戦狙いでいくよ!」
「メルト、私が周囲に光のフィールドを生成します。できればそこで戦ってください、攻撃に光属性が付与されますから」
「わ、わかった! 光……私じゃうまく操れない魔法ね……」
「シーレ、奥義の用意をお願い。可能なら上空にいるうちに一発大きいの当てたい」
「了解。発動後は一時撤退します。大丈夫ですか?」
「問題ない、速攻で機動力奪って、こっちも大きいの狙いでいく」
高耐久なら、大技狙いじゃないと満足にダメージが通らないかもしれない。
そしてメルトなら、機動力を奪ったドラゴンの攻撃程度なら避けきれるはず。
……不安点があるとすれば、アンデッド系統である以上、物理以外の攻撃方法もあるかも――
「秋だから木が枯れているわけじゃないとしたら……」
「シズマ?」
「このダンジョンの木が枯れかけていたろ、葉が散っているのがドラゴンのせいだとしたら?」
「! シズマ、耐毒のポーションをお願いします」
「いや、せっかくだし大盤振る舞いだ。メルト、シーレ! これを受け取ってすぐ飲むんだ」
俺は、贅沢ではあるが、現存する最も強力な薬品を取り出した。
かつて、メルトの友人達にも飲ませた最高級の薬だ。
『神託の大聖堂に祝福されたエリキシル+15』
『体力を完全に回復』
『戦闘不能を含むすべての状態異常を回復』
『状態異常耐性を付与する』
『ログアウトまで効果は持続する』
『デスペナルティを解除する』
この薬を飲めば、状態異常耐性が完全な状態で付与される。
だが同時に、今になって気がついたのだが『ログアウトまで効果は持続する』の一文が曲者だ。
これは……現実世界なら、死ぬまで続くという意味ではないだろうか?
もしそうなら、便利で強力だとは思うが、同時に『人の一生に影響を与える』という責任が生じるのではないかと思ってしまうのだ。
まぁ、それでも飲むし、飲ませるのだが。
スカルドラゴンがもし、植物に深刻なダメージを与えるような有毒攻撃を持っていたら。
それでシーレやメルトが、取り返しのつかない被害を被ってしまったら。
そんな危険があるのなら、飲ませるしかないだろう。
「シズマー! お薬飲んだよー!」
「私も飲み終わりました! これから奥義発動に取り掛かります!」
俺も剣を持ち替える。
一撃に重きを置いた巨剣に。
やはりこういう武器は一本、持っておいた方が良い。
俺も、可能な限り使えるバフを自分に重ね掛けする。
そして、この【神眼】の力で、スカルドラゴンの両翼と足の付け根に弱点を付与した。
既にこちらを認識しているのだろう。スカルドラゴンは急降下こそしてこないが、ぐるぐると旋回しながら、静かに滑空を続け、こちら目がけて降下してきている。
射程圏内に入った瞬間……空に向かって放つべきか? いや、それより先にシーレの技が発動するはず。
シーレなら、外さない。確実に大ダメージを与え、スカルドラゴンは墜落するはずだ。
そこ目がけて俺が攻撃を叩き込み、その隙にメルトが攻撃を仕掛ける。
光属性で攻撃すれば、ダメージだって通るはずだ。
「メルト、たぶんスカルドラゴンは墜落する。そこに俺が一撃入れるから、さらにメルトは近づいて、翼が無事なら翼の根本、翼がもうダメになってたら足を狙って攻撃して」
「分かった! じゃあ、シーレの作った魔法の中で、狙えそうな足と翼を狙うね」
「シーレ、発動前に合図お願い」
「はい! ……残り四秒です」
攻撃の射程がそれくらいなのだろう。
スカルドラゴンはまだまだ高高度を滑空しているが、それでも【神眼】が発動したのなら、シーレの目にもそろそろ映るはず。
巨剣を振りかぶる。
相変わらずバカげた重さの、大きすぎる刀身。
シレントが使っている大剣よりもさらに大きなこの剣は、俺よりも大きいくらいだ。
