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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ【書籍化決定】  作者: 藍敦
第二章 いくつかの顔と地位
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第二十二話

「本当に心苦しいのですが、実は我々は元々、ある旅団に所属している人間なのです。今回、新たにメルトさんを加えるか否かのテストをしていたセイムなのですが、本隊に呼ばれて都市を離れた……という運びでして。その代わりに派遣されたのが私だったのです。ですが、どうやら問題が起きているらしく、メルトさんの採用は事態の収拾まで見送ることとなり、私も旅団に戻らなくてはならないのです。無論、他の人間がこちらに派遣されますが、さすがに何度も利用客を変えるわけにもいかないからと、今後はメルトさん一人にあの部屋を使わせてあげてください。もちろん、料金の払い戻し等は必要ありませんので」


 長々と嘘の話をはむす亭のおかみさんに説明し、私がこの宿を去ることを伝える。

 このストーリーはある意味では予防策でもある。今後、必ず他のキャラクターとして活動する時がやってくるはず。

 そしてそのキャラが必ず、どこかでメルトと繋がっていることを疑問に思う人間も現れるだろう。

 その時、調査の過程でこの宿に聞き込みに来る人間もいるかもしれない。だから、旅団という作り話をここで披露しておく。

 しかしそれでも、こうも頻繁に利用状況を変えてしまうのは申し訳ない……やはり自分の拠点を早々に用意した方が良いですね、これは。


「あらそうだったの……料金については了解よ。ただ、あの子まだ街に慣れていない様子だし……大丈夫かしら」

「後ほど面倒を見る……というよりはボディガードになるような人間か派遣されますので、そちらについては問題ないかと」

「なら、その人とやっぱり交代してもいいのよ?」

「いえ、少々人相も悪く、周りを威圧しかねない人なので……無論、メルトとは交流もある方ですが、外聞もありますし。ですので、どうかお構いなく」

「そうなの? 分かったわ。シーレさん……だったかしら。一日だけどうちを利用してくれてありがとうね? 凄く場が華やいで、なんだか素敵な時間を過ごせたわ」

「いえいえ、そんな。こちらこそ慌ただしくしてしまい、申し訳ありませんでした」


 既にメルトとは別れを済ませている。

 無論、例の貴族の追跡もこちらには及んでいないそうだ。

 後は私が何事もなく街を出られたら、それで万事解決だ。

 今回も、例の洞窟を利用しよう。あそこは人通りも皆無、面倒なことをしなくてもあの場所でキャラクターチェンジをしてしまえば大丈夫だろう。

 前回、こちらを探る動きもなかったのだし。

 まぁ今回は少々面倒な人間に目をつけられているが、さすがに本気のこちらを追いかけるのは無理だろう。


「では、私は失礼しますね」

「はいよ。じゃあ気を付けてね、シーレさん。しっかり顔を隠すんだよ」

「はい。不便ですね、本当に」

「この辺りは特に冒険者も多いからねぇ」


 フードを目深に被り、都市の外へ向かう。

 もちろん、今回は差し入れになりそうなサンドイッチとドリンク剤を持ってきている。

 親切にしてくれた門番の二人組には、やはり礼節を以って返そう。

 正直、あの時怪しまれていては、都市に入り込むのが一日遅れ、そのまま何か別な問題が起きていたかもしれないのだから。


「……良かった、同じ人が門番ですね」


 私は、今日も門番を務める二人に声をかける。


「こんにちは、いえ、もうすぐこんばんは、でしょうか」

「ん? なんだい?」

「あ、あんたもしかして!」

「はい、先日はお世話になりました。本日、目的を無事に済ませたので、この都市を離れることになりまして。最後にお礼にこちらを差し入れしようかと」


 籠ごと、サンドイッチと薬液を差し入れする。

 どちらもはむす亭で用意してもらった物だ。

 サンドイッチの具はチーズと鶏肉、そしてたっぷりのマスタードだ。

 辛すぎず、刺激的な味をチーズがまろやかにしあげ、ジューシーな鶏の肉汁でそれらをまるごと包み込む、なんとも計算された一品だったのは確認済みだ。

 あの宿の食事も、これならメルトも暫くは楽しめそうだ。


「おお……先輩、これって貰っても良いんですよね?」

「うむ、まぁ……問題ないだろう。毒見の必要はないと思っていいんだな?」


 先輩と呼ばれた門番が、少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。

 確かに門番という役職上、警戒するのは当然か。

 私はサンドイッチを一つ手に取り、一齧りだけして見せる。


「これで安心してくれますか? 薬液も……なかなか効きそうな味ですね……すみません、一口だけ頂いてしまいました」


 申し訳ないとは思うも、食べかけにしてしまった。

 こんなことなら一つ余分に用意するんだった。


「も、問題ない。では受け取らせてもらう。しかし……これから暗くなってくるぞ、危険だ」

「そうだ、危険ですよお姉さん」

「いえ、私の仲間が近くで待っているはずですので、大丈夫ですよ」

「む、そうなのか……なら構わないが……差し入れ、ありがたく頂戴しよう」



 無事にお礼を済ませ、再び森を目指し、そこを抜けた先にある川を上っていく。

 夕暮れに染まる川。この時間にはもう、この辺りで採取をする人間もいないようだ。

 それに、こちらを追跡する気配もない。


「ふぅ……これで、シズマの意識が女性化するのを防げる……か?」


 メニューを操作し、シレントに交代する。

 目線が、高くなる。

 意識が、目覚めていく。






 ……そうだ、俺はシズマであり、シレントであり……男なのだ。


「ああああああ……マジかー……ここまで侵食されるのかー……」


 つい、しゃがみ込んで大声で嘆いてしまう。

 いや、マジで……完全に女じゃん……いや多少は俺に配慮していたけど、基本女じゃん……!