自分以上の大きさと重量の剣を、腰だめに構える。
墜落してくる場所を見極める。
「行きます! 『月穿つ人の英知』!」
シーレが宣言と同時に、空へ向かい、爆発にも似た音を立てながら、極太の一矢を放つ。
対空専用攻撃故に、ゲーム時代は当てられる敵、当てられるタイミングが限定されていた技だ。
だがその使用機会が少ない影響か、代わりに狩人の三大奥義の中で、一番威力が高い技でもある。
極太の矢が、途中で二度、その放つ色を変え、瞬く間にスカルドラゴンに命中する。
見えた。今、確実に右半身を飲み込み、一瞬で半身がボロボロに変化した。
滑空が止み、バランスを崩して真っすぐに墜落してくる。
その方向を見定め、斬撃を放つ準備をする。
「なら、俺も……」
振りかぶる。選ぶ技は今回も『ゲイルブレイク』。
全てのバフを一番効果的に扱えるのがこの技なのだ。
恐らく、全てのバフが使えるようになっても、この技以上の威力を出せる攻撃はない。
……いや、場合によるか。
墜落する巨体の全貌が見えてくる。
巨大な、ジャンボジェットに匹敵する大きさの骨の竜。
墜落の衝撃だけで、近くにいたら吹き飛ばされそうなものだが、俺なら耐えられるか?
「シーレ、念のため俺の周囲の防御付与フィールドお願い」
「りょう……かい!」
奥義の反動で、弱々しい声の彼女。
酷使させるようで申し訳ないが、俺が生き残るために念には念を入れる。
周囲に青い半透明の壁が浮かび上がり、これで衝撃を幾分和らげられるようになる。
墜落予想地点と落下するドラゴンを見比べ、タイミングを計り、この馬鹿デカイ剣を振りぬいた。
「『ゲイルブレイク』!」
俺自身が成長した影響だろうか。以前よりも体にかかる負担が少なくなったのを感じながら、俺の一撃が、放たれた剣圧と真空の刃が、スカルドラゴンの墜落で発生した衝撃波と埃が襲ってくるのを切り裂き、真っすぐに巨体に叩きこまれる。
横隔膜を震わせるような、周囲の木々を揺らし、残りの葉を散らすような、そんな轟音が響く。
墜落音を遮るような、こちらの一撃がヒットしたことを知らせる衝撃音。
それと同時に、俺も全身の力が抜け、片膝をつく。
「メルト、頼む!」
「分かった!」
それと同時に、土煙を晴らすようにメルトが墜落地点に炎を放つ。
瞬く間に、煙が燃え上がり、渦となりスカルドラゴンの全身に回る。
炎で晴れた煙。そこに向かい、恐れずに炎の合間を縫うようにメルトが駆ける。
瞬間、今度は炎をかき消すように、突然スカルドラゴンの全身から、どこか青みがかった煙が噴き出した。
まさか、あれが植物を枯らすような有毒な攻撃なのかと一瞬焦るも、メルトは平然と進んで行く。
そのまま、起き上がろうとするドラゴンの両足に彼女が斬撃を叩き込む。
既にシーレの付与が効いているのか、美しく輝く一対のダガーが、甲高い音を立てながらダメージを与えているのが見える。
驚いたことに、俺とシーレの一撃を受けてもなお、こいつは動いているのだ。
なら、光属性でダメ押しだ。
俺は身体に鞭を打つつもりで立ち上がり、巨剣をけん引するような体勢で駆け出した。
「メルト、今からでっかいの叩き込む!」
「わかった! 羽の動き邪魔するから、身体切って!」
「シズマ、私は頭を射抜きます。あそこからガスが発生しているようです」
復活したシーレが、再び弓を構えているのが見える。
メルトが、無理やり羽ばたこうとする翼の根本に、ダガーを突き立てる。
風切り音のような叫びが上がる。が、一瞬遅れてシーレの攻撃が頭に炸裂し、激しい音を立てて、首が大きく反らされ、俺を迎撃しようとしていた頭があらぬ方向へ向かう。
翼も首も、もう俺の邪魔にならない。胴体に、この一撃を振り下ろす。
「『地裂断“降牙”』」
かつて、シレントの姿で、変異したオウルベアを一刀両断した一撃。
ダメージではなく、明確に身体を破壊、切断するならこの攻撃が一番だ。
空中で振りかぶった一撃を、思いきり叩き込みながら、重力に従い落下する。
尋常じゃない衝撃が剣を握る両手から伝わり、肘が悲鳴を上げる。
「ヒョオオオオオオオオオオオオオボオオオアアアアアアアア」
それでも、ガツンと何かが折れる感触が伝わり、同時にすぐ近くで、絶叫が聞こえた。
着地と同時に見上げれば、このスカルドラゴンの身体のど真ん中の骨が、完全に切断されていた。
その場から退避し、メルトも呼び寄せる。
疲労困憊のシーレもこちらに歩み寄り、三人で武器を構えながら、叫び続けるスカルドラゴンを睨むように観察する。
「ヒョオオオオオオオオオオ」
叫びが、弱まる。
切断した下半身が、尻尾の骨が、暴れ狂うように地面を叩いていたのが治まる。
翼も、もはやボロボロで意味をなさないであろう翼も、動くのを止める。
そこまでねばり、ようやく天に向けて咆哮を繰り返していたスカルドラゴンが、ゆっくりと首を地面に横たえた。
「……よし」
骨の巨体が、キラキラと光の粒となり、天に昇っていく。
残されるのは、ドロップ品であろう、三つの大きな宝玉達。
そのうちの一つは、深紅の輝きを湛える――
「ダンジョンコアだ……! こいつがこのダンジョンのボスだったのか」
「お、おお……ダンジョンマスターじゃないのね……」
「なるほど……帝国のダンジョンについて、もう少し詳しく調べたいですね」
メロンと同じくらいの大きさのダンジョンコアを拾い上げ、隣に来たシーレに渡す。
そして、コアの隣にある大きな……綺麗な宝玉を持ち上げる。
まさか……これって……ホワイトオパールの大きな玉……?
「なにそれー! すっごく綺麗! 初めて見るわ……真珠とも違うわ……」
「そうか……でっかい骨だったから、関係ありそうなオパールなのか……?」
確か、オパールって貝殻や骨が化石になる過程で生まれるんだったかな。
……こんな大きなオパールのオーブなんて、どんな値段が付くか……。
「はい、メルトがこれ持ってて」
「わーい! キラキラねー……昨日見た星空にも、こういういろんな色の光があったねー」
「ああ、オーロラだね。確かにオーロラを固めたみたいな色だな……綺麗だ」
嬉しそうに、大きなオパールをいろんな角度で覗き込むメルト。
そして俺は、最後の宝玉……というよりも、ガラスの塊が、球体になるように割られたような、そんなゴツゴツとした、けれども透明な塊を手に取る。
「これ……もしかして何回か見たアレか……?」
俺は【神眼】で、この謎のガラスのような品を調べてみる。
『追憶“白き魔女の夢”』
『こことは違うどこかの記憶に意味はない』
『異常に巻き込まれ顕現しただけのイレギュラー』
『悲しき運命を越え幸福を掴み取った魔女の軌跡』
また、特に何の効果もない謎のアイテムだ。
一応オブジェとして綺麗なので、いつかたくさん集めたら、家に飾ろうかな。
「ふぅ……お疲れ様です、二人とも。このダンジョンコアなのですが、私の【観察眼】で調べたところ、興味深い情報が得られました。一度宿に戻ってからお話しますね」
「了解! じゃあ、帰りはどうやって帰ればいいのかしら?」
「んー、普通に木の洞に入れば出られるんじゃないかな」
まだまだ気になることはあるが、これでこの『心穿つ久遠秋愁』はクリアだ。
中々、これまでとは違った意味でハードなダンジョンだったが……最後に待ち受けているのがダンジョンマスターじゃなくて安心した。
全身に疲労を感じながら、戦いの余波でより一層寂しい光景となった森の中を進む。
さて……戻ったら、共同浴場に行かないとだな……外の雨、もう止んでいると良いんだけど。