 なに? シズマが強くなれば意識を保てる可能性があるって?


「だったら……シレントで戦って習得スキルを全部シズマに移せばいいってことか……?」


 シーレとしての脳が導き出した結論は、シズマならばどの職業のスキルも習得可能というものだった。

 現状、シレントの基礎スキルである【傭兵の心得】をシズマでも覚えている。

 が、上位のスキルである【戦場の覇者】や【戦神】、他にも【生存本能】という、傭兵固有の上位スキルは、まだシズマでも習得出来ていない。

 無論、その効果は絶大だ。


【戦場の覇者】

 戦闘時味方数よりも敵数が上回っている場合全ステータス50%上昇


 正直、発動条件の緩さに対して得られる効果が大きすぎる。文字通りぶっ壊れだ。

 無論、生粋の戦士職よりも前衛能力が劣る傭兵だからこそのスキルではあるのだが。

 けど、器用になんでもこなす傭兵がスキルの効果で戦士職の上位に迫れるのは魅力的だ。


 そしてさらに傭兵を育成した末に手に入るスキル【戦神】の能力がこれだ。


【戦神】

 戦闘中に止めを刺した敵の数一体につきクリティカル率と攻撃速度+10%上昇

 戦闘終了時効果消失


 完璧に【戦場の覇者】とシナジーのあるスキルを自前で覚えられるのだ。

 つまり『戦闘開始時に不利なら能力アップ、敵を倒して数を減らしたらその分別な能力がアップ』という、短期戦も長期戦も活躍できると言う訳だ。

 まぁここまで強くても、火力職としてはトップ3にも入れないのが傭兵なのだけど。

 だが、傭兵には別な強みがある。それが【生存本能】だ。


【生存本能】

 現在HP以上のダメージを負った時一度だけ戦闘不能を回避し一定時間無敵を付与する

 リキャスト時間はキャラクターレベルに依存(10m)


 そう、体力の値や防御力では生粋のタンク職には劣るものの、このスキルのお陰で簡易的なタンクにもなれるし、同時に捨て身のアタッカーとして、場合によっては他のアタッカー以上のDPSを出せる時もあるのだ。

 無論、リキャストが長くいつでも使える能力ではないし、鍛えに鍛えたシレントでも一〇分に一度しか使えない。だが……それはゲームだから不便に感じるだけだ。

 現実世界において、一〇分に一度死を回避出来て、なおかつ無敵の存在になれるなんて反則もいいところだ。

 これらのスキルをもし本来の自分、シズマでも使えるようになれば……それだけで低いステータスをカバー出来る凄まじい能力になる。


「……問題はシレントで戦闘経験を積んでシズマに能力を引き継ごうとしても、まだなんの実績もないから高難易度の依頼も受けられないし、下手に活躍して警戒、怪しまれる可能性もあるってことか……冒険者になったら岩石ランクからスタートだよなぁ」


 薬草知識、この世界のものは無いんだよなぁ……あったら輝石ランクからスタートなのに。

 敵の殺し方や戦場の心構えなんかはばっちりシレントの記憶にあるのに、岩石ランクじゃあ街の中のお使い程度の仕事しか出来ない。


「……この外見で新人冒険者とかもはやギャグだろ」


 川に映りこむ自身の姿。

 無数の傷跡が刻まれ、野性味あふれる風貌と、猛禽類のような鋭いまなざし。

 筋張り、戦いの歴史が刻まれた表情に、無造作に伸ばされた髪を、威圧するように逆立てている。

 もう誰がどう見ても『歴戦の傭兵』『戦場帰りの狂戦士』といった風貌だ。

 身長も二メートルは確実に超えているし、筋骨隆々、ボディビルダーのような起伏の激しい筋肉。

 無論、全身に刻まれている無数の傷跡は、潜り抜けてきた修羅場の数を物語っているようだ。

 装備は最低限、動きを阻害しないような金属と革を組み合わせた鎧。

 背負う得物は、かろうじて剣の体裁を保っているかのような、ところどころ刃の欠けた無骨な巨剣。

 メルトの身長を軽々と超える長さの刀身を持つその剣を、俺は片手で軽々と振り回す。


「やべえ……力が溢れてくる……この姿で『採取依頼に行ってきます』とか『お使いに来ました』とか、質の悪い冗談だろ……」


 ちなみに、この巨剣は一応、前衛職における最終武器の一つとも言われている。

 純粋な攻撃力と、微量ではあるがHP吸収効果つきという、シンプルな能力。

 つまり死なずに殴り続ける脳筋の極致って訳だ。

 ……ここまで強くても、ジョブの組み合わせ的には最強じゃないんだよなぁ……。

 持ちキャラの中ではLvの高さの所為もあって五本の指に入る強さではあるけど。


「あー……シレントの記憶も思い出そうとすると結構重い設定が浮かんでくるな……」


 メインジョブ【傭兵】サブジョブ【戦士】の場合、設定されるバックボーンはこうだ。


『かつて国に仕える騎士だったが、戦争に敗れ国が滅び、放浪の旅に出る。その果てに傭兵団に所属し名を挙げたところで、再び自分の居場所である傭兵団を壊滅という形で奪われた戦士』


 つまり彷徨える戦士……力を追い求め行き場を失った、悲しき獣なのだ。

 なんか凄い虚しさと悲しさが心の奥底で眠っているような感覚がする。

 これがシレントの経験と記憶からくる感情か。


「……でも、この姿なら確実に誰にもナメられない。強気で、威圧的で、自信あふれる戦士として……冒険者になろう」


 セイムより目立とう。それが、きっとセイムの隠れ蓑になるはずだから。

 そしていつかシズマとして強くなる時も、シレントという前例があれば目立たずに済む。

 なんだか1stキャラにしては扱いが酷いけれど。








 神公国レンディア。

 一見すると豊かで発展しているように見えるその国でも、密かに資源不足による衰退が始まりつつあった。

 それはたとえば、作物の不足から来る盗難、野盗の増加も挙げられる。

 国の衰退はそうした軽犯罪の増加から始まるものなのだから。

 故に、公国の要でもある主都リンドブルムでも、都市の出入りについて徐々に厳しく取り締まるようになっていた。

 具体的に言うと、夕方以降の出入りにはなんらかの身分証明書を提示しなければならないという、まだそこまで厳しくはない対応。

 が、元々多くの商人や冒険者、探索者が自由に出入りしていた都市だけに、その程度の規則が追加されただけでも、住人は若干の息苦しさを感じていたのだった。

 無論……それは住人だけでなく、取り締まる側の人間も。


「いやぁ……始めは王城勤めでなくリンドブルム勤務、それも門番なんて良いことなんて無いと思ってたんですよねぇ……それが、あんなに綺麗な人に親切にされて……あれは僕か先輩に興味があるんじゃないっすかね?」

「無駄口を叩くな。……まぁ、確かに滅多にない機会に恵まれたとは思う。恐らく、どこかのエルフの氏族、その有力者や巫女、なにかしらの役職についている人だろう。エルフは元来、他種族とはそこまで関わらない種族だ。だが、立場ある者はそうもいかない。故に人当りも良く、人心掌握にも長けていると聞く。変な勘違いは起こすなよ」

「そういうもんなんすかねぇ……」


 門番を務める二人の兵士は、先程街を去って行ったシーレを思い返し、そんなことを語り合っていた。

 中々ない幸運に恵まれた二人は、少しだけいつもより浮かれた気持ちで職務を全うしていたのだった。

 だが――それは突然やって来た。

 後に、二人の門番はこう語った。

『まるで戦場が歩いてやって来たようだった』と。








「だから、身分証明書のない者は夜間帯に街に入れるわけには行かない。大人しく朝まで待っていてくれないか」

「そ、そうだ……! 悪いが得体のしれない人間を通すわけには行かない」


 はい、見事に門前払いを食らいました、シレントです。

 いやぁ……シーレの時と反応違いすぎやしませんかね?

 まぁそれくらいこちらが物騒な見た目をしているからなのですが。


「そうか、分かった。では朝までここにいよう。構わないな?」

「あ、ああ……それは構わない」

「あんた……何者だよ。素人じゃないってことは俺にもわかる。だが身分証明書がないってのはどういうことだ。アンタ傭兵だろ? それか冒険者だ。なのに所属タグもなにもないってのはどういうこった?」

「……そういう制度には関わらないで生きてきた。ただ、出会い、殺し、渡り歩くだけの人生だったのでな」


 ぶっきらぼうに、演じる。ただ戦いに生きるだけの、浮世離れした狂戦士のように。

 すると、門番の二人が喉を鳴らす音が聞こえてきた。

 そりゃこんな風体で威圧感マシマシの人間がこんなこと言ったら、ねぇ。


「……この都市にはどんな用事だ。ここは戦場ではないぞ。戦争の気配を嗅ぎ付けた訳じゃないんだろ?」

「さぁ、どうだかな。戦の芽なんて案外どこにでも転がっているかもしれんぞ」

「……そうかもしれんな」


 そうして、ぽつりぽつりと必要最低限の会話だけ交わしながら、朝まで奇妙な時間を過ごしたのだった。

 ……すっげぇ眠い!

(´・ω・`)らんらん来たわよ、街に入れてちょうだい。


(´・兵・`)よし、出荷だ

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